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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第4章:聖都ルミナ編

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第86話:カルムの咆哮

一、 漆黒と緋色の特異点

ドゴォォォォォォォォォォォォォン……ッ!!


絶望の奈落。その冷たく暗い底で、何かが根本から崩壊し、そして生まれ変わる破砕音が響き渡っていた。


第二使徒エノクの『絶対静止』により、幾重もの青白い氷塊へと封じ込められていたカルムの肉体。

それが今、内側から激しく脈動する【黒と緋色の熱気】によって一瞬にして粉砕され、蒸発した水分が凄まじい水蒸気爆発となって吹き荒れていた。


「……ガハッ……ツ……ッ!」


血と煤にまみれ、黒焦げとなった皮膚を破り、カルムが地獄の底から這い上がってきた。

彼の身体はボロボロだった。左目は塞がり、左腕は不自然な角度に折れ曲がり、骨や内臓は悲鳴を上げている。

だが、その傷だらけの全身から溢れ出している熱量は、これまでに放ったどんな火をも遥かに凌駕していた。


「カルム……ッ!?」


血溜まりの中で身を震わせていたアルが、涙に濡れた漆黒の瞳を見開いた。


カルムの背後に立ち上る火柱。

それは、かつて深海で覚醒させた『群青と緋色の極光炎』ではない。

群青の輝きすら飲み込むほどに深く、濃く、そして猛々しい【漆黒と緋色の極限炎】。

アルが渡してくれた一杯のスープの熱、仮死状態の中で聞いたアルの泣き叫ぶ声、そして——目の前で愛剣を折られ、血の海に倒れたエレナの命懸けの姿。

そのすべてが、カルムの胸の奥底にあった「火種」を爆発的に増幅させ、己の全生命力を薪として燃やし尽くす【極限覚醒】を引き起こしていたのだ。


「……ほう」


上空から見下ろす第一使徒補佐メリエルが、十二枚の光の羽を微かに揺らした。

その無機質な瞳に、初めて「計算外の反応(ノイズ)」に対する観察の色が宿る。


「第一使徒ガラテアの攻撃を耐え抜いた野良犬か。……生命維持の限界を超え、自らのマナ回路を自己崩壊(オーバーロード)させながら熱量を叩き出しているのですね。愚かな、ただの自滅行為です」


「……黙ってろよ、羽むしり」


カルムの掠れた声が、低く、地響きのように奈落を這った。


「自滅……? 笑わせんじゃねぇぞ。……俺はなぁ、死ぬために火を燃やしてんじゃねぇ……ッ!」


カルムが、だらりと下がっていた折れた左腕を、激痛に顔を歪ませることなく右手で無理やり「バキッ!」と鳴らして骨を合わせ、構えを取った。


「俺の火は……アルの料理を温めるための火だ! アルが作ってくれた食卓を、お前らみたいな血の通ってねぇ神様気取りから『護り抜く』ための火力なんだよッ!!」


二、 命を薪にする極限覚醒

「カルム……ダメだよ! それ以上火を燃やしたら……君の身体が本当になくなっちゃうッ!」


アルが、叫びながら手を伸ばそうとした。

アルの【真理の目】には、はっきりと視えていた。

カルムの体内で、彼の生命力(ライフ)そのものが凄まじい速度で黒い煙となって消費され、細胞が焼き切れていく様が。

この炎は、カルムの寿命を前払いして燃やしている「呪いの火」でもあった。


「泣くな、アル」


カルムは振り返らなかった。

血に染まった背中で、アルと倒れたエレナ、セリア、オルタをしっかりと庇い、三体の使徒と正面から対峙した。


「俺はな……スラムのゴミ捨て場で一人で震えてた時、お前に拾われたんだ。お前の作る温けぇスープを食って、初めて『生きててよかった』って思えたんだよ。……俺に『生きる意味』をくれたのは、お前だ」


カルムの全身の毛術回路(マナ回路)が、限界を超えた超高出力に達し、彼の皮膚から赤黒い血が噴き出す。だが、その血すらも、溢れ出る熱気によって瞬時に赤紫色の蒸気へと変わっていく。


「騎士様(エレナ)は……己の剣が折れても、命を削ってお前を護った。……なら、相棒の俺が黙って寝てられるかよッ! 今度は俺が、俺の全存在を薪にしてでも、お前たちの『居場所(厨房)』を護り抜いてやるッ!!」


「オオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


カルムの咆哮が、奈落の全空間を激震させた。


バチバチバチバチッ!!


カルムの放つ漆黒と緋色の炎が、奈落の地面を構成する神聖金属をドロドロのマグマへと融解させていく。

メリエルが『創世の法典』によって設定した「熱力学の法則改変(熱の発生禁止)」の領域。

その物理法則そのものを、カルムの放つ【命の暴走熱量(エントロピー)】が力ずくで押し潰し、崩壊させ始めたのだ!


