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神殺しのフルコース ~少年料理人と修羅の創世食卓~  作者: solune
第4章:聖都ルミナ編

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第100話:必ず再会する場所で

一、 星の心臓部、伝説の厨房遺跡

忘却の深淵、その最深層付近に横たわる巨大な地底湖。

原初マナが荒れ狂う猛毒の空間にあって、その湖の周辺だけは信じられないほどに清澄な空気が満ちていた。

青白く発光する地下水面に反射するのは、湖の中央にある小島にそびえ立つ、超巨大な黒曜石の建造物——太古の神話時代に作られたとされる【巨大厨房遺跡】の威容であった。


「……すごい。本当に……厨房だ」


少年料理人アルは、セリアに背負われていた機甲素体オルタを共に支えながら、その小島へと続く石橋をゆっくりと渡り切った。


眼前に広がるのは、見上げるほどに巨大な石の竈(かまど)。その内部には、星の核(マントル)から直接引き込まれた【原初のマグマ】が、静かに、しかし途方もない熱量を持って赤熱している。

周囲には、巨大な獣の骨から削り出されたようなまな板や、見慣れぬ古代金属で鋳造された調理器具の残骸が散乱していた。

壁面には、名も知らぬ古代文字と壁画が刻まれており、そこには「命を調理し、星の理を紡ぐ者たち」の姿が描かれている。


「アル様……。ここは、教国の歴史書にも一切記されていない場所です。……神がこの世界を管理し始めるよりもずっと昔、世界を『調理』していた者たちがいたということでしょうか」


新・聖騎士長セリアが、息を呑んで周囲を見渡した。

彼女の青い瞳に映る遺跡は、教国の無機質な白亜の神殿とは全く異なる、野性的で、生命の躍動感に満ち溢れた力強い空間であった。


『――――環境分析。……異常なマナの高密度圧縮ポイントを検出。……マスター・アル、あの巨大な竈の中心に……とてつもない質量を持つ【特異点(シンギュラリティ)】の反応があります』


オルタのルビー色の瞳が点滅し、合成音声が遺跡の最奥を指し示した。


アルの【真理の目】もまた、その一点を捉えていた。

黄金に輝く瞳の奥で、無数の因果の糸が絡み合い、最終的に一つの小さな、しかし爆発的な光の塊へと収束しているのが視える。

それは、アルが探し求めていたもの。

三使徒の神威によって叩き折られた『黒鉄の包丁』に代わる、神の法則(理不尽)すらも綺麗に解体できる【最高の包丁の素材(古代神聖金属の原核)】。


そして、枯渇して冷え切ってしまったアルの胸の『炉』を、再び限界を超えて燃え上がらせるための【原初の火種】が、そこに眠っているのだ。


「……うん。視えるよ、オルタ。……僕が探してたものが、あそこにある」


アルは、胸元に大事に結びつけた『折れた黒鉄の包丁の柄』をギュッと握り締めた。


「でも、その前に……」


アルは足を止め、ゆっくりと背後——自分たちが渡ってきた石橋の向こう側、濃密な暗闇の深淵へと視線を向けた。


二、 帰還する不滅、泥の中の再会

ガションッ……! ズシンッ……!


アルが視線を向けた暗闇の奥から、規則正しく、そして恐ろしいほどに重厚で力強い足音が響いてきた。


「……何者ですか!?」

セリアが、反射的に落ちていた金属の破片を構え、アルの前に立ち塞がる。

魔物か、それとも使徒の追手か。


だが、アルの顔には恐怖の色は微塵もなかった。

彼の『真理の目』は、暗闇の奥から近づいてくるその足音の【因果の糸(体温)】を、誰よりも正確に読み取っていたからだ。


「セリアさん、大丈夫だよ。……帰ってきたんだ」


アルの言葉と同時に、原初マナの青白い蒸気を切り裂いて、一つの影が姿を現した。


「……待たせたな、アル殿」


その声は、深淵の暗闇を打ち払うような、気高く、澄み切った響きを持っていた。


「エレナさんッ!!」


アルの漆黒の瞳から、嬉し涙がパッと弾けた。


石橋の向こうから歩みを進めてきたのは、かつての脆い白磁の甲冑を捨て去り、黒銀の騎士衣を身に纏ったエレナ・ルミナスの姿であった。

彼女の両腕は、先ほどまで複雑骨折で垂れ下がっていたというのに、今は鋼のように力強く完治し、その左腕には無骨で重厚な【真なる不滅の大盾】がしっかりと装着されている。

