食中毒?
10月12日に改稿しました。
北へ向かう旅、三日目。
夕方、五人は野営の準備を始めていた。
「そういえばさ、三人とも料理ぐらいできた方がいいんじゃないか?」
優太の提案に、エリーが目を丸くした。
「料理ですか?」
「そう。旅をしてるんだから、自分たちで作れた方が便利だろ」
「確かに、覚えておいて損はありませんね」
ミッシェルも頷いた。
「せっかくですから、今日は私たち三人で作ってみましょう!」
エリーが意気込むと、アリンも楽しそうに微笑んだ。
「私もやってみたいです」
「よし。じゃあ、今日は任せてみるか」
「任せてみる、じゃありませんよ。ちゃんと教えてくださいね!」
「分かってるって」
ところが、いざ料理を始めようとすると、食材が足りないことに気づいた。
「……昨日の残りのボア肉くらいしかないな」
荷物を確認した優太が言った。
「それだけじゃ、料理の練習にもなりませんね」
勝平が周囲を見回す。
「じゃあ、森で食材を探すか」
こうして五人は、近くの森へ入った。
木の根元や茂みを調べながら、食べられそうなキノコや野草を探していく。
「あっ!」
エリーが声を上げた。
茂みのそばに、形の整った美しいキノコが生えていたのだ。
「見てください! こんなに綺麗なキノコがありました!」
エリーは嬉しそうにしゃがみ込み、キノコへ手を伸ばした。
「エリー、見た目だけで判断するなよ」
優太が注意した、その直後だった。
ガシャンッ!
「きゃあっ!?」
金属音が響き、エリーの姿が檻の中に消えた。
「……え?」
優太が固まる。
「姫様!?」
ミッシェルが慌てて駆け寄り、檻の扉を開けようとした。
「すぐにお助けします!」
留め具を調べ、扉に手をかける。しかし、どうやら簡単には開かない。
そのとき、背後の茂みが大きく揺れた。
「ミッシー、後ろです!」
エリーの叫びにミッシェルが振り返る。
だが、間に合わなかった。
「ぐっ!?」
突進してきたボアの体当たりを受け、ミッシェルの体が横へ吹き飛ばされた。
ボアはそのまま森の奥へ走り去り、ミッシェルは苦痛に顔を歪めながらも立ち上がった。
「ミッシー!?」
エリーが悲鳴を上げたところへ、騒ぎを聞きつけた優太、勝平、アリンが駆け寄ってきた。
「……何やってるんだ、お前ら?」
優太は檻の中のエリーと、立ち上がったばかりのミッシェルを見比べた。
「なんで森の中に檻があるんだよ……」
勝平も困惑した様子で周囲を見回す。
アリンは檻の中のエリーを見るなり、くすくすと笑った。
「エリーさん、なんか可愛いです」
「可愛くありません! 早く助けてください!」
エリーが顔を赤くして訴える。
優太はそこで、エリーが手に何かを持っていることに気づいた。
「……エリー。それ、キノコか?」
「そうです!」
エリーは檻の中で胸を張り、手にしたキノコを掲げた。
「見てください! 美味しそうでしょう?」
「いや、今そんな自信満々に見せられても……」
勝平が呆れた声を漏らす。
アリンは笑うのをやめ、エリーの手元を覗き込んだ。
「ちょっと見せてくださいね」
キノコを受け取ると、アリンは杖を向けた。
「アリン98の秘技――アナライズ!」
淡い光がキノコを包み込む。
結果を確認したアリンは、静かに告げた。
「……やっぱり毒でした」
「やっぱり!?」
エリーの顔が引きつった。
「食べると、血を吐いて激しく苦しみ、最後には命を落とすそうです」
「怖すぎるでしょう!」
勝平が思わず一歩下がった。
「そ、そんなに危険なんですか……?」
エリーは手元のキノコを見つめた。
「はい。食べない方がいいです」
「いりません!」
エリーはキノコを勢いよく放り投げた。
「美味しそうだったのに……!」
「そこは諦めろよ!」
優太が即座に突っ込む。
アリンは檻の留め具を調べ、手際よく扉を開けた。
「開きましたよ」
「ありがとうございます、アリンさん……」
エリーはようやく檻から出ると、気まずそうに目をそらした。
「……今のことは忘れてください」
「無理だろ」
「優太さん!」
「はい、すみません」
優太は素直に謝ったものの、笑いをこらえきれていなかった。
ミッシェルも体の具合を確かめながら、エリーのそばへ戻る。
「姫様、お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です。ミッシーこそ、平気なんですか?」
「はい。ご心配には及びません」
ミッシェルはそう答えたが、まだ少し痛そうに顔をしかめていた。
「……とにかく、食材を探そうぜ。日が暮れるぞ」
勝平が促すと、五人は再び森を歩き始めた。
今度はアリンに確認してもらいながら、食べられるキノコや野草を集めていく。必要な分の食材がそろう頃には、空もすっかり夕暮れ色に染まっていた。
◇
野営地へ戻ると、さっそく料理が始まった。
「まずは火ですね」
アリンが薪に杖を向ける。
「ファイア」
小さな炎が薪に燃え移った。
「おお、アリンは本当に便利だな」
「便利という言い方は、少し気になります……」
アリンは頬を膨らませたが、すぐに料理の準備へと戻った。
食材を切り始めると、ミッシェルが驚くほどの速さで包丁を動かし、野菜もキノコも一瞬で細かくしていった。
「すげえ……ミッシェル、料理できたんじゃないか?」
「いえ、初めてです」
優太が切り終えた食材を見て、言葉を失う。
そこにあったのは、野菜でもキノコでもなく、見事なペースト状の何かだった。
