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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第2章:古代都市アガルタ編

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第31話:カルムの炎とオルタの盾

一、 黄金の斬撃と新たなる絶望

『――――防衛限界突破モード。……対象の完全圧殺まで、あと一〇秒――――』


古代都市アガルタの地下第三層、中央昇降機前庭。

アルたち四人を取り囲む数千機の【執行殲滅機械(タイプ・オメガ)】が、巨大な鉄の壁となってじりじりと包囲の円陣を縮めていた。四方の逃げ場は完全に塞がれ、黒光りする超振動ブレードの刃先が、アルたちの鼻先わずか数メートルの距離まで迫り来ている。


その絶望の円陣の中心で、アルは小さく息を吸い込み、両手で握る『黒鉄の包丁』を上段へと構えた。


アルの漆黒の瞳に灯る【真理の目】の黄金の輝き。

彼の視界には、無数の機甲たちを統率し、一つの巨大な「壁」として連携させている【全システム統合の『因果の極大結び目』】が、空中に絡み合う黒い糸の束としてハッキリと映し出されていた。


「みんなの体温(いのち)を……絶対に消させないッ!!」


アルが、白磁の床を力強く踏みしめ、黒鉄の包丁を虚空へ向かって振り下ろした。


「【真・理・解・体――連・絡・網・切・断】――――ッ!!」


シュッ――――――――――!!


黒鉄の包丁の刃先から、凄まじい純金の極光の斬撃が放たれた。

それは、物理的な装甲を切り裂くものではない。空間に張り巡らされた神の通信マナの波形へ滑らかに吸い込まれ、機甲同士を繋ぐ「命令の筋」を寸分の狂いもなく切り離す、究極の下ごしらえであった。


サクッ、サクッ、サクッ……!


「『――――エラー。……統合ネットワークへの接続をロスト……――――』」

「『――――陣形維持プロトコル……崩壊……――――』」


アルの放った黄金の一閃が空間を駆け抜けた瞬間、アルたちの前方に壁を作っていた数百機の機甲が、まるで糸を切られた操り人形のようにガクンと体勢を崩した。

連携を失い、隣の機体と激突して火花を散らす者、武器を落として硬直する者。

強固だった「死の円陣」に、見事なV字型の亀裂(道)が切り開かれたのだ!


「いける……! 道が空いたッ!」

アルが包丁を構え直して叫んだ。


「すげぇぜアル! あんなバケモンみたいな数の連携を、一振りで解体しやがった!」

膝をついていたカルムが、血まみれの口元を拭いながら目を輝かせる。

エレナも聖剣の柄を握り直し、「今なら、この隙を抜けて昇降機の防壁裏へ……!」と声を上げた。


しかし――神の中枢システムは、その程度の反撃で沈黙するほど甘くはなかった。


『――――特異点(アル)の脅威レベルを【限界値超過(オーバーフロー)】に再設定――――』


ホールの遥か上空。

昇降機タワーの頂部に鎮座する、アガルタの心臓とも言える巨大な黒磁の構造体――【アガルタ防衛中枢核(メイン・ディフェンス・コア)】から、空気を凍りつかせるような無機質な声が響いた。


『――――通常防衛ユニットによる制圧を放棄。……都市マナの全残量を中枢核へ強制還流させ、当エリア一帯の【空間ごと消去】を実行します――――』


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


アルたちが切り開いた道の先、そしてホールの天井全体を覆い尽くすように、中枢核の表面に何重もの巨大な幾何学魔法陣が展開され始めた。

そこから漏れ出すのは、これまでの魔力弾や機甲の攻撃とは次元が違う、世界そのものを無に還すための『純白の消去エネルギー』。


「な……空間ごと消去だと!?」

エレナの美しい顔が、絶望に青ざめた。

「バカな……! それをやれば、このアガルタの第三層はおろか、昇降機タワーの基部ごと消滅してしまうぞ! 神のシステムは、この地下都市そのものを巻き込んででも我々を消すつもりかッ!」


