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第31話 世界TOP5全員を調べたら、ダンジョン発生前から同じ異常が出ていた

修正しましたv2.0

 世界ランキングTOP5全員が日本人で、しかも十年後には全員がアーク・フロンティアへ所属している。


 改めて考えてみれば、かなり不自然だった。


 世界中にダンジョンが発生するのだから、探索者も日本だけに現れるわけではない。未来掲示板を調べれば、アメリカにも中国にも欧州にも、中東にも南米にも化け物じみた探索者はいくらでもいる。国ごとの人口差やダンジョン発生数まで考えれば、世界一位から五位までが偶然すべて日本人になる確率など、かなり低いはずだ。


 それでも俺は今まで、深く考えてこなかった。


 未来掲示板にそう書かれているから。


 九条を見つけた。


 凛を助けた。


 東雲さんに会った。


 深町さんを知った。


 そして神代朔夜ともつながった。


 一人ずつ目の前の事情が違いすぎて、五人をまとめて見ることがなかったのだ。


 ところが昨夜、未来掲示板に残っていた書き込みは違った。


『全員日本人で、全員アーク。偶然で済ませるには偏りすぎだろ』


『その五人、「日本人だから集まった」んじゃない』


 その直後。


 スレッドそのものが削除された。


 未来掲示板で書き込みが消えることには、もう慣れている。


 俺たちが現在を変えれば、未来の記事も掲示板も書き換わる。それ自体はこれまで何度も起きてきた。


 ただ、今回は少し違う。


 俺は何もしていない。


 書き込みを読んだだけだ。


 なのに、その先だけが見えなくなった。


          ◇


「それで朝からランキングを睨んでたのか」


 九条が呆れた声を出した。


 翌朝。


 事務所の会議室には、俺、九条、凛、榊原さん、瀬尾が集まっていた。


 神代朔夜は学校があるので来ていない。東雲小春も旅館、深町律も自分の仕事がある。未来でTOP5だからといって、こちらの都合で全員を朝から呼び出すわけにはいかない。


「睨んでいたわけじゃありません。考えてたんです」


「同じだろ」


「違いますよ」


「で、その掲示板の奴が何なんだ?」


 九条は椅子の背にもたれながら、俺がホワイトボードへ書いた五人の名前を見る。


 一位、神代朔夜。


 二位、九条蓮司。


 三位、白石凛。


 四位、東雲小春。


 五位、深町律。


「未来で世界一位から五位まで全員日本人って、変だと思いません?」


「強い奴がたまたま日本に五人いたんだろ」


「九条さん、すごく雑ですね」


 凛が横から言うと、九条は肩をすくめた。


「実際そうかもしれねえだろ。世界ランキングなんて結果だ。俺らが何位になるかなんて、今の時点じゃ知らねえし」


「その考え方自体は正しいと思います」


 俺は頷いた。


 ランキングを原因と結果で逆にしてはいけない。


 五人が日本人だからTOP5になったわけではないし、TOP5になるために日本へ生まれたわけでもない。


 ただ。


「未来掲示板側でも不自然だと思われていたんです。それに、最後の書き込みが気になります。『日本人だから集まったんじゃない』って」


「アークに入ったから強くなった、という意味ではないんですか?」


 凛の質問に、俺は首を振った。


「それなら分かりやすいんです。でも、東雲さんが正式にアークへ入るのは本発生後ですし、深町さんも今はまだ技術協力の段階。朔夜君に至っては、昨日初めて事務所へ来ただけです。それなのに未来の五人が全員ここへ集まる」


 そこで、それまで黙っていた榊原さんがペンを置いた。


「順位の話はどうでもいい」


「榊原さん?」


「未来の人間が決めたランキングが一位だろうが百位だろうが、現時点では研究対象にならない。ただし、その五人に未知の共通項がある可能性は別だ。佐伯、お前が気にしているのはそっちだろ」


