第44話:青い海と潮の香り
一、 西への旅路と変化する風
黄金色の朝陽に照らされた『トエルの大平原』を抜け、西へ西へと歩みを進めるチーム『最高の厨房』の四人。
教国ルミナが座する独立大陸へ渡るため、彼らが目指すのは大陸西端に位置する最大の港町――【海洋都市アクアリア】であった。
古代都市アガルタで結成された四人の絆は、これまでの過酷な死闘を乗り越えたことで、もはや「絶対の家族」と呼べるほどに深く、強固なものとなっていた。
旅路は順調だった。アガルタから噴き出した『再創生のマナ』の影響か、道中の荒野にはうっすらと緑の草が芽吹き、道行く行商人たちともすれ違うようになった。神の冷たい教律を恐れてうつむき加減だった人々の顔にも、少しずつだが活気と温もりが戻り始めているのがわかる。
それから数日の旅路を経た頃。
足元の土の色が、赤茶けた硬い土から、サラサラとした白っぽい砂混じりの土へと変わり始めていた。
周囲の植生も、背の高い木々から、背が低く葉の分厚い不思議な植物へと変化している。
「……クンクン。ねえ、なんだか風の匂いが変わってきたよ?」
アルが、歩きながら鼻をピクピクと動かして不思議そうに首を傾げた。
「なんか、ベタベタしてるっていうか……少ししょっぱい匂いがするんだ。それに、遠くから『ザァァ……』っていう、大きな風の音みたいなのがずっと聞こえてる気がする」
「ああ、本当だ」
カルムも、背中の巨大な荷物を揺らしながら、風に向かって深く息を吸い込んだ。
「鉄の匂いでもねぇし、森の木の匂いでもねぇ。なんだか腹の底が空いてくるような、強烈で生臭ぇ……でも嫌いじゃねぇ匂いだな」
「ふふ、それが『潮の香り』だよ」
先頭を歩くエレナが、白銀の甲冑の肩当てを風になびかせながら、振り返って優しく微笑んだ。
「潮の香り……」
アルとカルムが顔を見合わせる。
「そうだ。スラムで生まれ育った君たちにとっては、初めて嗅ぐ匂いだろう。……あれは、命の源である母なる大自然そのものの匂いだ。もうすぐそこだよ、君たちの見たことのない景色が広がっているのは」
「アル! カルム! ワタクシのセンサーにも反応が来ています!」
アルの隣を歩くオルタが、ルビー色の瞳を瞬かせながら、空中に小さなホログラムパネルを展開した。
『――――環境マナの波形が劇的に変化。……大気中の塩分濃度、及び水蒸気量が急上昇しています。前方およそ五百メートルの小高い砂丘を越えた先……そこに、目標である『海』が存在します!――――』
「海……ッ!」
アルの漆黒の瞳が、期待と興奮でキラキラと輝き始めた。
スラム街の古い絵本で、ボリスが読んでくれたことがあった。
『世界にはね、どんなに歩いても反対側が見えない、すっごく大きくてしょっぱい水たまりがあるんだ。そこには、俺たちが見たこともないようなバカでかい魚が泳いでるらしいぞ』
その時は、「そんな水たまりがあるわけない」と笑っていたけれど。
「行こう、カルム! 海が待ってるよ!」
アルは、エプロンをはためかせ、足元の柔らかい砂に足を取られそうになりながらも、前方の小高い砂丘へ向かって全力で走り出した。
「おいコラッ、待てアル! ずるいぞ、俺が一番最初に見るんだからなッ!」
カルムも負けじと、大きな荷物を担いだまま猛ダッシュでアルを追いかける。
「ふふっ、本当に元気な子供たちだ。……私たちも行こうか、オルタ」
「はい、エレナ!」
エレナとオルタも、走り出した二人の背中を追いかけて、砂丘の坂道へと歩みを進めた。
二、 丘を越えて、群青の無限
「ハァ……ハァ……っ!」
砂丘の頂上。
