第二章17 あの日、差し出された似顔絵
「それで、そんなこと聞いてどうすんだよ?」
「犯人の似顔絵、描いてくれないかな?」
止湮は、いたって真面目なトーンで言った。一瞬遅れて、際允はその意図を理解する。
「……その方が、探し出しやすいから?」
「うん」
止湮はあっさりと頷いて認めた。
けれど、際允の心には少しばかりの抵抗感があった。止湮の危険を増やすような真似はしたくない。彼を危険な目に遭わせたくないのだ。
止湮はその躊躇を見抜いたかのように、すぐさま言葉を付け加えた。
「墨然くんに見せて、人探しを手伝ってもらおうと思って。あいつ、警察機関で働いてるしさ。こういうことに関しては僕より効率的に動けるはずだ」
――なるほど、そういう目的だったんだ。
――少なくとも止湮が単独で動くわけではなく、墨然くんの助けがあるのなら、一人で探すよりは安心できるだろう……たぶん。
それに、二人の調査の足枷にだけはなりたくなかった。
最終的に、際允は承諾した。
同居二日目に止湮と一緒に買いに行った時に選んだ文房具とノートを使い、前世の十八歳の誕生日の夜、扉を開けた先にいた輝絡の姿を描き出していく。
少しでも二人の捜索に役立つよう、横には名前や顔の特徴などの詳細なメモも書き添えた。
彼らの付き合いの長さからして、「際允が絵を描いているところを見られるのを恥ずかしがる」なんてことは、止湮は当たり前のように知っている。だからこそ止湮は際允が描き終えるまでずっと、メッセージのやり取りを続けるふりをして、自分の席に座ってスマホに集中してくれていたのだろう。
際允が振り返り、完成した絵を差し出すと、止湮は無造作にスマホをテーブルに置き、ルーズリーフのノートから破り取られたその紙を受け取った。
「なるほど、こんな顔をしてたんだね」
その絵をじっと見つめながら、止湮が呟く。
そしてその紙をローテーブルに平らに置き、再びスマホを手に取って画面越しに写真をパシャリと撮る。そのまま数回操作したらスマホを置いたところを見るに、明らかに墨然へ送信したようだった。
それを静かに見ていた際允は、たまらず口を開く。
「一つ、聞いていい?」
「ん?」
「さっき、墨然くんとやり取りしてたよね?」
実際、わずか一席分しか離れていない距離で並んで座っているのだ。この角度からは、目を上げれば画面の内容がわずかに見えてしまう。止湮も隠すような素振りはしていなかった。
だが、そんなことはしたくなかったから、意識的に視線を向けず、ただ止湮の横顔を凝視していたのだ。
「ああ。さっき、早めに墨然くんと相談しておいた方がいいことをいくつか思いついてね。君に似顔絵を描いてもらう件も含めて」
「そう……でも意外だね。僕の印象だと、高校時代の止湮はメッセージのやり取りなんてあんまり好きじゃなかったはずだけど」
「あはは、今だって好きじゃないよ。ただ、用件によってはメッセージの方が便利なこともあるだろ? 君の絵を見せる時とかね」
「墨然くんに送ったんだ。あいつ、何か言ってた?」
言葉にした途端、自分の声に微かな怯えが混じっていることに気づいた。
止湮がそれを見逃すはずもなく、呆れたような、それでいて愛おしそうな顔で彼を見つめてくる。
「何をそんなに緊張してるんだい?」
「だ、だって、僕の絵なんて誰にも見せたことないんだからさ! 授業で描いたやつだって、先生と止湮くらいしか見てないはずだし……だ、だから、やっぱりちょっと、その、恥ずかしいというか……」
際允の声が小さくなるにつれて、止湮の微笑みはどんどん深まっていく。それを見てさらに羞恥心が募り、慌てた視線はあちこちへ泳いでしまい、どうしても止湮の顔に焦点を合わせられなくなってしまった。
「そ、それに、ただ下手すぎて何が描いてあるかわからないならまだいいけど、もし僕の絵のせいで誤解を招くようなことがあったら、君らの邪魔をしてしまうことになるじゃん」
「心配いらないよ。そんなことにはならないから」
ようやく視線が重なった先には、困ったように眉を下げた止湮の笑顔があった。
「墨然くんだって、君を笑ったりするはずがない。こんな決定的な手がかりをもらえて、あいつは喜んでるはずだよ。せいぜい『なんでこんな絵が手に入るんだ』って僕を問い詰めるくらいだろうね。その時は僕が適当に誤魔化しておくから、君は余計な心配をしなくていいんだ」
「……そう、なのか?」
際允は確かに、その言葉で安堵した。あまりにも容易く。止湮と約束を交わして以来、自分の感情に疎い際允でさえ、お互いの信頼が日増しに強まっていくのを鮮明に感じていた。
ふっと、メッセージを受信するとスマホの画面が自動的に明るくなる。それを止湮が一瞥すると、再び際允の方を向き、ニコニコと笑いながら言った。
「あいつ、何かに気づいたみたいだよ。どうやらこの絵のおかげで、犯人の調査にはかなりの進展がありそうだ。本当に助かったよ、ありがとね」
「本当? ……それならよかった」
あの時の際允も、自分でも無意識のうちに、嬉しそうに微笑んでいたようだった。




