第16話 世界初のダンジョン調査は、発生一年前に始まった
翌朝、旧東都ロジスティクスセンターへ到着した神代征司は、倉庫と事務所が一体になった建物を見上げたまま、しばらく何も言わなかった。
昨日の夜、喫茶店で住所を伝えたときにも驚いていたが、実際に現地へ来ると感じるものが違うらしい。未来では日本最大級のダンジョンが出現する場所であり、現在の観測データでも周囲より明らかに強い異常が出ている。その真上に、俺たちは会社を構えている。
「本当にここを買ったのか」
「はい。正確には会社で押さえました。未来では重要拠点になるので、土地の価値が上がる前に取っておこうと思って」
「君は未来が見えると、まず不動産を買うのか?」
「人も集めてますよ」
「そういう意味ではないんだが……」
神代は何とも言えない表情を浮かべ、その横に置いていた大型のハードケースへ視線を落とした。中には地盤振動を拾う小型センサーや電磁探査機器、簡易地震計、測定用端末などが詰め込まれている。会社から持ち出せない装置もあるため私物と借用可能な機器だけらしいが、俺には用途の分からないものばかりだった。
正直なところ、神代征司が本当に来てくれるのか、昨夜の時点では少し不安だった。
未来が見えるという怪しい若者に突然声をかけられ、自分が四日後に失踪すると告げられ、そのうえ一年後には妻と娘まで死ぬと言われたのだ。冷静になった翌朝、「やっぱり関わらないことにした」と連絡されても責められない。
ところが、神代は約束より十分早い午前八時五十分に到着した。
研究者という人種は、目の前に説明できない現象があると放っておけないのかもしれない。
「遅い」
倉庫へ入った瞬間、榊原恭介がそう言った。
今日は白衣ではなく適当なシャツ姿で、机の上にはすでにGX―17を組み込んだ簡易観測装置が置かれている。昨夜連絡したところ、「地盤屋の生データ見せて」とだけ返事が来て、俺たちより先に到着していた。
神代は腕時計へ目を落とし、淡々と返す。
「約束は九時だったはずだが」
「異常現象は約束の時間まで待たない」
「君が榊原君か?」
「そう。データは?」
「挨拶より先にそれか」
「昨日、電話で済ませた」
「名前を聞いただけだったと思うが」
二人が出会ってまだ三十秒も経っていない。
俺が隣にいる凛を見ると、彼女も少し困ったように二人を眺めていた。少し離れたところでは九条が腕を組んでいて、瀬尾はノートパソコンを開きながら面白そうに成り行きを見守っている。
「佐伯さん、また濃い人を拾ってきましたね」
「俺も今、それ思ってました」
「集めてる人間に何か傾向があるんじゃねえの?」
九条に言われて反論しようとしたが、目の前では榊原が神代の端末を覗き込み、許可を取るより先にグラフを拡大している。
「この辺の人材しか未来で大物にならないのかもしれません」
「俺まで一緒にすんな」
「九条さんはかなり上位ですよ」
「何のランキングだよ」
「面倒な人ランキングなら、今のところ榊原さんと競ってます」
凛がさらりと言うと、九条は言い返しかけて口を閉じた。榊原は聞こえているのかいないのか、神代が持ってきた観測データから目を離そうとしない。
そんな騒がしい朝だったが、調査そのものは冗談で済ませるつもりはなかった。
◇
「最初に決めておきます。今日は誰も地下の異常領域へ入りません」
事務所のホワイトボードの前でそう宣言すると、九条が眉を上げた。
「まだ入口すら見つけてねえだろ」
「だから先に決めるんです。見つけてからだと、絶対に『ちょっとだけ見てくる』って言い出す人がいますから」
俺が九条を見ると、九条も同じようにこちらを見る。
「なんで俺を見る」
「行きそうだからです」
「お前もだろ」
返す言葉に詰まっていると、凛が静かに頷いた。
「佐伯さんのほうが危ないと思います。未来に答えがあると分かると、自分で確認しに行こうとするので」
「俺はちゃんと危険を考えてますよ」
「危険だと分かったうえで行く人が一番止めにくいんです」
最近、凛の俺に対する理解だけ妙に深くなっている気がする。
それでも今日ばかりは、俺も譲るつもりはなかった。