アルは、息を切らしながらも一番にそこへ到達し、ピタリと足を止めた。
「どうだアル! 見えたか! 水たま……」
遅れて登ってきたカルムが、アルの横に並び立つ。
しかし、カルムもまた、口を開きかけたまま、まるで雷に打たれたように全身を硬直させ、言葉を失った。
「な……」
二人の目の前に広がっていたのは、彼らの想像力などというちっぽけな枠を、残酷なまでに粉々に打ち砕く、圧倒的なスケールの光景であった。
「これが……海……」
アルの口から、震える声が漏れ出た。
眼下に広がっていたのは、地平線の彼方まで続く、果てしなく巨大な【群青色の無限】であった。
スラムの狭い空と、淀んだ泥水しか知らなかった少年たち。
その「大きな水たまり」という認識は、文字通り次元が違っていた。
太陽の光を反射して、何百万という宝石を撒き散らしたようにキラキラと眩しく輝く水面。
ザパーーン……、ザザァァァ……と、まるで星の鼓動のように規則正しく、腹の底まで響く重低音を立てて砂浜に打ち寄せる白い波の帯。
空の青と、海の青が、遠い遠い境界線(水平線)で完全に溶け合って、一つの巨大な蒼いドームを形成している。
「す……すげぇ……。なんだよこれ……」
カルムの大きな背中が、圧倒的な大自然のスケールを前にして、初めて少しだけ小さく見えた。
「向こうの陸地が……全く見えねぇぞ。どこまで続いてやがるんだ……。どんだけデカいんだよ、海ってやつは……!」
「アル……っ! カルム……っ!」
二人の背後から、オルタが砂丘を登り切って追いついてきた。
しかし、海を見た瞬間、彼女の白磁の身体がピクッと震え、その場に立ち尽くした。
『――――視覚センサー……光量および色彩データ、解析中……――――』
オルタのルビー色の瞳に、無数のエラーに近いノイズが走る。
『――――青色スペクトルの情報量が、許容限界を突破しました。……『H2Oと塩化ナトリウムの混合液』という定義では、この圧倒的な質量と動的エネルギーを説明できません。……計算式が……追いつきませんっ――――』
オルタの目から、またしてもポロリ、ポロリと透明な涙がこぼれ落ちた。
「オルタ? 大丈夫!?」
アルが心配そうに振り返り、オルタの手を握る。
「は、はい……アル。……ワタクシ、データが追いつかなくて……」
オルタは、涙を拭いながら、最高に輝く笑顔を見せた。
「ただ、ただ『美しい』という感情だけが、胸のコアをいっぱいに満たして……涙が出てしまいます。……世界は、こんなにも広く、美しかったのですね……っ」
地下の暗闇で数千年間眠っていた彼女にとって、この無限の青さは、世界がどれほど広く、自由であるかを教えてくれる、最高の奇跡の光景であった。
「ふふ、驚くのも無理はない」
最後に登ってきたエレナが、風に銀髪をなびかせながら、三人の横に並び立った。
「これが『忘却の海』。この世界で最も広大で、最も深い神秘の領域だ。……さあ、ボーッと突っ立っていないで、下まで降りてみよう。近くで見れば、さらに驚くはずだぞ」
「うんッ!! 行こう、みんな!!」
アルが満面の笑顔で叫び、砂浜の斜面を転がるように駆け下りていった。
三、 砂浜の足跡と波との戯れ
「うおぉぉぉぉぉぉッ!!」
カルムが、誰よりも早く砂浜を駆け下り、白い波が打ち寄せる波打ち際まで一直線に突進した。
「おいアル! 水が動いてるぞ! 行ったり来たりしてやがるッ! なんだこれ、生きてるみたいだぜ!」
カルムは、打ち寄せる波に向かって、面白がって両拳を構えてシャドーボクシングを始めた。
「オラッ! かかってきやがれ水たまり野郎ッ!」
ザパーーーンッ!!
