第二章27 空白の契約と、不老の呪縛
「それから、僕たちの契約について、教えてください。それは一体何なんですか?」
第一の世界の際允は、それを知る間もなく殺された。転生した後は契約を閲覧する資格を失い、何も知らぬまま十二年という月日を過ごしてきたのだ。
今、ようやく知ることができる。
「それは――」
際允を注視しているその碧緑の瞳に、かすかな波紋が広がる。
「――空白の契約だ」
……あ?
「空白?」
墨然もまた、驚きと困惑の入り混じった声を上げ、二人共通の疑問を口にした。
「文字通り、契約内容は空白のままだ。俺も際允も、その契約によって何らかの義務や責任を負う必要はない」
「じゃあ、何の意味があるんだ?」
そちらを振り向かなくても、墨然が呆れ果てていることくらい容易に想像がついた。
「それは契約対象の魂の輪廻転生に追随する契約であり、その対象は俺と、時の元霊。それこそが意味だ」
そう言いながら、輝絡は静かに、際允へと視線を戻す。
「死んだとしても、時の元霊は再び転生し、成人して契約が再び有効になる。そして俺はその契約を辿って時の元霊を見つけ出すことができる。何度転生しようと、世界のいかなる片隅にいようとも、俺はお前を見つけ出す」
……。
まるで巨大な隕石が衝突したかのような衝撃に、際允の脳内は一瞬にして真っ白になり、長い間その動揺を鎮めることができなかった。
きっと墨然も同じだったのだろう。沈黙が長く続き、二人は声を発することも、言葉を紡ぐこともできずにいた。
輝絡はただ、彼らが現実を受け入れるのを静かに待っている。その表情は平淡であると同時に、なぜそんな反応をされたのか理解できないと言わんばかりに、わずかな困惑を滲ませていた。
やがて、際允は自らに無理やり冷静さを取り戻させ、痛み始めたこめかみを押さえながら確認するように問いかけた。
「……もしかして、いや、実は輝絡さん、僕の前世とすごく仲が良かったとか……?」
そうでなければ、なぜ時の元霊の転生を絶えず追い求めようなどという考えを抱くのだろうか。
普通の友人であっても、ここまで異常な執着は持たないはずだ。際允は心の中でそう疑ったものの、止湮以外に友人を作ったことのない彼には、それを断言する自信がなかった。
「そういうわけでもないな」
輝絡は、ただその一言だけを返した。
「……じゃあ、僕の前世とはどんな関係だったのか説明してください。今世の僕に引き継がせた契約なんで、経緯くらい知る資格はあると思いますが」
「それもそうだな。一応、お前の前世について簡単に紹介しとこう」
どこから話すべきか思考を巡らせているように、輝絡は数秒考えた後、再び際允を見つめる。
「名は木唯。俺と同じ火の暦元年生まれ、そして九十九年に死んだ――つまり、お前が今世で生まれる一年前だ」
その一言だけで、際允はただでさえ過労気味の脳が新たな情報量に押し潰されそうになるのを感じた。
「元年……? 僕の前世も、あなたも元年生まれ? ということは、今から百十八年前……?」
「ああ」
輝絡は淡々とそれを認めた。
「え、は? もう百十八歳だと?」
墨然にとっても、完全に初耳な事実だったようだ。
輝絡は少し困ったように指先で頬を掻いた。
「ああ。だから昨日も言っただろう、『俺は割と年寄りなんだよな』と」
「それは……そうだけど……!」
墨然は何か反論したそうにしながらも、言い返せずに言葉を詰まらせていた。
何しろ墨然は輝絡と十年間も寝食を共にしてきたのだ。突然これまでの認知を覆す事実を突きつけられ、すぐに消化して受け入れられないのは当然なこと。
対して際允は衝撃を受けつつもそれほど深くは囚われず、冷静さを保ったまま質問を続ける。
「どう見ても二十歳前後にしか見えませんが、なにか特別な理由ありますか?」
前代未聞の話だが、際允はひとまず礼儀として、輝絡が生まれつき超絶的な童顔である可能性を否定しないようにしていた。
「十九歳の時、時の能力によって、俺の身体を永遠にその瞬間に留められた」
ようやく冷静になったばかりだというのに、輝絡はすぐさま新たな爆弾発言を投下した。
「より正確に言えば、あの日から身体の『老化』を停止させ、自然死の可能性を排除された」
――時の能力?
――輝絡が百年を経てもなお二十代青年の姿を保っていられるのは、もしかして僕の前世が時の能力を使って意図的に施したからなのか? 時の能力にはそんな使い方もあるんだ?
「永遠に、ですか? この先、数年、数十年、数百年経っても、ずっとこのまま、十九歳の身体のまま生きていくのですか?」
際允自身も、自分の口から出た言葉が突飛すぎて信じられないほどだった。
それなのに――。
輝絡は当然のことであるかのように、こくりと頷いた。
「なぜ前世の僕は、あなたの身体を永遠に十九歳に留めたりしたんですか?」
「何歳に留まるかは別にどうでもよかった。十九歳に留まったのは、ただ当時俺が十九歳だったからだ」
輝絡はまず問いの半分に返答し、なぜかほんの少しの間を置いてから、もう半分に答えた。
「俺が、お前の前世に頼んだんだ」
「あなたが、ですか?」
際允は輝絡のことを深く理解しているわけではない。だが、あらゆる事象に対して心に全く波風を立てなさそうな彼が、不老不死を追い求めるような人間だとは到底想像できなかった。
「うん……」
輝絡は瞼を半分伏せ、かなり深く考えた後に答えた。
「実は、今になっても自分が何の目的をもってその要求をしたのか、まだはっきりとは分かっていないんだ」
「……」
具体的で明確な理由もないまま時の能力による「永遠の命」を要求し、そして理由が分からないまま百年の歳月も生きてきた、というのか。
――この男は一体、どういうものなんだ?
「誰か他にこのことを知っている人はいますか?」
際允はそう言いながら、右側で未だ衝撃から立ち直れずにいる墨然に視線を走らせた。
「ご家族は、あなたの本当の年齢すら知らなかったみたいですね」
「まあ、契約の族側としては守秘契約を結ぶ必要があると考えたようで。だから妲依娜含め、成人した族の人だけが知っている。当然、墨然と由心には話していなかった」
ならば、昨夜の遅くに妲依娜があれほどあっさりと輝絡の言う通りしたのも、輝絡の態度から彼がまだこの二人の未成年に真実を明かすつもりがないことを察したからなのだろう。




