第二章15 責任という名の鎖
他の者たちは墨然の異変に気づいていない。妲依娜が返す前に、輝絡が先を越して言葉を繋いだ。
「契約の内容なら俺は知っている。だから妲依娜がわざわざ見る必要はないよ。それにもう夜も遅い。改めて俺が直接際允に説明するから」
……え?
それでは、どんなに早くても今日の朝、目が覚めた後でなければ知ることができない。もし運命を変えられなければ、自分が殺されてしまうのは今日の夜なのに。
加えて、こうして予定より早く輝絡に出会ってしまったことが、逆に「殺される運命」の前倒しを招く可能性だって考えられる。
夕方、午後、午前、早朝……あるいは、下手をすればこの後すぐ、数分後には殺されるかもしれないのだ――。
今すぐ確認してほしいと妲依娜を説得する言葉を探していたが、彼女は大きく欠伸をしながら同意してしまった。
「そうね、じゃあ明日にしましょう。みんな片付けて寝る準備を――あ、ちょっと待って!」
言いかけ何かを思い出したかのように、妲依娜が全員を呼び止めた。席から立ち上がろうとしていた由心と輝絡も足を止め彼女を見る。
「大事なことを忘れてた! 際允くん、今夜はどこに寝るの?」
「客間は? 空いてるはずだよね」
「空いてるじゃ空いてるけど、普段全然掃除してないからホコリだらけだよぉ……」
輝絡が極めて平凡な意見を出したら、由心が決まり悪そうに言う。
「なら、俺の部屋で寝ようか。ベッドは際允に、俺は横のフローリングに布団を敷けばいい」
輝絡がそう言った瞬間、際允だけでなく、墨然までもが戦慄したような眼差しを彼に向けた。
第一の世界における自分の命日である今日、よりによって犯人本人と同じ部屋で夜を過ごすなど、どう考えても危険すぎるのだ。
他の同居人の誰かが一緒なら、輝絡も手を出しにくいかもしれないが、二人きりとなれば殺害の絶好の機会を与えてしまうことになる。
もしかすると、輝絡がこのもっともらしい提案をしたこと自体、最初からそれを狙ってのことなのではないか。
――どうすればいい。死の運命を回避するためには拒絶しなければならないが、何と言えばいいんだ? 「輝絡が最初の世界で自分を殺した犯人だ」という事実を隠したまま、周囲を納得させ、かつ不自然でない口実など思いつくだろうか。
――やはり、すべてを打ち明けるしかないのか?
――だが、もし「今夜殺される未来を経験してきた」と輝絡に知られたら、それが逆に奴を刺激し悲劇を早めてしまうことにならないか?
際允が内心で葛藤している間に、由心と妲依娜はすでに輝絡の提案に賛成していた。
「二人ともいいなら」
「じゃあ――」
「待てよ」
墨然だった。
ようやく声を出した墨然が、すべてが輝絡の思うままに進みかけていた会話の流れを断ち切る。
際允たちは一斉に彼に顔を向けた。
墨然の顔は依然として青ざめており、明らかに際允と同じことを考えながらも、揺るぎない眼差しで輝絡を見つめていた。
「俺の部屋だ。先輩をここに連れてきて泊まらせると決めたのは俺だ。きっかけを作ったのも。だから俺が責任を持つ」
「ん? そんなに真面目に責任問題を議論することでもないと思うけど?」
「際允さんはどう思います?」
妲依娜は墨然のただならぬ態度に困惑して頭を掻いた。気の利く由心が、本人の意見を尋ねてくれた。
理性では、輝絡と二人きりになることさえ避けられればどこでもいいと分かっている。
だが感性的には、他人の部屋で、ましてや他人のベッドで寝るというのは気が引ける。
際允はこの機を逃さず、本心を口にすることにした。
「正直言うと、僕はソファでいいと思うんですけど――」
「それはダメ!」
由心と妲依娜の声が重なった。
墨然からも鋭い視線で睨まれた。墨然の意図を汲み取っておきながら、素直に従わなかったことへの怒りなんだろう。
「俺の責任だ」
墨然の金の瞳がまっすぐに際允を捉え、強硬な口調で言い放った。
「だから、拒絶は言わせません」
「……」
拒絶を許さない墨然の態度に言葉を失ったが、ここまで固執する理由は理解していた。
際允の安全を案じているのはもちろん、この機会に「殺人犯」の件について二人きりで話し合うつもりなのだろう。
それは自分も同じだ。墨然がこれについてどう考えているのかを知りたい。墨然のことをもっと知りたい。
「……わかった。では、お言葉に甘えて」
結局、際允は折れることにした。
「輝絡との間に何があったのかは知らないけど、あの人、本当に良い人ですよ! 思の元霊として保証する! だから疑ったりしなくて大丈夫だと思います!」
歯磨きと洗面を済ませ、先に墨然の部屋に入ろうとしていた際允を、由心がこっそり誰もいない隅に呼び止めてそう告げた。
先ほどの会話の中で、由心は決定的な心の声までは聞こえずとも、際允が輝絡に向けていた疑念だけは察知した、あるいは聞き取っていたらしい。
――でも、そのいい人は第一の世界では人殺しだったけどな。
それは由心のその言葉に対して、反射的に際允の脳裏に浮かんだ最初の思いだった。
由心にはその声が聞こえていない様子なのを確認し、
「わかっています」
際允はその一言だけを返した。




