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第二章8 信頼の在処

「次の質問。あの自分は警察署で働いていた、ということですか?」

「そうだよ」


 今度は墨然すみしかが深く眉を寄せる。


「彼は理由を言っていましたか?」


 未来の自分のことなのに、墨然は「彼」という三人称を使って呼んだ。自分と、理解しがたい「もう一人の自分」と自分自身を同一視することに、墨然の中にはやはり拭いきれない抵抗感があるのだろう。


「いや、聞いていないし、僕も聞かなかった。契約の族の人だと知らなかったから、そんなに不自然なことだとは思わなかったんだ」


 最初は得も言われぬ違和感を抱いたが、それはあくまで直感に過ぎなかったのだ。


「契約の族として派遣されてきた身なんで、今までは、協会の火の国支部に配属されることだけを目標にしてきました。教会で働きたいとか、警察官になりたいなんて夢、一度も持ったことはありませんし……」

 墨然は理解できないといった風に頭を掻いた。


――「元々、刑事や警察官になりたくてこの道を選んだわけじゃない。理想や興味でこの仕事をしているわけでもない」


結局、あの墨然がなぜ警察官になったのか、その理由は分からずじまいだった。


「人生を根底から覆すような、何か重大な転換点が起きない限り、そんなことは——ちょっと待て。まさか、……?」


 何かに気づいたように墨然は言葉を止め、困惑が瞬時に驚愕へと塗り替えられた。


「心当たりがあるのか?」

「……まあ、少し。でも、あちらの世界の状況は分かりませんから、完全な思い違いかもしれません。この話はここまでにしましょう」


 少しの沈黙の後、墨然は淡々とした表情を取り戻した。

 墨然が今気づいたことを話すつもりがないのを察し、際允あいゆるも素直に頷いくしかなかった。


「それで……。将来の僕は、この近くの警察署に勤めていながらも、ここを出て一人で暮らしていたんですね?」

「そう」


 考え込むように紅茶を数口啜ると、墨然はただ一度だけ頷き、それ以上その話題に触れることはなかった。


 墨然すみしかへの質問が一区切りついたのを見計らい、際允が問いかけのバトンを引き継ぐ。


「さっき、同居人の中に二人の元霊げんれいと一人の契約の族がいるって言って……そんなこと、僕に話しちゃっていいのか?」

「先輩は元霊ですから、構いませんよ」

「でも、墨然くんは僕の言葉だけで『時の元霊』だと判断したんだよね? それとも、僕の正体を証明する何らかの方法があるのか?」

「確認する方法ならありますよ。契約の族には『契約のけいやくのめ』と呼ばれる能力があって、それを使えば肉眼でその人にどのような契約があるか観測できるんです。それに元霊、契約の族、そして一般人の三種類を識別することもできます」


 そう説明した墨然は、少し気まずそうに指先で頬を掻いた。


「ですが、契約の一族の能力も、成人したその日に目覚めるもので。ですから今は一般人と大差ない。それに、この能力が有効なのは相手が成人の場合だけです。族の大人に能力を使ってもらったとしても、今の先輩が元霊だと百パーセント断定することはできないでしょうね」


 だから、日付が変わって際允が成人するまで、ここで待つ必要があるのだ。そうすれば、同居している族の大人に『契約の眼』を使い、あの輝絡てつなとの契約を確認してもらうことができる。


 ならば、最初の世界で出会った大人墨然も、すでに契約の族としての能力に目覚め、元霊を見分け、他人の契約を視認できる『契約の眼』を持っていたはずだ。

 しかし、転生後の自分は、最期に時間の能力を使って過去に戻る瞬間まで未成年だった。能力の制約上、『契約の眼』をもってしても彼が時の元霊であるとは見抜けない。


 では、あの墨然は、一体どうやって際允が時の元霊だと知ったのだろうか。ただ単に、転生後の彼に前世の記憶があったから、という理由だけなのだろうか。


「今の墨然くんには『契約の眼』という能力がないのに、どうして僕が時の元霊だと信じられるんだ?」

「先輩が嘘をついているようには見えませんから」


 墨然なら、もっと確実な証拠や合理的な推論を経て、「際允の言葉は信頼に値する」という結論を導き出したのだ——際允はそう思っていた。

 まさか、本当の理由はそれだけだった。


「騙されない自信でもあるの?」

「先輩が語った時の能力の性質が、僕の知る知識と合致していたことも理由の一つで。……まあ、結局は感覚によるものだが」


 事もなげに言った墨然を見て、際允は一つの事実に気づいた。

 墨然が自分に寄せる信頼はどうやら、際允本人ですら理解の範疇を超えているものらしい、ということ。


「ところで、先輩はどうして自分にこんな話を? 自分が契約の族だということを知らなかったと、さっき話してたよね?」

「確かに、契約の族だとは知らなかった……」


 自身の信頼の根源を説明することに、際允も言いようのない気恥ずかしさを覚えた。無意識に髪の先を指で弄る。


「あの墨然くんのに対して、こういう話を相談してもいい相手だ、という印象を持っていたんだ」

「そうですか……」


 墨然は、喜んでいいのか分からないと言わんばかりに、妙に複雑な表情を浮かべた。

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