「ぐわっぱぁッ!?」
調子に乗って波打ち際に立ちすぎたカルムの全身を、容赦なく巨大な波が飲み込み、彼を砂浜に豪快に打ち上げた。
「プハッ! ゲホッ、ゴホッ! ぺっ、ぺっ!」
カルムが、顔に張り付いた昆布のような海藻をむしり取りながら、目を白黒させて叫ぶ。
「な、なんだこれ! しょっぱッ!! すげぇしょっぱいぞアルッ! 塩水なんてレベルじゃねぇ!」
「あははははっ! カルム、海にケンカ売るからだよ!」
アルが、腹を抱えて大笑いしながら砂浜を駆けてきた。
アルは、波打ち際の手前で靴を脱ぎ、裸足になった。
そして、そっと砂浜に足を踏み入れる。
サァァァ……。
冷たくて、気持ちのいい水が、アルの小さな足を優しく撫でて引いていく。
足の指の間を抜けていく、細かくてサラサラとした白い砂の感触。スラムの冷たくて臭い泥とは全く違う、地球そのものが呼吸しているような心地よさ。
「わぁ……! 冷たくて気持ちいい! 足の裏がくすぐったいよ!」
アルは、寄せては返す波と追いかけっこをするように、砂浜をキャッキャと笑いながら走り回った。
「ふふっ。お前たち、はしゃぎすぎだ。風邪を引くぞ」
エレナも、砂浜に降り立ち、波打ち際から少し離れた安全な場所で、ブーツを脱いで裸足になった。
白磁のように美しい素足が、白い砂浜に触れる。彼女もまた、張り詰めていた聖騎士の顔を緩め、海風に銀髪をなびかせながら、穏やかな少女のような表情を見せていた。
その横で、オルタは波打ち際にしゃがみ込み、じっと砂浜を見つめていた。
「オルタ? 何か見つけたの?」
アルが駆け寄る。
「アル。……これを見てください」
オルタの手のひらには、桜色や白色の、小さくて美しい貝殻がいくつも乗せられていた。
「これ……『貝』っていうんだよ。海のお魚さんたちのお家みたいなものかな」
アルが教えてあげる。
「お家……。こんなに小さくて、綺麗なお家があるのですね」
オルタは、巻貝の一つを耳に当てた。
「……アル。この中から、海の音が聞こえます。ザァァ、ザァァ……って、優しい音がします。まるで、命が呼吸しているような……」
「本当だ! 海の音が閉じ込められてるみたいだね!」
オルタのルビー色の瞳が、キラキラと輝く。
海は、ただ広くて恐ろしいだけでなく、足元に数え切れないほどの小さな命の欠片と、美しい宝物を隠し持っている。
「アル! ワタクシ、もっとたくさん綺麗なお家(貝殻)を集めます! きっと、スープの飾りに使えるかもしれませんっ!」
「あはは、そうだね! 食卓が可愛くなるよ! 一緒に探そう、オルタ!」
四人は、しばらくの間、旅の目的や教国の脅威すらも忘れ、ただ純粋に、初めて出会った『海』という大自然の懐で、子供のようにはしゃぎ、笑い合っていた。
スラムで生きるためだけに必死だった少年たちが、初めて見せた、本当に無邪気な姿であった。
四、 はじめての「海の幸」
ひとしきり海で遊び、カルムの服も強い日差しと海風で乾き始めた頃。
「ぐぅぅぅぅぅぅ……」
カルムのお腹が、波の音に負けないほどの豪快な音を鳴らした。
「はぁ……はしゃぎすぎたせいで、めちゃくちゃ腹が減ったぜ……」
カルムが砂浜に大の字に寝転がりながら、空を仰ぐ。
「アル、そろそろメシにしようぜ。この『海』ってやつには、美味ぇモンは落ちてねぇのか?」
「うん! 実はね、さっきオルタと一緒に貝殻を拾ってた時に、あっちの岩場で美味しそうなものを見つけたんだ!」
アルは、エプロンを身につけ、手製の鉄鍋を砂浜の安全な場所に設置した。
そして、彼が抱えてきた木桶の中には、ゴツゴツとした岩のような巨大な貝(岩鎧貝)や、緑色の瑞々しい海藻、そして手のひらほどもある青い甲羅の小さなカニたちがワサワサと動いていた。
「うおっ! なんだその硬そうな石っころと、気味の悪いハサミを持った虫は! 食えるのかよ!?」
カルムが岩鎧貝を指で突き、カニに威嚇されて慌てて指を引っ込める。
「これは『岩鎧貝』と『磯蟹』っていうらしいよ。オルタのセンサーで毒がないのは確認済み! でも、殻がすごく硬くて、普通に叩き割ったら中の身まで砂だらけでグチャグチャになっちゃうんだ」
アルは、腰から『黒鉄の包丁』を滑らかに抜き放った。
彼の漆黒の瞳に、【真理の目】の黄金の輝きが宿る。
「だから……僕の包丁で、一番美味しいところだけを取り出すよ!」
アルは、岩のように硬い貝を左手に持ち、黒鉄の包丁を構えた。
(見える……。貝殻の上下を繋ぎ止めている、太い蝶番の『結び目』……!)
