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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第3章:海洋都市アクアリア編

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第70話:威厳ある聖都ルミナ

一、 共有される神聖盾とカルムの炎

「【我流神殺・群青緋炎弾】ッ!!!!」


白銀の大通りを焦がすように、カルムの右拳から極光の炎弾が放たれた。

それは深海の底で覚醒した、群青と緋色が混じり合う『護るための炎』。圧倒的な熱量と密度を誇り、分厚い神聖金属の装甲であろうと容易く融解させる威力を秘めていた。


だが、迫り来る五十名の【神聖騎士団(テンプル・ナイツ)】の顔に、恐怖や焦りの色は一切浮かばなかった。

彼らは足並みを完全に揃えたまま、手にした白銀の長槍を前方に突き出し、一糸乱れぬ動きで十字に交差させた。


「【絶対教律・神聖連盾(ホーリー・ファランクス)】」


小隊長の無機質な号令とともに、五十名の騎士たちの身体から青白いマナが一斉に立ち上り、互いの長槍を媒介にして巨大な一枚の光の盾を形成した。


ドガァァァァァァァァァァンッ!!!!


カルムの放った極光炎弾が、その青白い巨大盾の真正面に激突する。

凄まじい熱波と爆炎が白亜の石畳を舐め、周囲の空気が一瞬にして沸騰した。

しかし、煙が晴れた後――。


「……なっ!?」

カルムが驚愕に目を見開いた。


五十名の騎士たちは、ただの一歩も後退していなかった。

彼らの展開した『神聖連盾』には、炎の直撃を受けたにもかかわらず、焦げ目一つついていない。


「俺の炎が……防がれただと!?」

カルムが拳を握り直す。火力が足りなかったわけではない。炎が命中した瞬間、信じられない現象が起きていたのだ。


「カルム殿、無茶をするな! 彼らは『個』の力で防御しているのではない!」

エレナが聖剣を構えながら鋭く叫んだ。


「教国の騎士団は、個人の感情や自我を完全に消し去ることで、マナの波形を完全に同調(シンクロ)させている。五十人分の魔力回路がネットワークのように連結し、受けたダメージを瞬時に五十等分して分散・吸収しているのだ! 力任せの攻撃では、絶対に崩せん!」


「五十人で一つの盾になってるってのかよ……ッ。冗談じゃねぇ、人間をなんだと思ってやがる!」

カルムが、狂気すら感じるそのシステムに悪態をつく。


「排除シークエンス継続。異端者を殲滅せよ」

小隊長の抑揚のない声とともに、神聖騎士団が盾の陣形を保ったまま、重戦車のように地響きを立ててアルたちへ向かって前進してきた。


このままでは、ジリ貧になる。相手は痛みも恐怖も感じない、人間という名の機械の群れだ。


二、 陣形の結び目と包丁の冴え

「……つながってるなら、必ず『結び目』があるはずだよ!」


エプロン姿のアルが、黒鉄の包丁を抜き放ちながら前に飛び出した。


「アル! 危険ですッ!」

オルタが静止の声を上げるが、アルの漆黒の瞳にはすでに【真理の目】の黄金の輝きが宿っていた。


アルの視界が、モノクロームの因果の世界へと切り替わる。

迫り来る五十名の騎士たち。彼らの間には、目に見えない青白いマナの糸が複雑なクモの巣のように張り巡らされ、五十人の命と魔力を一つの巨大な回路へと縫い合わせている。


(見えた……! 五十人の糸を束ねている、一番太い結び目……!)


それは、陣形の中央に位置する小隊長の背中と、周囲の四名の副官を繋ぐ、極めて強固なマナの結節点(ハブ)であった。


「カルム! もう一発、今度は上に向かって炎の壁を作って! 視界を塞ぐんだ!」

アルが叫ぶ。


「上だなぁッ! おうよッ!!」

カルムの直感が、アルの意図を完璧に理解した。

彼は両拳を地面スレスレから跳ね上げるように振り抜き、炎の壁(ブラインド)を騎士団の目の前に立ち上らせた。


ボワァァァァァァッ!!


青白い盾の向こう側で、炎が目隠しとなる。

視界を奪われたとはいえ、騎士団はパニックを起こさない。ただ機械的に陣形を維持し、炎が晴れるのを待つ構えをとった。


だが、その数秒のタイムラグこそが、少年料理人にとっての完璧な「下ごしらえ」の時間だった。


炎の壁の隙間を縫うようにして、アルの小さな身体が信じられないスピードで陣形の懐へと滑り込む。


「教国の冷たい糸……! 僕の包丁で、切り離すッ!」


アルは、空中で身体を捻り、金銀の極光を纏った黒鉄の包丁を、五十人を繋ぐ【マナの結び目】へ向かってピンポイントで振り下ろした。


「【真理解体・陣形断ち】ッ!!」


サクゥゥゥゥンッ……!!


