勇者召喚
数百年に一度しか行われない、勇者召喚。
魔王の復活が迫る今、国の命運を託す勇者を呼び出すため、王城の最奥にある王の間では、十数人の魔術師たちが巨大な魔法陣を取り囲んでいた。
床一面に刻まれた紋様が淡い光を放ち、詠唱とともに輝きを増していく。
「召喚準備、完了しました!」
「よし……始めよ」
国王の合図とともに、魔術師たちの詠唱が強まった。
「我らが世界を救う者よ――どうか、この世界へ!」
魔法陣が強烈な光を放ち、王の間を白く染め上げる。
そして――。
ドンッ!!
光が収まった瞬間、魔法陣の中央に二人の青年が現れた。
……一人のはずだった。
しかも、一人はバーベルを持ち上げており、もう一人は走っている最中だった。
「ぐおおおおおっ!?」
バーベルを持っていた青年が、突然の環境の変化に対応できず、重たいバーベルに押し潰されそうになっていた。
「ま、待て! 重い! 誰か、これどかしてくれ!」
一方、走っていた青年も状況を理解できていなかった。
「えっ、何だここ!? うおっ、足が……!」
走り続けようとする足と、目の前に広がる見知らぬ床。二つの動きが噛み合わず、青年は盛大にすっ転んだ。
「うわあああああっ!」
勢いのついた身体は止まらない。
そのまま滑り込んだ先には、召喚の儀式に参加していた女性魔術師が立っていた。
「きゃあああああああああ!!」
「ぐべっ!?」
女性魔術師が驚いて足を振り上げ、その一撃が青年の顔面に直撃した。
「ぐおおおおお……!」
青年は床に倒れ込んだまま、顔を押さえて悶絶する。
王の間は、一瞬にして騒然となった。
「な、何が起きている!?」
国王は玉座から立ち上がった。
勇者召喚は成功した。
ただし、二人はすでに死にかけていたが、周囲はそれどころではなかった。
「きゃあああああああああ裸!!」
「変態!!」
女性魔術師たちは顔を真っ赤にして目を覆い、兵士たちも慌てて視線を逸らした。
そんな中、バーベルに押し潰されかけていた青年が、必死に声を上げる。
「それよりも助けてくれ! このままだと本当に死ぬ!」
「そ、そうだった! 誰か、あのバーベルをどかせ!」
国王の指示で兵士たちが駆け寄り、数人がかりでバーベルを持ち上げた。
「はあ……助かった……」
青年は床に座り込み、荒い息を吐いた。
一方、顔面を蹴られた青年も、どうにか上半身を起こしていた。
「いってぇ……。何だよ、いきなり……」
「そ、それはこちらの台詞です! 突然目の前に転がり込んでくるから……!」
蹴ってしまった女性魔術師が、顔を赤くしながら言い返す。
「いや、俺だって好きで転がったわけじゃねえよ!」
二人の様子を見ていた国王が、ふと思い出したように声を上げた。
「そうだ! エリー、二人を治療してやってくれんか?」
「わかりました、お父様」
エリーと呼ばれた女性が、一歩前に出た。
美しいブロンドヘアーを揺らしながら、彼女は二人に向けて何やら呪文を唱える。
すると、二人の身体を淡い光が包み込んだ。
擦り傷がふさがり、特にひどかった顔面の傷も、みるみるうちに消えていく。
「おお、すげぇ~! もしかして魔法!?」
顔を触って確かめた青年が、驚きの声を上げた。
「確かに凄いな。さっきまで痛かったのに、もう何ともないぞ」
もう一人も、治った顔を不思議そうに触っている。
国王は二人の様子を確認すると、咳払いをした。
「ゴホン。では、改めて本題に入ろう」
国王は二人の青年を見比べ、深く息を吐いた。
「お主たちは勇者として、この世界に召喚されたのだ」
「勇者?」
「俺たちが?」
「そうだ。本来なら一人の勇者が召喚されるはずだったのだが、なぜか二人も現れてな……」
国王は、魔王の復活が迫っていること、この国が勇者の力を必要としていることを説明した。