『――――昇降機端末のロック解除まで、残り一分四五秒……ッ!――――』

緊急端末にアクセスを続けているオルタが、悲痛な声を上げた。

『――――マスター・アル! 中枢核の消去光線(パージ・レイ)のチャージ完了まで、あと二〇秒です! 照射されれば、この空間のすべての物質が分子レベルでゼロに置換されます! ワタクシの権限でも、あの物理的質量を持つ消去は止められませんッ!――――』


逃げ道はない。

エレナの障壁も、先ほどの防御で限界を迎えている。

残された唯一の生存ルートは、あの天空に浮かぶ【防衛中枢核】そのものを、チャージが完了する二〇秒以内に解体し、破壊することのみ。


「僕が……あの核の結び目を切るッ!!」


アルが、遥か上空の中枢核を見据えて叫んだ。

アルの『真理の目』は、中枢核のど真ん中に、巨大なエネルギーを束ねる「極大の白金の結び目」をはっきりと捉えていた。


「だが、どうやってあそこまで届かせる!? 距離が遠すぎる上に、中枢核の周囲にはまだ数百機の防衛機甲が浮遊して盾を作っているぞ!」

エレナが叫ぶ。


アルの包丁の有効射程は、刃が届く範囲、あるいは斬撃のマナを飛ばせる数十メートルの距離に限られる。

しかし、中枢核は遥か百メートル上空。

歩いていける道はない。アルがただ跳躍したとしても、空中で浮遊機甲の集中砲火を浴びて蜂の巣になるだけだ。


「二〇秒……ッ!」

アルが歯を食いしばる。


どうすれば、あの空の彼方にある核心へ、この包丁を届かせることができるのか。


「チッ……四の五の言ってんじゃねぇぞ、コック長ッ!!」


その時、血と泥にまみれた背中が、アルの前にスッと立ち塞がった。


二、 カルムの意地、限界の赤蓮

「……カルム!?」


アルが驚いて目を見開いた。

カルムの身体は、すでに満身創痍であった。両腕の皮膚は自身の魔力炎の過熱で焼け焦げ、呼吸をするたびに口から血の混じった飛沫が飛んでいる。魔力回路はとうに限界を超え、立っていることすら不思議な状態のはずだった。


だが、カルムは振り返らず、ニッと凶悪な八重歯を剥き出しにして上空の中枢核を睨みつけた。


「俺は言ったはずだぜ、アル。俺はお前の『最高の火力』だ。お前の前の障害物を全部焼き尽くして、お前を一番美味しいところに送り届けるのが、俺の仕事だろ!」


「でも、カルムの体が……!」


「いいから、俺の背中に乗れッ!!」


カルムの咆哮。

彼が両足を大きく広げ、大地の底から絞り出すようにして、全身の魔力回路を強制的にフルオープンにした!


「オォォォォォォォォォォォォッ!!!!」


ドガァァァァァァァァァァァァッ!!


カルムの足元から、これまで見たこともないような、圧倒的なスケールの【深紅の炎の柱】が、竜巻のように吹き上がった!

それは、彼の生命力そのものを燃やして生み出された、限界突破の『赤蓮の炎』。


「こいつは俺の命の火だ! お前の『炉』に負けねぇくらい、熱くしてやるよッ!」


カルムの炎が、重力を逆巻くようにして、アルの身体を優しく包み込みながら、上空へと凄まじい勢いで押し上げ始めたのだ!


「カルム……ッ!」

アルは、カルムの肩を踏み台にし、その炎の竜巻に乗って空へと舞い上がった。


『――――警告。特異点(アル)の上昇を検知。……浮遊防衛機甲部隊、対象の迎撃を開始せよ――――』


中枢核の周囲を護衛していた数百機の飛行型殲滅機械が、一斉にアルへ向けて降下を開始し、魔導放射砲の銃口を向けた。


「行かせるかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」


カルムが、両腕から血を吹き出しながら、天へ向かって乱れ打ちの拳を放ち続ける!