「はい」


「なら未来掲示板で答えを探す前に、現在分かっているデータを並べろ」


 やっぱり研究者は話が早い。


 榊原さんは立ち上がると、俺が書いたランキング順位の横へ、それぞれの現在の状況を書き足していった。


 九条蓮司。


 現在、明確な覚醒なし。


 白石凛。


 同じく、明確な覚醒なし。


 東雲小春。


 箱根の旅館地下で発生した前駆現象に接触後、《断界》の前兆と思われる現象を確認。世界で最初に公的記録へ残った覚醒者。


 深町律。


 建物消失型前駆現象への接触歴あり。本人の能力覚醒はまだ明確には確認されていない。


 神代朔夜。


 覚醒なし。昨日まで前駆現象への直接接触記録もなし。


「……こうして見ると、バラバラですね」


 瀬尾が言う。


「だからランキング以外の共通点があるなら、今あるデータだけでは分からない」


 榊原さんはそう答えたあと、パソコンを開いた。


「ただし、一つだけ調べられることがある」


「何です?」


「前駆粒子への反応だ」


 俺は思わず榊原さんの画面へ視線を向けた。


「東雲と深町は、現場で測定している。本人の周囲に前駆粒子がどの程度存在していたか、その後どう変化したかも記録が残っている」


「でも二人とも、異常現象の近くにいたんですよね。数値が高くても当たり前じゃないですか?」


 凛の疑問に、榊原さんは頷いた。


「現場直後ならな。だから今まで重要視していなかった」


 表示されたのは東雲さんの測定記録だった。


 旅館地下の異常が収束したあと。


 一時間後。


 三時間後。


 翌日。


 周囲の前駆粒子濃度そのものは急速に通常値へ戻っている。


 しかし。


「人間の周りだけ、数値が低い……?」


 俺がグラフを見ながら言うと、榊原さんが頷いた。


「正確には、東雲本人へ近づけたセンサーだけ局所的に濃度が落ちている。最初は機器誤差だと思った。本人が覚醒反応を出した直後だったから、何らかの残留現象だとも考えた」


 次に表示されたのは深町さんの記録。


 形は違う。


 数値も違う。


 しかし、人体へセンサーを近づけた瞬間だけ、周囲より前駆粒子濃度が下がる傾向は同じだった。


「放出してるんじゃないんですか?」


「逆だ」


 榊原さんは画面上の曲線を指した。


「吸っているように見える」


 会議室が静かになった。


「魔素を?」


 九条が尋ねる。


「今のところ俺たちが前駆粒子と呼んでいるものをな。ダンジョン発生後に魔素と呼ばれるものと同一かどうかは、まだ断定していない。ただ少なくとも、普通の人間にはこんな現象は起きない」


「普通の人間って、何人くらい調べたんです?」


「調査現場へ入った職員、研究員、施設関係者を合わせて四十七人。全員ではないが、比較用データは残している。局所的な濃度低下が継続して確認されたのは東雲と深町だけだ」


