第11話 世界がダンジョンを知る前に、特許を取る
「特許、取ります」
俺がそう言うと、電話の向こうで榊原はしばらく黙っていた。
『……何の?』
「一年後、世界中が使うことになる技術のです」
『佐伯さん』
「はい」
『今どこ?』
「自宅です」
『じゃあ今から研究室来て』
「今から?」
『今すぐ』
時計を見る。
午後九時を過ぎている。
「明日じゃ駄目ですか?」
『駄目。今の発言、たぶん君が思ってるより面白い』
電話が切れた。
最近、俺の周囲には人の都合を聞かずに話を進める人間が増えている気がする。
九条もそうだし、榊原もそうだ。
凛も一度決めたら割と強引だ。
澪だけが比較的常識人に見えるが、未来では世界最高峰の回復術師である。
ひょっとすると、一番普通なのは俺なのではないか。
そう思いながら家を出たが、たぶん誰に聞いても否定されるだろう。
◇
榊原の実験室へ着くと、机の上にはすでに大量の紙が広げられていた。
「遅い」
「電話から四十分ですよ」
「三十分で来られた」
「どんな計算ですか」
「電車と徒歩」
「乗り換え待ちを入れてください」
「次から走れば?」
「嫌です」
榊原は不満そうだったが、すぐ本題へ入った。
「それで、特許って何を考えてる?」
「それを相談しに来たんです」
「何も決めてない?」
「大枠はあります」
「聞く」
俺は椅子へ座り、スマホを取り出した。
未来掲示板。
昨日見つけた書き込みをもう一度確認する。
『ダンジョンが存在しない時代に、ダンジョン時代の基礎特許を取った会社』
『後から参入した大企業が軒並みアークへ使用料払うことになった原因』
ここまでは分かっている。
だが、何の特許だったのか。
そこから先は、昨夜のうちにかなり調べた。
『アーク 基礎特許』
『魔導工学 初期特許』
『榊原恭介 特許』
未来では、アーク・フロンティアが保有する知的財産について専門スレッドまで存在する。
その中でも特に頻繁に名前が挙がっていたのが。
『基礎十二特許』
と呼ばれる一群だった。
「十二個?」
榊原が聞き返す。
「未来ではそう呼ばれてます」
「全部今から取れる?」
「無理です」
「なんで」
「そもそも今存在しない材料や魔石を使う技術も含まれてるからです」
「じゃあ取れない」
「でも、原型ならいけるかもしれない」
榊原の目が少し細くなる。
「例えば?」
俺は未来掲示板から拾った情報を、自分なりに整理して読み上げた。
未知エネルギーを検出する方法。
特定の炭素材へ外部場を通した際に生じる出力差を測定し、異常値だけを切り分ける制御方式。
複数の素材を並列配置し、外部から流入するエネルギーを特定方向へ誘導する構造。
さらに。
回路が過負荷状態になった際、自動的に伝導経路を切り替える保護機構。
未来では、これらがすべて魔導装備の基礎になっている。
だが。
今の段階では魔力という言葉を使う必要がない。
「つまり」
榊原が紙へ書き込みながら言った。
「未知の外部場に反応する材料系と、その測定・制御方法として出せる?」
「そういうことです」
「でも」
榊原はペンを止める。
「実験結果が一回しかない」
「そこが問題?」
「大問題」
当然らしい。
「俺たちが今持ってるのは、GX―17に特定条件を与えたとき、既知の要因では説明できない収支差が出たっていう結果だけ。特許として強くするなら、最低でも再現性を上げたい」
「じゃあ、再現する」
「簡単に言うな」
「未来に条件が残ってます」
「それ」
榊原の目が輝いた。
「全部出して」
「全部あるとは限りません」
「あるだけ」
始まった。
俺はスマホを操作する。
未来掲示板。
『GX―17 初期実験 条件』
『魔力伝導 失敗実験』
『榊原 再現性』
検索すると、研究者らしい利用者が十年後にも大量に議論している。
しかも、成功例より失敗例のほうが多い。
『温度二十三度以下だとほぼ反応なし』
『試料厚五ミリが最適』
『湿度関係あると思われてたけど後に否定』
『地磁気補正入れてない初期論文は全部誤差』
『GX―17単独より銅箔積層のほうが再現性高い』
「待って待って」
榊原が俺を止める。
「今のもう一回」
「銅箔積層?」
「その前。地磁気補正」
読み上げる。
榊原はノートへ書く。
俺が未来から拾い。
榊原が現在の知識で意味のある条件へ変換する。
この作業。
思っていた以上に相性がいい。
俺だけでは、未来掲示板に書かれている専門用語の大半が理解できない。
でも榊原なら違う。
「佐伯さん」
