第35話 未来で見つかる《観測室》には、地球上の住所がなかった
《観測室》が未来のどこで発見されるのか。
それを調べれば、今のうちに現地へ行けるかもしれない。
昨夜までは、そう考えていた。
結論から言えば。
その考えは、最初の検索で崩れた。
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【質問】《観測室》って結局どこのダンジョンにあるの?
381:名無しの探索者
どこのダンジョンにもない
382:名無しの探索者
じゃあ発見場所どこだよ
383:名無しの探索者
その質問がもう間違ってる
384:名無しの探索者
地図上の座標ないぞ
385:名無しの探索者
意味分からん
386:名無しの探索者
五つの前駆接続点から
全部「同じ場所」に観測された空間だからな
地球側の住所を一個に決められない
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朝からアークの会議室で未来掲示板を読んでいた俺は、そこまで表示したところで手を止めた。
「住所がない……?」
「何がだ?」
向かいで八年前の記録を整理していた榊原さんが顔を上げる。
「《観測室》です。未来でどこから見つかるのか調べたんですけど、地球上の座標がないらしいです」
「未来の掲示板の言い回しじゃなく、分かっている事実だけ読め」
「相変わらず厳しいですね」
「名前に引っ張られるなと昨日言った」
「分かってます」
検索結果をさらに読み進める。
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387:名無しの探索者
正確には
「五地点から共通して観測された非地理空間」
388:名無しの探索者
最初は残留前駆反応の誤解析だと思われてた
389:名無しの探索者
五地点それぞれから測ると
同じ内部構造が返ってくるんだよな
390:名無しの探索者
入口五個
部屋一個
391:名無しの探索者
入口っていうか五窓
392:名無しの探索者
その五窓が八年前のP5地点と一致
393:名無しの探索者
だから《観測室》って名前になった
394:名無しの探索者
待って
じゃあ誰が中入ったの?
395:名無しの探索者
初観測と物理侵入は別
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「初めて見つけたときには、中へ入ってないみたいです」
俺が読み上げると、榊原さんの手が止まった。
「どうやって存在を確認した」
「そこを探します」
「佐伯さん」
三枝さんが横から口を挟んだ。
昨日からアーク安全運用室の所属になったばかりだが、すでに普通に会議へ参加している。
「未来で中に入る方法まで分かっても、今すぐ試すのはやめたほうがいいと思いますよ」
「まだ試すって言ってませんよ」
「顔が『入れないかな』って顔してます」
「俺そんなに分かりやすいです?」
「かなり」
最近、全員から同じことを言われている気がする。
ただ。
三枝さんの指摘自体は正しかった。
未来で安全にできたことが、今安全だとは限らない。
本発生後と発生一年前では、前駆粒子の濃度も、人類側の技術も違う。
何より。
八年前に五か所が接続した《七分間》が、自然に終わったから大きな被害が出なかった可能性もある。
こちらから再び開くような真似をして。
同じ結果になる保証はない。
「中へ入る方法じゃなく、最初にどうやって存在を確認したかだけ調べます」
「それなら」
三枝さんが頷く。
「あと、実験するなら人を置かない方法でお願いします」
「もう安全担当の仕事してますね」
「そのために雇ったんだろ」
昨日まで荷役作業員だった人から言われると、不思議な感覚だった。
◇
未来掲示板で《観測室》の「初観測」を追うと、意外な事実が分かった。
発見のきっかけは、探索者ではなかった。
ダンジョン攻略中でもない。
未来の榊原研究所とアーク・フロンティアが、日本国内に残る五つの《七分間》接触地点を再調査したことだった。
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【前駆史】観測室の初観測って何年?
701:名無しの探索者
本発生から四十一日後
702:名無しの探索者
意外と早いな
703:名無しの探索者
八年前同時接触事象を調べ直して
五地点に同期観測器置いたのがきっかけ
704:名無しの探索者
何か照射したんだっけ?
