第133話:残された者たちの抗い
一、 激突の果て、天空へと消えた神の座
ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
教国ルミナの中心、白亜の大聖堂の中央で、世界をふたつに引き裂くような爆絶的な閃光が弾け飛んだ。
使徒バアルが放った、全空間の重力とマナを超高密度で集約させた『絶対破壊の拳』。
そして、カルムとアルの二人が完璧なシンクロによって放った【我流極奥義・赤蓮解躰】。
神の暴力と、人間の技術の極致たる概念刃が正面から激突した結果は——カルムの放った純白の太刀が、バアルの拳に込められた『破壊の法則(理)』をミクロン単位で完璧に両断するという、人間側の完全なる勝利であった。
「……ガ……ァァァァァァァッ!?」
絶対であるはずの使徒バアルの口から、驚愕と苦悶の叫びが漏れた。
カルムの刃は、バアルの鋼のような肉体を物理的に切断したのではない。彼の肉体の内部で循環していた、使徒としての『不死と破壊のシステム』そのものを、まるで精密な外科手術のように綺麗に解きほぐし、断ち切ってしまったのだ。
バアルの右腕を覆っていた黄金の神聖装甲が、ガラス細工のように粉々に砕け散り、彼自身の細胞がエラーを起こして赤黒い血を噴き出す。
「……俺の拳が……! システムが……エラーだとォォォォッ!?」
バアルが信じられないものを見るように自らの右腕を見つめて後退した。
その刹那。
『……これ以上の戦闘は、本システムの根幹に致命的な欠損を及ぼす。……緊急退避プロトコルを実行』
玉座に座ったまま、冷徹に戦況を分析していた使徒エノクが、無機質な声で宣告した。
エノクの指先が虚空で複雑な神聖ルーンを叩き終わると同時、大聖堂の床、壁、そして空間そのものが、激しいノイズと共に白く発光し始めた。
「……逃げる気か、クソ野郎どもッ!」
カルムが追撃の刃を放とうと地を蹴る。
『……我々は逃げるのではない。世界の管理システムを再構築するための一時的なパージだ。……個体名カルム。君のその「解体の理」、確かに神の領域に触れている。だが、この星のシステムそのものを書き換えられない限り、君の足掻きは無意味だ』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!!!
凄まじい地響きと共に、三使徒の鎮座する『神の玉座』周辺の空間が、大聖堂の建造物ごと、まるで巨大なロケットのように空高く浮上を開始した。
エノクの絶対隔離法則によって、カルムの刃すらも届かない次元の彼方——星の成層圏に浮かぶ神の居城『天門』へと、使徒たちは教国の中枢機構を丸ごと持ち去り、一時的な退避を図ったのだ。
「……チッ。……尻尾巻いて逃げやがった」
空高く豆粒のように消えていく神の座を見上げながら、カルムは舌打ちをした。
だが、その表情に焦りはない。彼はすでに、神の理不尽すらも切り裂く確かな手応え(火力)を、その両腕に宿していたのだから。
「……まあいい。どこまで逃げようが、俺とアルの包丁で、必ずあいつらの法則を解体してやる。……今はまず、地上の後始末だ」
カルムは炎を収め、背後のアルとエレナを振り返った。
二、 アガルタへの帰還と、残された火種
使徒たちが天門へと退避したことで、教国ルミナの首都である聖都は、完全に機能不全に陥った。
絶対防壁は消滅し、上位の天使たちは消え去り、残されたのは統制を失った神殿騎士団の残党と、崩壊した大聖堂の瓦礫の山のみ。
カルム、アル、エレナの三人は、聖都の混乱を尻目に、レジスタンスの最大の隠れ里であり、地上の人間たちの最後の砦である地下都市『アガルタ』へと急行した。
「……カルム殿。……アガルタの様子がおかしい。防衛結界の光が、極端に弱まっている」
道中、先行して索敵を行っていたエレナが、険しい顔で報告した。
「……どうやら、俺たちが大聖堂で暴れてる間に、使徒の野郎どもがアガルタへ向けて総攻撃の命令を出してたみたいだな。……俺たちがぶっ壊したとはいえ、残党の数は半端じゃねぇ」
カルムの黄金の左目(解体眼)が、数十キロ先のアガルタ周辺で巻き起こっているマナの乱気流を捉えていた。
「……僕たちの居場所が……! レジスタンスのみんなが危ないよ!」
アルがボロボロの包丁を握りしめ、焦燥に顔を歪める。
「……落ち着け、アル。アガルタは絶対に落とさせねぇ」
カルムは、空中でピタリと足を止め、二人に向き直った。