「【我流神殺・赤蓮乱れ牡丹】ッ!!!!」


カルムの拳から放たれた無数の炎の弾丸が、アルの周囲を覆うようにして空へ飛び上がり、迫り来る浮遊機甲たちを次々と撃ち落としていく。

ドガァァン! ズガァァァンッ!

空中で連鎖する大爆発。カルムの炎は、アルへの攻撃を一切寄せ付けない「炎の壁(トンネル)」となって、アルを上空へと導いていく。


「いけぇぇぇぇ、アルッ! 俺の炎を踏み台にして……もっと高く跳べぇぇぇぇッ!!」


カルムの絶叫。

アルは、カルムの放つ炎の気流を足場にして、空中を蹴り、さらに上空へと加速した。


(カルム……ありがとうッ! 君の炎の熱……絶対に無駄にしないッ!)


アルの身体が、一気に五十メートル、七十メートルと上昇し、中枢核の眼の前に迫っていく。


しかし――。


『――――特異点の接近を許容不可。……中枢核・パージ・レイ、緊急部分照射を実行――――』


中枢核の表面の幾何学陣から、チャージが完了する前にもかかわらず、極太の『純白の消去光線』が一筋、アルを正確に狙って撃ち下ろされたのだ!


三、 少女の決意、オルタの盾

「アル殿ッ!!」

地上で倒れ伏していたエレナが、絶望の悲鳴を上げた。


カルムの炎は機甲たちを吹き飛ばしたが、神の中枢核から直接放たれる『概念消去光線』を防ぐことはできない。

空中にいるアルには回避する足場もなく、エレナの障壁を張るマナも残っていない。

消去光線がアルの華奢な身体を飲み込むまで、あとコンマ数秒。


(だめだ……ッ! 避けられない……!)


アルが、光の眩しさに目を閉じた、その絶対絶命の瞬間。


「……アルに、触れないでくださいッ!!」


透き通るような少女の叫び声が、広場に響き渡った。


ズバァァァァァァァァァァンッ!!!!


アルの目の前に、信じられない速度で飛び込んできた一つの影があった。

白磁の装甲ドレスをはためかせ、美しい銀髪を振り乱した少女――オルタ!


彼女は、昇降機の緊急端末から自らのメインケーブルを強引に引き抜き、驚異的なブースト跳躍でアルの盾となるべく空へ飛び出してきたのだ!


『――――マスター・アルは……ワタクシの……家族ですッ!!――――』


オルタは、アルの前に立ち塞がり、両手を天高く突き出した。

彼女の胸の奥底――『ALTA-00』のメインコアが、危険限界値を遥かに超えて、まばゆい純白の極光を放って明滅する。


「【アガルタ最高位防衛権限・絶対拒絶フィールド(イージス・ゼロ)】展開――――ッ!!!!」


オルタの両手から、幾万もの六角形の光のパネルが展開され、巨大な半球状の光の盾となって、降り注ぐ消去光線と真っ向から激突した!


ガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!


