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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第2章:古代都市アガルタ編

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第30話:迫り来る殲滅機械

一、 閉ざされた天門と鳴り渡る告死音

前庭を揺るがした巨重兵器の倒壊から、わずか数十秒。

一度は開放されたはずの【天竜昇降機(アセンション・タワー)】の白磁の大門が、重々しい地鳴りとともに再び滑り降り、絶望の封印となってアルたちの行く手を塞いだ。


「な……なにッ!? 扉が閉まったぞ!?」


カルムが血の滲む拳を握り締め、驚愕の叫びを上げた。

赤銅色の髪を激しい汗で濡らした彼の視線の先で、昇降機タワーの広大な壁面にびっしりと敷き詰められたルーン回路が、それまでの青白さではなく――目を刺すような、おどろおどろしい【漆黒と赤蓮の最悪警戒光】に明滅し始めていた。


『――――警告。警告。広域セキュリティレベル、極限(レベル・オメガ)へ昇格――――』


都市の全方位から響き渡る、感情を削ぎ落とした合成音声。それは先ほどの前庭の自動防衛装置の比ではない、アガルタ都市そのものの「絶対意思」からの宣告であった。


『――――前庭部防衛ユニットの機能停止を確認。……当事象を『不可避の超構造バグ』と認定――――』


『――――都市全域の保管庫を開放。……中枢直属・執行殲滅機械群(タイプ・オメガ)の一括出撃を実行します――――』


「嘘……だろ……っ」


アルの手から、黒鉄の包丁を構える指先が、微かに震えた。


アルの瞳に宿る【真理の目】が捉えたのは、絶望という言葉すら生ぬるい視界であった。

昇降機タワーの周縁を囲む巨大な壁面。そこにある何千、何万という白磁の格納扉が一斉に解錠され、その奥の暗闇から――数千、数万という「赤い単眼」が、一斉に発光し始めたのだ。


「マスター・アル……ッ!」


オルタがアルの腕を強く引き寄せ、自らの身体でアルを庇うように立ち塞がった。彼女のルビー色の瞳には、高速で交錯する膨大な警告ログが反射している。


『――――敵反応……一〇〇……五〇〇……一千オーバー! なおも増加中! アガルタ都市誕生以来の全軍即時殲滅プログラムが起動しました!――――』


「全軍……だと!?」


エレナが『星霜の聖剣』の柄を軋ませるほど強く握り締め、蒼白な顔で空を見上げた。

聖騎士長として数々の戦場をくぐり抜けてきた彼女でさえ、これほど異常な「殺意の質量」を体感したことはなかった。


前庭で戦った大型兵器は、アガルタの広大な防衛機構におけるほんの「第一関門」に過ぎなかったのだ。

その関門が打ち破られたことで、都市の中枢核(メイン・ディフェンス・コア)が本気で彼らを「世界を揺るがすバグ」と認定し、都市に眠るすべての軍勢を解き放ったのである。


二、 漆黒の鉄流・タイプ・オメガの津波

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


ホール全体を揺るがす、けたたましい金属摩擦音。

天井、壁面、そして足元の白磁装甲の隙間から、まるで開いた地獄の底から溢れ出るイナゴの群れのように、無数の殺戮機械が滑り出してきた。


【中枢直属・執行殲滅機械(タイプ・オメガ)】。


それまでに遭遇した清掃ドローンや巡回兵器とは、立ち姿からしてまるで異なっていた。

身の丈三メートル前後の滑らかな黒鉄の躯体。空気抵抗を極限まで殺した流線型のシルエット。手に保持されているのは、触れた物質の分子結合を解体・融解させる高出力の『超振動ブレード』と、連射式の『粒子束照射砲』。


何よりも異常なのは、彼らが発する「無音の威圧感」であった。

悲鳴も、怒号も、足音すら立てない。ただ完璧に統率された黒い鉄の波が、全方位からアルたち四人を取り囲むように、密度の隙間もなく押し寄せてくる。


「くっ……数が多すぎる! どこを見ても鉄の壁だ!」


カルムが牙を剥き出しにし、傷ついた腕で拳を構え直した。


「オルタ! あの昇降機の扉、もう一度開けられねぇのか!?」


「可能です!……ですがッ!」


オルタが白磁の小さな手を昇降機タワーの緊急制御端末へと押し当て、叫んだ。


『――――中枢核による強制ロックがかかっています! 最上位権限によるコード上書き完了まで、最短で四分三〇秒が必要です!……その間、当端末からワタクシが離れることは不可能です!――――』