「……アガルタの結界を維持してる地下の『魔力炉』が、敵の攻撃でダウンしかけてる。……俺が最深部に潜って、俺の赤蓮の炎を炉に直接くべて、結界を無理やり再起動させて安定させる。……俺の魂の熱なら、神聖マナなんかに負けねぇ、絶対に破られない結界を張れるはずだ」
「……カルムが、一人で結界の修復を……?」
「あぁ。だが、炉の調整には少し時間がかかる。……アル、エレナ。それまでの間、地上の防衛線は……お前らに任せていいか?」
カルムの真っ直ぐな瞳。それは、ただ守られるだけだった存在から、共に戦う真の相棒としてアルを完全に信頼している証だった。
「……任せて、カルムッ! 結界が直るまで、僕とエレナさんで、アガルタの入り口は絶対に守り抜くから!」
アルが、涙を拭って力強く頷いた。
「……不滅の盾に懸けて、ここは死守しよう」
エレナも、ヒビだらけの大盾を強く胸に抱き、覚悟の炎を燃やす。
「……頼んだぜ」
カルムは二人に短く笑いかけると、真紅と緋色の流星となって、アガルタの地下深く——巨大な魔力炉が存在する最深部へと、一直線に突入していった。
三、 地上戦線、残された者たちの抗い
カルムが地下の魔力炉へと向かった頃。
地下都市アガルタの地上入り口付近は、文字通りの『血の海』と化していた。
『……異端者……排除……排除……』
押し寄せていたのは、使徒という司令塔を失い、あらかじめプログラムされていた「アガルタの殲滅」という命令だけを無限に実行し続ける、バグを起こした神造兵器『狂乱天使』の群れ。
その数は数百に及び、彼らは自らの装甲が砕けようが、羽がもげようが、一切の感情を持たずにレジスタンスの防衛線へと特攻を繰り返していた。
「……クソッ! 撃て! 撃ちまくれッ!! 一歩も通すなァァァッ!」
防衛線の最前線。土嚢と瓦礫で即席のバリケードを築いたレジスタンスの兵士たちが、旧式の魔導銃を必死に撃ち放っていた。
彼らの多くは、神殿騎士団との戦いで負傷し、包帯を巻いた満身創痍の者たちばかりだ。
バキュンッ! バギュンッ!
魔力弾が狂乱天使の白銀の装甲に弾かれる。
旧式の武器では、神の金属を貫くことはおろか、傷一つつけることすら難しい。
「……ダメだ、隊長! 魔導銃のエネルギーが尽きます! これ以上は……!」
若い兵士が、絶望に顔を歪めて叫んだ。
狂乱天使の一体がバリケードを飛び越え、巨大な光の剣を振り下ろそうとする。
「……チィッ!!」
隊長と呼ばれた中年の男が、折れた長剣を構えて前に飛び出し、光の剣を強引に受け止めた。
だが、圧倒的な重量差。
「……グァァァァッ!?」
隊長は為す術もなく吹き飛ばされ、地面を血に染めて転がった。
「……隊長ォォォッ!!」
絶体絶命。
誰もが、死を覚悟した。
神の力には、やはり人間は抗えないのか。
だが、その時。
彼らの脳裏に、数十分前……聖都ルミナの上空を真っ二つに切り裂いた、あの圧倒的に美しく、力強い【真紅と緋色の極光】の記憶がフラッシュバックした。
『……見ろよ。……誰かが、神様の結界をぶち破ったんだ……!』
あの光を見た時、彼らの魂の奥底で、確かに『希望の熱』が灯ったのだ。
あの極光を放った者がいる限り、人間の未来はまだ終わっていない。
「……立て……! 立つんだ、お前らァァァッ!」
吹き飛ばされた隊長が、折れた剣を杖にして、血を吐きながらも再び立ち上がった。
「……あの光を見たろうが! 誰かが、神様に喧嘩を売って、勝ったんだ! ……俺たちが、ここで諦めて死んでいいはずがねぇ! あの極光の英雄が帰ってくるまで……俺たちの居場所は、俺たちの意地で護り抜くんだよォォォォッ!」
「「「オオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」」」
残された兵士たちが、血と泥に塗れた顔を上げ、魂の底からの咆哮を上げた。
弾薬が尽きれば、折れた剣で。剣が折れれば、素手で。
力及ばずとも、決して心だけは折れない。
彼らは、圧倒的な絶望を前にして、文字通り『命の壁』となって狂乱天使たちに組み付いていった。
四、 血まみれの防衛、獅子の盾と少年のスープ
「……死なせはしないッ!! 【絶対守護障壁・展開】ッ!!!!」
兵士たちが狂乱天使の刃に倒れそうになった、まさにその瞬間。
空から降ってきた白銀の巨影が、大地を揺るがして着地し、強烈な聖光の壁を展開した。
ガキィィィィィィィィィィンッ!!!!
