第34話 八年前の七分間、未来のTOP5は全員『異常が最も強かった場所』にいた
八年前に起きた《七分間》について調べ始めて、最初に分かったのは、未来の世界ランキングTOP5だけが異常に巻き込まれたわけではないということだった。
九条さんがいた体育館。
凛が母親と訪れていた公園。
東雲さんの生活圏。
深町さんがいた図書館周辺。
神代朔夜が家族といた場所。
どこも無人ではない。
むしろ時間帯を考えれば、人がいるほうが当然だった。
八年前の記録を掘り起こせば掘り起こすほど、当時その周囲にいた人間が増えていく。
「現時点で、異常が発生したと推定される範囲内にいた可能性が高い人物は四十三人」
翌朝。
神代征司さんが会議室の大型モニターへ一覧を表示した。
「これは氏名まで確認できた人数だけだ。公園や道路のような公共空間には、記録に残っていない通行人もいただろう。実際の人数はもっと多いと考えたほうがいい」
四十三人。
未来ランキングTOP5は、そのうち五人。
まだ全員へ連絡できたわけでもないし、八年前の出来事について覚えている人間ばかりでもない。
それでも、一つだけははっきりした。
「五人だけを狙って起きた、とは言えないですね」
「少なくとも現時点ではな」
榊原さんが答える。
「そもそも『狙った』という表現自体を使うには早い。観測室という未来の呼称に引っ張られるな。名前を付けたのが誰なのか、何を根拠にそう呼んだのかも分かっていない」
「分かってます」
「昨日から三回言っている」
「分かってますって」
「ならいい」
未来掲示板で《観測室》という言葉を見つけてから、どうしても頭の中で「誰かがこちらを見ていた」というイメージが先に立つ。
榊原さんは、それを警戒している。
正しい。
扉があるから誰かが作ったとは限らない。
観測室と呼ばれているから、本当に観測する目的で存在したとも限らない。
未来ですら名称だけが独り歩きしている可能性はある。
「それで、他の人たちにも例の測定をするんですか?」
三枝さんが尋ねた。
正式にアークの安全運用室へ加わってから、まだ一日しか経っていない。それでも、昨日までと同じ作業着姿で会議室に座っているせいか、不思議と新入社員という感じがしなかった。
「本人の同意が得られた人だけだ」
榊原さんは即答する。
「八年前に同じ場所にいたというだけで、全員を研究対象扱いするつもりはない。まず事情を説明し、測定内容と目的を理解してもらう。そのうえで協力してくれる人だけ調べる」
「聞き取りも?」
「同じだ」
「なら、質問する側が答えを誘導しないようにしたほうがいいですね」
三枝さんが言った。
「九条さんが『体育館が広く見えた』って覚えてるからって、他の人に『広く見えませんでしたか』って聞いたら、似た答えが出るかもしれない」
「質問票はそうしてある」
瀬尾が画面を共有した。
八年前の出来事について。
その時間帯に普段と違うことがあったか。
音、光、距離、時間、体調、機械、動物などについて、思い出せるものを自由に記述してもらう。
距離が伸びた。
扉が出た。
時間が飛んだ。
そういう今の俺たちが知っている言葉は、質問には入れていない。
「九条さん本人についても、昨日の聞き取り結果は補足扱いです」
瀬尾が続ける。
「今の九条さんは前駆接続による距離異常を知っています。八年前の体育館の記憶を、現在知っている現象と結びつけて思い出している可能性がありますから」
そこは重要だった。
九条さん自身も、昨日電話を切る前に言っていた。
『今思えば、あれ今の距離がおかしくなる奴と同じだったんじゃねえか』
当時は意味が分からなかった。
だから、ただの目の錯覚として忘れていた。
今は知識があるから関連づけられる。
なら、八年前から「前駆現象だと分かっていた」わけではない。
それを現在の知識で後から意味づけしている。
だからこそ。
本人以外の証言が必要だった。
◇
最初に協力してくれたのは、八年前に九条さんと同じ体育館にいた人物だった。
