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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第4章:聖都ルミナ編

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第85話:折れる聖剣

一、 臨界の閃光と軋む鉄

ドォォォォォォォォォォォォォンッ……!!


奈落の空中に描かれたのは、神と人間の意志が真っ向から激突する、狂気的なまでの死闘の光景であった。


青白銀と黄金が混ざり合う圧倒的な【創世極光】をその身に纏い、全生命力を燃やし尽くしながら突進する元・最高位聖騎士長エレナ・ルミナス。

彼女の眼前に立ちはだかるのは、第二使徒エノクの『絶対零度』、第三使徒バアルの『概念封殺』、そして第一使徒補佐メリエルの『法則改変』が重なり合った、絶対不可侵の【三使徒多重防壁】。


「おおおおおおおおおおっ!!!!」


エレナの口から、己の骨を砕き、内臓を破裂させんばかりの咆哮が迸る。


彼女の手にあるのは、既に先ほどの激闘で刀身の半ばから失われ、今や短剣ほどの長さしか残されていない愛剣『星霜の聖剣』。

その残された短い刀身の表面には、いまや蜘蛛の巣のような無数の【漆黒の亀裂】が走り、主の激しすぎる魂の熱量(マナ)と神々の圧迫に耐えきれず、目視できるほどの光の粒子となってポロポロと崩れ落ち始めていた。


「折れるな……! 星霜、私に応えてくれ……ッ! 今ここで私が退けば、アル殿が……私たちの唯一の『太陽』が消えてしまうのだッ!」


エレナの絶叫に呼応するように、折れかけた刀身から溢れ出る熱量がさらに一段跳ね上がる。

それは、自らの寿命と魂の根源(ソウル・コア)をダイレクトに薪としてくべる、二度と引き返せない完全な自滅の可燃。


「……愚かな。何と哀れで、惨めな足掻きでしょう」


防壁の向こう側で、十二枚の光の羽を静かに羽ばたかせるメリエルが、感情の失われた透明な瞳でエレナを見下ろしていた。


「不完全な肉体、不完全な感情、そして限界を迎えた不完全な鉄片。……そのような壊れかけの塵で、完璧なる神の理に届くなどと……なぜ錯覚できるのです?」


メリエルが、手に持つ『創世の法典』をさらに強く引き絞った。


ギュイィィィィィィィィィンッ!!


「空間圧力を最大値へ補正。……破砕シーケンス、移行」


バアルの合成音が奈落全体に重低音で反響する。

エノクの指先から吐き出される絶対零度の冷気が、エレナの結界を侵食し、彼女の剥き出しになった肩や腕の肉を瞬時に壊死させ、凍てつかせていく。


「がはっ……あぁぁぁぁっ……!」


エレナの目、鼻、口から、大量の血が吹き出した。

血は床に落ちる前に凍りつき、赤黒い氷の粒となって空中に舞う。

だが、彼女の足は止まらない。青い瞳に宿る『不滅の盾』としての意志の光は、どれほど肉体が破滅へと向かおうとも、一微塵も揺らぐことはなかった。


二、 アルが見つめた騎士の背中

「エレナさんッ!! もうやめてッ!!」


奈落の石畳に這いつくばるアルが、血を吐きながら絶叫した。


アルの【真理の目】には、はっきりと視えていた。

エレナの体内で、彼女の生命力を司るマナ回路が、一根ずつブチブチと音を立てて千切れ去っていく様が。

彼女が今放っている黄金と青白銀の輝きは、技でも魔法でもない。自分という存在そのものを二度と再生不可能なレベルで燃やし尽くしている「命の残り火」なのだということが。


「僕のために……そんなに自分を壊さないでッ! お願いだから……もう十分だよ、エレナさんッ!!」


アルは、ボロボロになった身体を引きずり、必死に手を伸ばそうとした。

だが、三使徒とエレナが衝突する中心点から放たれる凄まじい衝撃波と神威の風圧により、アルの小さな身体は床に押し付けられ、近づくことすら許されない。


「……アル殿」


激闘の渦中で、エレナがほんの一瞬だけ、背後を振り返った。


血に濡れ、白銀の髪を乱した彼女の横顔。

そこにあったのは、苦痛や絶望の表情ではなかった。

ガレアの街で、初めてアルの作った温かいスープを飲んだ時に見せたような、どこまでも深く、温かく、そして誇り高い【最高の笑顔】であった。


「心配召されるな……アル殿」


エレナの声が、風圧を突き抜けてアルの魂へと直接届く。


「君は……私に『心』をくれた。冷たい機械として死ぬはずだった私に、誰かを愛し、誰かを護るための『体温』を教えてくれた。……私の人生は、君に出会えたことで……すでに救われていたのだ」


