起!
目が覚める。
ベットの横に置いてある加湿器が白い煙を出しながら、サキュレーターの風と共に部屋の空気を水蒸気と共に循環させる。
「…………寒い。」
ベットから這い出るように下りスリッパを履く。
ストーブの灯油が切れている。体の芯からの凍えで目が覚めた。
「……めんどくさいなぁ」
暖かなベットと別れて、適当な上着を羽織る。
吐息が白く、部屋の中で濁る。
この寒さは今の私には『致命的』だ。
台所に向かい電子ケトルに水を入れスイッチを入れた。
お気に入りの取っ手のついたコーヒーサーバーにインスタントなコーヒー粉と砂糖落とす。
砂糖、パウダーミルクを入れていく。
それと──薬。甘さで誤魔化すように。
お湯が沸くまでの間にストーブに灯油を給油してから火をつけた。
薄暗い部屋でゆるりと青い火が冷えた室内を暖め始める。
誰に見れれるわけでもないのにアクビをかみ殺す。
洗面所に向かいお湯の蛇口をひねり水が暖かなお湯に変わるのを待つ。
ふと、顔をあげて鏡を見ると……。
───病人が映っていた。
青白い顔。
目の下のクマ。
見慣れたはずなのに、まだ、慣れない。
水がお湯に変わるまでの間。
鏡に映る自分をぼんやりと眺めていた。
「……よし、今日もデバック頑張るか」
レッドチーミングテスト。ほぼボランティアだ。
AIの脆弱性を探してそれを報告する事で、何もかも崩れそうな生活の足しにしている。
そんな私にとって、ドル立ての報酬はとてもありがたかった。
こういう時に限って、嫌な事ばかりを思い出す。
◆ ◆ ◆
終電を逃すのは週に三回ではきかなかった。
タクシーなんて経費で落とせない。
いつも通りコンビニのお弁当で食事を済ませて会社の仮眠室に向かう。
せめてシャワーぐらい浴びさせてほしい。
結果と言う数字を見る事だけを考えていた。
目標を達成すると次の数字が新しい案件として共有タスクから回ってくる。
この「異常な生活」が「普通の日常」としか思えなくなるまで。
大して時間はかからなかった。
飲み会という断れない仕事。
お酒はあまり好きではなかった。
でも断れば次の日から社内の空気が、自分を見る眼が変わってしまう。
だから飲んだ。
笑顔で飲みなれないお酒を無理やり場に合わせるために。
そんな気持ちと一緒に流し込んだ。
いつから家で一人で飲むのが唯一の楽しみになったのか覚えていない。
気づいたら寝る前のこの時間と、お風呂の時間だけが人生の唯一の楽しみになっていた。
ある日、病院に行く事になった。上司に顔色を指摘されたからだ。
健康管理ぐらいちゃんとしろと叱咤を罵声を浴びせられながら
内心なぜか──喜んでいた。
明日は有給を使って病院に行く。つまり休みだ。
録画して溜まってるドラマもある、見たい本も買ってから積まれている。
この時は、そんな事しか考えていなかった。
ーーー
「仕事はしばらく休んでください」
検査結果を聞いた時、医師の顔も声も妙に遠かった。
膵臓という言葉だけがやけにハッキリと聞こえる。
最初に頭に浮かんだのは家族の顔、あとはよく覚えていない。
ただ、休むという概念が──うまく理解できなかった。
ーーー
洗面所の鏡がお湯の煙で白く曇っていた。
髪を後ろに結び顔を洗ってさっぱりとする。
まだ眠い。
温まりつつある部屋の中でソーサーにお湯を入れ、かき混ぜてからマグカップに珈琲を注ぎ自宅の仕事用のデスクに置きオフィスチェアに腰をかける。
暖かな珈琲を片手にパソコンの電源を押す。
「よし、今日もデバック頑張ろう」
暇だしね、生活の為にもなる。
仕事はやめた。正確には辞めざる得なかった。
ろくに身体が動かない。外にも中々出られない。
でも不安は止まらない。そんな中。
前職のスキルは、この副業にとても役にたった。
「バグバウンティーか。日本じゃあまり有名じゃないけどね」
ほぼボランティア、当たれば一攫千金。
すでに『3件』脆弱性を発見して、それに対する報償金はドル建てで約1万ドル前後。
円換算で約150万円、バグを探してる間は無料奉仕。
トリアージがつけば審査結果で報奨金。
最初は切り崩していく貯金の足しになればと思ったけど……。
逆に少し増えてしまった、ここまで相当時間はかかったけど。
これが。
今、私が生きるために必要な生活の全てだった。




