勇者、ちゃんと戦え
翌朝。
安全地帯で一夜を明かした八人は、朝食を取っていた。
優太と勝平は、昨日の疲労が嘘のように身体を動かせるようになっている。
「……だいぶ回復したな」
優太が腕を回す。
「ああ。これなら普通に動ける」
勝平も身体を伸ばす。
「昨日は本当に大変でしたからね」
エリーが二人を見る。
そして、ふと二人の服へ目を向けた。
「そういえば……」
「ん?」
優太が振り返る。
「二人とも、その服まだ着てるんですね」
「まあな」
勝平が自分の服を見る。
戦闘を繰り返したせいで、二人の服はところどころ破れ、かなりボロボロになっていた。
それでも二人は、そのまま着続けている。
エリーはそんな二人を見て、嬉しそうに笑った。
「なんだか嬉しいです」
「何が?」
「私が王都で買った服を、ちゃんと着てくれているじゃないですか」
「……まあ」
優太が少しだけ目を逸らす。
勝平も同じように視線を逸らした。
「……そうだな」
「王都に帰ったら、また新しい服を買ってあげますね」
エリーは嬉しそうに言った。
「今度はもっと丈夫な服にしましょう」
「……おう」
「……そうだな」
二人は曖昧に返事をした。
「二人とも、なんで目を逸らすんですか?」
「別に」
「何でもない」
エリーは少し不思議そうな顔をした。
やがて朝食を終える。
「そろそろ出発しましょうか」
エリーが立ち上がる。
「そうですね」
ミッシェルも立ち上がった。
三人の冒険者も荷物をまとめる。
「身体の調子はどうだ?」
冒険者の一人が五人を見る。
「もう大丈夫です」
優太が答える。
「俺も問題ない」
勝平も拳を握る。
ミッシェルも軽く身体を動かす。
「私も大丈夫です」
アリンも杖を握り直した。
「私も問題ありません」
「それなら行こう」
八人は安全地帯を出発した。
◇
十三層。
昨日の反省を生かし、八人は無駄な戦闘を避けながら進んでいった。
魔物が現れても、必要以上に追いかけない。
体力を使いすぎないよう、冒険者三人が先頭に立ち、五人もそれに合わせて動く。
「こっちです」
「分かりました」
ミッシェルが周囲を警戒する。
優太と勝平も、昨日までとは違って無闇に突っ込まない。
そして――。
「ここまで来れば、もうすぐ次の階層だ」
冒険者の一人が言った。
十三層を大きな問題なく抜ける。
「昨日よりずっと楽だったな」
優太が言う。
「ちゃんと考えて動けば、こんなに違うんだな」
勝平も頷く。
「昨日教えてもらったことが役に立ちましたね」
エリーが笑った。
八人はそのまま十四層へ進んだ。
◇
十四層。
そこは、広大な荒野だった。
見渡す限り岩と土が広がり、遠くまで遮るものがほとんどない。
「……広いな」
優太が辺りを見回す。
「ここなら魔物が来てもすぐ分かりそうですね」
エリーが言う。
その時だった。
遠くから、地面を揺らすような音が聞こえてきた。
ドドドドドドッ!
「……何ですか?」
ミッシェルが振り返る。
「何か来るぞ!」
冒険者の一人が叫んだ。
荒野の向こうから、大量の魔物が走ってくる。
「鹿……?」
エリーが目を見開く。
角を持った鹿型の魔物が、群れを成してこちらへ向かってきていた。
「ホーンディアだ!」
冒険者が叫ぶ。
「群れで来るぞ!」
「構えろ!」
三人の冒険者が武器を構える。
ホーンディアの群れが一気に距離を詰めてくる。
「来る!」
冒険者三人が前へ出た。
一匹が角を振り上げる。
「そこだ!」
冒険者の一人が横へ避け、すれ違いざまに攻撃する。
ホーンディアが倒れる。
別の一匹が突っ込んでくる。
「おっと!」
もう一人が角をかわし、足を払う。
さらに三人目が横から攻撃を加えた。
「順調だな」
優太が言う。
「俺たちも――」
そう言って、拳を構える。
しかし、ホーンディアの群れを見た瞬間、優太の顔が引きつった。
「……待て」
「どうした?」
勝平が聞く。
「……駄目だ」
「え?」
「俺たち、今攻撃したら……」
優太が拳を見る。
「また疲れて動けなくなるかもしれない」
勝平も顔を青くする。
「……そうだな」
ホーンディアが目の前まで迫ってきた。
「じゃあ、俺たちは――」
次の瞬間。
ドンッ!
「うわぁっ!」
ホーンディアの角が優太を捉え、そのまま吹き飛ばした。
「優太!」
勝平が叫ぶ。
「くそっ!」
勝平が避けようとする。
しかし――。
ドンッ!