二人はときおり頷きながら話を聞いていた。どうやら、説明そのものは理解しているらしい。
ひと通り話し終えた国王は、改めて二人の姿を見た。
「……ところで、お主たち。なぜ、二人とも上半身裸なのだ?」
もっともな疑問だった。
二人は顔を見合わせ、あっさり答える。
「服を着るのが嫌いだから」
「俺も」
「……嫌い?」
国王は思わず聞き返した。
「上半身に服が触れるのが苦手なんだよ」
「着なくて済むなら、着たくないしな」
二人の表情に、冗談を言っている様子はない。
国王はしばらく黙っていたが、やがて困ったように苦笑した。
「そ、そうか……。まあ、事情は分かった」
すると、先ほど二人を治療した女性が口を開いた。
「お二人とも、ここは王城です! 家ではありません!」
王族の証である装飾品を身につけ、白い衣装をまとった彼女は、二人の勇者を前に困惑した表情を浮かべていた。
「それは分かってる」
「では、せめて上半身を隠して――」
「それは嫌だ」
「俺も」
二人が即答した。
女性は二人を交互に見つめ、頭を抱える。
「……今、初めて会ったんですよね?」
「そうだけど」
「さっき会ったばかりだ」
「なのに、なんでそんなに息が合うんですか……」
一人が少し考え、真顔で答えた。
「裸の趣味が合ったからじゃない?」
「言い方!」
もう一人が吹き出した。
「それは嫌だな」
「なんでだよ。お前も裸だろ」
「お前もな」
二人が笑い合う姿を見て、女性もつられて笑ってしまった。
「ふふっ……」
「何で笑ってるんだ?」
「いえ、何でもありません」
女性は慌てて口元を押さえた。
困ったことに、二人と話していると調子が狂う。
やがて、二人は先ほど治療してくれた女性に向き直った。
「そういえば、さっきはありがとな。おかげで助かったよ」
「俺からも礼を言う。あの傷、結構痛かったからな」
青年たちが礼を言うと、女性は少し表情を和らげた。
「いえ、気にしないでください」
「自己紹介しとくよ、俺は菅田優太」
「大城勝平だ。よろしく」
二人が名乗ると、女性も姿勢を正した。
「改めまして、私はエリーです。この国の王女で聖女です。よろしくお願いします」
エリーが頭を下げると、二人も気軽に返事をした。
「おう、よろしく」
「よろしくな」
改めて二人を見たエリーは、思わず本音を漏らした。
「……本当に、大丈夫なんでしょうか」
「何が?」
「いえ、何でもありません……」
エリーは小さく息を吐いた。
勇者召喚は成功した。
ただ、これから先が思いやられることだけは確かだった。
◇
その日の夕方。
王城の一室では、優太と勝平、そしてエリーが国王から話を聞きながら、旅立ちの準備を進めていた。
「では、明日から魔王討伐の旅に出てもらう。出発までに必要な準備を――」
「今日からじゃダメ?」
優太が何気なく尋ねた。
「……何?」
「魔王を倒すんだろ? なら、早い方がいいんじゃない?」
「それはそうだが、まだ説明が終わっておらん!」
「じゃあ、歩きながら聞けばいいだろ」
「わしの説明を散歩のついでにするな!」
国王が額に青筋を浮かべた。
魔王討伐は散歩ではない。出発前に伝えておくべきことも、準備しておくべきこともあるのだ。
勝平は国王の様子を見て、優太に小声で話しかけた。
「王様、まだまだ話したそうだな」
「そんなにあるのか?」
「聞いてみれば?」
優太は国王に向き直った。
「あと、どれくらい?」
「内容を時間で測るな!」
エリーはとうとう吹き出した。
「ふふっ……」
「エリーまで笑うな!」
「す、すみません。でも、お二人が来てからずっとこんな感じですね」
「もう慣れた?」
「まだ数時間ですよ!?」
国王は深いため息をつき、エリーに尋ねた。
「……本当にそなたも行くのか?」
「はい」
エリーは二人に視線を向けた。
