第二章23 「俺に、責任を取らせてください」
墨然は手慣れた動作で迅速に洗い終えると、食器を乾燥機の中に入れ、自身もペーパータオルを引いて両手を拭いた。そうしてようやく、際允に向き直る。
「今、聞いてもいいですか?」
際允は直接問い詰めた。墨然が異議を唱えないのを見てすぐに言葉を続ける。
「どうして急に輝絡への態度があんなに変になったのか? あと、どうして急に今日学校を休んで家に残るなんて決めたんだ?」
墨然は目を伏せて数秒間、無言のままだった。それから際允を一瞥すると、すぐに顔を背けた。
ほんの一瞬の交差だったが、際允は彼のその瞳の中から、抑えきれなくなった怨嗟の情が噴き出してくるのを見た。
「どうせ先輩は、俺のことを口先だけの無責任な男だと思っているんでしょう」
……あ?
際允は一瞬呆気にとられ、それからようやく理解した。
――こいつ、もしかして拗ねてる? こんなに幼稚だったのか?
だが、何に対して拗ねているのかが全く見当もつかず、依然として狐に包まれたような目で墨然を見る。
その様子を見た墨然の目が、次第に諦めを含んだものへと変わっていった。次の瞬間、墨然は数歩後ろへと下がり、キッチンの最奥の壁の前で再び振り返ると、彼に向けて「こっちへ」と手招きをした。
際允はぐるりと周囲を見回した。確かに今立っているキッチンの入り口のポジションはあまりにも目立ちすぎる。声を潜めて耳打ちをすれば会話の内容までは聞かれずに済むかもしれないが、間もなく妲依娜との話を終えてダイニングに戻ってくるであろう輝絡に、自分たちがあからさまに警戒して内緒話をしている姿を見せつけることになってしまう。
そのため際允は素直に数歩前へと進んだ。墨然は、自分の一歩手前で足を止めた際允を見つめ、眉をひそめた。
「失礼」
言い終えるなり、墨然は直接両手を伸ばして彼の両肩を掴み、上半身を傾けて、その唇を際允の左耳のすぐ間近へと寄せた。
肩のほかには墨然の身体が触れているわけではなかったが、墨然の匂いが鼻腔をいっぱいに満たすほどの極限の至近距離に、際允は思わず緊張で全身を強張らせた。その不慣れな距離感のせいで、微かな羞恥さえ覚えてしまう。
墨然が内緒話のためにこの挙動に及んだのだと分かっているからこそ、際允も後ろへ退きたい衝動を必死に押し殺すしかなかった。
「それで、そろそろ答えてくれるのか?」
これ以上二人の顔の距離を縮めたくなくて、際允は顔を真っ直ぐ前を向かせたままにしていた。けれど横目で、墨然がこちらを向き、半ば瞼を伏せて今の彼より少しだけ背の低い際允を見つめているのが分かった。
「俺は、先輩の無事をこの目で確かめたいんです」
「……そんなの、放課後に帰ってきてからでも確認できるだろ。どうして残る必要があるんだ?」
「もし俺がいつも通り学校に行って、放課後に帰ってきた時、先輩の死体を見ることになったら――。あるいは、あなたがそのまま消えてしまって二度と会えなくなってしまったら――。昨日の夜から、ずっとそんな可能性ばかりが頭をよぎるんです」
「どうして? 墨然くんは僕の言葉を信じてないんじゃなかったのか? なのにどうしてそんなことを気にするんだ?」
際允は意外さのあまり、思わず墨然の方に顔を向けてしまった。しかし、墨然は言葉を呑み込むようにしてしばらく彼を見返していた末、その質問を回避した。
「先輩はさっき、俺の輝絡に対する態度の変化を聞きましたね?」
「ああ」
「俺は……」
墨然は一瞬ためらったが、意を決して本心を口にした。
「夜中に言った通り、あいつが人を殺すなんて信じられません」
その瞬間、際允の胸に湧き上がったのは、総毛立つような嫌悪感だった。
この期に及んで、自分の心のどこかが「墨然が考えを変えてくれるかもしれない」「最も大切な家族を差し置いて自分を信じてくれるかもしれない」などと天真爛漫に期待していたことに、今ようやく気づかされたのだ。何と滑稽なのだろう。