「ぐはっ!」
勝平も角に突き上げられ、地面を転がった。
「痛ぇ!」
「何やってるんだ、あいつら……」
冒険者の一人が呆れた顔をする。
「戦わないなら避けろよ!」
「それができたら苦労しねえ!」
優太が地面から叫び返す。
その間にもホーンディアが次々と迫ってくる。
ミッシェルが剣を構えた。
「くっ!」
一匹の突進を横へかわす。
しかし、別のホーンディアが横から角を振り上げた。
「っ!」
ミッシェルの腕に角がかすめる。
服が裂け、赤い線が走った。
「ミッシー!」
エリーが叫ぶ。
「大丈夫です、姫様!」
ミッシェルは痛みに耐えながら剣を構え直す。
しかし、次々とホーンディアが襲いかかってくる。
「くっ……!」
また一匹。
かわす。
しかし、別の一匹が角を振る。
シュッ!
ミッシェルの腕に傷が走る。
「くっ……!」
ミッシェルの身体に少しずつ傷が増えていく。
その横では、アリンも必死に逃げていた。
「私も……どうしたら……!」
魔法を使おうと杖を構える。
しかし、昨日の疲れを考えると、強力な魔法を使うことにも躊躇してしまう。
「どうしましょう……!」
エリーが二人を見る。
「やっぱり、昨日の疲れがまだ残ってるのでは……」
エリーの表情が変わる。
「それなら――」
エリーが二人の前へ手を伸ばした。
「バリア!」
光の壁が現れ、ホーンディアの突進を受け止めた。
ドンッ!
バリアが大きく揺れる。
「くっ……!」
エリーが歯を食いしばる。
ホーンディアの角が何度もバリアへ叩きつけられる。
その衝撃を受けながら、エリーはミッシェルとアリンを守り続けた。
「姫様、私が前に――」
「駄目です!」
「ですが!」
「今は私が守ります!」
エリーが叫ぶ。
その間にも、ホーンディアの群れはエリーのバリアへ集中していく。
一方、少し離れたところでは――。
「ぐわっ!」
優太が再び角に吹き飛ばされた。
「優太!」
「大丈夫だ!」
勝平もホーンディアを避けようとする。
しかし、別の一匹が迫る。
「うおっ!」
ドンッ!
勝平も地面を転がった。
二人の服は、角に何度も引っかけられ、さらに破れていく。
それを見たエリーが目を見開いた。
「服が!」
エリーが二人へ駆け寄ろうとする。
「ちょっと、二人とも! 服がボロボロじゃないですか!」
「え?」
優太が自分の服を見る。
「本当だな」
「本当だな、じゃありません!」
エリーが声を張る。
「せっかく私が買った服なのに!」
「……そういえばさ」
優太が起き上がりながら言う。
「なんだ?」
勝平も立ち上がる。
「さっきからエリー、俺たちのことは守ってくれないよな」
「そうだな」
勝平も少しいじけた顔をする。
「心配してるのも、俺たちの服のことばっかりじゃないか?」
「そうだぞ」
優太が自分のボロボロになった服を見る。
「俺たちも角に吹き飛ばされてるんだけどな」
「……」
エリーが二人を見る。
「あなた達は、自分で避けてください」
「冷たくないか?」
「俺たち勇者だぞ?」
「勇者なら自分でなんとかしてください」
「……」
二人が黙る。
その時だった。
ホーンディアの群れが、エリーの張ったバリアへ集中し始めた。
「……あれ?」
エリーが気づく。
「こっちを狙ってます!」
ホーンディアが一斉にエリーへ向かって突進する。
「姫様!」
ミッシェルが前へ出た。
「危ない!」
ドンッ!
「がはっ!」
ドンッ!
「うぐっ……!」
ドンッ!
