第5話:拳と包丁の交錯
一、 厨房の備蓄問題
黒鉄の街、第十三スラム街の朝の騒動から数時間が経過した。
バラック小屋の周囲に転がっていたゴミや瓦礫は、トニやマリアが手伝い、なんとか歩ける程度には片付けられていた。
自警団のリーダーであるボリスを、たった一撃で夜空の星に変えてしまった赤髪の青年、カルム。
彼は「アルの用心棒(最高の火力)になる」と宣言した通り、バラックの前にどっかりと座り込み、鋭い眼光で周囲を睨みつけていた。スラムの住人たちやボリスの残党が遠巻きに様子を窺っていたが、カルムが八重歯を見せて「あぁん?」と唸るだけで、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「ふん、どいつもこいつも腰抜けばかりだぜ」
カルムは退屈そうに鼻を鳴らすと、背後のバラックの中を振り返った。
「おいアル。そろそろ昼飯の時間じゃねぇか? 腹減ったぞ」
「カルム、さっき朝ごはんのスープをどんぶり三杯も食べたばっかりだよ?」
バラックの中から、木のお椀を洗っていたアルが苦笑いしながら顔を出す。
「戦士ってのは常に腹を空かせてるもんなんだよ。で、次はなに作ってくれんだ?」
「それがね……」
アルは、空っぽになった鉄鍋を指差して困ったように眉を下げた。
「昨日の夜、廃棄区画で見つけたお肉、全部使っちゃったんだ。もう食材のストックがゼロなんだよ」
「なんだと!?」
カルムが、世界の終わりのような絶望的な顔をして立ち上がった。
「じゃあ、昼飯はどうなんるんだ! あの美味ぇスープはもう食えねぇのか!?」
「そんなに大声出さないでよ。……だから、今からまた『仕入れ』に行こうと思ってるんだ」
アルは、洗い終わったお椀を伏せ、エプロンの紐をギュッと結び直した。
そして、腰に差した漆黒の『黒鉄の包丁』をポンポンと叩く。
「昨日の廃棄区画には、まだ美味しそうな魔導汚染獣がたくさんいるはずだからね」
「アビスに……仕入れ、だと?」
カルムは目を丸くした。
スラムで育った彼にとって、廃棄区画とは近寄れば毒で死ぬか、化け物に食われるかの「地獄の底」である。
「お前、あんなバケモンだらけの毒溜まりに、その細い体で一人で行ったのか?」
「うん。この包丁を手に入れたのもあそこだし、僕には魔力がないから、不思議と有毒なガスも効かないみたいなんだ」
アルはあっけらかんと言う。
「……バカ野郎。いくら毒が効かなくたって、あそこには上の工場から垂れ流されたヤバい魔力汚染のバケモンがウヨウヨしてんだぞ。チビのお前が一人で行って、生きて帰ってこれる保証なんてどこにもねぇ」
カルムは、自分の分厚いコートの襟を立て、ニッと不敵に笑った。
「俺が用心棒になったからには、チビ一人で危険な真似はさせねぇよ。……俺も行くぜ。極上のメシ(食材)のためなら、バケモン相手の喧嘩も悪くねぇ」
「本当!? ありがとう、カルム! 一緒に来てくれるなら百人力だよ!」
アルの瞳がパァッと輝く。
「トニ、マリア。お留守番お願いしていいかな? 僕たち、美味しいお肉をたくさん持って帰ってくるからね」
「うん! 気をつけてね、アル兄ちゃん! カルムのお兄ちゃんも!」
子供たちに見送られ、アルとカルムは二人並んで、スラム街のさらに深淵――有毒な瘴気が渦巻く『廃棄区画』へと足を踏み出していった。
二、 廃棄区画の探索と、スタイルの違い
「ゲホッ……なんだこの臭いは。鼻がひん曲がりそうだぜ」
廃棄区画へ足を踏み入れた途端、カルムは顔をしかめて口元をコートの袖で覆った。
赤黒い泥の沼、空を覆う緑色の有毒な瘴気、そしてどこまでも続く錆びた鉄くずの山。
カルムは自身の体内から赤い魔力を微量に放出し、皮膚の表面に薄い膜を張ることで有毒ガスを弾き落としていた。
一方のアルは、相変わらず無防備なエプロン姿のまま、平然と瘴気の中を歩いている。アルの胸の奥底にある『炉』の純粋な生命熱が、神の魔力毒を自然と中和してしまっているのだ。
「すげぇな。魔力ゼロの空箱ってのは、かえって魔力毒には強いのかよ」
カルムが感心したように呟く。
「うん。でも、魔力がないから、重たい物を退かしたりするのはすごく疲れるんだ。カルムがいてくれて本当に助かるよ」
アルが笑顔で返す。
ガサッ……!