物理的な装甲を斬ったのではない。

五十人の意識とマナを強制的に同期させていた『冷酷な計算式(プログラム)』の糸を、アルの包丁が極限の精度で切り裂いたのだ。


プツンッ。

その瞬間、巨大な青白い光の盾が、まるで電源を落とされたかのようにフッと消滅した。


「……!?」

「マナ・リンク、切断……エラー発生……」


突如としてマナの共有を断たれた騎士たちの動きに、初めて微かな「乱れ(ノイズ)」が生じた。完璧だった機械の連携が崩れ、個々の人間に戻ったことによる一瞬の硬直。


「今だッ! 突破するぞ!」

エレナが『星霜の聖剣』の腹を使い、殺すことなく、しかし確実な衝撃で前列の騎士たちを弾き飛ばす。


「オラァァァッ! 道を開けなッ!」

カルムも炎を纏わせた蹴りで陣形に風穴を開け、アルを小脇に抱え上げて駆け出した。


「追撃プロトコル再起動……目標を見失うな」

背後で小隊長が体制を立て直そうとするが、四人はすでに白亜の街の奥深くへと走り去っていた。


三、 裏路地なき白亜の迷宮

「ハァ……ハァ……っ。ひとまず、撒いたか……?」


カルムが、巨大な白亜の柱の陰で息を整えながら後ろを振り返る。

追っての足音は聞こえない。だが、彼らの顔に安堵の色はなかった。


「……隠れる場所が、全然ないよ」

アルが、周囲の街並みを見渡して不安げに呟いた。


スラム街やアクアリアの街であれば、逃げ込んだり身を隠したりするための入り組んだ裏路地や、木箱の積まれた物陰が無数にあった。

しかし、この【聖都ルミナ】には、そういった「死角」が一切存在しないのだ。


すべての道路は定規で引いたように真っ直ぐで、交差点は完璧な直角。

建物と建物の間には不自然な隙間などなく、規則正しく配置された街灯(監視塔)が、影を作ることすら許さないように青白い光で街の隅々までを照らし出している。


「教国の教律において、『隠し事』は最大の罪とされている。……故に、この街には裏路地も、身を隠せるような暗がりも、最初から設計されていないのだ」

エレナが、苦々しい表情で語った。


「すべてが神の監視下に置かれ、少しでも教律を逸脱した者は、先ほどのように即座に検知され、排除される。……ここは、十五万人の人間を閉じ込めた、完璧な『白亜の牢獄』なのだよ」


「なんて息苦しい街だ……。こちとら、こんな真っ白な場所じゃ落ち着いてツバも吐けやしねぇ」

カルムが舌打ちをする。


「ピーッ……。アル、エレナの言う通りです。ワタクシのハッキングで街の監視網を一時的に欺いていますが、これ以上地上を移動するのは生存確率を著しく低下させます」


オルタが、自身の視覚センサーに街の地下構造図を重ね合わせて解析を続ける。


「この先、一五〇メートルの地点に、廃棄された【旧地下水路(メンテナンス通路)】へのアクセスハッチがあります。まずはそこへ身を隠し、神座の塔への地下ルートを割り出しましょうっ!」


「よし、オルタの案で行こう。走るぞ!」

カルムの合図で、四人は再び白銀の街を駆け抜けた。


監視の目を掻い潜り、オルタのナビゲートに従って、目立たない建物の裏手にある分厚い金属ハッチをカルムがこじ開ける。

四人が冷たく暗い地下通路へと滑り込み、ハッチを内側から閉めた直後、彼らの頭上を神聖騎士団の規則正しい行軍の足音が通り過ぎていった。


四、 威厳と狂気のパノラマ

「……ふぅ。これで少しは落ち着けるね」

アルが、薄暗い地下通路の壁に背中を預け、安堵の息を吐いた。


地下通路は、地上とは違って無機質な金属とコンクリートで覆われており、かすかに冷たい水が流れる音が響いていた。それでも、絶え間ない監視の目に晒される地上よりは、遥かに心休まる場所だった。