「……ミッシェル。これは?」
「切りました」
「切るって、そういうことじゃないだろ!」
勝平のツッコミが飛ぶ。
「細かくしただけです」
「細かすぎるんだよ!」
優太も思わず声を上げた。
アリンは魔法で食材を切ろうとして地面に落とし、勝平に包丁を使うよう注意される一幕もあったが、どうにか調理は進んでいった。
そして、完成した鍋を覗き込んだ五人は、そろって黙り込んだ。
料理は、なぜか黒かった。
「……これ、本当に食べられるんでしょうか?」
エリーが不安そうに尋ねる。
「たぶん……」
勝平も自信がなさそうだった。
「せっかく作ったんですから、食べましょう」
ミッシェルが覚悟を決めたように言う。
アリンも小さく頷いた。
「そうですね。頑張って作りましたから」
その様子を見ていた優太が、ふと思いついたように顔を輝かせた。
「いやあ、憧れのエルフ、アリンの手料理が食べられるなんて感動だな!」
アリンの顔がぱっと明るくなる。
優太は鍋を見て、言葉を付け足した。
「……若干二名、別の意味で不安だけど」
「優太さん、文句あるんですか?」
エリーが少し拗ねたように頬を膨らませた。
「いやいや、そういう意味じゃなくて!」
優太は慌てて誤魔化すように鍋へ向き直った。
「さぁ~、憧れのエルフのアリンが作ってくれたご飯、食べるか!」
「だから、私も作りました!」
エリーがむきになって言い返す。
「分かってる、分かってるって!」
優太は鍋から料理を取り分け、口へ運んだ。
もぐもぐと咀嚼する。
そして――。
「……っ」
優太の目に涙が浮かんだ。
「優太さん? どうですか?」
アリンが緊張した面持ちで尋ねた。
優太は涙を流しながら、震える声で答えた。
「憧れと現実は……違うんだな……」
「どういう意味です?」
アリンは少し唇をとがらせた。
その隣で、エリーも料理を一口食べた。
もぐもぐ。
ごくん。
そして、無表情のまま告げた。
「……これは、アリンが一人で作りました」
「えっ!? エリー、さっき自分も作ったって――」
「アリンが一人で作りました」
「二回言った!?」
勝平が吹き出す。
「ちょっと待ってください!どういう事ですか!」
アリンが慌てて抗議するが、優太は涙を拭いながら鍋を見つめていた。
「……期待って、怖いな」
「優太さん!」
アリンの頬がさらに膨らむ。
それでも、せっかく五人で作った料理を残すわけにはいかなかった。
優太と勝平も腹をくくり、五人は何とか鍋を完食した。
◇
そして、翌朝。
「……気持ち悪い」
エリーは青ざめた顔でしゃがみ込んでいた。
「……私もです」
ミッシェルもお腹を押さえ、苦しそうに顔をしかめている。
「お腹が痛いです……」
アリンまでその場に座り込んでいた。
一方、優太と勝平は何事もなかったかのように伸びをしていた。
「今日もいい朝だな」
「昨日より元気かもしれないな」
二人が平然としているのを見て、エリーは信じられないという顔を向けた。
「……なんで二人は平気なんですか?」
「さあ? 俺たち、別に変なもの食べてないぞ」
「昨日、同じものを食べたじゃないですか……!」
エリーが恨めしそうに言う。
「俺たちには筋……超回復があるからな」
勝平が答えかけた。
「そ、そうだったな」
優太も慌てて頷く。
エリーは二人をじっと見た。
「……筋肉って言いかけました?」
「勇者のスキルかな」
優太は笑って誤魔化した。
「そんなことより……私たちをどうにかしてください……」
ミッシェルが苦しそうに訴えた。
「ああ、そうだった」
優太は三人の様子を見て、ようやく真面目な顔になった。
「でも、毒は入ってなかったはずですよね?」
「毒はありませんでした……」
アリンが苦しそうに答える。
「じゃあ……三人が料理したことで、毒に変わったんじゃないか?」
「そんなわけないでしょう!」
エリーが勢いよく顔を上げた。
「料理で毒になるわけないでしょう!」
ミッシェルも悔しそうに優太を睨み、アリンも不満そうに頬を膨らませた。
しかし、怒っている途中でエリーは再びお腹を押さえてしゃがみ込んだ。
「……ううっ」
「姫様!」
ミッシェルが慌てて支える。
優太は三人を見て、ふと何かを思い出した。
「あれ……エリー、お前、聖女だろ?」
エリーの動きが止まった。
「……あ」
勝平も目を見開く。
「そういえば!」
「……そうでした」
エリーは自分の手を見つめた。腹痛に苦しむあまり、回復魔法を使うことすら忘れていたらしい。
「私、回復魔法が使えます……」
「忘れるなよ!」
「忘れちゃ駄目だろ!」
二人が声をそろえて叫んだ。
「すみません……!」
エリーはなんとか立ち上がり、三人に手を向けた。
「ヒール!」
柔らかな光が三人を包み込む。
しばらくすると、苦しそうだった表情が和らいでいった。
「……治りました」
ミッシェルがほっと息を吐く。
「私も大丈夫です」
アリンもゆっくりと立ち上がった。
「よかったな」
優太が笑うと、エリーは真剣な顔で二人を見た。
「……優太さん、勝平さん。次はちゃんと料理を教えてくださいね」
「私も、次こそはきちんと切ってみせます」
ミッシェルも力強く頷いた。
「私も、もう少し料理を覚えてみたいです」
アリンまで続いた。
優太と勝平は顔を見合わせる。
「……俺たち、また教えるのか?」
「そうなるな」
「大変そうだな」
「……だな」
二人は昨夜の黒い鍋を思い出し、そろって遠い目をした。