 四十七人。


 母数として十分とは言えない。


 それでも、ただの偶然として無視するには少し気になる。


 凛が自分の手を見る。


「じゃあ、私たちも測るんですか?」


「嫌ならやらない」


 榊原さんは即答した。


「危険な検査ではない。センサーを近づけるだけだ。ただし未来で強くなるという理由で人体実験扱いするつもりもない」


「それなら私は構いません」


 凛は迷わなかった。


 九条も面倒そうに手を上げる。


「俺もいいぞ。血抜かれたりしねえなら」


「採血はしない」


「ならやれ」


「もう少し自分の身体を大事にしてくださいよ」


「機械近づけるだけだろ?」


 相変わらずだった。


          ◇


 測定そのものは、拍子抜けするほど簡単だった。


 榊原さんが持ってきた小型センサーを机に固定し、まず誰も近づいていない状態の基準値を記録する。


 次に瀬尾。


 変化なし。


 俺。


 変化なし。


「佐伯さんは未来掲示板持ってても普通なんですね」


 凛に言われ、少し複雑な気分になる。


「普通でいいでしょう」


「なんとなく特殊反応が出そうだったので」


「スマホが変なだけで、俺自身は普通ですから」


「自覚あったんですね」


「どういう意味です?」


 そんなやり取りをしている間も、榊原さんだけは真面目に数値を記録していた。


 そして凛の番になる。


 センサーから一メートル。


 変化なし。


 五十センチ。


 わずかな低下。


 三十センチ。


 グラフが目に見えて動いた。


 十センチまで近づけると、基準値から約八パーセント下がったところで安定する。


 誰も喋らなかった。


 凛がゆっくり手を引く。


 数値が元に戻る。


 もう一度近づける。


 また下がった。


「……私、何かしてます?」


「してない」


「何も感じません」


「それも東雲と同じだ」


 榊原さんの声から、さっきまでの余裕が消えていた。


 九条も椅子から身体を起こす。


「次、俺か?」


「ああ」


 九条の場合は、さらに分かりやすかった。


 手を近づける前から、五十センチほどで数値が下がり始める。


 三十センチ。


 二十センチ。


 十センチ。


 基準値から十一パーセント低下。


 九条が手を退ければ戻る。


 近づければ下がる。


 三回繰り返しても結果は同じだった。


「何だこれ」


 さすがの九条も笑わなかった。


「今の時点で能力あるんですか?」


「それは分からない。粒子を取り込んでいるように見えることと、能力を使えることは別だ」


「でも東雲さんと深町さんと同じなんですよね?」


「現象としてはな」


 榊原さんはそこで黙り込み、過去データを開いた。


 東雲。


 深町。


 白石。


 九条。


 四人分の波形を重ねる。


 吸収量は違う。


 反応が始まる距離も違う。


 しかし、濃度が落ち始めるときの曲線だけが妙に似ていた。


「似てるってレベルですか?」


 瀬尾が尋ねる。


「分からん。サンプルが少なすぎる。ただ……」


 榊原さんは続きを言わず、スマートフォンを取った。


「神代に連絡する」


「征司さんですか?」


「息子のほうだ。本人の同意を取って、同じ測定をさせてもらう」


 俺は壁の五人の名前を見た。


 一位。


 二位。


 三位。


 四位。


 五位。


 まだ三人しか今ここにいない。


 でも。


 嫌な予感というより。


 何かがつながり始めた感覚があった。


          ◇


 朔夜が来られるのは学校が終わってからだった。


 その間、俺たちは東京湾の訓練施設へ移動した。


 三枝さんたちの三日目の避難訓練がある。


 未来ランキングの謎が気にならないと言えば嘘になる。今すぐ掲示板を検索したい気持ちもあった。


 それでも今日は今日で、やることがある。


 訓練参加者は十四人。


 一日目は四分四十六秒。


 二日目は三分十一秒。


 今日の課題は、避難開始後に通常の出口が使えなくなった場合の経路変更だった。


 これまでは訓練開始前に「第一通路は使えない」と伝えている。


 今回は違う。


 全員が避難を開始したあとで、防火シャッターを一か所下ろす。


 実際の前駆現象では、通路が途中で変化する可能性があるからだ。


 開始から五十秒。


 予定どおりシャッターが下りた。


 先頭にいた三人が立ち止まりかける。


 しかし昨日とは違った。


「後ろ止めて! こっち使えない!」


 一人が声を上げ、後続へ手で合図を送る。


 別の一人がすぐ横の経路図を見る。


「第三搬入口へ回る。戻って合流!」


 その判断を聞いた人間が、さらに後ろへ同じ情報を伝えていく。


 誰もシャッターへ近づかない。


 誰も理由を確認しようとしない。


 一度来た道を戻ることにも迷わなかった。


 最終退避。


 二分三十八秒。


 点呼完了。


 三分二秒。


 残留者ゼロ。


 再侵入者ゼロ。


「三分切れなかったな」


 三枝さんが記録を見ながら言った。


「いや、十分早いでしょう」