「はい」
「その掲示板、やっぱり反則」
「今さらですか」
「未来の論文そのものは見られない?」
「掲示板に引用されてる範囲なら」
「数式は?」
「投稿されてれば」
「画像は?」
「たまにあります」
「全部保存して」
「量すごいですよ」
「俺が見る」
研究者へ十年後の攻略掲示板を与えると、こうなるらしい。
◇
実験を始めたのは、午後十時半。
終わったのは。
翌朝だった。
「……出た」
榊原がモニターを見たまま呟く。
俺は机へ突っ伏しかけていた顔を上げた。
「また?」
「四回目」
最初の実験から数えて。
今回は同じ条件下で、連続四回。
規模は小さい。
でも。
入力と出力の間に、既知の誤差では説明できない差が発生している。
「再現性、上がりました?」
「かなり」
「特許いけます?」
「まだ弱い」
「厳しいな」
「でも」
榊原は笑った。
「出す価値はある」
その顔。
未来掲示板の写真で見た、《魔導工学の父》に少し近かった。
「まず検出方式」
榊原はホワイトボードへ書く。
「次に材料配置」
もう一つ。
「それから過負荷時の保護回路」
「三件?」
「最初は」
「十二件じゃなくて?」
「未来の完成品まで全部真似して取るのは無理。今、俺たちが実際に作れて説明できるものだけ出す」
それは。
むしろ安心した。
未来知識があるからといって。
まだ存在しない技術を、書類の上だけで奪うわけではない。
今。
榊原が実験して。
結果を出して。
それを技術として形にする。
俺がやっているのは。
間違った道を減らすこと。
正解へ近い方向を、未来から教えること。
「発明者は榊原さん?」
「当然」
「会社名義?」
「権利帰属は契約決めてから。個人で出願して後から譲渡でもいいけど、会社できるなら最初から整理したほうが楽」
「そういうの詳しいんですか?」
「最低限」
「俺より会社員向いてるんじゃ」
「嫌」
即答だった。
◇
問題は。
特許出願の実務を、俺たちは誰も知らないことだった。
「弁理士探しましょう」
その日の昼。
俺は旧物流センターへ集まった四人に説明した。
凛。
九条。
澪。
そして徹夜明けの榊原。
「弁理士って何する人です?」
澪が聞く。
「特許とか商標の専門家です」
「会社作るのに、また人増えるのか」
九条が嫌そうに言う。
「仲間にするわけじゃありません。今回は外部の専門家」
「未来で有名になる弁理士とかいないの?」
凛が聞いた。
「……探してません」
「探せば?」
俺は一瞬黙った。
未来掲示板を開けば。
たぶん見つかる。
十年後。
アーク・フロンティアの特許を担当した弁理士。
有名な人なら記録もあるだろう。
でも。
「今回は普通に探します」
凛が少し意外そうな顔をする。
「未来使わないんですか?」
「使います。でも、何でも未来の人間で固める必要はないと思う」
ここ数日。
未来の英雄。
未来の研究者。
未来の幹部。
そういう人間ばかりを見ていた。
でも会社というものは。
十年後に英雄になる人だけで回すものじゃない。
今の世界にいる普通の専門家と付き合う。
現代の制度を使う。
現在の信用を積む。
それも必要だ。
「未来で強い人を集める会社じゃなくて」
俺は言った。
「未来で強くなる会社を、今から作りたいんです」
九条が鼻で笑う。
「それ、ちょっと社長っぽいな」
「ちょっとだけですか」
「ちょっとだけ」
凛と澪が笑った。
榊原だけは机で寝ていた。
◇
三日後。
俺たちは都内の小さな特許事務所にいた。
紹介を受けた弁理士は、四十代の落ち着いた男性だった。
榊原が持ってきた資料を、一枚ずつ丁寧に確認している。
「興味深いですね」
「特許になりますか?」
俺が聞く。
「可能性はあります。ただし、表現はかなり慎重にしたほうがいいでしょう」
当然。
ダンジョンも。
魔力も。
まだ存在しない。
正確には。
存在が確認されていない。
「未知エネルギーなどと断定するより、現時点で観測できている現象を基礎に組み立てたほうがいいですね」
榊原も頷く。
「外部場の検出と異常値分離」
「はい。それなら実験データも使える」
「材料配置のほうは?」
「こちらも面白いです。ただ、請求範囲をどこまで広げるかは考えましょう」
俺にはほとんど分からない。
でも。
一つだけ。
未来掲示板から分かっていることがある。
狭すぎると。
後に別企業が似た方式を回避してしまう。
広すぎると。
今の技術から見て認められない。
その境界。
未来では何度も争われていた。
「榊原さん」