「な……ッ!? 私の法則上書き領域が、熱量そのものの『質量』によって圧壊させられている……!?」

メリエルの顔に、明確な戦慄が走った。


法則が通じないのではない。

「熱を出してはならない」という神のルールに対し、カルムがルールそのものを焼き切るほどの「規格外の熱の暴力」を力ずくで叩き込んでいるのだ!


三、 概念を焼き尽くす一閃

「不快なノイズだ。……消去する」


第三使徒バアルが、巨大な『無の聖杖』を掲げ、カルムへ向かって前進した。

背中の『白銀の概念鏡』が眩く明滅し、カルムの放つ漆黒と緋色の熱量を、無限の吸引力で吸収・無効化しようと作動する。


「吸えるもんなら……全部吸ってみろやぁぁぁぁっ!!」


ドンッ!!!!


カルムが、溶け落ちるマグマの床を強く蹴った。

神速を超えた踏み込み。

カルムの身体が、漆黒と緋色の流星となって、バアルの巨体へ向かって真っ直ぐに突進する!


「【我流神殺・極限爆熱破(オーバー・ドラグーン)】ッ!!!!」


カルムの右拳から放たれたのは、拳の形をした巨大な「龍の顎(アギト)」のごとき炎の奔流!


バアルの『概念鏡』が、狂暴な速さでカルムの炎を吸い込み始める。

ジュギュギュギュギュギュッ……!


「無駄だ。我の概念鏡の容量は無限——」

バアルの合成音が、途中で歪んだ。


ピシッ……ピキピキピキッ……!


バアルの背中にある、絶対に傷つくことのないはずの『白銀の概念鏡』の表面に、目視できるほどの【巨大な熱による亀裂】が走り始めたのだ!


「……警告。吸収速度を生成速度が凌駕。……処理冷却系、限界突破。……内部温度、上昇率三〇〇〇パーセント……ッ!」


「無限だぁ……? 舐めてんじゃねぇぞッ!」


カルムの右拳が、概念鏡の吸収力を力ずくで破砕し、バアルの『無の聖杖』の先端へと直接叩きつけられた!


ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!


凄まじい炎の爆発。

バアルの無敵の聖杖が、カルムの命を燃やした熱によって赤く加熱され、ミシミシと歪み始める。


「バアルの聖杖が……溶けているだと!?」

エノクが驚愕に目を見開く。


「邪魔だァァァァァッ!!」


カルムの左拳(折れていた腕)が、痛みを無視して振り抜かれた。

ドゴォォォォォンッ!

バアルの巨大な身体が、カルムの一撃によって吹っ飛ばされ、奈落の壁へと深々とめり込んだ!


四、 三使徒を押し返す咆哮

「バアルを……殴り飛ばした……!?」


上空で高みの見物を決め込んでいた新・聖女セラフィナが、白磁の仮面を両手で押さえ、悲鳴を上げた。

主神の直属たる使徒。世界の法則そのものである存在が、ただの「人間の拳」によって力ずくで弾き飛ばされたのだ。


「調子に乗るな、虫ケラがッ!!」


第二使徒エノクが、激昂して両手を掲げた。

「【神罰・絶対氷獄陣(コキュートス・ディザスター)】ッ!!」


奈落の天井、壁、床のあらゆる場所から、数千本もの『絶対零度の氷の棘』が一斉に放たれ、カルムを全方位から串刺しにせんと迫る。

触れれば心臓まで凍りつく、死の冷気の嵐。


「氷なんぞで……俺の火が消せると思うなァァァァッ!!」


カルムは避けない。

彼は両腕を大きく広げ、自身の胸の奥底にある『炉の記憶』と『アルへの想い』の全てを、限界突破の咆哮とともに解き放った!


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


【我流神殺・全界焦土咆哮(ルミナス・バーン)】ッ!!!!


ズドォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!


カルムの口と全身から放たれたのは、奈落の底から天空の『神座の塔』の空中回廊までを一直線に突き抜ける、超巨大な【炎の熱柱】!


エノクの放った数千本の氷の棘が、カルムの炎の熱柱に触れた瞬間に、氷から水へ、水から蒸気へ、そして蒸気から「光の粒子」へと一瞬で昇華し、消滅した!


「な……なにぃぃぃぃぃっ!?」

エノクの身体が、カルムの放つ凄まじい熱風と圧力によって上空へと押し流される。


「メリエルッ!!」


空中へ押し上げられたエノクとセラフィナが悲鳴を上げる中、第一使徒補佐メリエルが、十二枚の光の羽を極限まで広げ、手に持つ『創世の法典』の全ページを一気に開き放った。


「法則の限界改変……! 領域内のあらゆる『燃焼反応』を……概念から追放(デリート)しますッ!!」


メリエルの最大権能。

世界から「火」という現象そのものを消し去る、神の究極の拒絶。


しかし——!


