外れの階層とさらわれた姫様
グラトンを倒した五人は、次の階層へと進んでいた。
「それにしても、さっきのグラトン、食べられるんですね」
アリンが収納したグラトンを思い浮かべる。
「食べられるなら、取っておいて損はないだろ?」
「そうですね。せっかく倒したんですから、無駄にはしたくありません」
「……あなたたち、ダンジョンに何をしに来ているんですか?」
エリーが呆れる中、一行は第八層へと足を踏み入れた。
そこに広がっていたのは、地下とは思えないほど立派な農場だった。畝にはさまざまな野菜が育ち、土の中からは大きな根が顔を覗かせている。
「おおっ! 野菜だらけじゃねえか!」
優太は目を輝かせ、さっそく野菜を引き抜き始めた。
「アリン、これ持って帰れるよな?」
「食べられるものなら収納できますよ」
「なら、こっちも頼む!」
勝平まで加わり、二人は夢中で野菜を集めていく。
「ちょっと、そんなに持って帰ってどうするんですか!」
「野菜はいくらあっても困らないだろ?」
「そうそう。料理の幅も広がるしな」
「あなたたち、料理するんですか?」
「……食べる専門だな」
「俺もだ」
「だったら、そんなにいらないでしょう!」
エリーの抗議もむなしく、アリンの収納には野菜が次々と増えていった。
そのとき、優太がひときわ大きな白い根を見つけた。
「おっ、でっかい大根!」
「待ってください!」
アリンが叫んだものの、優太は勢いよく引き抜いてしまった。
「ぎゃああああああっ!」
「うおおおおおっ!?」
突然の悲鳴に、五人は慌てて耳を塞いだ。
「だから、待ってくださいって言ったんです! それはマンドラゴラです!」
「大根じゃなかったのか!?」
優太は叫び続けるマンドラゴラをまじまじと見つめた。
「すげえ……野菜がしゃべってる!」
「感心している場合じゃありません!」
いつまでも悲鳴が止まらないので、優太はとうとうマンドラゴラの口を塞いだ。
「んぐぐぐぐっ!」
くぐもった声に変わったところで、勝平が妙に感心した顔をする。
「……なんか色っぽいな」
「何を言ってるんですか!」
エリーの拳が勝平の頭に落ちた。
「いってえ! 感想を言っただけだろ!」
「言わなくていい感想というものがあるんです!」
その間も、優太はマンドラゴラを観察していた。
「しかし、しゃべる野菜って気味が悪いな。よし、半分に割ったら静かになるか?」
「ちょっと、優太さん!?」
アリンが止める間もなく、優太はマンドラゴラを両手でへし折った。
悲鳴がぴたりと止まる。
「……これ、食べられるのか?」
「食べられますけど、普通の野菜じゃなくてモンスターですからね!?」
「食べられるなら問題ないな」
「問題はあります!」
エリーの抗議を聞き流し、アリンは折れたマンドラゴラも収納した。
こうして五人は、十分すぎるほどの収穫を手に入れた。
◇
第八層を抜けると、景色は一変した。
そこは岩と砂利ばかりの荒れ地。食べられそうな植物はほとんど見当たらない。
「この辺りは『外れの階層』と呼ばれているそうです。食べられるものがほとんど育たないので、冒険者にも人気がないんですよ」
アリンの説明に、優太はあからさまに肩を落とした。
「なんだよ。さっきまであんなに野菜があったのに」
「ダンジョンに何を期待しているんですか……」
アリンが苦笑したところへ、ダッシュラビットの群れが押し寄せてきた。
優太が正面から迎え撃ち、勝平が素早い個体を追いかける。ミッシェルもエリーを守りながら剣を振るい、アリンは魔法を放った。
「アリン98の秘技ぶっぱなしです!」
岩が飛び、炎が走り、風が吹き抜ける。あっという間にダッシュラビットの群れは散り散りになり、戦闘は終わった。