昨日までなら、「未来では一年後までダンジョンは開かない」という前提があった。しかし、その前提はもう使えない。発生の約一年半前から《ダンジョン前駆粒子》が存在していること自体は、榊原と出会った時点ですでに分かっている。GX―17を使った実験によって、その粒子が現在の地球上にも存在することまで俺たちは確認済みだ。
今回新しく分かったのは、その先だった。
粒子だけではない。神代の観測によれば、地下では通常の地質構造では説明できない領域そのものが成長している。
つまり、未来で「ダンジョン」と呼ばれる空間は、一年後に突然ゼロから作られるわけではなく、今この瞬間にも人類の足元で形を作り続けている可能性が高い。
「未来で神代さんが単独調査へ行って消える記録がある以上、少なくとも同じ失敗はしません。調査は必ず複数人で行いますし、最初は遠隔観測だけ。何か見つけても触らないし、中には入らない。通信や観測値に異常が出た時点で即中止します。ここは全員守ってください」
神代が俺を見ながら、少し意外そうに言った。
「昨日会ったときより慎重だな」
「昨日あなたが未来で消えると知ったので、慎重にもなりますよ」
「俺には何も言わねえの?」
九条が不満そうに口を挟んだので、俺はそちらへ向き直った。
「九条さんも一人で突っ込まないでください」
「分かってるよ。その代わり、何か出てきたら俺が前に出る」
「それも今は禁止です」
「じゃあ何のために俺いるんだよ」
「重い機材運ぶためじゃない?」
榊原が端末を見たまま答えた。
「お前、前から俺の扱いだけ雑じゃねえか?」
九条の声が倉庫に響いたが、誰も調査中止とは言い出さなかった。
◇
異常の中心は、倉庫北側の荷捌き区画だった。
神代の観測データだけなら誤差は数メートルある。そこで瀬尾が、物流センターの引き渡し時に受け取った古い設備図面と、倉庫内の改修履歴を照合してくれた。
「この下ですね。正確には、昔使われていた設備点検用のピットがあります。深さ四メートルちょっとで、今は電源ケーブルも配管もほとんど撤去済み。北側機械室の床から入れます」
「そんなものあったんですか?」
「佐伯さん、この倉庫買うとき全部の図面見てないでしょう」
「未来で必要になる場所だって分かってましたから」
「久世さんに怒られるやつですね」
「まだ入社してないのに、もう名前を出すのやめません?」
あの人なら間違いなく怒る。
というより、第十二話ですでに似たようなことで怒られている。
北側機械室へ移動すると、壁際に四角い点検蓋があった。九条と神代が固定金具を外し、二人がかりで持ち上げる。下から上がってきた空気は少し湿っていたが、異臭はない。
内部照明をつけると、梯子の先に狭いコンクリート床が見えた。
「普通ですね」
凛が覗き込みながら言ったので、俺も下を確認する。
「地面の下が最初から異世界みたいになってたら、もっと早く誰か気づいてますよ」
その横で、榊原はすでにGX―17の観測装置を起動していた。数値を確認した瞬間、眉が寄る。
「前駆粒子の反応が高い。外の約四・八倍」
その一言で、空気が変わった。
神代も自分の機器へ視線を移し、別の測定を始める。数十秒ほど無言で確認したあと、彼も表情を硬くした。
「こちらも同じだ。昨日の地表測定より異常値が大きい。中心はやはりこの下にある」
俺は点検口を覗き込んだ。
下に見えるのは、ただのコンクリートでしかない。どこにも扉なんてない。
けれど未来掲示板には、確かに書いてあった。
『アーク本部の地下で、発生日前に「扉」が開いた』
「人は降ろさず、カメラだけ下ろしましょう」
瀬尾が用意していた小型カメラをケーブルへ固定する。照明と距離計も一緒に取り付け、俺たちは誰もピットへ降りず、上から映像を確認することにした。
カメラはゆっくりと下がっていく。
一メートル、二メートル、三メートル。
床まで届くと、今度は壁を順番に映していった。
コンクリート、撤去済みの配管跡、錆びた金具、古い注意表示。
どこを見ても普通だ。
「何もねえじゃん」
九条がそう言うと、神代は測定器から目を離さないまま答えた。
「今は、だろう。異常領域の形状は一定ではない。昨日のデータでも、一度地表方向へ大きく伸びたあと元へ戻っている。常に接続しているわけではないと考えたほうがいい」