「二人だけで行かせるのも心配ですし……何より、私もこの旅がどうなるのか気になります」
国王は複雑そうな表情を浮かべた。
心配ではあるが、エリー自身が決めたことだ。簡単に止めるわけにもいかない。
「よし。じゃあ行こう」
優太が立ち上がり、勝平とエリーも続いた。
「待て! せめて、わしの話を最後まで聞いてから出発してくれ!」
三人は顔を見合わせた。
「……まだあるのか?」
「あるに決まっておる!」
「じゃあ、やっぱり歩きながらでいいだろ」
「よくないわ!」
国王の叫びが、王城に響き渡った。
◇
王城を出て街を抜けた三人は、森へ続く街道を歩いていた。
出発してからしばらく経った頃、勝平がふと足を止めた。
「そういえば、ステータスって確認できないのか?」
「ステータス?」
「異世界ものだと、よくあるだろ。自分の能力が数字で表示されるやつ」
「ああ、確かに。試してみようぜ」
優太はすぐに乗り気になったが、勝平は少し考えてから右手を前に突き出した。
「ステータスオープン!」
すると、目の前に光の板が浮かび上がった。
「うおっ、本当に出た!」
「マジかよ!」
優太が駆け寄り、エリーも驚いた様子で画面を覗き込む。
そこには、見慣れない項目が並んでいた。
名前 大城勝平
年齢 21歳
職業 勇者
レベル 1
攻撃力 72
防御力 54
速さ 60
運 80
優れた筋肉を持つ者 100
「……最後の項目、何だ?」
勝平が首を傾げる。
優太も自分のステータスを開いた。
名前 菅田優太
年齢 21歳
職業 勇者
レベル 1
攻撃力 52
防御力 75
速さ 55
運 82
優れた筋肉を持つ者 100
「俺にもあるぞ」
二人は顔を見合わせた。
「攻撃力とかは違うのに、これだけ同じなんだな」
勝平が一番下の項目を指差す。
「もしかして、俺たちが勇者に選ばれた理由って、これじゃないか?」
「なるほど。つまり、筋肉がすごいから勇者に選ばれたってことか」
「いや、そこまでは分かりませんよ!?」
エリーが慌てて口を挟む。
だが、優太はすっかり納得した様子だった。
「でも、100って結構すごそうだよな。鍛えたらもっと上がるのかな?」
「試してみるか」
勝平が街道脇の地面に目を向ける。
「腕立て伏せなら、ここでもできるな」
「よし、やってみようぜ」
二人が地面に手をついた。
「ちょっと待ってください! 筋トレでステータスが上がるなんて、まだ決まっていませんよ!」
「だから試すんだろ?」
優太が当然のように答える。
勝平は少し考えてから、再び地面に手をついた。
「まあ、一回くらいならいいんじゃないか?」
「よし、じゃあ十回だな!」
「一回って言っただろ!」
「二人とも、私の話を聞いてください!」
エリーの声が街道に響いた。
◇
その頃、王城では。
「……姫様が?」
「はい。勇者様方とともに旅へ出られました」
報告を受けたミッシェルは、勢いよく顔を上げた。
「ならば、すぐに追いかけねば!」
エリーを守るため、ミッシェルは剣を手に取り、鎧を整えると部屋を飛び出した。
「姫様ぁぁぁぁぁぁ!!」
そのまま城門を抜け、街道へと駆け出していった。
◇
森へ続く道を走りながら、ミッシェルは声を張り上げた。
「姫様ぁぁぁぁぁぁ!! どこにいらっしゃるのですかぁぁぁ!!」
すると、道脇の茂みがガサガサと揺れた。
「ギギ?」
現れたのは一匹のゴブリンだった。
ゴブリンはミッシェルを見つめたあと、不思議そうに自分の顔を指差す。
「ギギ?」
「姫様はもっと可愛いわ!」
ミッシェルの拳がゴブリンの顔面にめり込んだ。
「ギギィィィッ!?」
ゴブリンは勢いよく吹き飛び、茂みの向こうへ消えていった。
ミッシェルは拳を下ろすと、何事もなかったかのように走り出した。
「姫様ぁぁぁぁぁぁ!! 今、参りますからねぇぇぇ!!」




