第二章13 ろうそくのないケーキ、君のいない花火
「ねえ、お祝いならろうそくが必要じゃない?」
由心がケーキが入っていた袋をひっくり返して確認したが、ろうそくが付いていないことを知ると、悔しそうにテーブルに戻した。
「家にもろうそくなんてないし……」
「元々、輝絡はバースデーケーキとして買ってきたわけじゃないもの」
妲依娜も仕方なく肩をすくめる。
「お前の誕生日を祝うなら、火なんて関わらない方がいいと思うけどね」
輝絡が平然とした顔でわけのわからないことを際允に告げると、他の面々からは不可解な視線が投げられ、すぐに阿吽の呼吸でそれを無視された。
「所詮は形式的なものですし」
主役本人が気に留めずに言うと、それを聞いた墨然はなぜか数秒間、うつむいて考え込んでいた。
「ろうそくがないのはしょうがないけど、願い事はできるわよ! それこそが重要でしょう?」
「そうだね!」
由心は際允に明るい笑顔を向ける。
「際允さん、何かお願いしましょうか?」
――願い事?
そんなことを考えたこともなかったのに、一瞬にして一つの願いが際允の脳裏に浮かんだ。
唯一の、願いが。
――止湮が、ずっと幸せに生きていけますように。
それでも、口に出したのは、
「みんなが、無事でありますように」
誰の心にも何の感想も抱かせないほど、ありふれた願いだった。
彼の言葉を聞いた面々に特別な反応はなく、思の元霊である由心の笑顔にも変化はなかった。
どうやら、心の声が聞こえるという能力の頻度は、想像していたほど高くはないらしい。際允は密かに安堵した。
「それじゃあ、いただきまー――」
シュ――、ドンッ!
妲依娜の言葉が途切れる前に、屋外から響く音に遮られた。
際允は無意識に音のする方――食堂の隣の窓を通し、外へと目を向けた。視界に飛び込んできたのは、夜空に咲き誇る鮮やかな光の輪だった。
――花火だ。
すぐさまテーブルの上に置いた自分の左前腕に目を落とした。やはり、初めて経験した十八歳の誕生日当日と同じように、契約成立のエフェクトが三本浮かび上がっている。
際允が顔を上げると、自分を静かに見つめる輝絡の視線とぶつかった。
契約成立のエフェクトは契約相手本人たちにしか見えない。だから、その場にいる他の三人は異変を知れず、全員が花火に目を奪われていた。二人だけの奇妙で沈黙した視線の交差に気づく者はいなかった。
「あ! そうだ! 明日――じゃなくて今日! ちょうど『火の感謝の日』だった!」
由心がハッとしたように叫び、座席から飛び上がって食堂の反対側の窓際に張り付く。
興奮しながら花火を鑑賞する彼女に続いて、妲依娜も立ち上がり、興味なさそうな顔をしていた墨然までも無理やり窓際へと引っ張っていった。
三人は皆、輝絡がこういうことに一分たりとも興味を示さない人間であることを知っていたようだった。嫌そうな態度を見せつつも、それほど抵抗せずに窓際へ連れて行かれた墨然も含め、だ。
それと際允も初めて会った客なのだ。だから三人は、あえて二人を呼び寄せることはせず、元の席に残った二人は互いを見つめ合う図となった。
輝絡は穏やかな表情で際允を見つめる。彼がどのような反応を示すかを待っているだろう。
際允は窓際を見た。楽しそうな笑顔を浮かべる妲依娜と由心。そして、冷淡な顔を崩さないまま花火に集中する墨然。
外は花火の音で騒がしかろうが、今この距離では、もし二人が会話をすれば窓際の三人に聞こえてしまうだろう。この穏やかなひとときを壊してしまう。
彼らの楽しむ時間が終わってからでも、遅くはないはずだ。
どうせ、数分遅れるだけなのだから。
そう考えた際允は、斜め前に座る輝絡をただ静かに見つめ返し、右手を上げると、人差し指を立てて自分の唇に当てる。
しっ――。
声に出さずとも、輝絡はその意味を理解したか。端正な顔立ちをしたその男は、片方の眉を動かし、わずかに目を見開いた。
際允の記憶にある二つの世界の輝絡は、そのほとんどが無表情だった。まるで内面は常に鏡のような静水であり、何者にもその湖面を乱すことを許さないかのように。
際允に初めて出会ったあの刹那と、この奇妙な表情を見せた今この瞬間を除いて。
仮面にひびが入った。彼が水しぶきを跳ね上げたのだ。
際允に従うように、輝絡は窓の外へと視線を戻した。それを見て、際允はようやく胸をなでおろし、片手で頭を支えながら、どこかぼんやりと花火のショーを眺めた。
――「いや。せっかくの日なんだから、家族と一緒に見てやれよ」
昨日の午後、止湮を花火に誘った時、彼はそう言って拒絶したのだ。
今思えば、あの時止湮と一緒に見たいと思ったのは、彼がまだ止湮のことを「家族」だと思っていたからなのだろうか。
わからない。
自分以外の誰にもその答えを出すことはできないのに、際允はわからぬままだ。
元々、止湮と一緒に見たかったから誘っただけで、花火そのものには大して興味はなかった。だから拒絶された瞬間、今日も最初の世界と同じように、日付を跨ぐこの花火を見ることはないだろうと思っていたのだ。
まさか、こうして見ることになるとは。
それも止湮ではなく、半分は今日知り合ったばかりの連中で、もう半分は最初の世界での奇妙な縁のせいで、親しいのかそうでないのかも分からない人たちと一緒に。
――まあ、いい。どうせ自分には元から家族なんていないのだから、誰と見ようが変わりはないし。
長い間、花火の光を凝視していたせいだろうか。両目にツンとした痛みが走る。
彼は、そっと瞼を閉じた。