その言葉に、榊原が反応した。
「接続というより、重なってるのかも」
「どういう意味だ?」
「地下に空洞が出来て広がってるなら地盤へ影響が出る。でも出てない。なら、この場所そのものが膨らんでるんじゃなくて、別の空間との重なりが少しずつ大きくなってると考えたほうが測定結果は自然」
神代は数秒黙り、それから画面へ視線を戻した。
「私も似た仮説は考えた。ただ、証明する方法がない」
「今日まではね。前駆粒子濃度と、あなたの空間異常の変化が同期すれば、少なくとも無関係ではないことは示せる」
会ったときには挨拶すらまともにしなかった二人が、もう普通に共同研究を始めている。
未来で《魔導工学の父》と呼ばれる男と、未来では行方不明になっていたはずの地盤技術者。
本来なら出会わなかった二人だ。
それが今、俺たちの倉庫の床を挟んで、まだ世界の誰も知らないダンジョンについて議論している。
また一つ、未来にはなかったものが出来始めていた。
◇
変化が起きたのは、調査開始から一時間ほど経った頃だった。
最初に気づいたのは榊原だ。
「数値が上がった」
GX―17を使った簡易観測装置の波形が跳ねる。神代もすぐ端末を確認し、表情を変えた。
「こちらも変化している。中心が上へ動いているぞ」
「昨日と同じですか?」
「規模は小さい。ただ、方向は同じだ」
俺たちは点検口から距離を取った。
最初に決めたルール通りだ。
九条だけが少し前へ残ったため、凛が作業着の袖を掴んで後ろへ引く。
「何も出てこねえよ」
「出てきてから下がるんじゃ遅いです」
「お前まで佐伯みたいなこと言うようになったな」
「佐伯さんなら、自分だけ前に残ろうとします」
「凛、それ俺の評価どうなってるんですか?」
緊張しているはずなのに、いつものやり取りが出来るだけで少しだけ気持ちが軽くなる。
そのとき、瀬尾の前にあるモニターへ細いノイズが走った。
「待ってください。カメラの電源は正常ですが、通信だけ一瞬乱れました」
映像がすぐ元に戻り、また乱れる。
瀬尾が画面を拡大した。
ピット内の奥側。
何もなかったはずのコンクリート壁に、一本の黒い線が入っている。
「ひびですか?」
凛がモニターを覗き込む。
神代はすぐ首を振った。
「違う。さっきの映像にはなかったし、コンクリート自体の反射波も変わっていない」
「じゃあ、あれは……」
誰も答えられなかった。
黒い線は、こちらの疑問を待つことなくゆっくり伸び始めた。
床から上へ伸び、およそ二メートルの高さまで達すると直角に曲がる。そのまま横へ進み、また下へ向きを変えた。
モニターの中で、コンクリート壁の上に縦長の四角形が描かれていく。
それを見た瞬間、俺の口から自然に言葉が漏れた。
「……扉」
未来掲示板にあったタイトル。
発生日前に開いた《扉》。
比喩だと思っていた。何らかの空間異常を、後世の人間がそう呼んだだけだと考えていた。
けれど目の前に現れたものは、どう見ても扉の形をしている。
「佐伯、スマホ」
九条に言われ、俺は反射的に未来掲示板を開こうとした。
しかし、その動きを神代が止めた。
「待ってくれ。今だけは未来を見る前に、こちらの記録を取らせてほしい」
俺は手を止めた。
意味はすぐ分かった。
未来の答えを先に読むのではなく、今、目の前で起きている現象を現在の観測だけで記録する。
「分かりました」
神代と榊原が同時に測定を始める。
前駆粒子反応、電磁変動、微振動、距離、温度。
瀬尾は映像を複数の端末へ保存し、凛は時刻を読み上げながら記録を取った。
九条だけは、じっとモニターの一点を見ていた。
「なあ。向こう側、何か見えてねえか?」
全員が画面を見る。
黒い四角形の内側。
さっきまでコンクリートだった部分が、少しずつ暗くなっている。
いや、暗くなっているのではない。
壁そのものが消えている。
表面が奥へ抜けていき、カメラの照明がその先へ届く。
そこに見えたのは、コンクリートではない黒っぽい石の床だった。
細い通路が奥まで伸び、壁には青白い光が一定間隔で浮かんでいる。電灯でも火でもなく、小さな結晶のようなものが淡く光っていた。