カルムの炎は、消えなかった。


「……なぜだ!? なぜ火が消えないッ!?」

メリエルの透明な瞳に、生まれて初めての【恐怖】が宿った。


カルムの放つ炎。

それは、大気中の酸素やマナを燃やす「物理現象の火」ではなかった。

アルがくれたスープの熱、仲間たちの絆、そして不滅の盾となったエレナの『魂の熱』の残滓と共鳴し、カルムの命そのものを燃やす【想いの火】。


神の作った物理法則(ルール)などという矮小な枠組みの中に、カルムの命の叫びは、最初から収まっていなかったのだ!


「神様だかなんだか知らねぇがなぁッ!!」


カルムの全身が、黄金と漆黒の炎に包まれ、竜の如きシルエットとなって空中のメリエルへ向かって跳躍する。


「俺たちの『最高の厨房』を汚す奴は……誰であろうと、俺の火で焼き尽くしてやるんだよォォォォォッ!!!!」


五、 焦土の中の限界点

ガギィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!


カルムの全存在を懸けた右拳が、第一使徒補佐メリエルの展開する『創世の防壁』へと真正面から激突した!


奈落全体が、太陽が降臨したかのような絶大なる黄金と漆黒の光に包まれる。

聖都ルミナの地上を覆っていた黒銀の暗雲の一部が、カルムの放った熱柱によって吹き飛ばされ、一瞬だけ、本物の太陽の光が奈落の底へと差し込んだ。


「……あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


メリエルの十二枚の光の羽が、カルムの炎の熱によって何枚も焼け落ち、彼女の身体が空中から猛烈な勢いで地上へと叩き落とされた!


ドガァァァァァァァンッ!!


神の代行者たる使徒を、ただの一人の人間の少年が、力ずくで打ち落としたという衝撃の事実。


「勝った……のか……!?」

セリアが、信じられない思いでその光景を見つめていた。


奈落は、カルムの放った炎によって、全域がマグマと化した【灼熱の焦土】へと変貌していた。

三体の使徒(エノク、バアル、メリエル)は、カルムの規格外の咆哮によって後退を余儀なくされ、焦土の各所へと着地していた。


「ハァ……ハァ……ハァ……っ」


焦土の真ん中に、カルムが仁王立ちしていた。


彼の右拳からは、今なお凄まじい湯気が立ち上っている。

使徒を押し返し、神の法則すらも力ずくで焼き切った、まさに圧倒的な勝利の光景。


だが——。


「カルム……ッ!?」


アルが、血を吐きながらカルムの元へ駆け寄ろうとして、その足が止まった。


カルムの身体。

仁王立ちする彼の全身から、メラメラと燃え上がっていたあの漆黒と緋色の炎が。


プツン……ッ。


まるで、蝋燭の芯が燃え尽きたかのように、唐突に、静かに消え去ったのだ。


「……が……ハッ……」


カルムの口から、大量の「黒い血」が噴き出した。


彼の右腕の皮膚は完全に炭化し、ぽろぽろと黒い灰となって崩れ落ち始めている。

命(ライフ)を薪にして燃やした代償。

カルムのマナ回路は完全に焼け野原となり、彼の全身の細胞は、過酷すぎるオーバーロードの反動によって、自壊(メルトダウン)を起こし始めていたのだ。


「……カルムッ!!」


アルが、倒れそうになるカルムの身体を、下から必死に受け止めた。


カルムの身体は、先ほどまでの灼熱が嘘のように、急速に【冷たく】なり始めていた。


「……へっ……アル……」


カルムが、潰れた左目と、かすかに開いた右目で、アルを見上げた。


「……押し返してやったぜ……。あの……偉そうな神様どもをよ……」


「カルム! 喋っちゃダメだ! 息をして、カルムッ!!」

アルが、己の胸の『炉』の熱をカルムへ注ぎ込もうとするが、カルムの体内のマナ回路が焼き切れているため、熱を受け入れることすらできない。


「……ごめんな……アル……」


カルムの手が、弱々しくアルのエプロンの裾を掴んだ。


「俺の火……ここまで……みたいだ……」


使徒を一時的に押し返した、カルムの命懸けの咆哮。

しかし、それは同時に、カルムという存在の「全エネルギーの枯渇」を意味していた。


そして、マグマと化した焦土の向こう側から。


煙を押し分けて立ち上がる、三体の使徒たちの【無傷に近い冷酷な影】が、再び姿を現そうとしていた。


命を燃やし尽くした相棒。

砕かれた不滅の盾。

そして、底知れぬ神の真の恐怖。


最高の大盛り上がりを見せた咆哮の果てに、チーム『最高の厨房』を待ち受けるのは、容赦のない【絶望の現実】であった。

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