「エレナさん……っ!」


「だから……これは犠牲ではない。私が……一人の騎士として、自らの意志で選んだ『誇り』なのだッ!」


エレナは再び前を向いた。

その背中は、どんな分厚い城壁よりも巨大で、頼もしく、そしてあまりにも切なかった。


「神よ……届かぬと言うのなら、この命の全てを代償として捧ぐ!……【星霜不滅・絶対創世極光斬(アウローラ・オメガ・ブレイク)】ッ!!!!」


エレナの全存在をかけた、生涯最高にして最後の一撃。

黄金と青白銀の閃光が、奈落の暗闇を完全に消し去り、三使徒の多重防壁の最奥――メリエルの胸元へと、一直線に突き刺さった!


三、 粉砕される不滅、断ち切られた刃

ガギィィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!


天地が覆るほどの、凄絶な破砕音が響き渡った。


メリエルの『創世の法典』が展開する法則遮蔽膜。

エノクの『絶対零度』。

バアルの『概念封殺装甲』。


その三つが重なり合った無敵の防壁の表面に、ついに……ついに、縦横無尽の巨大な【断裂の亀裂】が走り抜けた!


「……なっ!?」

エノクの冷酷な顔が、恐怖に歪む。


「バカな……! 概念封殺の限界値を突破……!?」

バアルの合成音に、致命的なシステムエラーを示す狂暴なノイズが走る。


「……っ!」

常に浮遊し、冷情を崩さなかった第一使徒補佐メリエルの顔に、初めて明確な【驚愕と慄き】が走った。


エレナの突き出した『星霜の聖剣』の切っ先が、防壁を突き破り、メリエルの純白の法衣の胸元を捉えたのだ。

あと数センチ。あと数ミリ踏み込めば、メリエルの核(コア)を貫き、神の法則改変を解除できる!


「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」


アルが、全魂を込めて叫んだ。


しかし——。


カ……ンッ。


世界から、すべての音が消え去ったかのような、あまりにも静かで、あまりにも残酷な「手応え」が奈落に響いた。


「……え?」


エレナの青い瞳が、激しく揺れ動いた。


踏み込めない。

刃が進まない。


メリエルの胸元、あと数ミリという絶対の境界線において。

エレナの手の中で、過剰なエネルギーと神威の衝突に耐え続けていた『星霜の聖剣』が。


限界を、完全に迎えたのだ。


ピキィィィィィィィ……パリンッ!!!!


弾け飛ぶ音。


エレナの命を乗せて輝いていた青白銀の刀身が。

柄の根元から、まるで【儚い氷細工】のように、色鮮やかな光の粉末となって、完璧に砕け散ったのだ。


「あ……」


エレナの口から、小さな声が漏れた。


刃がなくなった。

メリエルの胸元を突いていたのは、いまや何も残されていない、虚しい剣の「柄」だけであった。


「……届きませんでしたね、旧式の不滅の盾」


防壁の向こう側で、メリエルが正気を取り戻し、冷ややかな、絶望的な嘲笑を浮かべた。


「どれほど魂を燃やそうと、どれほど奇跡を祈ろうと……物質の限界、世界の理を超えることはできない。……それが、不完全なあなた方人間の『限界』なのです」


四、 散りゆく光と、絶望の沈黙

「破砕波、放出」


バアルの冷酷な合成音とともに。


防壁に溜め込まれていた三使徒の凄まじい反発エネルギーと、エレナが放った創世極光の残滓が、行き場を失って爆発的に逆流した。


ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!


「……があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


聖剣を失った無防備なエレナの肉体に、全エネルギーの逆流が真正面から叩きつけられた。


白磁の甲冑が、跡形もなく木っ端微塵に粉砕される。

エレナの白銀の髪が血に染まり、彼女の華奢な肉体が、骨の砕ける凄まじい音と共に、吹き飛ばされた。


ドスゥゥゥゥンッ……!!