誰もすぐには言葉を出せなかった。
一年間、未来掲示板で何度も読んだ。
文章では知っていた。
写真も見た。
攻略情報も、魔物も、素材も。
全部知っているつもりだった。
けれど、現在の世界に本当に存在しているものを目の前で見るのは、これが初めてだった。
「……ダンジョン」
凛が、息を呑むように呟いた。
世界では、まだ誰も知らない。
ニュースにもなっていない。
政府も軍も研究機関も知らない。
一年後に世界中へ現れるものを、今この瞬間、俺たちだけが見ている。
九条が無意識に一歩前へ出た。
「佐伯」
「駄目です」
「まだ何も言ってねえよ」
「どうせ降りて近くで見るって言うでしょう」
「……駄目か?」
「駄目です」
「紐つけても?」
「駄目です。そうやって条件を少しずつ変えても駄目ですからね」
九条が不満そうな顔をすると、凛も俺の横へ並んだ。
「今日は見るだけって決めました。九条さんが入るなら、私も行きます」
「それはもっと駄目です!」
「ほらな。お前も同じだろ」
「私は九条さんを止めるためです」
「中までついてきたら意味ねえだろ」
いつもなら笑えるやり取りだった。
けれど今回は、俺は笑えなかった。
未来で神代征司は、一人で異常を調べに行って消える。
今見えている扉が、その原因と同じ種類のものなら、入った人間がどうなるのか俺たちはまだ知らない。
「誰も入りません。未来を変えるためにやってるのに、未来で死んだり消えたりした人と同じことを俺たちがやったら意味がない。今日は観測だけです」
九条は俺をしばらく見ていたが、やがて諦めたように肩をすくめた。
「社長命令ってことか?」
「そういうことにしてください」
「なら従う」
意外なくらい素直だった。
その直後、モニターの中で青白い光がふっと弱くなった。
黒い通路が薄れ、奥から手前へ押し戻されるようにコンクリートの壁が戻ってくる。扉の輪郭だけが数秒残り、それもやがて消えた。
あとには、最初と変わらない設備ピットだけが残った。
接続時間は二十七秒。
人類が初めて、ダンジョンを現在の世界で観測した時間だった。
◇
「映像は三系統、全部残っています。ローカル保存も確認済みです」
瀬尾が端末を確認しながら報告すると、榊原も観測結果から目を離さないまま続けた。
「前駆粒子反応が上がった直後に空間異常が急拡大してる。完全同期ではないけど、無関係とは考えにくい」
神代も自分の測定結果を見比べていた。
「昨日まで仮説だったものが、一気に現実になったな。地下に空洞が成長しているわけではない。少なくとも我々が見た二十七秒間だけは、ここではない空間と物理的に接続していた可能性が高い」
ここではない空間。
未来では常識になる。
ダンジョン。
今の俺たちには、それを正確に説明するための言葉すら足りていない。
「これ、発表します?」
瀬尾が尋ねると、神代と榊原が同時に俺を見た。
「なんで俺を見るんですか」
「会社の代表だからだろう」
「土地の所有者でもある」
二人に言われ、俺は少し考えた。
公表すれば世界は変わる。
一年後にダンジョンが出ると、今から知らせることが出来るかもしれない。
ただ、二十七秒の映像だけで世界が信じるとは思えない。加工映像、宣伝、詐欺。いくらでも言われるだろう。
それだけならまだいい。
本当に信じる人間が出た場合のほうが問題だった。
この場所へ来る。
地下へ入ろうとする。
同じ現象を別の場所で探し始める。
そして世界各地には、似た異常領域が存在している。
「まだ出しません。まず安全な観測方法を作ります。どんな条件で開くのか、入ったらどうなるのか、向こうから何か出てくる可能性があるのか。それすら分からない状態で場所まで知られたら、止められません」
九条が少し笑った。
「お前、初めて会った頃より社長っぽくなったな」
「褒めてます?」
「半分は」
「残り半分は?」
「最初が酷かった」
「そこは言わなくていいでしょう」
凛と瀬尾が笑い、神代まで少しだけ表情を緩めた。
昨日まで、未来では四日後に消える予定だった人だ。
その人が今、俺たちと同じ場所で、世界で誰も知らないものを観測している。
それだけでも、今日ここへ来てもらった意味はあったと思う。