その時、右手の瓦礫の山が崩れ、中から三頭の小型魔導汚染獣が飛び出してきた。
犬のような四足歩行だが、全身が錆びたチェーンソーの刃や鉄板で覆われ、口からは緑色の毒液をボタボタと垂らしている。
「グルルルルルッ!!」
「おっと、さっそくお出ましだ。下がってろアル、俺が片付けてやる!」
カルムが前に躍り出た。
両拳に、赤い魔力の炎がボワッと燃え上がる。
「オラァッ!!」
カルムは、一頭目の汚染獣の頭部めがけて、力任せの右ストレートを叩き込んだ!
ドガァァァァァンッ!!
「キャンッ!?」
すさまじい打撃音とともに、汚染獣の鉄板の頭蓋が陥没し、そのままゴミの山へと吹き飛んで動かなくなる。
だが、カルムが拳を引いた瞬間、ジュッ……と嫌な音がした。
「チッ……!」
汚染獣の体液である毒素がカルムの拳に付着し、魔力の膜を突き破って少しだけ皮膚を焼いたのだ。
「カルム! 大丈夫!?」
アルが焦って声を上げる。
「問題ねぇ。こんなカスリ傷、唾つけとけば治る!」
カルムは痛みを無理やりねじ伏せ、残る二頭へ向かって無造作に突進した。
大振りの回し蹴りと、魔力を爆発させたアッパーカット。
汚染獣たちは圧倒的な暴力の前に次々と粉砕されていくが、そのたびに毒液が飛び散り、カルムのコートや服を焦がしていく。
「ふぅ……雑魚が。手応えもねぇな」
三頭を片付け、息を吐くカルム。
しかし、アルは眉をひそめてカルムの元へ駆け寄った。
アルの漆黒の瞳には『真理の目』の黄金の光が宿り、カルムの体内で魔力が乱れ、無駄な消耗を起こしているのがはっきりと見えていた。
「カルム、力任せに殴るから毒が飛び散るんだよ! 相手の硬い鉄板の上から無理やり衝撃を通そうとしてるから、自分の手も痛めるし、せっかくのお肉(食材)も傷んじゃうじゃないか!」
アルは、料理人が弟子を叱るような真剣な口調で言った。
「あぁん? 喧嘩に理屈なんていらねぇんだよ」
カルムが不満げに鼻を鳴らす。
「バケモンだろうがなんだろうが、俺の魔力パンチで正面からぶち壊せばそれで解決だ。細かいこと気にしてたら殴り合いなんてできねぇぜ」
「違うよ。力任せに壊すんじゃなくて、ちゃんと『解体』しなきゃダメなんだ」
アルは、腰から『黒鉄の包丁』をスッと抜いた。
「どんなに硬く見えるものにも、必ず『繋ぎ目』がある。そこを狙えば、余計な力を入れなくても綺麗に倒せるし、怪我もしないんだよ」
「繋ぎ目だぁ?」
カルムは疑わしそうに腕を組んだ。
「お前、包丁握ってるからって、戦いを料理と同じだと思ってんのか? スラムの喧嘩はそんなお上品なもんじゃねぇぞ」
「料理と同じだよ。硬いお肉は、無理やり引きちぎるんじゃなくて、筋を切ってから火を通すんだ。カルムの力(火力)はすごいけど、使い方がもったいないよ」
「……チッ。空箱のチビのくせに、一人前に説教しやがって」
カルムはそっぽを向いたが、その拳がかすかに震えているのをアルは見逃さなかった。カルムの我流の戦闘スタイルは、常に自分の肉体を削りながら無理やり魔力を引き出す、自傷行為に近いものだったのだ。
(カルムに……僕の『見ている世界』を分かってもらわなきゃ)
アルがそう思った、次の瞬間であった。
ズズズズズズズズズッ……!!