「でも最初の三人が十秒くらい止まった。あれ無くせる」


「三枝さん、だんだん競技みたいになってません?」


「昨日より悪くしたくないだけだよ」


 言いながらも、本人はかなり本気だった。


 神代さんが訓練記録を確認しながら、前日との違いを説明する。


「単純な時間なら二分台まで縮んでいる。それより大きいのは、経路変更の判断を責任者まで取りに戻らなかったことだな」


「勝手に判断していいんですか?」


 参加者の一人が尋ねた。


「異常領域へ近づかないという原則を守る限りは、現場で安全な経路を選んでもらう。すべての判断を上司へ確認する方式では、通信が切れたときに動けなくなるからだ」


 三枝さんがその説明を聞き、少し考える。


「それ、紙に入れたほうがいいですね。『分からないときは上司に確認』って普段から言われてる人ほど、止まると思うんで」


 また一つ。


 現場でしか出てこない修正だった。


 未来掲示板には、完成した《第六倉庫方式》しか載っていない。


 でも、その一行がどうして入ったのか。


 今の俺は知っている。


 三枝拓真が。


 まだアークへ正式加入する前に。


 倉庫の避難訓練をしながら考えたからだ。


「佐伯さん」


 訓練が終わったあと、三枝さんが呼び止めてきた。


「明日と明後日で、残りの班も一回ずつ回せそうです」


「予定どおりですね」


「うん。それで全部終わったら、前に言ってた話を聞かせてください」


「スカウトの?」


「そっち」


 三枝さんは少し照れくさそうに視線を逸らした。


「昨日までは、ここの連中がちゃんと逃げられるようになるまでは決める気なかった。でも、今なら話くらい聞いてもいいかなと思ってる」


 未来では知っている。


 あと二日。


 三枝拓真はアークへ入る。


 それでも俺は、その答えを先に口にしなかった。


「分かりました。全部終わったら、改めて話しましょう」


「条件悪かったら普通に断るぞ」


「それは困りますね」


「そこは『自由です』とか言えよ」


「断られると困るのは本当なので」


 三枝さんは呆れたように笑った。


 未来を知っていても。


 この二日間は。


 必要だと思う。


          ◇


 事務所へ戻った午後五時過ぎ。


 神代朔夜が制服ではなく、専門学校の実習用らしい作業着の上に上着を羽織ってやってきた。


「昨日ぶりです」


「急に呼んでごめんなさい」


「父さんから『身体を測らせてほしいらしい』って聞いたんですけど、説明雑すぎません?」


「私もそう思った」


 後ろから神代さんが言う。


「父さんが言ったんだろ」


「榊原君の説明をそのまま伝えただけだ」


「絶対省略してる」


 相変わらず親子の会話は普通だった。


 俺たちは九条と凛に行ったものと同じ測定だと説明し、危険性がないこと、嫌なら断って構わないことを伝えた。


 朔夜は装置をしばらく眺めたあと、榊原さんへ尋ねる。


「これで何が分かるんですか?」


「まだ分からない。分からないから測る」


「研究者っぽい答えですね」


「褒め言葉として受け取る」


 朔夜が苦笑しながら手を伸ばす。


 一メートル。


 変化なし。


 七十センチ。


 グラフが動いた。


「……早い」


 榊原さんが呟いた。


 五十センチ。


 基準値から五パーセント低下。


 三十センチ。


 九パーセント。


 十センチ。


 十四パーセント。


 九条より大きい。


 凛よりも。


 そして。


 榊原さんが保存していた東雲さんと深町さんの記録より。


 明らかに強い。


「もう一回」


 測る。


 同じ。


「反対の手」


 同じ。


「一度部屋を出て五分待て」


 朔夜が会議室の外へ出る。


 数値は基準へ戻った。


 五分後。


 もう一度。


 十四パーセント。


 ほとんど同じ。


 誰も何も言わない。


 朔夜だけが困ったように自分の手を見る。


「俺、何か悪いんですか?」


「今のところ悪いとは言ってない」


 榊原さんがすぐ答えた。


「むしろ未来の情報まで考えれば、能力発現との関連を疑うべき結果だ。ただし健康への影響は不明。体調に変化は?」


「ないです」


「最近、熱が出た、耳鳴り、視界の異常、夢が変わった、身体能力が急に上がった、そういうものも?」


「特には。実習で先生に怒られたくらいです」


「それは関係ない」


「ですよね」


 九条ならこの空気でも笑いそうだが。


 今は誰も笑えなかった。


 榊原さんは五人分のデータを同じ画面へ並べる。


 神代朔夜。


 九条蓮司。


 白石凛。


 東雲小春。


 深町律。


 俺だけが知っている、未来の世界ランキングTOP5だ。


 全員。


 前駆粒子を。


 吸っている。


「これ、五人以外にもいる可能性は?」


 俺が聞くと、榊原さんはすぐ頷いた。


「当然ある。四十七人と比較した程度で『この五人だけ』なんて結論は出せない。これから対象を広げる必要がある。この五人に反応が出たからといって、最初から特別な集団だと決めつけるのも順番が逆だ」