◇
全員が事務所へ戻ってから、俺はようやく未来掲示板を開いた。
検索履歴には、昨夜入力した言葉が残っている。
《八王子 ダンジョン 発生前 異常》
検索すると、例のスレッドはまだ存在していた。
ただし、タイトルが変わっている。
『〖歴史資料〗アーク本部で確認された《第一次前駆接続》について』
「……タイトルが変わってる」
昨夜までは『発生日前に「扉」が開いたって話』という、都市伝説めいた題名だった。
それが今では歴史資料になり、《第一次前駆接続》という正式名称まで付けられている。
俺はそのままスレッドを開いた。
『名無しの探索者:2036/09/20 11:42
昔は都市伝説扱いされてたけど、神代・榊原共同記録が公開されてから完全に確定したやつ』
俺の指が止まる。
「神代さん。十年後、あなた榊原さんと共同研究してます」
「……私が?」
「俺と?」
榊原まで顔を上げた。
さらに下へ読み進める。
『これが現在の《前駆接続警戒基準》の元になった』
『アークが発生初日に死人ほぼ出さなかった理由の一つ』
『今じゃ常識だけど、扉が完全形成される前に何度も短時間接続するって最初に証明したのこいつらだからな』
『しかも2026年の時点で「単独進入禁止」「接続中の有人調査禁止」を決めてる』
『あのルール作ったの佐伯だぞ』
「……俺?」
思わず声が出た。
たった今、九条を止めるために俺が言ったこと。
誰も入らない。
一人で行かない。
今日は観測だけ。
その判断が、十年後には安全基準になっている。
俺はしばらく画面を見つめていた。
これまでの俺は、未来掲示板から答えをもらい、その答えに沿って動くことが多かった。
でも今日は違う。
未来に答えがなかった。
だから今の俺たちで考え、自分たちで判断した。
そして、その判断を今度は十年後の人間が正解として使っている。
「……変な感じですね」
俺が呟くと、瀬尾が隣から画面を覗き込んだ。
「未来から攻略情報をもらってた佐伯さんが、今度は未来に攻略情報を残す側になったってことですか?」
「そうなるのかな」
「そのうち掲示板の書き込み、佐伯さんが作った情報ばっかりになったりして」
「それは困ります。俺が未来を見る意味なくなるじゃないですか」
「自分で自分に攻略情報を送ってるみたいで面白いけどな」
九条が笑い、俺もつられて少し笑った。
しかし、画面をさらに下へ送ったところで、その笑いは止まった。
『名無しの探索者:2036/09/20 11:51
八王子が最初って勘違いしてる奴いるけど違うぞ』
『名無しの探索者:2036/09/20 11:52
観測に成功したのが八王子で最初ってだけ』
『名無しの探索者:2036/09/20 11:52
接続自体は三日前に横浜で起きてる』
横浜。
嫌な予感がした。
次の書き込みを見て、その予感は確信に変わった。
『名無しの探索者:2036/09/20 11:53
神代征司が本来巻き込まれるはずだったやつな』
俺は顔を上げた。
神代もこちらを見ている。
「どうした?」
昨日、神代征司の車が発見される未来だった場所。
旧共同溝工事区画。
失踪予定日は九月二十三日。
三日後だ。
そこでも扉が開く。
しかも未来では、神代征司が消える原因になるほどの何かが起こる。
「神代さん。四日後に一人で行く予定は中止してもらいましたよね」
「ああ」
「それはそのままでお願いします。ただ、調査自体は予定変更です」
九条が眉を上げた。
「行くのか?」
「行きます。ただし、今度は今日決めたルールを全部使います。一人では行かない。いきなり中には入らない。最初に観測して、危険なら撤退する。未来で失敗したやり方を、そのまま再現する必要なんてありません」
未来では、一人の技術者が消えた日。
その歴史を、今度は俺たちが変える。
神代征司の失踪日だった九月二十三日を。
世界で最初に、ダンジョン接続を予測して待ち構えた日に変える。
そう決めた瞬間、俺の中で次にやるべきことがはっきりした。
これはもう、ただ未来の情報を拾い集めるだけの準備ではない。
アーク・フロンティアにとって初めての、本当のダンジョン観測作戦が始まろうとしていた。