シュッ――――。
アルが、包丁の刃先を、貝殻のわずかな隙間へと滑らかに吸い込ませる。
パカッ……!
まるで鍵を開けたかのように、絶対に素手では開かないはずの硬い岩鎧貝が、音もなく綺麗に真っ二つに開き、中からプリプリとした乳白色の巨大な貝柱が姿を現した。
「すげぇ……! 石っころがパカッと開きやがった!」
カルムが目を丸くする。
「【真理解体】。どんなに硬い殻に守られていても……命の繋がりを見極めれば、一番美味しい姿で取り出してあげられるんだ!」
アルは、次々と岩鎧貝を開き、磯蟹たちの毒のあるエラ(ガニ)の部分だけを、包丁の先で魔法のように切り離して取り除いていく。
「カルム! お鍋の火をお願い!」
「おう! 任せろ! 『我流・極小微火』ッ!」
砂浜に組まれた竈に、カルムの赤蓮の炎が優しく灯る。
鉄鍋のお湯が沸き立ったところへ、アルは解体した貝、カニ、そして新鮮な海藻をたっぷりと投入した。味付けは、貝とカニから出る濃厚な塩分と旨味のみ。余計な調味料は一切不要だ。
ジュワァァァァァァァァッ……!
その瞬間、砂浜の潮風の匂いを一気に上書きするような、圧倒的に芳醇で、食欲をダイレクトに刺激する【海の命の香り】が爆発的に広がった!
「な、なんだこの匂いは……ッ!」
エレナが、思わずゴクリと喉を鳴らす。
「森の獣の肉とも、アガルタの純水マナとも全く違う……。力強くて、奥深く、それでいてどこか優しく身体を包み込むような磯の香りだ……!」
「完成だよ! 【真理解体・はじめての海の潮騒スープ】ッ!」
アルが、木のお椀にたっぷりとスープと具材を盛り付け、三人へ手渡した。
「「「「いただきますッ!」」」」
カルムが、火傷も気にせず、お椀に口をつけてズズッとスープを一気に啜った。
「――――――――ッ!! う、美味ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
カルムが、砂浜を転げ回る勢いで叫んだ。
「なんだこれ! 口ん中が海だ! 貝の強烈な旨味と、カニの出汁がドカンと爆発して、海藻のトロトロが喉を滑り落ちていく! しょっぱいのに、すげぇ甘いぞッ!! 山のメシとは全然次元が違う美味さだ!!」
「うむ……素晴らしい……っ」
エレナも、プリプリの貝柱を口に運び、感動に目を閉じた。
「噛み締めるほどに、海の命の力強さが口の中に溢れ出す。……アル殿の包丁によって、海のエグみや生臭さが完全に浄化され、純粋な『海の旨味』だけが結晶化しているのだな」
そして、オルタ。
彼女は、お椀を両手で持ち、薄い唇でスープを啜った。
ゴクリ。
『――――――――――――』
オルタのルビー色の瞳が、大きく見開かれ、胸のコアがドクンと温かく脈打った。
「オイシイ……です。……しょっぱくて、でも身体の奥がすごくポカポカして……。まるで、海そのものを飲んでいるみたいです」
オルタの顔に、最高の笑顔が咲き誇る。
「アル……海のご飯は、とっても美味しいですッ!」
「ふふっ、よかった! 海には、まだまだ美味しいものが山ほど隠れてるみたいだからね。これからが楽しみだよ!」
四人は、砂浜に座り込み、波の音をBGMにしながら、初めての海の恵みを心ゆくまで堪能した。
冷たい風が吹く海辺であっても、彼らの間には、どんな寒さも吹き飛ばす絶対の『体温』が燃え盛っていた。
五、 岬の先の海洋都市