狂乱天使たちの無慈悲な剣撃が、ボロボロにひび割れた大盾に弾き返される。
エレナ・ルミナスだった。
バアルとの戦いで全身の骨が悲鳴を上げ、装甲は半壊状態。だが、彼女の放つ「護る」という強烈な意志は、かつて教国の聖騎士団長を務めていた頃よりも、遥かに気高く、強大であった。
「……エレナ様……!」
兵士たちが、涙を流して彼女の背中を見上げる。
「……レジスタンスの誇り高き戦士たちよ! よくぞ持ち堪えた!」
エレナは、口から血を流しながらも、振り返らずに叫んだ。
「……あの極光を放った修羅(カルム殿)は、今、この地下で我々のために結界を修復している! ……彼が戻るまで、この防衛線は、私が命に代えても死守するッ!」
「……エレナさんだけじゃないよッ!」
エレナの背後、兵士たちの陣地の奥から、温かく、そして力強い少年の声が響いた。
アルだった。
彼はボロボロの包丁を腰に差し、代わりに、大きな木製の寸胴鍋を両手で抱えて、最前線の兵士たちの元へ駆け寄ってきたのだ。
「……アル君……!? なんでこんな最前線に……!」
「……みんな、これを飲んで! アガルタの地下にあった薬草と、魔獣の骨から出汁をとった、僕の特製スープだよッ!」
アルは、小さな木の器に熱々のスープを注ぎ、傷ついた兵士たちに次々と手渡していった。
「……こんな状況で、スープだと……?」
隊長が戸惑いながらも、その温かいスープを一口、口に含んだ。
ゴクッ。
「……な……ッ!?」
隊長の瞳が見開かれた。
それは、魔法のポーションのように傷を一瞬で塞ぐようなものではない。
だが、そのスープが喉を通り、胃の腑に落ちた瞬間。
芯から冷え切っていた身体が内側からカッと熱くなり、恐怖で震えていた筋肉に、信じられないほどの『活力』と『生命の温度』が湧き上がってきたのだ。
「……う、美味ぇ……。なんだこのスープ……血の気が、戻ってくる……!」
「身体の底から……力が湧いてきやがるッ!」
兵士たちが次々とスープを飲み干し、失いかけていた闘志を完全に爆発させた。
アルの料理は、単なる食事ではない。
食材の命の形を見極め、最も効率的に栄養と熱を引き出す【真理の目】による調理。それは、疲れ切った人間の魂そのものに直接火を灯す、至高の回復薬であった。
「……僕たちの居場所は、僕たちで守るんだ! カルムが帰ってくるまで、絶対に諦めないでッ!」
アルが、泥だらけの顔で兵士たちを鼓舞する。
「……オォォォォォォォォォッ!!!!」
アルのスープによって魂を温められた残された者たちが、エレナと共に、再び狂乱天使の群れへと絶望的な反撃を開始した。
五、 押し寄せる絶望と、繋ぐべき未来
だが、現実はどこまでも冷酷であった。
『……エラー修正。……障害物(異端者)ノ耐久力上昇ヲ確認。……第三波、大型殲滅機体を投入』
空から響く無機質な音声と共に。
狂乱天使の群れの奥、地平線の彼方から、全高三十メートルを超える巨大な神造魔獣『裁きの獅子』が三体、地響きを立てながら姿を現したのだ。
「……ウソだろ……。あんなバケモノまで、投入してきやがったのか……!」
兵士たちが、その圧倒的な質量と絶望的なマナの圧力の前に、再び足を止める。
エレナの大盾は、すでに限界を超えていた。これ以上の質量攻撃を受ければ、盾ごと彼女の身体は粉砕されるだろう。
アルのスープも、底を突きかけている。
さらに悪いことに、使徒がシステムを放棄して天門へ退避した影響か、周囲の自然マナのバランスが崩壊し始め、空には不気味な紫色の雷雲が渦巻き、大地からは赤黒い瘴気が吹き出していた。
神が世界を手放したことによる、急激な環境の崩壊。
敵の猛攻だけでなく、世界そのものが壊れ始めている。
「……これが……地上の混乱……」
エレナが、絶望的な空を見上げて呟く。
「……エレナさん! 諦めちゃダメだッ!」
アルが、空っぽになった鍋を置き、再び黒鉄の包丁を抜いてエレナの隣に立った。
マナを持たない彼が、三十メートルの巨獣に挑むなど自殺行為だ。
だが、彼の漆黒の瞳は、決して絶望に染まっていなかった。
「……カルムは、絶対に結界を直してくれる! だから、あと一秒でも、一瞬でも長く……僕たちがここで抗い続けるんだッ!」
残された者たちの、血と泥に塗れた命がけの抗い。
彼らの繋いだ小さな火種が、やがて世界を救う【深紅の流星】を呼び覚ますための、最も尊い導火線となって燃え続けていた。