廃棄区画の地面全体が、地震のように激しく揺れ始めた。
二人の足元の泥水が波打ち、瘴気の霧が巨大な扇風機で吹き飛ばされたかのように晴れていく。
「な、なんだ……!?」
カルムが身構える。
「カルム、上だッ!!」
アルが叫ぶ。
瓦礫の山を突き破り、二人の頭上へ影を落としたのは――先ほどの小型汚染獣とは比べ物にならないほどの、圧倒的な質量を持つ異形であった。
三、 鉄甲の汚染獣
「ギシャァァァァァァァァッ!!!!」
鼓膜を劈くような金属の絶叫。
姿を現したのは、身の丈八メートルはあろうかという、巨大な多脚型の【魔導鉄甲獣・アビス・クロウラー】であった。
蜘蛛と蟹を掛け合わせたような異様なフォルム。その全身は、上層の工場から投棄された分厚い「戦車の装甲板」や「耐熱シールド」で隙間なく覆われている。
各関節からは、プシューッ! と高圧の有毒ガスが噴き出し、八本の巨大な鋭利な脚が、瓦礫を豆腐のように突き刺しながら二人を取り囲んだ。
「おいおい……なんだよあのデカブツ。戦車に足が生えたようなバケモンじゃねぇか」
カルムの顔に、冷や汗が流れる。
「カルム! 気をつけて、あいつの装甲にはすっごく濃い毒素が詰まってる! まともに触れたら、魔力の膜ごと溶かされちゃうよ!」
アルの『真理の目』には、鉄甲獣の内部を巡る、ドス黒く太い毒の結び目がはっきりと視覚化されていた。
「へっ、上等だ! デカい図体してりゃ、的がデカくて殴りやすいってもんだぜ!」
カルムの好戦的な本能が、恐怖を上回った。
彼は両拳に先ほどよりもさらに強い赤い魔力を集束させ、爆発的な踏み込みで鉄甲獣の正面へと突撃した!
「オラァァァァァァッ!!」
カルムの渾身の右ストレートが、鉄甲獣の頭部にあたる分厚い装甲板へ向かって叩き込まれる!
ガギィィィィィィィィンッ!!!!
火花が散り、強烈な衝撃波が周囲の瘴気を吹き飛ばした。
しかし――。
「な……ッ!?」
カルムの顔が驚愕に歪む。
彼の拳は、装甲板にわずかな凹みを作っただけで、完全に弾き返されてしまったのだ。
「ギシャァッ!」
鉄甲獣が嘲笑うかのように鳴き、カルムの拳を受け止めた装甲の隙間から、高圧の有毒ガスを猛烈な勢いで噴射した。
「ぐわッ!?」
カルムは反射的に後方へ飛び退いたが、顔や腕の魔力膜がガスによってジュウジュウと焼かれ、激痛に顔をしかめた。
「クソッ、硬てぇな! 俺の全力のパンチが通らねぇなんて……!」
カルムが焦燥感を露わにする。
さらに、鉄甲獣は反撃とばかりに、鋭利な二本の前脚を槍のようにカルムへ向けて連続で突き出してきた!
ズドォォン! ズドォォン! と、カルムが躱すたびに地面が爆砕し、クレーターが穿たれていく。
カルムの体力と魔力が、回避と防御だけでみるみるうちに削られていく。
「ハァッ……ハァッ……! チクショウ、近づけねぇ……!」
カルムが息を切らし、瓦礫の陰に隠れる。
(このままじゃ……カルムがやられる!)
アルは、瓦礫の向こう側で苦戦する相棒の姿を見て、強く拳を握り締めた。
アルは『真理の目』を極限まで見開いた。
黄金の視界が、鉄甲獣の全身の構造をミクロのレベルで透かして見せる。
分厚い戦車の装甲板。それは確かに、物理的な打撃では絶対に破壊できないほどの強度を持っている。
だが、その装甲板を繋ぎ合わせているのは、汚染された魔力によって作られた「関節の結合部(筋)」だ。
(見えた! 装甲の隙間、魔力で無理やり接着されている『結び目』……! あそこを切れば、殻は剥がれるッ!)
「カルム!!」
アルは、瓦礫の陰から飛び出し、自ら前線へと走り出た!
「おいチビッ! 何やってんだ、死ぬぞッ!」
カルムが血相を変えて叫ぶ。
アルは、エプロンをなびかせながら、鉄甲獣の足元へと潜り込んだ。
「ギシャァッ!?」
鉄甲獣が、足元をチョロチョロと動くアルに気付き、巨大な脚をアルの頭上から踏み潰そうと振り下ろす!
「アルッ!!」
カルムが絶叫する。
だが、アルの動きは、恐怖で硬直することなく、まるで流れる水のように滑らかだった。
(右前脚が降りてくる……。重心の乱れは左。避けるスペースはここ!)
アルは、振り下ろされる巨脚のわずか数センチ横へステップを踏み、その脚が地面に突き刺さった瞬間の隙を見逃さなかった。
「ハァァァァッ!!」
アルが、黒鉄の包丁を逆手に構え、鉄甲脚の第一関節――装甲板の繋ぎ目にある【黄金の光の結び目】へ向かって、刃を滑り込ませた!
