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第二章9 「家族」のカタチ

 互いの問答が一通り終わった後も、目の前に座った墨然すみしかは、とりとめのない世間話を際允あいゆるに振ってきた。

 明言こそしないが、際允を居心地悪くさせまい、あるいは寂しくさせまいという配慮なのは明白。


 もともと、二人とも止湮としずのように社交的な性格ではない。同じ学校とはいえ二学年の差があり、共通の話題も乏しい。何より、今日までの接触が少なすぎた。

 それらの要因が重なり、すぐに墨然は話題探しに四苦八苦する羽目になった。


 幸いにも、六時半を過ぎた頃、同居人のうち二人が帰宅し、その窮地を救ってくれた。


「ただいまー!」


 一人は十代半ばの少女だった。肩まで届く桃色の長い髪に、同じ色の丸く澄んだ瞳。愛らしく可憐な顔立ちをしている。際允が通っていた中学校の女子制服を着ており、明らかに中学生の歳だ。

 もう一人は二十代半ばと思しき女性で、肩にかかる暗紅色のセミロングヘアに、同色の細長い瞳を持っていた。


「おかえり」


 墨然は玄関の方を向き、淡々と二人に告げた。


 墨然から事前に連絡が行っていたためか、二人はリビングに座っている際允を見ても驚く様子は見せなかった。

 むしろ好奇心に満ちた眼差しで彼を見つめながら、リビングへと近づいてくる。

 少女は墨然とは別のソファに腰を下ろし、年長の女性は少女の隣の肘掛けに手を置いて立った。


「こんにちは! 由心ゆし・ウィフティ。由心でいいですよ! 墨然から聞いてるかもしれないですけど、『の元霊』です!」


 少女が先に元気いっぱいの自己紹介をした。


妲依娜ダイナ・ケールヴィアです。契約の族で、今は火の国の契約管理協会支部で働いてるんです。これから、よろしくね」

「際允・ランニオン。際允でいいです」


 自己紹介をしながら、際允は先ほどの墨然の言葉と二人を照らし合わせた。


 同居している三人のうち、二人が元霊で、一人が契約の族の大人。つまり『思の元霊』である由心が前者の一人で、妲依娜が後者。

 そして妲依娜こそが、今夜の日付が変わる時に僕の契約を確認し、輝絡てつなの正体を突き止めてくれる協力者になるのだ。


 妲依娜と墨然は同じ契約の一族で、苗字も同じケールヴィアだが、墨然は「法律上の家族ではない」と言っていた。

 ならば近親者ではないのだろう。おそらく、ケールヴィアというのは族の中では比較的にありふれた苗字なのだろうか。


「際允さんが墨然の言ってた元霊さん?」


 そう尋ねてきた由心に、際允が肯定して頷く。すると彼女は身を乗り出した。


「何の元霊なんですか?」

「時の元霊、らしいですかど」

「わあ! かっこいい!」


 由心が瞳を輝かせる。


「由心の『思の能力』は、他人の思考を読み取ることができる能力なんですよ」


 妲依娜が少女の能力を補足した。


「でも、勝手に能力を使ったりしないから! 安心してください!」


 嫌われるのを恐れるかのように、由心は慌てて釈明した。それから何かを思い出したように、少し申し訳なさそうに付け加える。


「ただ、まだ能力のコントロールが完璧じゃなくて、時々うっかり心の声が聞こえちゃうこともあるんですけど……」

「そうですか」


 際允は淡々と返した。もともと後ろめたいことなど何一つ考えていないため、心の声が聞かれる可能性があるぐらいで、どうでもよかった。

 自分とは違い、由心の能力は「聞こえる心の声」と「実際の思考」を照らし合わせることで、容易にその存在を証明できるのだな。ただそういう感想を抱いただけ。


 それでもなお、この二人があっさりと自分を「時の元霊」だと信じてくれた。

 それはきっと、墨然の判断を信頼しているからなのだろう。


 際允が全く気にしていない様子なのを見て、由心はぱっと明るい笑顔を浮かべた。

 表情変化の幅が極端に乏しい墨然が目の前にいるせいか、際允には彼女の表情の変化がひどく豊かで誇張されているようにも感じられる。


 そこで、妲依娜がポンと手を叩き、全員に告げる。