705:名無しの探索者
初回は何もしてない
完全受動観測
706:名無しの探索者
じゃあ何で分かったの
707:名無しの探索者
五地点の魔素揺らぎを時刻同期して比較したら
地理的に説明できない共通ノイズが出た
708:名無しの探索者
しかも五地点全部
遅延ゼロ
709:名無しの探索者
北海道と関東と中部で同じ揺らぎが
同時に出てるのに
周辺観測点では出ない
710:名無しの探索者
そこで「五地点は別々の場所を測ってるんじゃない」
ってなった
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「……これなら、できるかもしれない」
俺が呟く。
榊原さんがすぐ手を出した。
「見せろ」
「見えないでしょう」
「内容を読め」
言われたとおり、書き込みを最初から読み上げる。
榊原さんは途中からノートパソコンへ何かを書き始めた。
「未来では魔素揺らぎと呼んでるみたいですけど、今なら前駆粒子の変動を測れば――」
「理屈だけならできる」
「やっぱり?」
「喜ぶな。できることと、やっていいことは別だ」
三枝さんが横から頷いた。
「その言葉、録音して今後ずっと佐伯さんに聞かせたいです」
「俺そんな危ない人扱いなんですか?」
「未来を見てる人が『できるかもしれない』って言うと怖いんですよ」
否定しにくい。
榊原さんは気にせず続けた。
「受動観測だけなら、空間側へ何かを送り込む必要はない。こちらから粒子を照射もしない。五地点に同じ機器を設置し、精密時刻を合わせて自然変動を記録するだけだ」
「危険性は?」
「測定器を置くこと自体が接続へ影響しないという保証はない。ただ、今まで俺たちは同じ装置を複数の前駆現象地点へ持ち込んでいる。それで反応が強まった証拠は確認されていない」
三枝さんが手を上げた。
「なら、人は測定開始前に離す。それとP5本人は五地点へ連れていかない」
榊原さんが三枝さんを見る。
「理由は?」
「五人がいる場所を中心に接続した可能性が残ってるんでしょう。だったら、その可能性を否定できるまではわざわざ本人を置く必要ないですよね」
少しの沈黙。
「採用する」
榊原さんが言った。
三枝さん自身が驚いた。
「そんな即決で?」
「合理的だ。安全側に倒して観測精度が落ちない条件なら採用する」
「……研究者ってもっと現場の安全嫌がるかと思ってました」
「死んだ研究者はデータを増やせない」
「理由が研究者すぎるな」
俺も同じことを思ったが、黙っておいた。
◇
五地点すべてへ同時に観測器を設置するには、当然俺たちだけでは動けなかった。
すでに政府側が《七分間》の調査へ入っていたため、神代さんと御厨さんを通して関係自治体、施設管理者、土地所有者へ協力を依頼する。
理由は限定的に説明した。
八年前に複数地域で同時発生した計測異常の再調査。
危険な実験は行わない。
測定器を設置し、環境データを記録するだけそれでも五地点となれば、準備に時間がかかる。
俺は数日を覚悟した。
ところが。
「明日の午後には全部置けるそうです」
瀬尾から言われ、思わず聞き返した。
「そんな早く?」
「政府側で八年前の調査が正式案件になったので、現地へ別々の担当班を出せるそうです。機材も榊原さんが同型機を五台用意してました」
「いつの間に?」
「昨日の夜から準備していた」
榊原さんが後ろから答えた。
「観測室という名前が分かる前から、五地点の同時性を確認するには必要だった」
未来情報を知ってから動いた俺より未来を知らない人のほうが一手早かった。
少し悔しい。
「何だその顔」
「何でもないです」
「なら働け。比較用の対照地点も必要だ。五地点だけで同じ波形が出ても、日本全体で起きている変動なら意味がない」
最終的に観測対象五地点比較用五地点合計十地点へ同型センサーを配置することになった。
時刻同期は、通常のネット回線だけに頼らない。
各観測器に独立した高精度時計を持たせ、測定後にログを持ち帰って照合する。
もし前駆現象が通信そのものへ影響した場合でも。
「通信が乱れたせいで同じデータになった」という可能性をできるだけ減らすためだ。
そこまで説明されたところで。
三枝さんが言った。
「未来でやった実験より、今のほうが慎重だったりしません?」
俺は未来掲示板を開き。
一応調べてみた。
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【前駆史】発生前アークの五点観測って慎重すぎない?
