私は臭くありません
北へ向かう旅、三日目。
五人は朝から街道を歩いていた。
昨夜、初めて野営を経験した優太と勝平は、少しずつ旅に慣れてきたようだった。
「野営も、やってみれば何とかなるもんだな」
「だな。昨日は普通に寝られ……たしな」
優太は夜中の出来事を思いだしながらも平常心を装った。
「私は少しだけ身体が痛いですけどね」
エリーが苦笑する。
そんな会話をしていたとき、街道脇の茂みが一斉に揺れた。
「何かいます」
ミッシェルが足を止めた直後、茂みから大量の魔物が飛び出してきた。
「多っ!」
優太が叫ぶ。魔物は次々と現れ、あっという間に五人を取り囲んだ。
「散開します!」
ミッシェルが先陣を切り、剣で迫る魔物を斬り伏せる。
「行くぞ!」
「おう!」
優太と勝平も拳を振るい、魔物を次々と殴り飛ばした。エリーは後方から光の魔法を放ち、アリンも杖を振って援護する。
五人は互いにフォローしながら戦っていたが、倒しても倒しても魔物が押し寄せてくる。
「こいつら、何匹いるんだよ!」
優太が叫ぶ。
「倒しても後ろから来るぞ!」
勝平も応戦しながら声を上げた。
そのとき、アリンが一歩前へ出た。
「私に任せてください」
「アリン、何かあるのか?」
「もちろんです。長く生きてきた分、私にも得意な技があるんです」
アリンが杖を掲げると、足元に巨大な魔法陣が広がった。
周囲の風が強まり、草木が激しく揺れる。アリンは仲間たちを振り返り、どこか自慢げに笑った。
「これが、私の積み重ねてきた技です!」
杖を振り下ろす。
「アリン98の秘技――ブレイドストーム!」
轟音とともに巨大な竜巻が発生した。
竜巻は魔物たちを次々と巻き上げ、その内部で無数の風の刃が荒れ狂う。逃げる間もなく切り刻まれた魔物たちは、竜巻が通り過ぎる頃には一匹も残っていなかった。
「……すげえ」
優太が呆然と呟く。
アリンは杖を下ろし、胸を張った。
「ふふん! どうですか?」
「なあ、アリン98の秘技って言ってたけど、98って何だ?」
勝平が首を傾げる。
アリンの笑顔が固まった。
「そ、それは……女性に簡単に尋ねていい数字ではありません!」
「数字?」
優太が不思議そうに首を傾げた。
「……もしかして、年齢か?」
「……そうです」
「やっぱり98歳なんだ!」
「だから、大声で言わないでください!」
アリンは慌てて周囲を見回した。
「でも、98歳ってすごいな」
優太が素直に感心する。
「エルフは長生きなんです。人間と一緒にしないでください。二千歳くらいまで生きるんですよ」
「じゃあ、98歳ってまだ若いのか?」
「当然です! 私はまだ若いです!」
「……若い。98歳が?」
勝平が首を傾げる。
「若いんです!」
アリンは頬を膨らませた。
「……はい」
勝平は、それ以上何も言わないことにした。
二人はとりあえず頷いた。
その直後、勝平が鼻を動かした。
「……なんか臭くないか?」
「あっ、確かに」
優太も自分の身体の匂いを確かめる。
「そういえば、俺たち風呂に入ってないよな」
「三日くらいか?」
「三日だな……」
二人は顔を見合わせた。
「……臭いな」
「日本人には、この状態は無理だろ」
優太は以前、エリーに同じようなことを言ったのを思い出し、隣に目を向けた。
「……エリーも臭いな」
「臭くありません!」
エリーが即座に否定する。
すると、ミッシェルが真顔で言った。
「姫様は姫ですから臭くありません」
「どういう理屈だよ……」
優太は呆れながら、今度はミッシェルを見た。
「……ミッシェルも臭いぞ」
「……」
ミッシェルの顔が赤くなった。
「二人とも、少しこちらへ来てください」
「え?」
次の瞬間、二人の頭に拳が落ちた。
ゴンッ!
「痛っ!」
ゴンッ!
「何で俺まで!」
「余計なことを言ったからです」
二人は頭を押さえてしゃがみ込んだ。
「旅って……大変だな」
「本当だな……」
優太と勝平がしみじみ呟くと、アリンが杖を持ち上げた。
「私、魔法で綺麗にできますよ。クリーンを使えば、身体も服も綺麗になります」
「おお! じゃあ、さっきの98の秘技で――」
「違います! クリーンです!」
「……ああ、そうか。あの98のやつな」
「98のやつ」
勝平まで頷いた。
「さっきの98歳のやつ」
「……」
アリンの頬がぷくっと膨らんだ。
「98、98って……そんなに年齢を強調するなら、二人にはクリーンをかけてあげません!」
「えっ、そんな!」
勝平は一瞬考えたあと、悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ、かけてくれないなら……アリンを汚してやる」
「……っ」
アリンの目に涙が浮かんだ。
「おい、勝平! 何を言ってるんだ!」
優太が慌てた、その瞬間。
ゴンッ!
「痛っ!」
ゴンッ!
「いったぁ!」
二人の頭に、ミッシェルの拳が再び落ちた。
「何を言っているんですか、あなたたちは!」
優太と勝平は頭を押さえ、すぐさまアリンに向き直った。
「すみませんでした!」
「ごめんなさい!」
「さっきのは冗談です!」
「本当に反省しています!」
エリーが呆れた顔で二人を見下ろす。
「土下座までして……」
アリンは二人をじっと見つめたあと、小さく頷いた。
「……今回は特別に許してあげます」
「ありがとうございます!」
二人がほっと胸を撫で下ろす。
「ただし、次に98歳って言ったら、クリーンは自分で覚えてくださいね!」
「……はい」
「……はい」
エリーは、すっかり大人しくなった二人を見て笑った。
「なんだか、旅らしくなってきましたね」
ミッシェルも小さく笑う。
アリンはまだ少し頬を膨らませていたが、やがて満足そうに胸を張った。
「そうです! 私はまだ若いんですから!」