「じゃあ、まだ共通点とは言えない?」


「いや」


 榊原さんは画面から目を離さなかった。


「五人全員に同じ種類の異常が出た。その事実は共通点だ。原因が同じかどうかは、まだ分からない」


 その言い方に。


 俺は少し安心した。


 分からないものを。


 分かったことにしない。


 未来掲示板を使うようになってから。


 それがどれだけ大切か。


 俺もようやく分かり始めている。


          ◇


「でも、一つだけ変だ」


 榊原さんが言ったのは、それから二十分ほど後だった。


 俺たちは九条と凛の今日の測定値だけでなく、東雲さんと深町さんの過去データまで時系列で並べ直していた。


「何がです?」


「東雲と深町は説明できる。二人とも前駆現象へ直接接触している。接触によって身体が変化し、粒子を取り込むようになったという仮説は成立する」


「九条さんと凛と朔夜君は?」


「そこだ」


 榊原さんは凛の名前を指した。


「白石は、少なくとも我々が把握している範囲では前駆現象へ直接接触していない」


 次に九条。


「九条も同じだ。アークへ来てから調査現場へ同行したことはあるが、東雲のように異常空間の内部へ入った記録はない。それ以前ならなおさら分からない」


 最後に朔夜。


「そして神代朔夜。昨日初めてここへ来た。父親は前駆現象へ接触しているが、本人は直接現場へ入っていない」


 神代さんが腕を組む。


「家庭内で私から何か移った可能性は?」


「それなら家族全員へ同じ反応が出る可能性を疑うべきだ。今は何とも言えないが、それだけで三人を説明するのは無理がある」


 朔夜はそこで、何気なく口を開いた。


「じゃあ、もっと前なんじゃないですか?」


「何が?」


「俺たちが知らないだけで、もうどこかで触ってたとか」


 誰もすぐには答えなかった。


 考えてみれば。


 当たり前の可能性だった。


 前駆現象は。


 俺たちが見つけた日から始まったわけではない。


 栃木の地下駐車場では、俺たちが存在を知る前に《灰潜り》がこちら側へ来ていた。


 政府資料にも。


 関係があるとは思われず。


 別々の部署へ埋もれていた記録があった。


 なら。


 人間の側にも。


 同じものがあってもおかしくない。


 原因不明の体調変化。


 一瞬だけおかしくなった場所。


 説明できない事故。


 本人すら覚えていない小さな接触。


「発生一年前じゃない可能性もある……?」


 俺が呟く。


 榊原さんがこちらを見る。


「何だ?」


「前駆現象って、俺たちは今年に入ってから本格化したと思ってました。でも、最初がいつかは確認してない」


 神代さんも表情を変えた。


「政府の記録を遡る必要があるな」


「何年です?」


「決めつけないほうがいい。異常建築、原因不明の地下事故、短時間の通信障害、未確認生物。現在我々が前駆現象と呼んでいるものに似た事例を、可能な限り過去まで遡る」


 俺はスマホへ手を伸ばしかけて、朔夜の姿を見て止めた。


「朔夜君、ごめん。少しだけ席を外してもらっていいですか?」


「俺がいるとまずい話ですか?」


「未来の情報には、まだ本人へ伝えないと決めている内容が混じることがあります。何が検索に出るか分からないので」


 朔夜は少し不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。


「分かりました。廊下にいます」


「終わったらすぐ呼びます」


 扉が閉まったことを確認してから、俺はスマホを取り出した。

「朔夜君、今日の測定はここまでで大丈夫です。来てくれてありがとうございました」


「もういいんですか?」


「はい。結果は整理して、お父さん経由で連絡します」


「分かりました」


 朔夜は神代さんに一言声をかけ、先に事務所を出ていった。


 扉が閉まったことを確認してから、俺はスマホを取り出した。


 作業量を想像しただけで頭が痛くなる。


 けれど。


 俺には。


 もう一つ調べる方法がある。


 スマホを取り出す。


 凛が気づいた。


「未来掲示板ですか?」


「はい。でも『この五人がなぜ反応するのか』という答えをそのまま検索するつもりはありません」


「何を調べるんです?」


 俺は検索欄へ文字を入れた。


《発生前適応者》


 さっき。


 五人の測定結果を見ながら。


 もし未来の研究者がこの現象を知っているなら。


 何か名前を付けているはずだと思った。


 検索。


 結果は。


 あった。


 しかも。


 想像していたより多い。


---


【質問】先行適応者って結局何だったの?


114:名無しの探索者


古い呼び方


今は前駆適応群って言う


115:名無しの探索者


本発生前から魔素取り込み反応が確認できる人間のこと


116:名無しの探索者


発生前にそんな検査できたの?