現在は県外で働いているため、聞き取りはオンラインで行う。
九条さん本人には同席してもらわなかった。
事前に九条さんの証言内容も伝えていない。
『あの日ですか。停電したのは覚えてますよ』
画面の向こうの男性は、最初にそう答えた。
『一瞬だったんですけど、体育館の照明が全部消えたんです。非常灯が点く前には戻ったと思います。顧問が電気系統の異常かもしれないって練習を止めました』
「照明以外に、普段と違うことはありましたか?」
質問するのは瀬尾だった。
俺たちは横で聞くだけにしている。
『うーん……』
男性はかなり長く考えた。
八年前なのだから当然だ。
無理に答えてもらう必要はない。
『変なことっていうほどじゃないんですけど、一回だけパスが届かなかったんですよね』
「パス?」
『はい。九条に投げたボールが、思ったより手前に落ちたんです。俺がミスったと思ってました』
瀬尾の手が止まらない。
「普段より弱く投げた可能性は?」
『ありますよ。八年前ですから、そこまでは覚えてないです。ただ……』
男性が少し眉を寄せる。
『そのあと九条が「体育館広くなってねえか」みたいなこと言った気がします』
俺は思わず顔を上げた。
九条さん本人の昨日の証言とは、少し違う。
本人は「隣にいた奴が先に言った」と記憶していた。
こちらは九条さんが言ったと覚えている。
八年前の記憶だ。
どちらかが間違っていてもおかしくない。
重要なのは、発言者ではなかった。
「あなた自身は、広く見えましたか?」
『……見えたというより、遠かった気がするんですよ』
男性は慎重に言葉を選んだ。
『バスケやってると、体育館の距離って身体で覚えるじゃないですか。壁まで何メートルとか考えてなくても、ボール追って走ればだいたい分かる。でもあのとき、一瞬だけ奥まで遠い感じがした。電気消えたせいで目がおかしくなったと思ったんですよ』
同じだった。
言葉は違う。
記憶も完全には一致しない。
それでも。
「いつもの距離ではなかった」という感覚だけが。
二人に残っている。
『それ、何か関係あるんですか?』
「まだ確認中です」
瀬尾が答える。
『九条、また何か変なことに巻き込まれてます?』
俺は笑いそうになった。
どうやら昔からそういう扱いだったらしい。
「本人は元気です」
『ならいいです。あいつなら多少変なのに巻き込まれても大丈夫そうですけど』
未来世界二位について。
八年前の友人から妙な信頼が寄せられていた。
◇
聞き取りと並行して、協力が得られた人への前駆粒子測定も始まった。
最初の三人。
反応なし。
次の二人。
反応なし。
午後までに七人。
全員。
九条さんたちP5に見られたような、持続的な前駆粒子の取り込み反応は確認できなかった。
「これだけで『P5だけ』とは言うなよ」
俺が何も言っていないのに、榊原さんから先に釘を刺された。
「言ってませんよ」
「顔に出ていた」
「最近みんな俺の顔読みすぎじゃないですか?」
「分かりやすいからだ」
七人では少なすぎる。
そもそも八年前の五地点にいた全員を測れているわけでもない。
ただ。
少なくとも。
同じ異常を見たり、同じ時間帯にその場所にいた人間が、全員P5と同じ反応を残しているわけではないことは分かった。
三枝さんが測定結果を見ながら尋ねる。
「じゃあ、接触したかどうかだけじゃない?」
「その可能性が高くなっただけだ」
榊原さんが訂正する。
「接触量が違ったのかもしれない。体質かもしれない。年齢、距離、滞在時間、何らかの物質、あるいはまだ我々が測れていない条件があるかもしれない」
「場所が同じでも、立ってた位置が違ったとか?」
三枝さんが何気なく言った。
榊原さんの視線が止まった。
「……位置」
「何です?」
「八年前の位置だ」
立ち上がる。
「五地点全部で、P5本人がどこにいたか再構成できるか?」
神代さんがすぐ答えた。
「精度を問わなければ、ある程度は可能だろう。九条君は体育館。白石君は写真が残っている。東雲君と深町君も当時の記録と本人の記憶を合わせれば候補範囲までは絞れる。朔夜は私たち家族が一緒だった」