821:名無しの探索者
結果知ってる側から見ると笑うくらい慎重
822:名無しの探索者
P5全員現地から外す
完全受動
対照点同数
人員退避後測定
823:名無しの探索者
そりゃ何が起きるか誰も知らなかったからな
824:名無しの探索者
逆
それやったから
後世の安全観測基準になった
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また。
未来が変わっている。
未来で《観測室》が初めて確認されるのは。
本発生から四十一日後だったはずだ。
なのに今。
「発生前アークの五点観測」という書き込みが存在している。
「変わりました」
俺が言うと。
瀬尾がすぐ振り返った。
「未来が?」
「はい。この観測、未来の歴史にもう載ってます」
「結果は?」
「そこまでは読みません」
自分で言って。
少し驚いた。
検索すれば分かるかもしれない。
明日何が観測されるのか何も出ないのか異常が出るのか。
でも今回は知る必要がない。
危険な兆候が未来にあるなら確認する価値はある。
しかし。
結果を先に知ってしまえば。
俺たちは明日のデータを、その答えに合うよう見てしまうかもしれない。
榊原さんがこちらを見る。
「珍しいな」
「俺だって少しは学びますよ」
「なら検索履歴を閉じろ」
「そこまで信用ないです?」
「ない」
三枝さんと瀬尾まで頷いた。
本当に味方がいない。
◇
翌日。
午後二時。
十地点すべての人員が観測器から十分な距離まで退避したことを確認した。
開始操作も遠隔では行わない。
機器はあらかじめ設定された時刻になると自動で記録を始める。
何か異常が起きても、人間は近づかない。
終了後も一定時間を置き、前駆粒子濃度に変化がないことを確認してから回収する。
アークの会議室に。
俺たちはいた。
現地映像は見られる。
ただし観測器そのものからリアルタイムで測定値を送らせてはいない。
「今すぐ数字見られたほうが楽なんですけどね」
俺が言うと。
三枝さんが首を振った。
「何か出たら佐伯さん、現地に『もう一回測れません?』とか言い出しそうだから、これでいいです」
「俺を何だと思ってるんですか」
「未来が見える好奇心強い社長」
かなり嫌な肩書きだった。
午後二時十分。
異常なし。
二時十五分。
八年前。
最初の《七分間》が始まったと推定される時刻。
もちろん。
何も起きない。
空が変わることも。
存在しない扉が現れることも。
現地カメラには。
いつもの景色が映っているだけ。
二時二十二分。
七分が過ぎる。
何もなかった。
「終わりですか?」
俺が尋ねる。
「予定どおり三時まで記録する」
榊原さんは動じない。
「八年前と同じ時刻に起きるという根拠はない。時間を合わせたのは比較条件を一つ揃えただけだ」
その通りだった。
未来の出来事に意味を持たせすぎていた。
三時。
記録終了。
さらに三十分。
現地の簡易測定で異常なし。
ようやく機器回収許可が出た。
「何もなかったですね」
瀬尾が言う。
「それも結果だ」
榊原さんは平然としている。
俺も少しだけ肩透かしを感じた。
たぶん。
どこかで期待していたのだ未来の《観測室》へ何かつながることを。
でも。
安全に何も起きず終わったなら。
それでいい。
◇
結果が変わったのは機器を回収し十地点分の記録を一つの端末へ集めてからだった。
午後五時十九分。
榊原さんが。
突然。
キーボードを叩く手を止めた。
「佐伯」
「はい?」
「来い」
声が違った。
俺と瀬尾。
神代さん。
三枝さん。
全員が榊原さんのモニターへ集まる。
十本のグラフ。
上段五本が《七分間》の接触地点。
下段五本が対照地点。
「これが何です?」
「二時十五分からじゃない」
榊原さんが。
時刻表示を拡大する。
午後二時〇三分十七秒。
「観測開始から三分十七秒後。対象五地点だけ、同時に前駆粒子濃度が下がっている」
「下がる?」
「〇・四パーセント程度だ。単独なら誤差として捨てる」
五本の線。
確かに。
ほんのわずかに下がる。
そして。
二秒後。
戻る。
「対照地点は?」
「変化なし」
「全国的な変動では?」
「だから対照を置いた」
次。
午後二時〇七分四十一秒。
また。
五地点だけが。
同時に下がる。
次。
二時十二分〇八秒。
同じ。
二時十六分三十二秒。
同じ。
二時二十分五十六秒。
「間隔……」
瀬尾が画面へ顔を近づける。
「ほぼ同じじゃないですか?」
榊原さんが計算結果を出す。
「平均二百六十四・九秒。誤差〇・七秒以内」
三枝さんが眉を寄せた。
「自然にこんな一定間隔になるんですか?」
「分からない」
榊原さんは即答した。
「だから、まだ意味を付けるな」
それでも。
変だった。
数百キロ離れた。
五地点。
