北の町とミッシェルの意地
北へ向かう旅、七日目。
五人は、北の町を目指して雪の少ない街道を歩いていた。
ここまでの旅は、決して平穏なものではなかった。
道中では色々なことがあったが、それでも五人はなんとか旅を続け、ようやく目的地である北の町が見えるところまで来ていた。
そんな中、優太が自分の腕をさすった。
「……なあ、勝平」
「なんだ?」
「そろそろ寒くなってきたな」
「……ああ」
二人は顔を見合わせる。
「そろそろ服を着るか」
「そうだな」
その言葉を聞いたエリーの顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!?」
「お、おう」
「ぜひ着てください!」
エリーは嬉しそうに二人を見る。
「私が王都で買った服ですよ。せっかく買ったんですから、ちゃんと着てもらいたかったんです」
「じゃあ、出してくれ」
優太が手を伸ばす。
しかし、その前にミッシェルが二人の前へ立った。
「まだ大丈夫です」
「……え?」
エリーが目を瞬かせる。
ミッシェルは笑顔のまま、預かっていた服を渡そうとしない。
「お二人なら、まだ寒くありません」
「いや、普通に寒いんだけど」
「気のせいです」
「気のせいじゃないって」
勝平も腕をさすりながら言う。
「俺も寒いぞ」
「身体を動かしていれば大丈夫です」
「いや、歩いてるんだけどな……」
ミッシェルは二人の言葉を聞き流し、そのまま歩き続けた。
エリーは不思議そうにミッシェルを見る。
「ミッシー?」
「はい、姫様」
「どうして服を渡さないんですか?」
「まだ必要ないからです」
「そうですか……」
エリーは納得できない様子だった。
しばらく歩く。
北の町はもうすぐそこまで迫っていた。
周囲には少しずつ雪が増え、冷たい風が吹き抜ける。
優太が震えながら口を開いた。
「……なあ、ミッシェル」
「なんでしょう?」
「もうそろそろ服をくれ」
勝平も震えながら頷く。
「俺も欲しい」
ミッシェルは二人を見て、にっこりと笑った。
「身体を動かしていれば寒くないですよ」
「いや、寒いって!」
「勇者なんですから大丈夫です」
「勇者でも寒いぞ!」
エリーもミッシェルの袖を引っ張った。
「ミッシー、服を着てもらうチャンスです」
「姫様、お二人ならまだ大丈夫です」
「でも……」
「大丈夫です」
ミッシェルは笑顔で断った。
そのまま五人は北の町へ向かっていく。
そして――。
雪が積もった北の町へ、五人は到着した。
エリーとミッシェルは暖かい服を着ている。
アリンも寒さを感じていない。
「アリン98の秘技――ヒーター」
アリンの身体から暖かな空気が広がっている。
「暖かいですね」
エリーがほっとしたように息を吐く。
「そうですね」
ミッシェルも頷く。
その横では――。
「……寒い」
「……寒すぎる」
上半身裸の優太と勝平が、身体を震わせていた。
「ブルブルブル……」
「ブルブルブル……」
そんな五人の姿を見た町の人々が、ひそひそと話し始める。
「裸の変態がいるぞ」
「そういえば、姫様が裸の男二人を連れて旅してるって聞いたぞ」
「まさか、あれがそうか?」
「じゃあ、あんな寒い格好をしてるのは……もしかして姫様の趣味では?」
「それなら、あの二人は可哀想だな」
「けど、姫様に服を着せるようになんて言えないぞ」
「雪の中で裸の男を連れ回す冷徹王女だと……」
五人を見ながら、町の人々の間に新たな噂が広がっていく。
しかし、そんな話が聞こえていない二人は、別のことを話していた。
「七日移動しただけで、こんなに寒くなるとは異常だな」
優太が震えながら言う。
「さすが異世界だ」
「けど、地球だったら七日で寒いところに行けるな」
勝平が答える。
「……それもそうか」
優太は少し考えた。
「じゃあ、おかしくないのか」
「そういうことだな」
「……くしゅん!」
優太が大きなくしゃみをした。
それを見たエリーが、再びミッシェルの袖を引っ張る。
「ミッシー……」
「はい」
「流石に可哀想です。服を渡してあげましょう」
ミッシェルは二人を見る。
「姫様、お二人なら勇者なので大丈夫です」
「いや、ミッシェル。勇者でも寒いぞ」
優太が震えながら言った。
「二人の筋肉は見せかけですか?」
ミッシェルがさらりと言う。
「……そこまで言われたら、耐えるしかないな」
「そうだな……」
二人は意地を張る。
しかし、その身体は正直だった。
「ブルブルブル……」
「ブルブルブル……」
ミッシェルはそんな二人を見て、しばらく考える。
「そうですか」
そして、何事もなかったように言った。
「なら、お二人にはダンジョンの情報を集めてきてもらいましょうか」
「え?」
「俺たちだけ?」
「はい」
ミッシェルはエリーとアリンを見る。
「私たちは宿を探してきます」
「待ってくれ!」
「寒いんだけど!」
「頑張ってください」
そう言って、ミッシェルはエリーとアリンを連れて歩き出した。
「お、おい!」
「ミッシェル!」
二人の声を背中に受けながら、三人は町の中へ入っていく。
しばらく歩いたところで、エリーがミッシェルに尋ねた。
「ミッシー」
「はい」
「何でミッシーは服を渡さなかったんですか?」
「……」
エリーは少し考えてから、真顔で聞いた。
「まさか、あの二人の裸が好きなんですか?」
ミッシェルの足が止まった。
「姫様」
「はい」
「言って良いことと悪いことがあります」
「うーん……どっちですか?」
エリーは真顔で尋ねる。
「悪いほうです」
ミッシェルも真顔で答えた。
「そうですか」
「はい」
ミッシェルは小さく息を吐いた。
そして、少しだけ表情を変える。
「あの二人は、たまには痛い目を見たらいいんです」
「……」
その声には、これまでにないほどの憎しみがこもっていた。
「ここに来るまでの間にも、あの二人が不用意に巣をつついたせいで蜂の大軍に追いかけられました」
エリーが苦笑いする。
「それは……大変でしたね」
「しかも私まで巻き添えになって沼に落ちました」
「……」
「夜は寝ぼけて抱きついてくるし」
「はい」
「抱きついてきたと思ったら、固いなと言うし」
エリーの顔が引きつった。
「それは……」
「魔法の練習で暴発したものが私に飛んでくることもありました」
「危ないですね」
「しかも威力だけは凄いんです」
ミッシェルは遠くを見るような目をした。
「……散々な目にあったんですよ」
そこには、旅の苦労がありありと表れていた。
疲れ切った表情を浮かべるミッシェルを見て、エリーは苦笑いする。
「そうですね。ミッシーは災難でしたね」
「はい」
「わかりました」
エリーは頷いた。
「今回はミッシーに協力します」
「ありがとうございます、姫様」
その後ろから、アリンが口を挟んだ。
「けど、二人が可哀想です」
「……」
エリーとミッシェルが振り返る。
遠くでは、二人の勇者がまだ震えていた。
「ブルブルブル……」
「……寒い」
アリンの言葉に、エリーの心も少し痛む。
ミッシェルは二人の姿を見ながら、しばらく黙っていた。
そして、ふっと息を吐く。
「戻ってきたら、服を与えましょうか、姫様」
「そ、そうですね」
エリーも頷いた。
「もう十分ですね」
その言葉を聞いたアリンは、嬉しそうに微笑んだ。