食事を終え、心も体も満たされた四人は、海岸線に沿って南西へと向かって歩みを進めていた。
「いやぁ、海のメシがこんなに美味ぇなら、これから行く街の料理も期待できるな! 港町ってのは、美味ぇ魚が集まるんだろう?」
カルムが爪楊枝代わりに小枝を咥えながら、ご機嫌で歩く。
「アル。ワタクシのナビゲーションによれば、この海岸線をあと数キロ進んだ先にある岬を越えれば、目的地が見えてくるはずです」
オルタが、海風に銀髪を揺らしながら前方を指差した。
「よしっ、急ごう!」
四人は、波打ち際の砂を蹴り上げながら、小高い岬の丘へと駆け上がった。
「見えた……!」
アルが、岬の頂上で歓声を上げた。
岬の向こう側。
巨大な入江の中に、信じられないほどの規模の都市が広がっていた。
そこは、陸地ではなく、海の上。
巨大なサンゴ礁を土台にし、白亜の石造りの建造物が海面に浮かぶように立ち並んでいる。街全体に水路が走り、無数の大小の帆船が絶え間なく行き交い、活気ある人々の声とカモメの鳴き声が遠くまで響き渡っている。
【海洋都市アクアリア】。
東の大陸と、教国ルミナを繋ぐ、海路の最大拠点。
「すげぇ……! 街が海の上に浮いてるぞ!」
カルムが目を輝かせる。
「あそこなら、教国へ向かうための外洋船が必ず見つかるはずだ。……しかし」
エレナが、聖剣の柄に手を添え、鋭い視線で遠くの海域を睨みつけた。
「エレナさん? どうしたの?」
「……妙だな。海面が、異常に荒れている」
アルたちも、エレナの視線の先――海洋都市アクアリアのさらに沖合、外洋の方角へ目を向けた。
そこだけが、不自然だった。
青く澄み切った空の下であるにもかかわらず、沖合の特定の海域だけに、ドス黒い雷雲がとぐろを巻き、海面が狂ったように逆巻いているのだ。
遠目に見ても、通常の嵐とは明らかに違う、禍々しいマナの渦が渦巻いているのがわかる。
「嵐……かな?」
アルが目を細める。
「ワタクシの広域マナソナーにも、微弱ですが……あの嵐の中心から、規格外の超巨大な生体マナ反応が検知されます」
オルタが、ルビー色の瞳を明滅させて警告した。
「生体反応……? 嵐の中に、何かいるってことか!?」
カルムが牙を剥く。
「あれはただの自然現象ではない。……恐らく、海そのものを司る何かが、異常事態を起こしているのだ」
エレナが、慎重な面持ちで語った。
教国へ向かうための船を探しに来た、海洋都市アクアリア。
しかし、彼らの前に立ち塞がったのは、人間の追手ではなく、海という「大自然そのものの狂乱」であった。
「……まぁいいさ! 船に乗る前に一波乱ありそうだが、俺の炎でぶっ飛ばしてやるだけだぜ!」
カルムが、自分の炎の拳を強く握り締めた。
その時、カルムはまだ気づいていなかった。
圧倒的な「水の質量」を誇る海という大自然、そしてそこに潜む魔獣に対し、自分の『炎』が、これまでにない無力感という最大の試練を突きつけてくることに。
「行こう、みんな! 海の街が僕たちを待ってるよ!」
アルが、黒鉄の包丁を固く握り締め、岬を駆け下り始めた。
青い海と潮の香りに歓迎されたチーム『最高の厨房』。
しかし、彼らを待ち受けていたのは、命を解体し再創生する「料理人の真価」と、相棒カルムの「強さの証明」を問われる、激動の【海洋都市アクアリア編】の激しい波涛の始まりであった。