「よし、自己紹介も終わったことだし、先にご飯にしよう! お腹空いちゃった!」

「賛成ー!」

「じゃあ準備する」


 そう言い残し、墨然は立ち上がる。

 二人が帰宅した際に、妲依娜が玄関脇に置いていた大きなビニール袋。墨然はそれを提げて食堂のテーブルへと運ぶ。

 中から一つずつプラスチック容器の弁当が取り出され、テーブルに並べられていく。そこでようやく、際允はそれが自分たちの夕食なのだと気づいた。


 並べ終えて空袋を片付けると、墨然はキッチンへと姿を消した。際允の視界は壁に遮られたが、再び戻ってきた墨然の手には、ティッシュに包まれた数膳の箸があった。それもテーブルに並べられる。

 女性二人が席を立ち、食事を始めようとテーブルへ向かおうとするように。


「まだ、もう一人帰ってきていない人がいるんですよね? その人を待たなくていいんですか?」


 思わずそう問いかけた。

 墨然の同居人は全部で三人。残る一人は、まだ正体の知れないもう一人の元霊だった。


「ああ、あの人は夜中にならないと帰ってこないって言ってたから。先に食べちゃっていいですよ、気にしなくて大丈夫」


 妲依娜が「問題ない」と手で合図を送った。


「そうですか」


 際允にとっての他人と同居した経験は、第一の世界で転生後、止湮と暮らしたあの六年間だけだった。

 あの頃、止湮の帰りがどんなに遅くなろうとも、帰ってくるまで際允は食事に手をつけないことを貫いてきた。

 彼自身でも理由がわからず、二人で食事を始めることにこだわっていた。


 けれど、この人たちを見て、不覚にも思ってしまう――。

 もしかして、他人に生活リズムを左右されないこういう関係こそが、世間一般の『家族』としてのあり方なのだろうか、と。




 墨然に「座る場所は決まっていないから適当に」と言われたので、際允は端の席を選んだ。正面に墨然、隣に由心、そして墨然の隣に妲依娜が腰を下ろした。

 大きなテーブルだというのに、四人はなぜか身を寄せ合うようにして、その一角だけを占めていた。


 仕事や学校の些細な日常を語らいながら腹を満たす夕食の時間が終わると、妲依娜がようやく、間もなく訪れる日付変更の話題を切り出した。


「あっ、そういえば、墨然から聞いたわ。今日うちに泊まるのは、日付が変わった瞬間に私の契約能力を使って、際允くんの身にある『ある契約』を調べるためだって?」

「はい。でも、もし不都合なら、明日改めて協会へ行けばいいので……」

「構いませんよ。どうせすぐ終わることだし、今日は早めに仕事が終わって機嫌がいいの。いいわよ、手伝っても。」


 恐縮して言った際允に、妲依娜はまるで可笑しな冗談でも聞いたかのように大声をあげて笑う。


「それに、契約管理協会なんてブラック企業に、オンもオフもあるもんか」

「……」


――これは、将来の就職先を本気で再検討すべきかもしれないな。


「あと、際允くんが元霊だって知っちゃった以上、明日まで報告を放置してその間に何かあったら、私の責任になっちゃうじゃないですか」


 妲依娜のその笑顔の奥で、瞳だけは笑っていなかった。

 際允が横目で窺うと、墨然の視線が僅かに泳ぐ。

 どうやら墨然は、元霊の存在を族の年長者に明かすことが、これほど重い「責任」を伴うことまでは考えていなかったようだった。


「でも、際允さんが明日成人するってことは、十八歳の誕生日ですよね?」


 由心が少し心配そうに確認してきた。


「そんな大切な時間をここで過ごしていいの? 家族や友達と一緒に、記念すべき瞬間を楽しんだほうがいいんじゃないですか?」

「……」


 また、そんな質問か。

 やはり世の中の大半の人はそう考えるのだろうか。そう思うのが普通、ということなのだろうか。


 それほど親しくもない人たちに、自分には家族もおらず、一緒に誕生日を祝ってくれるような友人もいないと知られるのは、ただ気を遣わせるだけでしかない。


「……大丈夫だ」


 だから際允は、そう短く一言だけ返した。

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