第二章28 殺害の動機
「僕も守秘契約を結ぶ必要がありますか? それに、今こうして墨然に知られてしまったが、大丈夫ですか? あと、由心の思の能力については?」
「別に必要はないだろう。どうせ俺が自らすすんで話したことだ」
輝絡は気にする様子もなく淡々と言った。
「思の能力を防ぐ手立ては俺にはないから、由心に関しては自然に任せている。もしかしたら彼女はとっくに知ってて、俺が自分から話すつもりがないのを見て取って、秘密を守ってくれていたのかもしれない」
「じゃあ大丈夫ですね……?」
というか、なぜ自分はこの家族のためにそんな心配をしているのだろうか。
「まさかお前が俺のことを気にかけてくれるとは思わなかったな」
輝絡は感慨深そうに呟き、滅多に見せない笑みさえ浮かべた。
だが、際允はその言葉に対して激しい嫌悪感と吐き気しか覚えなかった。容赦なく言葉を返す。
「『気にかける』の定義になにか勘違いでもしたんですかね?」
「おや? 気にかけるというのはこういう時に使う言葉ではないのか? では、何と言うべきか? お前はさっき、どんな感情を抱いてその質問をしたんだろう?」
際允のツッコミに応じるその口調は極めて平淡なせいで、それが皮肉なのか、それとも本気で自分を疑っているのか判別がつかない。
なぜだろうか、際允の脳裏に、墨然の机の上にあったあの四人の集合写真が浮かび上がった。
――いや、本当は分かっているのだ。
なぜ自分がこれほどまでにこの家族の関係を気にしているのか。なぜ自分が、あの写真に対してあれほどこだわり、胸を痛めているのか。
彼はただ、認めたくないだけだった。認めるわけにはいかない。認めることを、拒絶していた。
「そんなことどうでもいいです。前の質問の続きですが、あなたが老けないことを、誰も奇妙に思わなかったんですか?」
自分を苛立たせる話題を強引に終わらせた。
「ないな。というか、二十代から協会で働き始めて以降、普通の人間と接触することはほとんどなくなった。血の繋がった家族はこのことを知っていて、守秘契約も結んでいたが、彼らもすでに他界している。それ以外には誰もいない」
「ごめんなさいっ」
ほぼ反射的に、際允はすぐに謝罪の言葉を口にした。
「構わん。とっくに受け入れたことだ」
本当に気にしていない様子だった輝絡を見て、際允もホッと胸を撫で下ろす。
「輝絡さんは、このままこうしてずっと生きていくつもりなんですか? 永遠に?」
「まだ決めていない」
少し考え、輝絡はそう答えた。
輝絡との間に結ばれた契約に関する謎のうち、最も優先して解決すべき問題はようやく氷解した。
張り詰めていた神経がわずかに緩むと、途端に強烈な疲労感が押し寄せてくる。未だ多くの疑問が残されてはいたが、今の際允にはそれ以上追及するだけの余力はなかった。こうして、際允が主導した対話はひとまずの区切りを迎える。
ならば、次は墨然の番だろう。今の墨然もまだ疑問で胸がいっぱいに違いない。そう思い、際允は右手側を向いた。
墨然は輝絡の口から語られた数々の事実をようやく咀嚼し受け入れたようで、その表情に驚きの色は消えていった。しかし今、なぜか極めて陰鬱なオーラを放っており、金黄色の眼眸を細めて輝絡をじっと睨みつけている。
まるで、第一の世界の墨然自身のように。
輝絡も当然、墨然の奇妙な変化に気づく。
「墨然、まだ何か聞きたいことでもあるのか?」
「……なぜもう一つの世界のお前は先輩を殺したんだ?」
「墨然くん?」
歯を食いしばりながら問い詰めた墨然に、際允は思わず驚いて声を漏らした。
墨然がもう一度聞いたのは際允の今世に最も深く関わる問いの一つだった。しかし、輝絡が「天に誓い」、止湮が死亡する未来が変えられたと確定した今、際允自身はこれ以上追及する動力を失っていたのだ。
それは少し前の墨然が「最も起こり得ないこと」と言っていたはずの事象だったのに、今、彼はそれを追及しようとしている。
「先も言ったが、俺にはもう一つの世界の出来事を知る術はない」
「まったく心当たりがないわけないだろ! 答えろ! なぜ先輩を殺したんだ!?」
墨然が低く吼える。際允が初めて耳にする、墨然の激しい怒りを孕んだ声。
「そうだな……」
殺人犯となったもう一人の自分について、輝絡は長い沈黙の末、ようやく口を開いた。
「例えば、俺が何らかの不都合な事態に直面し、際允に時の能力を使わせてその運命を変えさせることを望んだから、殺したのかもしれない」
「なっ……」
絶句した。
――なぜ、そんな理由で?
「不都合な事態って?」
輝絡の眼球が際允へと向けられる。
「おそらく……お前に前世の記憶がないからだろう」
「……何それ? どういう意味なんだ?」
「俺が会いたかったのは、前世――木唯の記憶を持った時の元霊だった。けれど、際允にはそれがなかった」
殺害の動機を語る輝絡の声は、どこまでも平坦であり、それが際允の背筋を凍りつかせた。
「俺の知る限り、時の能力は時の元霊の『死』と直接的に結びついている。死に直面すれば、未来へ転生するにせよ、あるいは過去へ戻るにせよ、必ず時の能力が発動する仕組みだそうだ。だから直接殺害することで、お前の意思に関係なく、強制的に時の能力を起動させるだろう」
第一の世界の際允が、殺された後に何もしていないにもかかわらず、記憶と意識を保ったまま目暁へと転生できたのは、死によって時の能力が知らずうちに強制発動したからだったのだ。
「それは俺にとって、どうしても変えなければならない不都合な事態であり、時の能力でしか解決できない問題だった――時の能力だけが、お前に前世の記憶を取り戻させることができる。それに、お前は高い確率でそれを拒絶するだろうし、俺の動機を知れば、むしろ意図的に思い出さないよう避けるはずだからな」
「だから――先輩を殺したって言うのか!?」
込み上げる激動を抑えきれないように声を荒らげた墨然に、
「だから、もう一人の俺は際允を殺したんだ」
輝絡は静かに訂正し、同時にそれを認めた。