「くっ……!」
ミッシェルはエリーの前から動かなかった。
「ミッシー!」
「姫様には……触れさせません……!」
エリーが心配そうにミッシェルを見る。
「もうやめてください!」
しかしミッシェルは首を振る。
「大丈夫です……!」
その様子を見て、冒険者の一人が呆れた。
「あいつら、何やってんだ……」
「さっきから防戦一方じゃないか」
「戦えるのに戦わないって、どういうことだ?」
五人はなおも防戦を続けていた。
「皆さん!」
エリーが叫ぶ。
「あなた達、やはり昨日の疲れがまだ残ってるんですか!」
「だから、疲れは取れてるって!」
優太が叫び返す。
「でも攻撃したら、また疲れて動けなくなるかもしれないんだ!」
勝平も続ける。
「そうなったら、昨日みたいになるだろ!」
アリンもホーンディアを避けながら叫んだ。
「私も魔法が使えなければ、ただのか弱い美少女になってしまいます!」
「…………」
エリーの目から、温度が消えた。
まるでゴミを見るような目で、優太、勝平、アリンを見る。
「……何だ?」
優太が怯む。
「エリー?」
勝平も困惑する。
アリンも首を傾げた。
ミッシェルがエリーの前に立ちながら口を開く。
「私も攻撃して体力がなくなるくらいなら、姫様の盾になります」
エリーはミッシェルを見る。
その目もまた、完全に同じだった。
「……ミッシェル」
「は、はい」
「あなたは、あのバカ二人とは違いますよね?」
ミッシェルは背筋を伸ばした。
「姫様を守るのが私の役目です」
「いいから、早く戦いなさい!」
エリーが叫んだ。
「は、はい!」
ミッシェルが反射的に返事をする。
そして剣を構える。
優太と勝平が慌てて口を挟む。
「でも、俺たちまた動けなくなるかもしれないぞ!」
「そうだ!」
「いいから戦え!」
エリーが一喝した。
「……!」
二人が固まる。
「分かった……」
優太が拳を握る。
「やるしかないな」
勝平も拳を握った。
「そうだな」
アリンも杖を構える。
「でも、私、ただのか弱い美少女になってしまいますよ?」
「98歳!」
「……!」
アリンの顔が固まる。
「早く戦いなさい!」
「……はい」
アリンは涙目になりながら杖を握り直した。
ミッシェルの身体が震えた。
「は、はい!」
その返事には、姫への忠誠と、絶対に期待を裏切れないという覚悟が込められていた。
「なら、お願いします!」
「お任せください!」
ミッシェルがホーンディアへ飛び込む。
「行くぞ!」
優太も拳を構えた。
「俺も!」
勝平も続く。
アリンが杖を掲げる。
「私もいきます!」
五人が一斉に動き出した。
「そう、それでいいんです!」
エリーもバリアを解除し、後方から指示を飛ばす。
「優太さん、右!」
「おう!」
「勝平さん、後ろです!」
「分かった!」
「ミッシー、そっちお願いします!」
「はい!」
「アリンさん、少し待って!」
「分かりました!」
五人はエリーの指示に合わせて動いた。
ホーンディアの突進をかわし、攻撃を叩き込む。
一匹。
二匹。
三匹。
冒険者三人も加わり、徐々に群れを削っていく。
「いいぞ!」
冒険者が叫ぶ。
「そのままいけ!」
「はい!」
エリーが次々と指示を出す。
「今です!」
優太と勝平が同時に飛び出した。
「パワーブースト!」
「スピードブースト!」
一匹のホーンディアを優太が吹き飛ばし、その隙に勝平が別の一匹を駆け抜けざまに殴り飛ばす。
ミッシェルも剣を振るう。
「はあっ!」
アリンも魔法を放つ。
「いきます!」
最後のホーンディアが倒れる。
荒野に静寂が戻った。
「……終わった」
優太が肩で息をする。
「今度はちゃんと戦えたな」
勝平も息を吐く。
エリーはそんな二人を見て、腕を組んだ。
「あなた達、戦わないから、私以外みんなボロボロじゃないですか!」
優太と勝平が自分たちの服を見る。
ホーンディアの角に何度も吹き飛ばされたせいで、二人の服もさらにボロボロになっていた。
「……本当だ」
勝平が服を見る。
「また破れてるな」
「だから言ったでしょう!」
エリーが怒る。
「ちゃんと戦ってください!」
「でも、また疲れたら――」
「大丈夫です!」
エリーが胸を張る。
「これからは私がちゃんと指揮しますから!」
「安心して戦ってください!」
優太と勝平は顔を見合わせる。
「……エリーで大丈夫か?」
「俺も少し不安だ」
「聞こえてますよ!」
エリーが睨む。
その横では、アリンが目に涙を浮かべていた。
「……」
「どうした?」
勝平が見る。
「エリーさん……」
アリンがぷるぷる震える。
「私、98歳って言われたこと……忘れませんから」
アリンは涙を流しながら頬を膨らませる。
「……ごめんなさい」
エリーが少し困ったように謝る。
「ちょっと言いすぎました」
「……」
アリンはまだ納得していない様子で頬を膨らませている。
その横で、ミッシェルがエリーを見つめていた。
「姫様」
「はい?」
「私、一生ついていきます」
「え?」
エリーが目を丸くする。
「どうして急に?」
「姫様の指示に従って戦うことが、これほど心強いとは思いませんでした」
ミッシェルは真剣な顔で言った。
「私はこれからも、姫様についていきます!」
「ミッシー……」
エリーが少し嬉しそうに笑う。
しかし、優太と勝平は納得していなかった。
「いや、俺達はエリーに指揮されるほどバカじゃないからな」
優太が言う。
「そうだぞ」
勝平も腕を組む。
「俺達だってちゃんと考えて戦える」
「……」
エリーが二人を見る。
「……」
二人もエリーを見る。
三人が無言で睨み合う。
その横では、アリンがまだ少し拗ねていた。
「……98歳って言ったこと、忘れませんからね」
「だから、ごめんなさいって」
エリーが苦笑する。
アリンはまだ許さないというように、ぷいっと顔を背けた。