エレナの身体は、奈落の石壁に深くめり込み、そのまま血の海の中へと崩れ落ちた。


「エレナさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!!!」


アルの悲痛な絶叫が、奈落の天井へ向かって虚しくこだまする。


エレナの手からこぼれ落ちた聖剣の柄。

それが、石畳の上に転がり、カラカラ……と乾いた音を立てて止まった。

かつて教国最強の証であり、仲間たちを護り続けてきた『星霜の聖剣』は、もう二度と元には戻らない光の塵となって、空中に消え去っていった。


「……はぁ……はぁ……っ」


血溜まりの中で、エレナはピクリとも動かなくなった。

彼女の胸の上下はあまりにも小さく、今にも途絶えてしまいそうなほど浅い。

全身のマナ回路は完全に焼き切れ、彼女を支えていた『不滅の盾』としての輝きは、跡形もなく失われてしまっていた。


「くすっ……あはははは! ざまぁ見なさい、裏切り者のエレナ先輩!」


空中から見下ろす新・聖女セラフィナが、白磁の仮面を揺らして甲高い嘲笑を上げた。


「教国を捨て、バグの体温などという不潔なものに狂った罰ですわ! 聖剣も砕かれ、仲間も守れず、最後は泥の中で犬のように死んでいく……! これこそが、神に背いた哀れな虫の末路に相応しい!」


「……静かにしなさい、セラフィナ」


第一使徒補佐メリエルが、十二枚の光の羽を広げ、ゆっくりと地上へ降り立った。


その足元には、完全に沈黙したエレナ。

そして、絶望に打ちひしがれ、涙と血で顔をぐしゃぐしゃにした少年料理人アル。


「さて、特異点よ」


メリエルが、手にした『創世の法典』を静かにアルへ向けた。


「あなたの最後の『盾』は、完全に折れました。……あなたを庇う者は、もうこの世界のどこにも存在しない」


エノクが冷たい氷剣を構え、バアルが圧壊の重力波を練り上げる。

三体の使徒の影が、倒れ伏すアルとエレナの上に、巨大な死の影となって覆いかぶさる。


五、 絶望の底で燃え上がる、相棒の咆哮

「終わらせます」


メリエルが、無慈悲に指先を振り下ろそうとした、その時。


ズズズズズズズズズズズズ……ッ!!


奈落の空間全体が、先ほどの攻撃とは全く異なる、狂暴で、凶悪で、地獄の底から湧き上がるような【禍々しい熱量】によってグラグラと揺れ始めた。


「……何?」

エノクがハッと眉をひそめる。


「不審なマナの異常高揚を検知。……発生源は……」

バアルの合成音が、ノイズを走らせる。


発生源。

それは、アルのすぐ隣——。


エノクの『絶対静止』によって黒焦げにされ、二度にわたって氷漬けにされ、完全に命の灯火が消えたはずの【男の亡骸】であった。


「……おい……神様ども……」


地獄の底から響くような、掠れた、だが絶対の殺意を秘めた声。


ピキッ……ピキピキピキッ……!!


カルムの全身を覆っていた、エノクの絶対零度の氷塊。

それが、内側から発生した【漆黒と純白が狂暴に渦巻く異形の熱】によって、バキバキと音を立てて砕け散り始めたのだ!


「な……ッ!? 我が絶対静止の氷が……内側から融解しているだと!?」

エノクの顔から、完全に余裕が消え去った。


「アルを……俺たちのシェフを……泣かせたな……」


黒焦げの炭と化していたカルムの肉体から、血と蒸気が噴き出す。

彼の潰れていた左目がカッと見開かれ、右目と共に【地獄の業火の如き黄金と黒の輝き】を宿した。


エレナが命を懸けて作ってくれた、わずか数秒の時間。

彼女が『星霜の聖剣』を折られながらも、三使徒の注意を引きつけ、アルを護り抜こうとしたその姿。

それが、仮死状態にあったカルムの魂の深層に、決して消えてはならない【相棒としての怒りと誇り】の爆発を引き起こしたのだ!


「エレナが……剣を折ってまで……俺たちを護ったんだぞ……ッ!」


カルムが、ガクガクと震える両足で、大地を力強く踏み締めて立ち上がる。


彼の右拳——いや、彼の全身から吹き上がったのは。

これまでの『極光炎』などという生ぬるいものではない。

仲間を傷つけられた絶望と怒り、そしてアルの居場所を絶対に護るという誓いが限界突破(オーバーロード)を起こした、世界を焦がす【極限覚醒の炎】!


「俺の目の前で……俺の仲間を……これ以上傷つけさせんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」


絶望の奈落の底に、地獄の龍の如き相棒の咆哮が轟き渡る。

折れた聖剣の絶望を破り、すべてを賭けた相棒の反撃が、いま、はじまろうとしていた。

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