彼女の全身からは、教国の神聖マナではなく、彼女自身の魂の熱と原初マナが融合した【真白銀と緋色の極光】が、静かに、しかし圧倒的な密度で放たれていた。


「エレナ……先輩……! そのお姿は……それに、その大盾は……っ」

セリアが、信じられないものを見るように目を見開いた。

彼女が知る最高位聖騎士長エレナ・ルミナスよりも、今の彼女は遥かに強靭で、本物の【騎士(守護者)】としての威圧感を放っていたからだ。


「セリア……。お前も、アル殿のスープに魂を救われたのだな。……かつての愚かな教律は、もうお前の目には宿っていない。……見事な面構えになったではないか」

エレナは、セリアの顔を見て、優しく、しかし誇り高く微笑んだ。


エレナは石橋を渡り切り、アルの前に片膝を突いた。


「アル殿……。私は、もう二度と君の背中で、無様に剣を折られるような真似はしない。……己の魂を鋳直し、神の理不尽すらも跳ね返す、真なる盾を手に入れてきた」


エレナは、己の左腕にある大盾を、トンッ……と静かに地面に響かせた。


「カルム殿が不在の今……君が新しい包丁を打ち直し、再びその炉に火を灯すまで。……いや、その後も永遠に。……私が、君の『最高の厨房』を護り抜く不滅の城壁となろう」


その誓いは、ただの言葉ではなかった。

エレナの魂から放たれる熱が、アルの身体を優しく、力強く包み込み、先ほどの敗北の絶望感を綺麗に洗い流してくれた。


「……うん……っ! おかえり、エレナさんッ!」

アルは、泣きながらエレナの首に抱きついた。

エレナも、傷ついたアルの小さな背中を、再生した両腕で力強く、愛おしそうに抱きしめ返した。


一度は絶望の泥水の中でバラバラになりかけた絆。

それが今、己の無力さを骨の髄まで噛み締めた上で、さらなる強靭な鋼となって、この伝説の厨房遺跡で再び結び直されたのだ。


三、 遥か彼方の修羅、魂の共鳴

エレナの帰還という絶対的な安心感を得て、アルの胸の奥底で、完全に冷え切っていたはずの『炉』が、トクン……と小さな、しかし確かな鼓動を打ち始めた。


仲間がいる。

自分の帰りを、自分の作る食卓を待ってくれている人たちがいる。

それが、アルにとって何よりの【着火剤(立ち上がる理由)】なのだ。


(カルム……)


アルは、エレナの肩越しに、忘却の深淵のさらに暗く、深い奥底へと視線を向けた。


ここにはいない、もう一人の大切な相棒。

自らのマナ回路を焼き切り、右腕を炭化させてまで、アルの背中を護るために『最強の炎』を求めて地獄へ向かった男。

彼は今、どこで、どんな極限の試練と戦っているのだろうか。


――その頃。

忘却の深淵、アルたちのいる地底湖からさらに数千メートル下層。

星の核(マントル)が直接露出し、空気がマグマのように沸騰する【究極の焦土】において。


「オオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


カルムの、血を吐くような咆哮が轟いていた。


彼の手には、武器はない。マナ回路もない。右腕は炭化してぶら下がっているだけ。

しかし、彼の周囲には、教国の聖騎士一個大隊でも敵わないような『原初の魔物』の死骸が、何十体も山のように積み重なっていた。


「……ハァ……ハァ……っ……ハァ……っ」


カルムは、残された左拳を血で真っ赤に染めながら、荒い息を吐き出していた。


彼の左目には、極限の死地を潜り抜けた者だけが宿す、底知れぬ【真紅の修羅の光】が輝いている。

マナ(魔法)という便利なシステムを失ったことで、彼は逆に、己の肉体と魂の限界を引き出す純粋な『格闘術』と、生命力そのものを物理的な熱として放出する『魂の炎(オーラ)』を覚醒させつつあった。


『……グルルルルォォォォォォォッ!!』

新たな巨大な岩の魔物が、カルムの背後から襲いかかろうとする。


「……遅ぇよ、クソ雑魚が」


カルムは振り返ることすらなく、己の身体を極限まで捻り、左拳による裏拳を魔物の顔面へと叩き込んだ。


ゴォォォォォォォォォォンッ!!!!


