第二章12 運命の人
際允が輝絡と深く交流するのを避けていることに気づいたのか、墨然は疑わしげに際允を一瞥した後、代わりに答える。
「その通りだ」
話題が一段落したのを見計らい、妲依娜が待ちきれない様子で本題に切り込んだ。
「それで? 際允くんのことは知らないけど、時の元霊は知ってるってどういうこと? 際允くんの前世に会ったことがあるの?」
「うん」
今度は迷いなく肯定した輝絡。
やはり、際允の前世と契約を結んだのは輝絡の前世ではなく、目の前にいる「輝絡本人」だったのだ。
どう見ても二十代の青年にしか見えない輝絡の顔を見つめながら、際允の心の中には拭いきれない違和感が漂い続ける。
「先輩の前世って、少なくとも十八年以上前のことですよね? どうして会ったことがあるんだ、輝絡? 子供の頃に会ったとでも?」
墨然が眉を寄せて全員の疑問を代弁すると、由心も興味津々な目を輝絡に向け答えを待っていた。
すると、輝絡は真面目な顔でこう答えた。
「俺は割と年寄りなんだよな」
「……」
「そういえば、十年前初めて会った時も今のままの姿だったわね。ってことは、あんた少なくとも三十代半ば以上なの? ……それなら、あり得るかも?」
絶句した墨然と由心に対して、妲依娜がハッとした表情で言った。
この人たちは何年も一緒に暮らしてきたというのに、輝絡の実年齢すら知らないのか。
そんな基本的なことすら知らずに「家族」になれるというのか。
際允は激しい衝撃を受けた。
輝絡は首を傾げて少し考えた後、妲依娜の推測を肯定するように頷いた。
際允が先ほど抱いた「超絶な童顔」という仮説は、ここで証明されたという。正確な年齢は依然として不明だが。
「でも、たとえ際允さんの前世に会ったことがあっても、どうして輝絡は一目で時の元霊だって分かったの?」
「俺が知っている時の元霊の前世と瓜二つだから」
さっき一瞬呆然と立ち尽くしていたのは、その容姿から彼が時の元霊だと気づいたからだったというのか。
そういえば、最初の世界で「目曦」として生きていた頃も、止湮から「日に日に際允に似てきた」と言われたことがあった。
もしかして、たとえ時の元霊がいくど転生しようとも、似たような、あるいは全く同じ容姿を持って生まれてくるのか。
「際允さんの前世って、どんな感じだったの?」
由心が続けて尋ねたら、輝絡は真剣に思い返すような素振りを見せた。
「まあ、あんな感じで」
――どんな感じだよ。
この場にいる輝絡以外の全員は内心で全く同じツッコミを入れたのを、際允は心を読む能力がなくとも読める。
「もういいわ。輝絡に聞いたって、私たちが知りたいことなんて教えてくれないもの」
輝絡の絶望的な回答能力に首を振ると、妲依娜はスマートフォンの画面で時間を確認し、すぐさま座席から飛び上がって叫ぶ。
「大変、日付が変わっちゃう! 急いで夜食を食べなきゃ!」
彼女は輝絡が買ってきたビニール袋に手を突っ込み、中から長方形のケーキ箱を取り出した。パッケージの写真から、それがチョコレート味のロールケーキであることがわかる。それを妲依娜は食卓の上に、五人の席の真ん中に置かれた。
「わあ! ケーキだ! 食べる食べる!」
「お前、夜食は控えるって言ってなかったか? 食べるなら明日の昼間にすればいいだろう」
由心がケーキ箱に目を輝かせたら、墨然が頬杖をつきながら、呆れたように由心を見た。。
「うっ……!」
思い出したくない誓いを突きつけられたのか、由心は今この瞬間の食欲と、戒めを破る罪悪感の間でどうバランスを取るべきか、知恵を絞り始めたような苦悶の表情を浮かべる。
「あ、そういえば明日って際允くんの誕生日じゃない? バースデーケーキってことにして、みんなで分けちゃいましょう!」
「えっ?」
妲依娜の提案に、墨然だけでなく、主役であるはずの際允までもが呆気に取られた。
「それなら夜食じゃないね! 名案!」
由心は妲依娜に親指を立てて見せた。
妲依娜と由心は今すぐケーキを食べることに賛成しており、墨然も「先輩のバースデーケーキ」と言われては、これ以上反対することもできないようだった。
輝絡はといえば、どちらでもいいといった無関心な様子で、ただ静かに眺めている。
際允自身は遠慮しようとしたが、口を開く前に言葉を遮られてしまった。
「よし決定!」
そう言い残すと、妲依娜はキッチンからケーキナイフと五人分のフォーク、そして皿を持って食堂へ戻ってきた。そして手際よく箱を開け、ケーキを五等分にして皿に盛り、それぞれの前に差し出した。
その一連の動作にかかった時間は、わずか二分ほど。妲依娜はどうしても早く夜食にありつきたかったらしい。
ここにいるほとんどの者とまだ面識が薄い際允だが、誕生日を祝われ、ケーキまで振る舞われることにどこか申し訳なさを感じてしまう。
だが、拒絶する間もなく同意なしに切り分けられたケーキを前にしては、それを受け取って礼を言うしかなかった。
「ありがとうございます……」
際允として生きている今も、目暁として生きていたかつての世界でも、孤児院では全ての子供たちの誕生日を祝い、ケーキが用意されていた。
しかし際允としての今世では、六歳の時に蔚柳という男に引き取られたことで名目上は孤児ではなくなった。さらに彼自身が祝いの席で注目の的になることを好まなかった。
だからあの以降、際允は一度もバースデーケーキを食べたことがなかった。
第一の世界で目暁として生きていた頃は、止湮に引き取られた後、「健康に良くない」という理由で甘いものを基本的に禁止されていた。
そのため止湮と同居していた六年間、毎年二回も誕生日を祝われていたものの、ケーキを口にすることは一度もなかった。
甘いものが好きか嫌いかと問われれば、むしろ好きな方だった。ただ、どうしても食べたいと思うほどではなく、食事に関しては全面的に止湮に任せると早くに決めていたため、異議を唱えたこともなかった。
記憶によれば、目暁だった頃は六歳になる前に止湮に引き取られたため、最後にケーキを食べたのは時を遡ること七年前――目暁の五歳の誕生日だ。
久々という言葉では足りないほど、月日は流れていた。目の前のケーキを見つめていると、思わず懐かしさがこみ上げてくる。
「たいしたことじゃないわよ」
言いながら妲依娜が手をひらひらと振った。
「ちょうど明日が際允くんの誕生日で、ちょうど輝絡がケーキを買ってきた。これこそ運命じゃない?」
「運命……?」
際允だけでなく、墨然もその言葉に少しだけ呆然とした。