シュッ――――。
それは、甲殻類の硬い殻の隙間に、ナイフを差し込んで関節を外すような、見事な下ごしらえの所作であった。
サクッ……。
「ギ……?」
鉄甲獣の右前脚の装甲板を繋いでいた魔力の筋が、アルの包丁によって完全に切断された。
途端に、ガコンッ! と音を立てて、絶対に破壊不可能と思われていた分厚い戦車の装甲板が、関節部分からボロリと剥がれ落ちたのだ!
「なっ……!?」
カルムが、信じられないものを見たように目を剥いた。
チビの包丁が、俺の全力の拳でも凹ませられなかった装甲を、いとも簡単に剥がしやがった……!?
「今だ、カルムッ!! 右脚の関節の隙間! 殻が剥がれた『柔らかいお肉』の部分を狙ってッ!!」
アルが、透き通るような声で叫んだ。
その声が、カルムの闘争本能に火を点けた。
「おっしゃぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
カルムは、地面を蹴り砕いて跳躍した。
アルの『解体』によって装甲が剥き出しになった、鉄甲獣の右前脚の関節部。
そこへ向かって、赤い魔力を極限まで高めた右拳を、一直線に叩き込む!
「俺の火力を……味わいやがれぇぇぇッ!!」
ドガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!!!!
カルムの拳が、柔らかい関節部分へ深々とめり込み、内部で赤い魔力が大爆発を起こした!
「ギギィィィィィィィィィィッ!!!!」
鉄甲獣が、かつてない激痛に絶叫を上げ、巨大な右前脚が根本から完全に吹き飛ばされて千切れた。
「すげぇ……ッ!」
カルム自身が、自分の拳の威力に驚愕していた。
装甲という「抵抗」がないだけで、自分の魔力パンチがここまで深く、破壊的に通るのか!
「カルム、次は左の第三関節! その次が胸の装甲の繋ぎ目だよ!」
アルが、黒鉄の包丁を構えながら、淀みない指示を飛ばす。
「おうッ! 指示は任せたぜ、コック長ッ!!」
カルムの顔に、凶悪で、最高に楽しそうな喧嘩屋の笑顔が戻った。
四、 拳と包丁の交錯
ここから、廃棄区画の泥地を舞台に、誰も見たことのない奇跡のコンビネーションが始まった。
アルの『真理の目』が、鉄甲獣の弱点(筋)を完璧に見極める。
そして、アルが風のようにすり抜けながら『黒鉄の包丁』を振るい、分厚い装甲板の結合部(筋)を次々とサクッ、サクッと切り離して剥がしていく。
【真理解体・下ごしらえ】。
そして、アルが装甲を剥がして「柔らかい部分」を露出させたコンマ数秒後。
そこへ、カルムの爆発的な機動力が追いつき、魔力炎を纏った拳や蹴りが、一切の抵抗なく急所へと叩き込まれるのだ。
【我流神殺・火入れ】。
「オラァッ! これで三本目ェッ!」
ドガァァン!
「右側が開いたよ、カルム!」
「おっしゃぁッ!」
ズバァァン!
硬い肉の筋を切り、柔らかくしてから強火で一気に火を通す。
まさに、料理の基本中の基本。
アルの「解体」と、カルムの「火力」。
全く異なる二つの戦闘スタイルが、パズルのピースが完璧に噛み合うように、見事な交錯を見せ始めたのだ。
「ギ、ギギシャァァァァ……ッ!」
八本あった鉄甲獣の脚は、すでに五本がへし折られ、全身を覆っていた戦車の装甲板は、アルの包丁によって無残に剥ぎ取られていた。
無防備になった鉄甲獣は、恐怖に後退りしながら、最後の悪あがきとして、胸の魔核から最大火力の有毒ブレスを放出するためのエネルギーをチャージし始めた。
周囲の瘴気が一気に胸のコアへと吸い込まれ、極大の毒の光が漏れ出す。
「ヤバいぞアル! あいつ、自爆する気か!?」
カルムが焦って身構える。
「大丈夫! あそこのコアの中心に……一番太い『毒のアクの結び目』があるッ!」
アルの『真理の目』が、激しく明滅するコアの奥底を捉えた。
「カルム! 僕が結び目を切るから、その瞬間にカルムの全火力をコアに叩き込んで!」
「おうッ! 合わせるぜ、アル!」
二人は、互いに目配せをして、同時に地面を蹴った。
アルが先行し、鉄甲獣の正面へと跳躍する。
「【真理解体】――――ッ!!」
アルが、黒鉄の包丁を両手で振り下ろし、ブレスを放とうとしていた魔核の中心を覆う「毒の結び目の筋」へ向かって、極光の刃を滑り込ませた!