「何」
「第二案の電極配置、三層固定じゃなくて二層以上にできません?」
榊原が俺を見る。
「なんで?」
「未来で四層型が出てます」
「……それ先に言って」
弁理士が俺たちを見る。
「未来?」
「あ」
凛が横で顔を覆った。
九条が笑いを堪えている。
「将来的に、です」
俺は言い直した。
「将来的に四層以上の応用も考えられるので」
「なるほど」
弁理士は特に追及しなかった。
助かった。
それから。
三時間。
修正。
議論。
確認。
最終的に。
三件。
正式に出願準備へ入ることになった。
一件目。
外部エネルギー変動の検出方式。
二件目。
高密度炭素材を利用したエネルギー伝導構造。
三件目。
異常出力発生時の自動遮断・迂回制御方式。
今の世界では。
少し変わった新型センサー技術に見える。
でも一年後。
魔石が現れれば。
意味が完全に変わる。
◇
数日後。
出願手続きが完了した。
俺は榊原の研究室で、その報告を聞いた。
「これで取れたんですか?」
「違う」
榊原が即座に否定した。
「出願しただけ。審査もある」
「時間かかる?」
「普通にかかる」
「一年後までに間に合います?」
「登録が間に合わなくても、出願日には意味がある」
「先に出したことが?」
「そう」
なるほど。
世界がダンジョンを知る前に。
俺たちはもう。
旗を立てた。
「じゃあ」
俺はスマホを取り出す。
「未来、確認します」
「待って」
榊原が俺の隣へ来た。
「何です?」
「結果見たい」
「画面見えませんよ」
「読んで」
「はいはい」
未来掲示板。
『アーク・フロンティア 特許』
検索。
更新。
最初に出たのは。
『アーク基礎特許群』
その一覧。
俺は目を細めた。
「……増えてる」
「何が?」
「三件」
「今出したやつ?」
「たぶん」
正式な未来名称は違う。
だが。
出願年月。
発明者。
基本構造。
全部一致する。
『第一基礎特許 外部魔力変動検出系』
『第二基礎特許 炭素系魔力導体構造』
『第三基礎特許 魔力過負荷保護回路』
未来では。
もう「未知エネルギー」ではない。
魔力という名前が付いている。
さらに。
『ダンジョン発生以前に出願されていた三件として著名』
『後の探索者装備、魔力炉、魔導医療機器に広範な影響』
榊原が急かす。
「それで?」
「かなり重要みたいです」
「金は?」
「そこ聞きます?」
「研究費になる」
「九条さんみたいなこと言い始めましたね」
「一緒にしないで」
俺は記事を読み進める。
使用料。
ライセンス。
共同研究。
特許プール。
数字が並んでいる。
そして。
「……うわ」
「何」
「三件だけで、発生後五年間のライセンス収入が」
額を読み上げる。
榊原が黙った。
「本当に?」
「未来が変わらなければ」
「GX―17全部買って」
「だから買いません!」
「その金あれば研究所三つ作れる」
「未来への影響!」
「五百キロだけ」
「増やさないでください!」
未来の魔導工学の父は。
どうやら金に興味がないのではなく。
研究費に変換できる金には、とても興味があるらしい。
◇
その夜。
旧物流センター。
まだ仮使用中の事務所。
ホワイトボードに。
新しい項目が増えた。
『人材』
白石凛。
九条蓮司。
水城澪。
瀬尾拓海。
『研究』
榊原恭介。
『資源』
GX―17。
『拠点』
八王子旧物流センター。
『知財』
基礎特許三件出願。
数週間前まで。
俺はただの会社員だった。
スマホの中に。
十年後の掲示板を見つけただけ。
それが今。
少しずつ。
現実へ変わっている。
「でも」
俺はホワイトボードを見ながら呟く。
「足りないな」
土地は借りられた。
技術も始まった。
人も増えた。
でも。
この規模で動き続けるなら。
一番足りていないものがある。
金。
俺個人の資産では。
もう明らかに限界が近い。
未来掲示板を開く。
そこで思い出した。
久世真琴。
未来のアーク・フロンティア最高財務責任者。
そして。
今はまだ。
ただの銀行員。
未来掲示板には。
俺との最初の面談について、こう残っていた。
『佐伯湊の事業計画を見た久世真琴、開口一番――』
俺は続きを読む。
『「この会社、半年以内に潰れます」』
「……」
行きたくない。
でも。
今のホワイトボードを見る限り。
たぶん。
彼女の言っていることは正しい。
未来の英雄を集めるだけでは。
世界最強ギルドは作れない。
次に必要なのは。
俺たちの暴走を。
金の面から止められる人間だった。