拳から爆発的に噴き出した真紅の魂の熱が、魔物の頭部を一瞬にして蒸発させ、その巨体を粉々に吹き飛ばした。


「……待ってろよ、アル。……神様ども」


カルムは、自らの血を舐めとり、不敵な八重歯を見せてニヤリと笑った。


「俺の火種は……もう、誰にも消せねぇくらいデカく育ち始めてるぜ。……必ず、最高に美味ぇ飯を食うために……お前の隣に帰ってやるからなッ!」


空間は離れていても。

彼らの魂は、同じ星の深淵で、同じ【反撃の誓い】を胸に、強烈に共鳴し合っていた。

アルの心には、カルムのその熱い鼓動が、確かに届いていたのである。


四、 特異点の胎動、神殺しの刃を求めて

「……行こう」


アルは、エレナから身体を離し、涙を拭って真っ直ぐに前を向いた。

その視線の先にあるのは、巨大厨房遺跡の最奥に鎮座する、あの巨大な竈と【特異点の光】。


「セリアさん。オルタ。……そして、エレナさん」


アルは、仲間たちを振り返り、力強く宣言した。


「ここが、僕たちの新しい厨房だ。……ここで、神様の理不尽を全部切り刻める【最高の包丁】を打ち直して……僕の胸の『炉』に、もう一度、誰も消せないくらい大きな火を灯すッ!」


「はい、アル様。……あなたの剣として、この命の限りお供します」

セリアが、敬礼の姿勢で深く首を垂れた。


『――――ワタクシの全システムを、マスターの環境構築(調理サポート)へ最適化します。……共に、世界を解体しましょう』

オルタが、ルビー色の瞳を力強く明滅させた。


「あぁ。君が包丁を握る時……このエレナ・ルミナスが、君の背中を、君の孤独を、君のすべてを護り抜こう。……我ら『最高の厨房』の反撃の狼煙を、ここから上げるのだッ!」

エレナが、真なる大盾を掲げ、気高く微笑んだ。


三人の仲間たちの言葉を受け、アルは大きく深呼吸をした。

胸元の折れた『黒鉄の包丁の柄』が、まるでアルの決意に呼応するように、かすかに、しかし確かに脈動するように温かさを増していく。


「よし……ッ!」


アルは、巨大な竈へと続く階段を、一歩、また一歩と力強く登り始めた。


完膚なきまでの完全敗北。

絶対的な戦力差の前に、一度はすべてを失い、絶望の泥水を舐めた彼ら。

だが、その敗北こそが、彼らに足りなかったものを教え、精神論だけではない、本物の【強さ】を掴み取るためのスタートラインであった。


神の法則(ルール)が絶対だと言うのなら。

使徒の防御が完璧だと言うのなら。

それを真っ向からぶち壊し、綺麗に解体し、自分たちの温かい食卓という『新しい理(ルール)』を世界に証明してやる。


教国ルミナの地上では、使徒たちの放つ神威によって、すべてが真っ白に漂白される【大氷期(グランド・フリーズ)】が着実に進行し、世界は死の静寂へと沈みゆこうとしていた。

しかし、その冷たい世界の最深部、星の心臓である忘却の深淵において。


少年料理人アルと、不滅の盾エレナ。

そして、遥か彼方で己の魂を燃やす修羅の相棒、カルム。


彼らは、それぞれの死線と絶望を乗り越え、必ず再会する場所——神の理不尽を焼き尽くすための【究極の火蓋】を切るための準備を、いま、完全に整えようとしていた。


絶望から這い上がり、真の特異点として覚醒した者たちによる、世界をひっくり返す最大の反撃。

その壮絶なる決戦の足音は、静かに、だが確実に、冷たい世界の下から響き始めていたのである。

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