勇者の身体は無敵のはずでした
城を出て、しばらく。
街道から少し外れた森の中を、優太、勝平、エリーの三人は歩いていた。
「しかし、勇者の旅って言うからもっとこう……」
優太が周囲を見回す。
「何かあると思ってたんだけどな」
「何がですか?」
「ドラゴンとか。伝説の武器とか。美少女エルフとか」
「優太さん、まだ旅を始めたばかりですよ」
「それもそうか」
優太が納得した、その時だった。
ガサッ。
前方の茂みが揺れた。
三人が足を止めると、緑色の小さな魔物が三体、茂みから姿を現した。手には粗末な剣や棍棒を持っている。
「ゴブリン……!」
エリーが杖を構えた。
優太はゴブリンたちを眺めると、どこか嬉しそうに呟いた。
「おお、ゴブリン」
「ご存じなんですか?」
「そりゃ知ってるよ。異世界ものなら弱い魔物の定番だろ」
「まあ……ゴブリンなら、それほど強い魔物ではありません」
エリーも頷いた。
「ですよね」
優太が勝平を見る。
「じゃあ、俺たちだけでいけるな」
「だろうな」
二人は剣を抜いた。
もちろん、上半身は裸のままだ。
「ちょっと待ってください!」
エリーが慌てて二人を止める。
「戦うなら、防具くらい着けてください!」
「防具?」
「はい! その格好で刃物を持った魔物と戦うつもりですか!?」
「でも、動きにくそうじゃない?」
「命と動きやすさ、どちらが大事なんですか!」
「……命?」
「そこからですか!?」
結局、エリーに押し切られ、二人は簡単な胸当てを装備することになった。
「これでいいか?」
優太が腕を動かす。
勝平も肩を回した。
二人の上半身は裸のまま、その胸にだけ、妙にしっかりした胸当てが装着されている。
エリーは二人の姿をじっと見つめた。
「……」
「エリー?」
「どうしました?」
優太と勝平が声をかける。
エリーは顔をしかめた。
「……なんでしょう」
「?」
「防具を着けたら、余計に変態みたいになってません?」
「なんでだよ」
「私に聞かないでください!」
エリーは頭を抱えた。
「お願いですから、せめて普通に服を着てください!」
「無理」
「無理だな」
「即答!?」
二人は胸当てを確認する。
「やっぱり動きにくいな」
「肩が回しにくい」
「だからと言って外さないでください!」
しかし――。
カチャ、カチャ。
二人はあっさり胸当てを外した。
「ちょっと!」
「こっちのほうが動きやすい」
「剣も振りやすいぞ」
「そういう問題ではありません!」
エリーが頭を抱える。
「危ないんですから!」
「大丈夫だって」
優太が自分の腕を軽く叩いた。
「俺たちの筋肉は無敵だから」
「無敵だ」
「その自信はいったいどこから来るんですか!?」
その時、ゴブリンの一体が雄叫びを上げた。
「ギャアッ!」
剣を振り上げ、優太へ向かって突っ込んでくる。
「危ない!」
エリーが叫んだ。
優太は逃げるどころか、正面から迎え撃とうと剣を構える。
「来い!」
「筋肉の力、見せてやる!」
「だから防具を着けてくださいって言ってるでしょう!」
エリーの叫びもむなしく、ゴブリンの剣が振り下ろされた。
ガキッ!