117:名無しの探索者


できるようにしたのがアークと榊原研


だから昔のデータ残ってる奴が少ない


118:名無しの探索者


有名なのはP5


119:名無しの探索者


その話は荒れるぞ


---


 俺は画面を止めた。


「P5……」


「何です?」


 瀬尾が尋ねる。


「未来で、この反応を持っていた人間に呼び名があります。《前駆適応群》。それと、その中に有名な五人組がいるみたいです」


 九条が嫌そうな顔をする。


「まさか」


「たぶん、そのまさかです」


 続きを表示する。


---


120:名無しの探索者


P5って世界TOP5のこと?


121:名無しの探索者


違う


ランキング由来の名前じゃない


122:名無しの探索者


Pioneer Five


前駆適応研究で最初に追跡された五例


神代朔夜

九条蓮司

白石凛

東雲小春

深町律


123:名無しの探索者


結果的にそいつら全員世界TOP5になったから話がおかしくなった


124:名無しの探索者


しかも全員日本


全員アーク


偶然って言うには出来すぎてる


125:名無しの探索者


だから昔から色々説あるだろ


日本の前駆濃度が高かった説

佐伯が意図的に適応者を集めた説

アークの訓練で順位が上がった説


126:名無しの探索者


どれも五人全員が

「アークに会う前から反応してた」

こと説明できないんだよな


---


 そこまで読んで。


 俺は息を止めた。


 アークに会う前から。


 つまり。


 俺が集めたから。


 五人が特殊になったわけではない。


 むしろ。


 特殊だった五人を。


 未来の俺が知らずに集めた。


 九条が隣から画面を覗こうとして、何も見えないことを思い出したらしい。


「続きは?」


「まだあります」


---


127:名無しの探索者


一番古い論文読め


P5で本当に怖いのはそこじゃない


128:名無しの探索者


何?


129:名無しの探索者


五人の反応波形


ほぼ同じなんだよ


130:名無しの探索者


同じ能力って意味?


131:名無しの探索者


違う


能力は全員別


魔素吸収が始まるときの初期波形だけ同じ


132:名無しの探索者


それ何が変なの


133:名無しの探索者


普通は体質も年齢も接触した場所も違えばバラつく


なのにP5だけ

「同じ刺激を受けたみたいな反応」をする


134:名無しの探索者


じゃあ昔どっかで五人一緒にいた?


135:名無しの探索者


その線は否定済み


当時の生活圏バラバラ


面識なし


136:名無しの探索者


じゃあ何で?