そして今、そのどこかは完全に荒野と化した。徹底的に心をもぎ取られた。
後ろへ下がろうとした。が、墨然は突如として肩を掴む手の力を強め、この身体をその場に押さえつけて遠ざかるのを許さなかった。
「俺はただ、逃げるのは無意味だと気づいたんです。大切だからこそ、真相を知らなければならない」
墨然は彼の耳元で、まるで言葉を際允の耳の奥へと流し込むようにして囁いた。
「俺はあいつを信じたい。何のわだかまりもなく信じたい。だからこそ真相を知る必要がある。あいつの口から直接聞かなければならないんです」
「そんなの、僕と何の関係があるんだよ!」
際允は感情を抑えきれず、無意識のうちに声を張り上げていた。しかしその中に混じる震えのせいで声はひどく弱々しく響き、まるで目の前にいる墨然にさえ届いていないかのようだった。
「そんな理由で僕を邪魔するつもりか? お前の前で、あいつがイメージを維持するために嘘をつかないとでも? 考えたことはないのか? あいつが嘘をつくのを根っから信じてないんだからか? それとも、最初からどうでもいいからか? どうせあいつが本当に殺人犯だったとしても死ぬのは僕だし、火の元霊が罪に問われるわけがないんだから、お前には何も失わないじゃん?」
「……先輩」
「僕だって一番大切な人のためなんだ! あの人の死を阻止するために今日の僕の死を変えなきゃならないんだよ? そのためじゃなかったら僕だってこんなこと気にしたくない。真相なんて何が重要なんだ? お前たちの家族の絆なんて一ミリも知りたくないし、お前がどれだけ輝絡を信頼してるかも興味ない! なんで僕は前にお前が信じてくれるなんて考えちゃったんだよ? どうせ時の能力で自分で解決すればいいのに、せいぜい何回か多く死ぬだけで――」
「先輩!」
際允の次第にヒステリックになっていく言葉を、墨然に強硬に遮られた。
「そんなこと、分かっています。残ってあなたたちの対話に加わっても真相は分からないかもしれないし、それどころか先輩が目的を果たす邪魔になるかもしれないことくらい分かってます。あなたが俺を信じたかったことも、俺があなたではなく輝絡を信じるのを選んだことがあなたを傷つけたことも。何回やり直すことになっても、あなたが必ず運命を変えると決めていることも分かっているんです」
その金色の瞳が、真っ直ぐに自分を見据えている。
「――そんなこと、絶対に許さない。あなたの死も、この世界を抹消してやり直すなんてことも、俺は絶対にさせません」
まだあどけなさの残るその端正な顔を、際允は呆然と見つめた。
二つの世界の墨然が、脳内で初めて重なり合う。
「一晩中、ずっと考えていたんです。もし明日、先輩が運命を変えられずに死んでしまったら、どうなるんだろうって」
墨然は無意識のうちにさらに両肩を掴む力を強めたらしく、際允は微かな痛みを覚えた。
しかし、激昂のあまりきらきらと光るその黄色い瞳に見つめられていると、どういうわけか文句の声一つ出すことができなかった。
「もしそうなったら、あなたは過去に戻ってやり直して、この世界の俺はそのまま消え去ってしまうんですよね? あなたが次の世界に行って、墨然・ケールヴィアという名の男に会ったとしても、それはもう同じ俺じゃない。そして俺は――この世界の俺は、あなたに謝ることもできず、永遠にあなたに償うことができなくなってしまうんじゃないかって」
その口調から滲み出る、意図的に抑え込んでも隠しきれない深沈たる苦痛は、際允に第一の世界の墨然を思い起こさせた。
この世界の少年である墨然は、今この瞬間に、ある種の痛みを確かに感じていた。それはもう一つの世界の十二年後の自分と共通する、際允の存在と緊密に結びついた――。
「先輩」
墨然は静かに呼んだ。
「俺に、責任を取らせてください」
――悔恨。