「異常が強く出たと推定できる範囲と、五人がいた位置を重ねる」
「中心点までは出せませんよ」
「点にする必要はない。どの程度重なっているかを比較できればいい」
話が。
また一つ。
進み始めた。
◇
もっとも再構成しやすかったのは凛だった。
母親が撮った写真が連続して残っていたからだ。
異常の直前。
公園内のどこにいたのか。
背景の遊具やベンチ、木の位置からかなり細かく割り出せる。
さらに八年前の公園図面も自治体に残っていた。
写真に写った四角い歪み。
当時の地震計や電子機器記録。
前駆現象が最も強かったと推定される位置。
それらを地図へ重ねる。
「白石がいたのはここだ」
榊原さんが地図へ印を付ける。
写真の歪みや当時の機器記録から推定した、異常が強く出ていた範囲を重ねる。
凛のいた位置は、その範囲と重なっていた。
「でも公園には他にも人がいたんですよね?」
「ああ。だから、これだけで白石だけが特別だったとは言えない」
次。
九条さん。
体育館のコート配置は現在とほぼ変わっていない。
練習メニューまで正確には残っていないものの、本人と元同級生の証言から、その時間帯にいた位置をかなり狭められた。
地震計の偏り。
照明異常。
距離が伸びて見えた方向。
それぞれ精度は粗い。それでも、異常が強かったと考えられる側と、当時の九条さんの位置は重なっていた。
同じ体育館にいた他の生徒より。
明らかに近い。
東雲さんは、旅館に残っていた昔の館内写真と本人の記憶。
深町さんは図書館側の利用記録と、当時一緒にいた家族の証言。
朔夜君については。
神代さんが、自分でも驚くほど細かく覚えていた。
「車の助手席側だ」
「駐車場のどこです?」
「ここだったと思う。当時、朔夜が車の時計を直そうとして助手席から乗り込んだ。私は運転席側にいて、美沙と娘は少し離れた場所にいたはずだ」
駐車場の防犯設備記録。
電力変動。
古い区画図。
電力変動や防犯設備記録から推定した異常範囲を重ねる。
朔夜君がいた助手席側は、その範囲に入っていた。
また同じ傾向だ。
最後まで。
誰も結論を口にしなかった。
誤差が大きい。
八年前の記憶も混ざっている。
証拠としては弱い。
それでも。
五地点全部。
同じ傾向だった。
異常範囲にいたのは、P5だけではない。
その周囲にも。
何人も人がいた。
でも。
前駆粒子の取り込み反応が八年後まで残っている五人は、それぞれの地点で、異常が強く出ていたと推定される範囲にいた可能性が高かった。
「……これ」
瀬尾が慎重に口を開く。
「五人が選ばれたんじゃなくて、一番強く浴びた人が、結果的に五人だったってことはないですか?」
「ある」
榊原さんが答える。
「逆もある」
「逆?」
「五人がそこにいたから、その位置を中心に現象が起きた」
会議室が静まる。
大きな違いだ。
たまたま一番近かったから。
強く影響を受けた。
それなら。
P5が特別になったのは結果だ。
でも。
五人がいた場所を中心に。
向こう側がつながったのなら。
話はまるで違う。
「どちらか分かります?」
俺が尋ねる。
「今のデータだけで分かるわけないだろ」
即答だった。
「だから勝手に物語を作るな。『選ばれた五人』なんて呼び始めたら、そこから全部の証拠を都合よく見ることになる」
「はい」
俺自身。
その危険性は分かる。
未来ランキング一位から五位。
全員日本人。
全員アーク。
そんな結果を先に知っているからこそ。
五人には最初から特別な運命があったのだと思いたくなる。
でも。
未来で強くなったから、過去まで運命だったことにはならない。
偶然に一番近い場所にいた五人が。
たまたま最も強く影響を受け。
結果として世界上位へ成長しただけかもしれない。
答えは。
まだ出さないほうがいい。
◇
俺は未来掲示板を開いた。
今度は。
答えそのものではなく。
《P5 曝露位置》
と検索する。
すぐに関連スレッドが出た。
---
【研究】P5が強かった理由って結局曝露量なの?