ミッシェルは剣を収めながら、アリンに視線を向けた。
「……アリンさん、もう少し加減はできないのですか?」
「敵がたくさんいたので、一気に倒しました!」
「そういうことを聞いているのではないのですが……」
「アリンは楽しくなると、ああなるんです」
エリーの説明に、ミッシェルは何とも言えない顔で頷いた。
◇
第九層を越え、第十層へ。
そこでは巨大なアーマービートルが、五人めがけて突進してきた。
「アーマービートルです!」
「俺に任せろ!」
優太はパワーブーストを発動し、迫り来る巨体へ拳を叩き込んだ。衝撃でアーマービートルは大きく弾き飛ばされ、岩場を転がって動かなくなった。
「よし、倒した!」
「正面から受け止めるなんて、相変わらず無茶ですね……」
エリーが呆れた、その直後。
「上です! ナイフバットが来ます!」
ミッシェルの声に、五人が頭上を見上げる。鋭い羽音とともに、ナイフバットの群れが急降下してきた。
勝平がスピードブーストで飛び出し、迫る敵を次々と拳で叩き落とす。ミッシェルも剣でエリーに近づく個体を退け、アリンの魔法が上空を駆け抜けた。
「アリン98の秘技ぶっぱなしです!」
散り散りになったナイフバットを優太と勝平が迎え撃ち、ほどなくして戦闘は終わった。
「皆さん、本当に元気ですね……」
エリーが感心したように言うと、優太と勝平は顔を見合わせた。
「そうか?」
「まあ、こんなもんだろ」
ミッシェルは二人を見て、わずかに口元を緩めた。
「……頼もしいことは確かですね」
◇
第十一層に入った途端、足元が大きく揺れた。
「えっ、何ですか!?」
エリーが驚く間にも、岩だらけの地面が盛り上がり、あちこちからストーンモールが飛び出してくる。
「今度は地面の中かよ!」
優太と勝平が迎撃し、ミッシェルはエリーを守りながら敵を斬り払う。アリンも魔法を放ったが、ストーンモールは次々と現れ、なかなか数が減らなかった。
「こいつら、どこまで出てくるんだ!」
「文句を言う暇があったら、手を動かしてください!」
「分かってるって!」
四人が必死に戦い続け、ようやく最後の一体を倒した頃には、全員がすっかり疲れ切っていた。
優太は肩で息をし、勝平は膝に手をついている。アリンも額の汗を拭い、ミッシェルは剣を収めて深く息を吐いた。
そんな四人を見て、エリーが不思議そうに首を傾げる。
「皆さん、大丈夫ですか?」
「……エリー、疲れてないのか?」
「え? 私は大丈夫ですよ?」
優太が尋ねると、エリーはきょとんとした。
「エリー様、本当にお疲れではありませんか?」
「はい。皆さんが頑張ってくださったおかげです!」
エリーは笑顔で答えると、前方へ目を向けた。
「さあ、次の階層へ行きましょう!」
「待て待て! 俺たちはまだ休みたいんだけど!」
「無理はしなくていいですよ。私は先に進んでいますから、ゆっくり来てくださいね!」
そう言って、エリーは岩場の向こうへ歩き出した。
「いや、だから……!」
優太が呼び止めようとした、そのときだった。
背後の大きな岩陰から、巨大な猿型モンスターが飛び出した。
「きゃっ!」
エリーが振り返るより早く、モンスターの手が彼女をつかみ上げた。
「エリー様!」
ミッシェルが駆け出す。優太もすぐさま後を追ったが、戦闘で消耗した身体は思うように動かない。
「エリーを離せ!」
勝平とアリンも追いかけようとしたものの、猿型モンスターは岩場を跳び越え、みるみる遠ざかっていく。
エリーは連れ去られながら、必死に四人へ手を伸ばした。
「みんな……!」
その声を最後に、エリーの姿は暗い岩場の向こうへと消えていった。
「エリーーーッ!」
優太の叫びが、第十一層に響き渡った。