137:名無しの探索者


知らん


だから未解決なんだよ


---


 最後だった。


 削除もされない。


 答えもない。


 未来ですら。


 未解決。


「……榊原さん」


「何だ」


「未来でも、この五人の反応は同じらしいです」


 榊原さんの顔が変わった。


「同じ、とは?」


「能力じゃありません。前駆粒子を吸収し始めるときの波形です。年齢も場所も違うのに、同じ刺激を受けたみたいな反応をするって」


「数値は?」


「掲示板には出てません」


「論文名は?」


「ちょっと待ってください」


 未来掲示板を検索し直す。


《Pioneer Five 論文》


 複数の結果が出る。


 その中から、引用されているタイトルを探した。


 見つけた。


 俺は読み上げる。


「『ダンジョン本発生以前に確認された前駆適応五例の初期応答比較』」


「著者」


「榊原恭介」


 会議室が静かになった。


 榊原さん本人が。


 十年後。


 五人を研究している。


 榊原さんは驚くより先に、ノートパソコンへタイトルを入力し始めた。


「未来の俺が書いてるなら、比較方法くらい残ってないのか」


「そこからですか?」


「俺が将来何を書くかなんてどうでもいい。測定条件が分かれば、今できる」


 どこまでも榊原さんだった。


 検索を続ける。


 論文そのものは未来掲示板から読めない。


 ただし引用スレッドには、測定方法について触れた文章がいくつか残っていた。


 俺が読み上げ。


 榊原さんが現在の装置で再現できる部分を選び。


 測定条件を揃える。


 条件が決まったところで、廊下で待っていた朔夜を呼び戻した。


 未来側で何と呼ばれているのかや、五人の将来については伏せたまま、同じ条件でもう一度測定したいとだけ説明する。

 九条。


 凛。


 朔夜。


 今日その場にいる三人でもう一度測る。


 前駆粒子濃度。


 距離。


 時間。


 センサーの向き。


 全部同じ。


 そして。


 三十分後。


 三本の線が。


 画面に重なった。


「……嘘だろ」


 九条が初めてそんな言葉を漏らした。


 吸収量は違う。


 最終値も違う。


 でも。


 最初の〇・八秒。


 濃度が落ち始める瞬間の曲線だけ。


 三人とも。


 ほとんど同じだった。


 榊原さんが東雲さんと深町さんの保存データを同条件へ補正する。


 四本目。


 五本目。


 重なる。


 完全に同一ではない。


 誤差はある。


 それでも。


 素人の俺が見ても分かる程度には。


 五人だけ。


 同じ形をしていた。


「偶然ですか?」


 誰かが聞いた。


 たぶん俺だった。


 榊原さんは、すぐには答えなかった。


 しばらく五本の線を見続け。


 ようやく口を開いた。


「偶然だと切り捨てるには、似すぎてる」


 それ以上は言わない。


 同じ原因だとも。


 誰かが意図的にやったとも。


 選ばれたとも。


 何一つ。


 証拠がないからだ。


 でも。


 俺には。


 未来掲示板の書き込みが残っている。


『その五人、「日本人だから集まった」んじゃない』


 今なら。


 少しだけ意味が分かる。


 五人全員が日本人だから。


 俺が日本で探して集めたわけではない。


 アークが育てたから。


 全員がTOP5になっただけでもない。


 俺が最初に彼らの名前を検索した時点より。


 もっと前から。


 五人には。


 同じ何かが起きていた。


          ◇


 朔夜が帰ったあと。


 俺は一人で未来掲示板をもう一度開いた。


《P5 最初》


 検索する。


 今度は古いスレッドが一つだけ出た。


---


【昔の未解決】P5の共通点、結局分からなかったな


488:名無しの探索者


住所も学校も職場もバラバラ

発生前の面識なし

血縁なし


489:名無しの探索者


全員日本人ってくらい?


490:名無しの探索者


それは結果


491:名無しの探索者


昔の榊原論文だと

「共通曝露源の存在を否定できない」

で止まってる


492:名無しの探索者


でも五人が同じ場所にいた記録ないんだろ


493:名無しの探索者


同じ場所にいる必要ないんじゃね


494:名無しの探索者


どういう意味?


495:名無しの探索者


こっち側の場所ならな


---


 指が止まった。


 次。


 表示されない。


 また削除かと思った。


 違う。


 書き込みはそこまでだった。


「こっち側の場所なら……?」


 声に出す。


 意味は。


 まだ分からない。


 五人は発生前に面識がない。


 生活圏も違う。


 同じ場所へ集まった記録もない。


 なら。


 何が同じだったのか。


 俺は無意識に。


 前駆現象の資料へ視線を向けた。


 距離が伸びた地下通路。


 存在しない扉。


 消えた無人機。


 向こう側から来た生物。


 この世界の地図だけでは。


 説明できない場所。


 もしかしたら。


 調べるべきなのは。


 五人が過去に「どこへ行ったか」ではない。


 五人の近くへ。


 何が来たのか。


 なのかもしれない。


 そのとき。


 机の上に置いていた仕事用スマホが鳴った。


 東京湾の三枝さんからだった。


『明日の訓練、一班増やせそうです』


 続いて。


『これで予定より一日早く全員終わるかもしれません』


 俺は時計を見る。


 三枝拓真の。


 未来での正式加入日まで。


 あと二日。


 けれど。


 今の未来が。


 また同じ日付のままとは限らない。


 未来掲示板を開き。


《三枝拓真 アーク加入》


 検索した。


 表示された日付を見て。


 俺は。


 思わず二度見した。


 加入予定日が。


 一日。


 早まっていた。


 未来ランキングTOP5の謎を追っている間にも。


 別の未来が。


 また一つ。


 現在へ近づいていた。

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― 新着の感想 ―
耳鳴りMAXです。 覚醒しましたね。 条件次第では入社も考えます(笑) ※ 耳が遠くなった感じはあまりありません。 でも凄く五月蝿い。 ジー、ミーが重なり24時間ノンストップ。 もう慣れてきたかも…
修正本文読みました、この会話でしたら朔夜が有名であるのは前日の会話で当人が認識してても何で有名かまでは類推しにくいとは思います。 お手数おかけしました
ポロポロポロポロ失言が多すぎる。 未来の〜とか周りに誰がいるのか考えずに喋りすぎ。
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