純白の消去光線と、オルタの光の盾が衝突し、空中で凄まじい火花と光の渦が巻き起こる。


『――――ギ……ガガガッ……! 内部エネルギー、臨界点突破……っ! 構造体の融解が始まります……ッ!――――』


オルタのルビー色の瞳に、危険を知らせる赤いノイズが激しく走る。

神の直接の消去光線を受け止めることは、古代の機甲素体であるオルタにとっても、文字通り「身を削る」行為であった。

彼女の白磁の腕の表面から、パキパキと音を立てて細かな亀裂が走り、冷却液が血のように空へ散っていく。


「オルタッ! だめだ、君の体が壊れちゃうッ!」


アルが、オルタの背中を支えようと叫んだ。


「ワタクシは……大丈夫ですッ!」


オルタは、決して両手を下ろそうとはしなかった。

彼女の顔は苦痛に歪んでいたが、その瞳には、機械としての冷たい計算ではなく、人間としての「大切な人を護りたい」という絶対の体温が燃え盛っていた。


「数千年間……ワタクシは、誰の役にも立てない道具でした。……でも、アルが……カルムが、エレナが、ワタクシに『美味しい』と『温もり』を教えてくれました」


オルタの白磁の肩から、装甲が剥がれ落ち、内部の回路がショートして火花を散らす。


「だから……今度は、ワタクシが皆様を護りますッ! これが……ワタクシの……『心』の形ですッ!!」


オルタの胸のコアから、限界を超えた生命の輝きが爆発し、光の盾が一瞬だけ消去光線を強烈に押し返した!


四、 炎と盾が切り開く道

「オルタ……っ!」


アルの目から、熱い涙がこぼれ落ちた。


下からは、カルムが自らの命を削って放つ、アルを押し上げるための『赤蓮の炎』。

上では、オルタが自身の身体を壊しながら展開する、アルを護るための『光の盾』。


不器用な喧嘩屋と、心を持ったばかりの機甲人形。

二人が、アルというたった一人の少年料理人のために、自分の全存在を賭けて「道」を切り開いてくれているのだ。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ、アルゥゥゥゥゥッ!!!!」


地上で膝をつきながらも、カルムが天を仰いで絶叫する!


「アルッ! 今ですッ!!」


オルタが、盾を維持したまま、身体を捻ってアルの射線を空けた!


炎の推進力と、盾が作り出した一瞬の空白。

その奇跡のような交錯の中を、アルは涙を拭い、全魂の力を込めて跳躍した!


「みんなの熱……みんなの体温……っ! 絶対に、絶対に無駄にしないッ!!」


アルの身体が、中枢核の目前、わずか数メートルの至近距離へと到達する。


アルの瞳の【真理の目】が、防衛中枢核のど真ん中に渦巻く、神の冷たい計算式を束ねた『極大の白金の結び目』を、完璧に、そして冷徹にロックオンした!


『――――警告……警告……ッ! 特異点(アル)、防衛ラインを完全突破。……中枢核への直接干渉圏内に――――――』


無機質なシステムのアナウンスが、アルの耳に届く。


「もう……遅いよ」


アルの声は、怒りでもなく、悲しみでもない。

ただ、どこまでも透き通った、料理人としての静かな宣告であった。


アルは、両手で固く握り締めた『黒鉄の包丁』を、大きく右後ろへと引き絞った。

刀身の墨流し模様が、アルの体内の『炉』の熱、カルムの炎の熱、オルタの盾の温もりをすべて吸い込み、世界を照らす【究極の太陽の極光】となって燦然と輝き出す。


「僕の包丁は……みんなの笑顔を作るためにあるんだッ!!」


アルの全身の筋肉が躍動し、黒鉄の包丁が、神の防衛中枢核へ向かって、圧倒的な速度で振り下ろされようとしていた。


五、 託された包丁、いざ中枢へ

「【真・理・解・体】――――――――ッ!!!!」


アルの叫びが、アガルタの地下空間に木霊する。


振り下ろされる刃の軌道。

それは、力任せの破壊ではない。

どんなに巨大で冷たいシステムであろうと、そこに存在する「因果の筋」をミクロの精度で見極め、最も滑らかに、最も美しく切り解くための「至高の手さばき」。


カルムが地上で見守り、エレナが祈りを捧げ、オルタが光の盾の横でアルの横顔を見つめている。


アルの黒鉄の包丁が、中枢核の表面の幾何学陣を抜け、その最奥に隠された『白金の結び目』へと、いよいよ接触しようとしていた。


神の絶対管理と、人間の温かな体温。

数千年の時を超えたアガルタの遺構で、その最終決着をつけるための一閃が、いま、世界を切り裂かんと放たれる!

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