241:名無しの探索者
有力説の一つ
242:名無しの探索者
七分間の接触者はP5だけじゃないからな
243:名無しの探索者
五地点合計で結構な人数いた
軽い体調不良出た人もいる
244:名無しの探索者
でも長期の魔素取り込み反応残ったのがP5
245:名無しの探索者
全員、後年推定された高強度域にいたんだっけ
246:名無しの探索者
そう
少なくとも後年の再解析では
五人とも各地点の高強度域と位置が重なってた
247:名無しの探索者
じゃあ単純に一番強く浴びただけじゃん
248:名無しの探索者
そこまでは分からない
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現在の俺たちと。
未来の研究者が。
同じところまで来ている。
続きを読む。
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249:名無しの探索者
何が分からないの?
250:名無しの探索者
順番
251:名無しの探索者
?
252:名無しの探索者
中心にいたから適応したのか
P5がいた場所が中心になったのか
253:名無しの探索者
後者なら怖すぎるだろ
254:名無しの探索者
だから決着してないって
255:名無しの探索者
観測室の構造が見つかったあと
後者派が増えたけどな
---
指が止まった。
また。
《観測室》。
昨日見つけた未来の言葉。
「榊原さん」
「今度は何だ」
「未来でも、今と同じ疑問が残ってます。中心にいたから影響を受けたのか、五人がいたからそこが中心になったのか」
「そうか」
「それと、観測室が見つかったあとで後者を支持する人が増えたらしいです」
榊原さんの眉が動く。
「構造が関係する?」
「そこまでは書いてません」
「なら検索語を変えろ」
「また俺より未来掲示板使う気満々じゃないですか」
「使える情報を使わない理由がない。ただし答えを信じるんじゃなく、調べる場所を探すために使う」
たぶん。
俺より正しい使い方をしている。
検索する。
《観測室 構造 P5》
結果。
いくつか。
その中に、一つ妙なスレッドがあった。
---
【考察】観測室の五窓ってP5の件と本当に関係あるの?
71:名無しの探索者
公式は関連不明
72:名無しの探索者
五窓って呼び方が悪い
窓じゃない
73:名無しの探索者
じゃあ何?
74:名無しの探索者
壁面に五つの開口部がある
全部閉鎖されてた状態で発見
75:名無しの探索者
数まで同じだからP5と結びつけられてるだけじゃないの
76:名無しの探索者
それだけならな
---
「五つ……」
俺が呟く。
五地点。
五人。
そして。
観測室には。
五つの開口部。
次を表示する。
---
77:名無しの探索者
八年前のデータ再現した研究あるだろ
78:名無しの探索者
あれか
79:名無しの探索者
観測室側から開口部の推定接続方向を復元したやつ
80:名無しの探索者
結果だけ教えて
81:名無しの探索者
五つ全部
日本につながってた
82:名無しの探索者
それは知ってる
83:名無しの探索者
違う
日本のどこかじゃない
84:名無しの探索者
P5が八年前にいた五地点
---
誰も。
声を出さなかった。
未来の研究結果だ。
今の時点では証拠ではない。
観測室そのものさえ。
まだ俺たちは見つけていない。
だから。
事実として扱ってはいけない。
それでも。
昨日までの仮説とは。
意味が変わる。
向こう側に。
五つの開口部がある。
その五つが。
八年前。
日本の五地点へつながった。
そして。
その接続中心には。
未来の世界ランキングTOP5となる五人がいた。
「これでも偶然ですか?」
俺が尋ねる。
榊原さんは。
すぐには答えなかった。
「偶然かどうかを決めるのは最後だ」
モニターに。
五地点の地図が並んでいる。
「今やることは一つだ。観測室が未来でどこから見つかるのかを調べる」
「それを現在で探す?」
「見つけられるならな」
八年前。
ダンジョン発生より。
さらに七年も前。
五つの場所へ。
七分間だけ。
向こう側から穴が開いた。
その中心にいた五人は。
十年後。
全員が世界ランキングTOP5になる。
今まで俺は。
未来掲示板で。
英雄になる人間を探していると思っていた。
でも。
もしかすると。
俺が未来の名前を一人ずつ追いかけていた時点で。
もっと昔から。
別の何かが。
同じ五人を。
先に見つけていたのかもしれなかった。