「アル、こちらへ。少しだけ、外の景色が見えますよ」


オルタが、通路の壁面に設けられた巨大な換気口のルーバーを指差した。

アルがそこからそっと外を覗き込むと、そこからは、教国ルミナの中心部へ向かって広がる、信じられないほどの【威厳と狂気のパノラマ】が一望できた。


「うわぁ……」


すり鉢状に広がる巨大な白亜の都市。

その街並みは、美しかった。一点の汚れもなく、計算し尽くされた幾何学模様のように建物が並び、青白い神聖マナの光が街全体を幻想的に照らし出している。


そして、そのすり鉢の底――大陸の中心にそびえ立つ、天を貫く白銀の【神座の塔(エデンズ・タワー)】。

塔の頂上付近は分厚い雲海に覆われて見えないが、塔そのものが巨大な心臓のように脈打ち、忘却の海から吸い上げた莫大なマナを、冷たい冷気へと変換して街全体へ放射し続けていた。


「あれが、威厳ある聖都ルミナの真の姿だ」


エレナが、アルの隣に並び、換気口からその景色を見つめた。


「美しいだろう? ……だが、これほどまでに冷酷で、死に絶えた美しさは他にない」


エレナの青い瞳に、哀愁と、深い後悔の念が浮かぶ。


「私にも……あの塔から放たれる冷たい光が、絶対の正義であり、世界を救う唯一の真理だと信じて疑わなかった時期があった。疑問を持つことすら、脳からプログラムとして削除されていたのだからな」


エレナは、己の手を見つめた。

かつてこの手で、教律に背いたというだけの理由で、感情を持った人間(バグ)を切り捨ててきた罪の記憶。その冷たい感触が、故郷に戻ってきたことで嫌でも蘇ってくる。


「私は……この冷たい街の一部だったのだ」


自嘲気味に呟くエレナの手に、小さな、温かい手が重ねられた。


アルだった。


「エレナさんは、この街の冷たさに負けなかったよ」


アルの真っ直ぐな漆黒の瞳が、エレナを見上げていた。


「僕のスープを飲んで、『美味しい』って泣いてくれたじゃないか。……エレナさんの心は、ちゃんと温かいよ。だから、そんな風に自分を責めないで」


「アル殿……」

エレナの瞳が微かに見開かれ、そして、ゆっくりと柔らかく細められた。


「……そうだな。君のスープの味を知ってしまった私には、もうこの街の空気は冷たすぎる」

エレナは、アルの小さな手を優しく握り返した。


「待っていろ、主神アルファ。……私が、私自身の手で、この凍りついた故郷に『温かな食卓』を取り戻してみせる」


五、 動く白銀の影

その頃。

アルたちが見上げる、天を貫く白銀の【神座の塔】の中枢――冷徹な神聖マナが渦巻く謁見の間にて。


「――報告。第肆セクターにて、特A級の教律違反(感情ノイズ)ならびに、防衛部隊の陣形解体を検知。……標的の生体波形は、反逆者エレナ・ルミナス、および警戒対象『特異点(空箱)』と一致」


感情を持たない情報処理修道士が、玉座の前に跪き、機械的に報告を読み上げていた。


玉座は無人であった。

しかし、その玉座の傍らに立ち、神の代理人として報告を聞き届ける一つの影があった。


「……ふふっ。やはり、戻ってきましたか。哀れな迷い子(裏切り者)が」


鈴の転がるような、だが氷のように冷たく無慈悲な声。


ステンドグラスから差し込む青白い光に照らし出されたのは、エレナと同じように純白の甲冑と修道服を纏いながらも、その顔の下半分を銀色のベールで覆い隠した、一人の女性騎士であった。


彼女の胸には、エレナがかつて身につけていた【最高位聖騎士長】の証である、十字の紋章が刻まれている。


「感情などという不浄なエラーに侵され、神の剣としての矜持を泥に落とした愚か者。……エレナ先輩、あなたの存在は、この完璧な白銀の世界には不要なシミ(バグ)です」


新たな聖騎士長――あるいは、狂信的なる【新・聖女】。


彼女は、腰に帯びた細身の白銀の剣の柄に手を添え、ベールの下で狂気的な笑みを深めた。


「主神アルファ様の絶対の御心に従い……私が、あなたのその醜い罪を、綺麗に清めて(排除して)差し上げましょう」


神座の塔の最上階からは、第一使徒ガラテアをも遥かに凌ぐ、次元の違う『最凶の使徒』の神威が、すでにじわじわと聖都全体へと降り注ぎ始めていた。


威厳ある白亜の迷宮で、少年料理人の不滅の体温と、教国の冷酷な計算式が衝突する。

そして、不滅の盾たるエレナに迫る、過去の罪悪感と新たなる狂信の刃。


教国ルミナの中枢へ向かう地下通路で、彼らの魂を削る過酷な最終決戦へのカウントダウンが、静かに、そして無慈悲に時を刻み始めていた。

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