そこだけで。
同じ時刻に。
同じ形の微弱な変動が起きている。
「波形を重ねる」
榊原さんが操作する。
五地点それぞれの地理情報を消し。
時間軸と濃度変化だけにする。
五本。
ほとんど重なった。
八年前のP5の。
初期取り込み反応を見たときと。
似た光景だった。
「同じ発生源?」
俺が尋ねる。
「可能性の一つだ」
「遅延は?」
「今の測定精度では検出できない。少なくとも、日本国内を物理的に何かが伝播した速度では説明しづらい」
神代さんが腕を組む。
「つまり、未来の記録にあった『共通ノイズ』を、我々は本発生前に観測した?」
「未来の情報を証拠にはしない」
「もちろんだ。今のデータだけで聞いている」
榊原さんは。
しばらく。
画面を見た。
「対象五地点が、地理とは別の何かを共有している可能性は高くなった」
それが今言える最大限だった。
十分だった。
《観測室》そのものを見たわけではない。
内部構造も。
五つの開口部も。
まだ何も確認していない。
それでも日本各地の五地点が今この瞬間にもどこか同じものへつながっている可能性がある。
◇
「もう一つある」
榊原さんが言った。
画面を。
少し先へ送る。
三時。
観測終了。
機器は。
設定どおり記録を止めている。
当然。
その先にデータはないところが。
「停止直前のこれを見ろ」
三時ちょうどの最後の数秒五地点全部で前駆粒子濃度が一度だけ上がっている。
それまでの変動とは逆。
「最後だけ増えた?」
「ああ」
しかも今度は〇・四パーセントではない二・一パーセント。
明らかに大きい。
「機器を止めた影響は?」
「測定装置は粒子を発生させない。停止処理による電気的ノイズも確認したが、対照地点には出ていない」
榊原さんは。
五地点の波形を重ねた。
また。
同じだった。
俺は。
嫌な想像をした。
「観測をやめたことに……反応した?」
「言うな」
「でも」
「今それを言葉にすると、次のデータを全部その仮説で見ることになる」
榊原さんの声は。
いつもより低かった。
つまり彼も同じことを考えたのだ。
こちらからは何も送っていない刺激していない。
開こうとしていない。
ただ。
五地点を同じ時間に見ていただけ。
それなのに。
五地点の向こうにある何かが。
まるで。
観測が終わることを知っていたような。
変化をした。
「今日はここまでだ」
榊原さんが言った。
「追加観測は?」
「しない」
三枝さんが少し安心したように息を吐いた。
「少なくとも、このデータを外部の人間にも検証させるまで二回目はやらない。同じ装置。解析方法。時計補正。全部疑う」
「賛成です」
三枝さんが即答した。
「俺もです」
今回だけは未来掲示板を開くのを少し迷った。
調べればたぶん分かる。
今の最後の変動が何だったのか未来でどう解釈されているのか。
でも。
危険があるかどうかだけは確認したほうがいい。
俺は検索欄へ。
《発生前 五点観測 危険》
と入れた。
検索。
---
【前駆史】発生前の五点受動観測って今読むと怖すぎない?
911:名無しの探索者
初回のやつ?
912:名無しの探索者
そう
完全受動なのに
五地点同期反応が出たやつ
913:名無しの探索者
あれで観測室の存在
本発生前に間接確認されたんだよな
914:名無しの探索者
本発生前にそこまで間接観測できてたの、今考えるとかなり早いよな
915:名無しの探索者
当時はまだ《観測室》って名前すら付いてなかったはず
916:名無しの探索者
で
何が怖いの?
917:名無しの探索者
観測終了時の逆位相反応
918:名無しの探索者
あれ後の解析で意味分かっただろ
---
そこまで読む次へ指を動かす前に止めた。
知るべきか。
一瞬迷った危険性に関係するなら読む。
---
919:名無しの探索者
何だったの?
920:名無しの探索者
観測室側で
同じ時間に観測が始まってる
921:名無しの探索者
は?
922:名無しの探索者
アークが五地点を見始めたあと
向こうも
五地点を見始めた
923:名無しの探索者
つまり
924:名無しの探索者
初回の五点観測は
人類が観測室を見つけた日じゃない
観測室に
もう一度見つかった日
---
そこで俺はスマホを伏せた。
八年前七分間だけ何かが未来の世界TOP5になる五人の近くへ触れた。
そのあと八年間何も起きなかった。
少なくとも俺たちはそう思っていた。
そして今日。
俺たちは五地点を同時に観測した。
それだけだった。
なのに。
もし未来の解析が正しいなら。
こちらが向こうを見つけるより先に。
向こうもこちらが見ていることに気づいた。
ダンジョン本発生までまだ一年近くある。
それなのに八年前に閉じたはずの《観測室》が今日もう一度こちらを見始めた。




