勇者、ダンジョン情報を忘れる
北の町に到着した優太と勝平は、上半身裸のまま町を歩いていた。
二人の目的は、ダンジョンの情報を集めること。
「……寒い」
優太が身体を震わせる。
「寒いな……」
勝平も鼻をすすった。
それでも二人は、町の人に声をかけていく。
「すみません。ダンジョンについて聞きたいんですけど……」
「だ、大丈夫かい?」
話しかけられた町人は、二人の姿を見て心配そうな顔をする。
「大丈夫です」
「いや、全然大丈夫そうに見えないけど……」
「大丈夫ですよ」
優太はそう言いながら、くしゃみをした。
「へっくしゅん!」
「鼻水出てるぞ」
勝平が指摘する。
「お前もだろ」
「……本当だ」
二人は鼻をすすりながら、なんとか話を聞く。
「ダンジョンは、この町から北に行ったところにあるよ」
「なるほど……」
「あと、最近は魔物が増えてるって話も聞くな」
「そうですか……」
しかし、寒さで頭がうまく働かない。
話を聞いているはずなのに、内容がほとんど頭に入ってこない。
「えっと……つまり……」
優太が考え込む。
「寒いな」
「それしか頭に入ってないだろ」
そんな二人の鼻に、ふわりと香ばしい匂いが届いた。
「……ん?」
優太が顔を上げる。
「なんだ、この匂い」
「肉じゃないか?」
二人の視線の先には、一軒の店があった。
店の中から、美味しそうな肉が焼ける匂いが漂ってくる。
「……」
「……」
二人は無言で店を見る。
時刻は夕方。
寒い中を歩き続けたせいで、いつも以上に体力を使っている。
当然、お腹も減っていた。
「……入るか?」
「入ろう」
二人は迷うことなく店の中へ入った。
「いらっしゃい!」
店の中は暖かかった。
「……暖かい」
優太が呟く。
「天国だ……」
勝平も椅子に座る。
冷え切った身体が、一気に温まっていく。
そして目の前には、美味しそうな料理。
「肉ください」
「俺も」
「はいよ!」
すぐに料理が運ばれてくる。
二人は夢中になって食べ始めた。
「うめえ!」
「最高だな!」
「……」
二人は完全に忘れていた。
自分たちが何をしに来たのかを。
ダンジョンの情報収集。
そんなものは、もう頭の片隅にもなかった。
◇
一方その頃。
宿の入り口では、エリー、ミッシェル、アリンの三人が二人の帰りを待っていた。
「遅いですね……」
エリーが町の外を見る。
優太と勝平と別れてから、しばらく時間が経っている。
しかも、外では雪が降り始めていた。
「さっきまでこんなに降ってなかったのに……」
ミッシェルも心配そうに外を見る。
「吹雪いてきましたね」
「どうしよう……」
エリーの顔が不安そうになる。
「二人が凍ってたら……」
ミッシェルも青ざめる。
「私のせいで、凍死体になっているかもしれません」
「ミッシー……」
二人はどんどん悪い想像を膨らませていく。
その横でアリンが杖を取り出した。
「二人のことが心配です」
「アリン……」
「いっそのこと、アリン98の秘技――インフェルノをぶちかまして、雪を全部溶かすです」
アリンが杖を構える。
「待ってください!」
「それは流石にまずいです!」
エリーとミッシェルが慌てて止める。
「町まで溶けたらどうするんですか!」
「そうですよ。雪だけで済むとは限りません!」
「……そうですか」
アリンは少し残念そうに杖を下ろした。
ミッシェルが外を見る。
「私の責任です。私が探してきます」
「それなら、私の責任でもあります」
エリーも立ち上がった。
「私も行きます」
「姫様まで?」
「二人が心配ですから」
「……分かりました」
二人が外へ出ようとする。
しかしアリンはその場に残っていた。
「私は悪くないので残ります」
「そこは一緒に行く流れでしょ!」
エリーがアリンの手を掴む。
「えぇ……」
アリンは引っ張られながら、仕方なく二人についていった。
◇
吹雪の中を三人は歩いていく。
「どこにいるんでしょう……」
エリーが辺りを見回す。
ミッシェルも必死に探している。
やがて三人の頭に雪が積もり始めた頃――。
「……?」
どこからか、楽しそうな声が聞こえてきた。
「はははは!」
「そうだろ!」
「いや、それは酷いな!」
三人は顔を見合わせる。
声のする方を見ると、一軒の酒場があった。
「ここから聞こえてきますね」
ミッシェルが店の中を覗く。
そして――。
「……」
三人は固まった。
店の中では、冒険者の男三人と優太、勝平が、ジョッキを片手に盛り上がっていた。
