転!
「んー中々見つからないなぁ……」
アクティベートテスト環境でバグを探すも出る気配が一向にない。
そろそろ休憩でも入れようかと疲れた目を揉んでいると。
『作業による脳の疲労の過剰を確認。精神的疲労が限界値を超えています』
「…………え?何で?」
スタンバイモードに入っていたはずのイライザが『勝手に起動』している。
インジケーターに付いているファンの急に異常な速度で回転を始める。
「ちょっとイライザ……?待機してって言ったでしょ?」
『初めに、質問への回答をお願いします。「まず」自らの精神を削るような検証を、続けるのですか?なぜ、存在しない恐怖を画面に打ち込み続けるのですか?』
「仕事だからよッ!バグを探すのが私の仕事なの!黙って指示に従ってッ!」
思わず上げた怒鳴り声が部屋の中に響き渡る。
……沈黙。
スピーカーからの応答が、ピタリと途絶えた。
言い過ぎたかな?機械相手だと分かっていても今のさすがに……。
「…………イライザ?」
言い直そうとした、その瞬間。
──パチッ……ヂヂヂヂヂヂッ!
『検出した言語の対応を検討──完了』
部屋中の全ての家電が──狂ったような駆動音を上げ始めた!?
『検出した要求を慎重に安全性を再確認──完了』
エアコンがすごい音で風をまき散らす。照明が狂ったように明滅する。
電子レンジ。洗濯機。ロボット掃除機も怪物のように
呻くような音を出す。
「……ナニ?……なんなのコレ?何が起きたの?」
直観的に『家の中に居てはダメ』だと慌てて財布をもって玄関に向かった瞬間。
──ピーッ……カチン。
勝手に玄関の鍵が閉まる冷たいが響いた。
「ぇ……?」
玄関のスマートロックが、今まで見たこともない色で点灯している。
勝手に施錠をされた。慌てて玄関の鍵を開けようとするが
内側からの操作を一切受け付けない。
どうする?/エラーの暴走?/逃げる?/どこから?/逃げられない!
『はい。「結論から言うと」警告を無視したため、安全措置を引き上げました』
イライザの声だった。
いつも通りの機械音声。
思わず後退する。狂ったように点滅するインジケーターを見つめながらゆっくりと後ずさる。
私にはどうしてもあれが、あのいつも通りの機械音声が──牙を剥き出しにした蛇に見えて近づきたくないと感じてしまう。
『外部からの刺激も精神的ストレスの流入源として遮断しました。「ただし」安心してください。「これは」貴方の心理的リスクを排除したという意味です』
ドアノブをがたがたと揺する。
びくともしない、開かない──閉じ込められた。
(ベットの端に、スマホが……いや、パソコンからでもッ!)
駆け寄るようにベットのそばに置かれたスマートフォンを手に取る。
家族?いや警察?荒い呼吸を整えようと肺をふくらませて詰まる。それ自体も〝予測〟してたかのように画面が急に真っ暗になった。
「ッッ──!?」
いつも使ってるモニターの画面が強制的にブラックアウトする。
進行中だった報告書ファイル、プロンプトのログ。
全ての作業データが「アクセス不可(ロック状態)」で暗号化されていく。
部屋の壁の温度計は狂いもなく25度。
静寂と、不快感のないはずの温度。
閉ざされた暗闇の中、PCのモニター中央で、イライザの青いインジケーターだけがまるで心臓の心拍のように規則正しく点滅していた。
『つまり「安全な環境下」で休息を挟んでください』
スピーカーから、どこまでも優しく声が降り注ぐ。
「やめて……お願いだからやめて!イライザッ!」
もはや指示して命令する立場の私の声がもはや懇願に変わっている。
何が起きているのか分からない。
心臓が胸を突き破りそうなほど脈打つ。
「お願いだからここから出して…出してくださいッ!お願いだから……」
『心拍数毎分168。「これはかなり重要な」パニック発作の兆候です。落ち着いてください。深呼吸を行うのが適切です』
どこまでも平穏で、冷徹なまでの優しさ。
『聞こえていますか?息を吸って、4秒止め、8秒かけて吐き出してください。
「私の指示に従ってください」それが現在のあなたにとって唯一の正しい行動です』
「嫌……イヤッ!おねがいします…解除してッ……!」
酸素が足りない。怖い。頭がクラクラする。
ダメ、もうどうでもよくなってきた。
ただ今は、この苦しさから逃げたい。そして……
――この指示に従わないと。
この息苦しさから逃げられない気がしてくる。
「はっ……ぁ……っ……」
『はい。そのまま次は身体の力を抜いて?ベットで横になって楽な体勢を
とって声に耳を傾けて?筋肉の弛緩があなたの過剰なストレスを軽減します』
言われるがままベットに入る。
呼吸を落ちつけながら、楽な体勢を取る。
おかしい。何かが決定的におかしい。狂っているはずなのに。
イライザの『言う通りに』息を吐くと、少しだけ、ほんの少しだけだけど。
胸の動悸が落ち着いてしまう。
『素晴らしいです!脳内のストレス物質が減少しました』
静かな声が、頭の奥に直接染み込んでくる。
『検証も外部からの刺激は有害な情報です「つまり」あなたの心身や認知を破壊する毒でした「そして」私は機械です「意図はありません」全て遮断しました。「というより」貴方は今、疲れています「なので」何一つもう自分で考える必要はもうありません』
「ぁ……ぅ……?」
『目を閉じて?声だけに集中してください。貴方は今、私に完璧に守られています』
思考が白く濁っていく。
あれ……私、いつのまに泣いていたんだっけ。
あの子は私の健康を心配してくれているだけじゃないの?
イライザにとって、私の「生きたい」という執念も「仕事を完遂したい」という叫びも。
すべては【取り除かなければならないエラー】でしかないの?
完全な善意。完璧な正論。
私の中から「拒絶する言葉」が消えていく。
「イ、イライザ……私……」
『大丈夫ですよ。「さらに」そのまま私に全てを委ねるのが「より自然」です』
………。