「……あれ?」
刃が優太の腹をかすめ、赤い線が走った。
「痛っ!」
優太が慌てて腹を押さえる。
傷は浅い。だが、皮膚は確かに切れていた。
「優太!」
「大丈夫。浅い」
そう答えた直後、今度は別のゴブリンが勝平へと襲いかかった。
勝平は剣で受けようとしたものの、わずかに間に合わない。
刃が腹をかすめた。
「……俺も切れた」
二人は自分の腹を見つめた。
「刃物って……普通に切れるんだな」
「そりゃ切れるでしょう!」
エリーが叫ぶ。
「筋肉で止まると思ってた」
「何でですか!」
勝平が傷口を押さえた。
「……なんか、身体が痺れる」
「俺もだ……」
傷の痛みに加え、二人の足から力が抜けていく。
やがて、二人はその場に膝をついた。
エリーの顔色が変わった。
「ちょっと!?」
二人のもとへ駆け寄る。
「何をしてるんですか、あなた達!」
「いや……」
「ゴブリンと戦ってる」
「それは見れば分かります!」
エリーの声が一段高くなる。
「あなた達、バカですか!?」
二人が黙る。
「防具を脱いで! 筋肉は無敵だとか言って!」
「……」
「そりゃ切れますよ!!」
エリーの声が森に響いた。
「筋肉がどれだけ鍛えられていたって、刃物は刃物です! 皮膚は切れます! 血も出ます! 痛いものは痛いんです!」
「……そうなのか」
「そうです!」
エリーは大きく息を吐いた。
「もういいです……私が治しますから」
杖を構え、二人の傷へ向ける。
「動かないでください」
杖の先に淡い光が集まり始めた。
しかし、その時だった。
「……あれ?」
優太が自分の腹を見下ろす。
「なんか治ってきたぞ」
「え?」
勝平も腹を確認した。
赤い傷口が、目に見えて塞がっていく。
「本当だ」
二人の傷は、みるみるうちに消えていった。
やがて、二人はゆっくりと立ち上がる。
「身体の痺れもなくなった」
「傷も……完全に治ってるな」
エリーは二人の腹を見比べた。
「……え?」
先ほどまで確かにあった傷が、跡形もなく消えている。
「傷が……なくなってる?」
「完全に治ったな」
「私、まだ何もしていませんよ……?」
エリーは構えた杖をゆっくり下ろした。
優太は、ふと自分のステータスを思い出す。
「勇者のスキルとかいうやつか?」
「勇者の……力?」
エリーが驚いている間にも、ゴブリンたちは再び襲いかかってきた。
「ギャアア!」
「おっと」
優太が剣を握り直す。
「今度は俺たちの番だな」
「さっきの借りを返すか」
二人が同時に駆け出す。
「待ってください!」
エリーの制止は届かなかった。
最初に優太へ襲いかかったゴブリンが、再び剣を振り上げる。
優太はその攻撃を横へかわし、相手の懐へ踏み込んだ。
「こうだろ!」
剣を両手で握り、まるでバットを振るような豪快な一撃を叩き込む。
ドゴォン!!
「ギャッ!?」
ゴブリンの身体が地面から離れ、森の奥へ吹き飛んでいった。
「一体!」
優太が拳を握る。
その横では、勝平が残る二体と向き合っていた。
一体が棍棒を振り下ろす。
勝平は半歩後ろへ下がって攻撃をかわすと、勢いよく剣を振り抜いた。
「俺は二体だ!」
ブンッ!
ドゴォン!!
ゴブリンが吹き飛ぶ。
もう一体が慌てて逃げようとしたが、勝平は追いつくと、そのまま一撃を叩き込んだ。
ドゴォン!!
二体目も森の奥へと飛んでいった。
森に静寂が戻る。
エリーは呆然と二人を見つめた。
「……」
「どうだ?」
優太が得意げに笑う。
「俺たち強いだろ?」
勝平も胸を張った。
「筋肉は無敵だったな」
エリーは二人を見つめたまま、深いため息を吐いた。
「……ゴブリンですよ?」
「そうだけど」
「魔物の中ではかなり弱い部類です」
「でも倒したぞ」
「そういう問題じゃありません!」
エリーは釘を刺すように二人を指差した。
「ゴブリン程度で、そんなに嬉しそうな顔をしないでください!」
「そう言われてもな」
「初勝利だぞ」
「はいはい……」
エリーは疲れたように肩を落とした。
その時、優太が何かを思い出した。
「あ」
「どうしました?」
「さっきのやつ、もう一回見てみよう」
「さっきの?」
「傷が勝手に治ったやつ」
優太は右手を前へ出した。
「ステータスオープン」
光の板が現れる。
優太は表示されたステータスを確認した。
そして――。
「……増えてる」
「何が?」
「スキル」
優太が画面を指差す。
そこには、見覚えのない文字が表示されていた。
スキル
超回復
「超回復……」
優太が目を輝かせる。
「やっぱり勇者って、こういうスキルがあるんだな」
「便利そうだな」
勝平も画面を覗き込む。
エリーは二人とステータス画面を交互に見た。
「……あれ?」
そして、手にした杖へ視線を落とす。
「それ……私の仕事じゃ……」
聖女としての自分の役割を思い出し、エリーは小さく肩を落とした。