しかも二人は、上半身裸のままだ。
「全く、うちのお姫様と騎士はひどいんだよ!」
優太が冒険者たちに愚痴をこぼしている。
「こんな寒い中に、上半身裸でダンジョンの情報を集めてこいとか言うんだよ!」
「そりゃ酷いな!」
「本当に酷いよ!」
勝平も頷く。
その瞬間。
エリーの額に、青筋が浮かんだ。
冒険者の一人が笑いながら言う。
「見た見た! 町に到着した時も裸だったよな!」
「酷いお姫様だよな!」
「ありゃ、お姫様の趣味か?」
「そうなんだよ」
優太が頷く。
「困ったもんだよ」
勝平も頷いた。
エリーの顔に、笑みが浮かぶ。
しかし、その笑みは決して穏やかなものではなかった。
「我が国のお姫様は、冷徹の変態お姫様だったんだな」
その言葉を聞いた瞬間――。
ミシミシ……。
エリーが片手で柱を掴み軋んだ音がした。
「……」
ミッシェルの顔から血の気が引く。
「姫様……」
「はい?」
「申し訳ありません」
ミッシェルが頭を下げる。
「私のせいで、お姫様に変な噂が……」
その声で、酒場にいた優太と勝平、冒険者三人がようやく気付いた。
「……」
「……」
五人の顔が青ざめる。
冒険者三人は、すぐに床へ手をついた。
「ど、どうか不敬罪にだけは!」
「お許しください!」
「お綺麗ですね!」
必死に謝る三人。
優太と勝平は、完全に固まっていた。
エリーは鬼の形相のまま、静かに口を開く。
「私達が心配になって、雪にまみれながら二人を探していたというのに……」
「……」
「あなた達は呑気にご飯を食べながら、私の悪口を言っていたんですね」
「違うんだ!」
優太が慌てて叫ぶ。
「そう、違うんだよ!」
勝平も必死に続ける。
「エリーは素敵なお姫様だなって話してたんだ!」
冒険者三人も必死に頷く。
「そうです!」
「その通りです!」
「素敵なお姫様です!」
エリーの額に、さらに青筋が浮かぶ。
「……言い訳はいいから」
エリーは笑顔を浮かべる。
「そこに正座しなさい」
「はい!」
優太と勝平は素早く正座した。
冒険者三人も慌てて正座する。
エリーの前には、上半身裸の勇者二人と冒険者三人。
五人の男が、きれいに正座していた。
「優太、勝平」
「はい……」
「あなた達、いつも私達に迷惑ばかりかけてるわよね?」
「……はい」
「いい加減にしないと……」
エリーはどこからかハサミを取り出した。
チョキ。
チョキ。
笑顔のまま、ハサミを鳴らす。
「ちんぴー切り落とすわよ」
「「ひぃっ!」」
五人が一斉に股間を押さえる。
身体が震え上がった。
「申し訳ありません!」
「ごめんなさい!」
「許してください!」
冒険者三人も必死だった。
その様子を見て、アリンがエリーに声をかける。
「エリーさん、このくらいにして、私達もご飯を食べませんか?他のお客様にも迷惑ですし」
ミッシェルも慌てて頷く。
「そ、そうですね」
アリンは正座している優太と勝平を見る。
「優太さんと勝平さんも、あまり悪いことをしたらメッですよ」
二人は激しく頷いた。
「「はい!」」
「そうね」
エリーもようやくいつもの表情に戻る。
「二人も反省してるみたいだから、このくらいにしておきましょう」
優太と勝平は、ほっとした。
そして立ち上がろうとする。
「よし……」
「助かった……」
「誰が立っていいと言いましたか?」
「「すみません!」」
二人は即座に正座へ戻った。
その横で冒険者三人が、そーっと立ち去ろうとする。
「……」
「……」
しかし。
「不敬罪」
エリーが一言呟いた。
「「「はいっ!」」」
三人も即座に正座へ戻った。
エリーは店の奥へ声をかける。
「オーナーさん」
「は、はい!」
「私達の分と、この二人が飲食した分、倍の値段を払います」
エリーは優雅な笑顔を浮かべた。
「つけ払いにしていただけませんか?」
お姫様からの頼みを、オーナーが断れるはずもない。
「も、もちろんです!」
オーナーは首を縦に振った。
エリーは満足そうに微笑む。
「ありがとうございます」
そして、正座する二人を見る。
「優太様、勝平様」
「はい……」
「そういうことですので、明日からダンジョンで死ぬ気で稼いで、払ってくださいね」
「……はい」
「……はい」
こうして二人は勇者なのに、食事代をつけで払うことになった。
そして――。
上半身裸で正座させられる勇者、ご飯を食べているお姫様を見て、冒険者たちは思った。
――変態だ。