サクッ――――。
結び目が切断された瞬間、鉄甲獣の胸のコアを覆っていた毒の防壁が、ガラスが割れるようにパリーン! と砕け散り、純粋な生命マナの核が完全に無防備となって露出した。
「いっけぇぇぇぇぇ、カルムッ!!」
アルが空中で身を捻って道を譲る。
その後ろから、全魔力を右拳に集束させ、深紅の流星と化したカルムが弾丸のように飛び込んできた!
「消し飛びやがれぇぇぇぇッ!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!!!!
カルムの渾身の全開アッパーが、無防備になった鉄甲獣の魔核の中心へと、完璧なタイミングで叩き込まれた!
カルムの赤い魔力が、鉄甲獣の体内で臨界点を超えて大爆発を起こす。
「ギ、ギャアァァァァァァァァァァッ!!!!」
鉄甲獣の巨体が、内部からの爆発的な熱量によって内側から膨張し――。
ピカーーーンッ!!
毒と瘴気をすべて吹き飛ばす、眩いばかりの光の爆発とともに、完全に粉砕されたのだ。
五、 最高の相棒
ズズズズズズ……。
光の爆発が収まり、廃棄区画の空気を覆っていた有毒な瘴気が、先ほどまでの戦闘の熱気で綺麗に晴れ渡っていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
カルムは、拳から煙を上げながら、ドスリと泥地へ膝をついた。
全魔力を使い果たし、息も絶え絶えだが、その顔にはかつてないほどの爽快な笑顔が浮かんでいた。
「やったな……チビ。いや、アル」
「うんっ! やったね、カルム!」
アルが、黒鉄の包丁を鞘に収め、カルムの元へ駆け寄る。
二人は、自然と手を伸ばし、パチンッ! と強くハイタッチを交わした。
周囲には、アルの解体とカルムの火入れによって毒が完全に抜け落ちた、鉄甲獣の残骸が散らばっていた。
そして、その中央には――巨大な蟹の足のように身の詰まった、透き通るような白身の【極上の生命マナの塊(高級食材)】が、ゴロゴロと残されていた。
「おい見ろよアル! カニだ! めちゃくちゃデカいカニの肉だぜ!」
カルムが、疲労も忘れて食材の山に飛びつき、目を輝かせている。
「ふふっ、すごいね。これだけあれば、スラムのみんなにも美味しいスープをご馳走できるよ」
アルも、大量の食材を前にして料理人の血が騒ぎ、笑顔をほころばせた。
カルムは、極上の肉塊を抱えながら、改めてアルの細い体と、腰の黒鉄の包丁を見つめた。
「……なあ、アル」
カルムの声が、少しだけ真面目なトーンになる。
「俺さ、今まで喧嘩は自分一人でやるもんだと思ってた。誰かに背中を預けるなんて、弱者のやることだってな」
「でもよ……お前のその『解体』ってやつと合わせたら、俺の拳が信じられないくらい軽く、強く通った。お前がいなきゃ、俺はあのデカブツに勝てなかったぜ」
カルムは、照れくさそうに頭を掻きながら、ニッと八重歯を見せた。
「お前の『包丁』と、俺の『拳』。……意外と、悪くねぇ交錯だったな」
「うん!」
アルは、嬉しさで胸がいっぱいになった。
「料理の基本だよ。下ごしらえ(解体)と火入れ(火力)。二つが合わさって、初めて最高の料理が完成するんだ!」
「へっ、違いねぇ。俺たちは……世界で一番強ぇ『最高の厨房』だな!」
二人の間に、戦いを通じて確かな「相棒としての絆」が結ばれた。
魔力ゼロの料理人と、我流の喧嘩屋。
誰からも期待されなかったスラムの二人が、互いの力を認め合い、完璧なコンビネーションを手に入れたのだ。
「よし、食材も手に入ったし、バラックに帰ろう! トニとマリアが待ってる!」
「おう! 腹減って死にそうだ! 帰ったら、さっそくこのカニ肉で極上の鍋を作ってくれよな!」
二人は、大量の食材を布に包んで担ぎ上げ、笑い合いながら廃棄区画の坂道を登っていった。
だが――。
彼らがバラックへ戻るその道中。
黒鉄の街の上空を覆っていた分厚い煤煙の雲が、不自然なほど「真っ白」に染まり始めていることに、二人はまだ気づいていなかった。
神の理不尽な消去プロトコル。
【使徒】の降臨という、世界を滅ぼす圧倒的な絶望の影が、彼らの帰るべきスラム街の真上へと、静かに、そして無慈悲に迫りつつあった。