「四分三十秒……!」


エレナが血の滲む唇を強く噛み締めた。

戦場において、四分三十秒という時間は、永遠にも等しい。

ましてや、全方位を数千の殺戮機械に囲まれたこの平坦な広場で、端末に貼り付くオルタを無傷で守り抜かなければならないのだ。


『――――排除シークエンス、開始――――』


押し寄せた最前列の五十機の執行機械が、一斉に腕の超振動ブレードを水平に構え、音もなく跳躍した。

空を覆い尽くす、黒鉄の刃の雨。


「四分三十秒だな……了解したッ!!」


エレナの凛とした叫びが、広場に轟いた。


「【星霜不滅の全周陣(アウローラ・オムニ・シールド)】――――ッ!!」


エレナが聖剣を床へ突き立て、自身とオルタ、そしてアルとカルムを完全に包み込むように、直径十メートルの巨大な幾何学模様の「青白銀の球体極光障壁」を展開した!


三、 破砕される不滅の盾と極限の削り合い

ドガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!!!!


直後、激突。


最前列の執行機械たちが、その超振動ブレードと粒子束砲を、エレナの青白銀の球体障壁へと叩き込んだ。

凄まじいスパーク。大気が爆ぜ、幾何学模様の障壁の表面に、幾千もの細かなヒビが走る。


「くっ……ぐあぁぁぁぁぁぁっ……!!」


エレナの口から、鮮血が大きく噴き出した。

白磁の甲冑の胸当てが衝撃で歪み、彼女の膝が白磁の床を割ってめり込む。


ただの力押しではない。

タイプ・オメガたちの攻撃は、エレナの障壁の「マナの波形」を瞬時に解析し、最も波形の薄いポイントへ向けて、一秒間に数百発の精度で集中攻撃を浴びせかけていたのだ。


「騎士様ッ!!」


カルムが叫び、エレナの背中を手で支えようとする。


「触るな、喧嘩屋……っ! 障壁の波形が乱れる……っ!」


エレナは血の混じった唾を吐き捨て、蒼白な顔で牙を剥いた。その青い瞳には、命の灯火を燃やし尽くす覚悟の光が宿っていた。


「私は……教国の聖騎士長……! アル殿が、オルタが新しい未来を選ぶための時間を……一秒足りとも渡すものかッ!!」


「エレナさん、ダメだ! そんなに無理したら、マナ回路が焼き切れちゃうよ!」


アルが黒鉄の包丁を握り締めながら叫ぶ。

アルの【真理の目】には、エレナの体内でマナを循環させている『命の筋(回路)』が、過剰な負荷によって真っ赤に熱し、今にもブツブツと切れかかっているのが痛烈に見えていた。


『――――警告。エレナのマナ限界値まで、あと二八秒。……防衛障壁の全壊まで、あと一二秒――――』


オルタが端末を操作しながら、悲痛な声を上げる。


『――――だめです、エレナ! 障壁を解除してください! これ以上は……アナタの命が崩壊します!――――』


「断る……ッ!!」


エレナの叫び。


「君は……オルタ、君は『家族』と言ってくれたではないか! 家族を護るために命を懸けることの……どこに不合理があるのだッ!!」


「エレナ……っ!」


オルタのルビー色の瞳から、大粒の冷却液(なみだ)がこぼれ落ちた。


しかし、神の計算式は、騎士の美しき覚悟すらも冷酷に砕きにかかる。


バキィィィィィンッ!!


限界を迎えた幾何学障壁の天頂部分が、ついに音を立てて砕け散った。

その破れ目から、十機を超えるタイプ・オメガが、超振動ブレードを突き出してオルタとアルへ向かって急降下してくる!


「させるかぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」


カルムが咆哮した。


四、 炎の限界突破・カルムの叫び

身体の傷など、骨の折れる激痛など、カルムの意識から完全に消え去っていた。


カルムは地を蹴り砕き、急降下してきた執行機械群のど真ん中へと跳躍した。

両拳に宿るのは、これまで見せたこともないほど不気味なまでに静かで、純粋な【深紅の極光炎】。


「俺は……アルの『最高の火力』だッ!! 鉄クズどもに……俺たちの厨房を跨がせるわけにはいかねぇんだよぉぉぉッ!!」


【我流神殺・赤蓮昇天撃】ッ!!


カルムの放った下からの突き上げ。

その拳から解き放たれた炎は、単なる爆発ではなかった。

アルから教わった「微火の制御」と、エレナから教わった「無駄のない軸の移動」。それらがカルムの喧嘩屋としての野性と融合し、火炎が細い『針』となって、急降下してきた十機の機甲の「制御コア」へ寸分の狂いもなく突き刺さったのだ!


ドガァァァァァァァァンッ!!


空中での大爆発。

十機のタイプ・オメガが、一瞬で内部から焼き切られ、火の玉となって四散した。


「ハぁ……ハぁ……ッ! どうだ……見たか、鉄クズども……っ!」


カルムが滑らかに着地する。

しかし、彼の両腕の皮膚は、自身の放った極高熱の炎によって焦げ付き、酷い火傷を負っていた。

魔力回路も限界を超え、カルムの身体がガクリと揺らぎ、膝をつく。


「カルムッ!!」


アルが駆け寄ろうとするが、カルムは右拳を挙げてアルを制した。


「来るな……ッ! アル、お前は……包丁を構えてろ……っ!」


カルムは血を吐きながら、ニッと八重歯を見せて笑った。


「俺と騎士様で……極上の『下ごしらえの場』を作ってやる……! お前は……一番美味しいところで……あのデカブツ(中枢核)を解体しやがれッ!」


「カルム……」


アルは、強く、強く歯を食いしばった。


カルムも、エレナも、傷だらけで、命を削りながら、自分のため、オルタのために戦ってくれている。

自分は、ただ守られているだけの「空箱」であってはならない。


アルは、胸の奥底の『炉』へ向けて、全魂の意思を叩き込んだ。


(燃えろ……ッ! 僕の『炉』よ、もっと燃えろッ!)


アルの身体から、黄金の光の粒子が猛烈な勢いで舞い上がり始める。

彼の持つ『黒鉄の包丁』が、アルの覚悟に応えるように、ドクン……ドクン……と、命を持つ心臓のように激しく鼓動を打ち始めた。


五、 防衛中枢の直影・最終包囲網

しかし――アガルタの冷たい中枢システムは、彼らの熱き感情など、一切意に介さなかった。


『――――戦闘データの更新完了――――』


ホールの天井最深部、昇降機タワーの頂部に鎮座していた、巨大な黒磁の構造体――【アガルタ防衛中枢核(メイン・ディフェンス・コア)】から、冷酷なアナウンスが響いた。


『――――対象の戦闘パターンの学習を終了。……これより、防衛限界突破モード(オーバーロード・モード)へ移行します――――』


ズズズズズズズズズッ……!!


広場を取り囲む数千の執行機械たちの動きが、一変した。


彼らはもはや、個別に攻撃を仕掛けてこない。

十機、二十機が肩を組み、腕の超振動ブレードと高出力砲を連結させ、巨大な『鉄の壁』となって、アルたち四人を外側からじわじわと押し潰すように、完璧な「死の円陣」を縮め始めたのだ。


学習された戦闘パターン。

カルムの炎の届く間合い、エレナの障壁の展開限界、アルの包丁の振るえる有効射程。

それらすべてが精密に計算され、アルたちが「反撃すらできない死角」から、数トンの鉄の質量で踏み潰しにかかる。


「くっ……! 陣形を……縮めてくるだと……!?」


エレナが聖剣を支えに立ち上がろうとするが、膝が折れる。


「チクショウ……! 逃げ場が……ねぇ……!」


カルムの炎も、過熱によって細く弱まっていた。


四人の周囲の安全圏は、もはや直径数メートル。

その周囲を、何重もの黒鉄の殺戮壁が、一歩、また一歩と狭めてくる。


『――――端末の起動完了まで、あと二分一〇秒――――』


オルタが悲痛な声で叫ぶ。


『――――だめです……! このペースでは……一分以内に、皆様が踏み潰されます……っ! アナタたちの生存確率が……ゼロになってしまいますっ!――――』


オルタのルビー色の瞳から、とめどなく涙がこぼれ落ちる。


絶望。

圧倒的な数の暴力と、計算し尽くされた冷酷なシステム。


しかし――その死の包囲網の中心で。


アルは、静かに一歩、前へと踏み出した。


アルの手にある『黒鉄の包丁』。

その刀身の墨流し模様が、黄金の極光を放ちながら、滑らかに、どこまでも澄み切った音を奏で始める。


「オルタ……泣かないで」


アルの声は、死の包囲網の中でも、驚くほど穏やかで、太陽のように温かかった。


「カルムが火を点けてくれて……エレナさんがお皿を守ってくれた。……なら、次は僕の番だよ」


アルは、四方を囲む数千の執行機械群を見据え、ゆっくりと『黒鉄の包丁』を上段へと構え直した。


アルの瞳に灯る【真理の目】が、防衛中枢核から伸びる、数千の機械たちを繋ぐ【全システム統合の『因果の極大結び目』】を、完璧に捉えたのだ。


「みんなの体温(いのち)を……絶対に消させないッ!!」


迫り来る絶望の鉄流に対し、少年料理人の不滅の包丁が、神のシステムそのものを解体するための「真なる一閃」を放とうとしていた。

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