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第二章7 未来の自分、理解不能

「この建物も契約管理協会が提供したものなので、同居している三人も協会の関係者です。そのうちの一人は成人の『契約の族』ですから、日付が変わって契約が成立した際、彼女の能力で直接查閱してもらうよう頼みましょう」


 唐突とも取れる自らの提案について、墨然すみしかはそう説明した。


――なるほど、そんな手もあるのか。


「へぇ……でも、その人が帰ってくるのを待ったとして、協力してくれるのか? 仕事が終わっ後の、貴重なプライベートな時間なんだろう?」


 驚きは少し和らいだが、それでも簡単に首を縦に振れる提案ではない。


「さあ。協力してくれるほうが可能性が高いと思います。我ら契約の族は、幼い頃から元霊たちを保護し、助ける義務があると教え込まれていますから」

「なぜ、そんな義務が?」

「元霊がいるからこそ、三大国の人間は契約を介して力を借りるために、我ら族を頼っている。おかげで今日まで生き続けてきた。だから長老の方々からは、常に元霊へ感謝の心を持てと教育されるんです」

「……」


――なんとも現実的な理由だな。


「君も、そんな理由で僕を助けようとしてくれているのか?」

「えっ?……いや、そんな理由じゃ……」


 なぜか墨然は目に見えて呆気に取られ、たどたどしい口調で答えた。


——じゃあ、どんな理由で?


「とにかく、遠慮は不要です。どうせ協会が提供している家ですから、自分の家だと思ってくつろいでください」


 墨然は、リラックスを促す言葉とは裏腹に、どこか硬い口調で言った。


 元より寮に帰らなければならない強いこだわりがあるわけではない上、墨然の家に泊まることに抵抗もない。

 もし本当に早い段階で犯人の正体を知ることができるのなら、試してみる価値はある。そう際允あいゆるは思った。


「分かった。……お言葉に甘えるよ」


 本当に自分の家のように振る舞うことなどできないが、際允はひとまず承諾した。

 その瞬間、墨然の強張っていた表情が、目に見えて緩んだ。もしかして、断られることにそれほど緊張していたのだろうか。




 際允の滞在が決まると、墨然はメッセージで同居人たちの同意を取り付けた。本人曰く、際允が「元靈」であることを伝えたため、驚くほどスムーズに話がまとまったらしい。


「三人のうちの二人は元靈です。彼らの正体は厳重に秘匿されるべきものなので、普通なら一般人との接触は極力避けなければなりませんから」

「じゃあ、もし僕が元靈じゃなくてただの一般人だったら、『今夜泊まってくれ』なんて誘いはしなかったのか?」


 口にしてから、際允は自分の言葉にどこか「拗ねた」ような響きが混じっていることに気づき、微かな決まり悪さを覚えた。

 そんな彼に、墨然は気にする様子もなく言葉を返す。


「まあそうかもね。とはいえ、もし先輩がただの一般人なら、転生だのタイムリープだのといった事態も起きず、自分に相談に来ることもなかったでしょう? ですから、そんな仮定の話をしても意味がないと思いますけど」


——それもそうか。


「今の言い方だと、同居人は家族ではないのか?」

「法律上の関係で言えば、はい。まあ、小学校の頃に火の国へ移住してきてから、ずっとその人たちと暮らしているので、一般的な意味での『家族』に近いとは思います」


 つまり、ここが墨然にとって真の「家」なのだろう。ここに「家族」と呼べる存在がいるからこそ。

 だとしたら、なぜ第一の世界の墨然は、後にここを出て一人暮らしを始めたのだろうか。


「ここの生活に、何か不満でもあるのか?」

「え? いえ、ないんですけど……。どうして?」


 際允は率直に切り出す。


「第一の世界で、未来の墨然くんに会ったんだ。でも、あの時の君はここを出て別の場所で暮らしていた。勤め先の警察署はこの辺りだったのに、わざわざ一人暮らしをしているのがちょっと不思議というか」

「あ……?」


 墨然は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せる。


「ちょ、ちょっと待ってください。……一瞬で重要な情報を出されすぎて」


——そんなに大げさかな……。


 際允は内心でそう思いながらも、少年が自分の言葉を咀嚼し、理解するのを黙って待っていた。

 やがて、墨然が疑問を口にする。


「先輩は、未来の自分に会ったんですか?」


 それが最初の疑問だった。


「ああ」

「どんな感じだったですか?」

「ええと……基本的には今の君と大差なかったよ。ただ僕に対する態度が、どこか妙だったというか」

「態度が妙?」


 墨然は衝撃のあまり目を見開き、背筋を正して座り直した。その口調には、明らかな動揺と焦りが滲んでいる。


「別の世界の、未来の自分は、一体何をしたんですか?」


 第一の世界で転生後に出会った、常に仮面のような鉄面皮を崩さなかった成人の墨然。

 それに比べれば、目の前の十六歳の墨然は落ち着きがなく、気質もどこか浮ついており、表情も豊かだ。

 際允の不思議な感知能力を頼らずとも、今の彼の心境は手に取るように分かる。


――やはり、まだ子供だな。


 未来の姿を知っているからこそ、そんな幼い彼に触れて、際允はふと「可愛い」とすら思ってしまった。


 それにしても、墨然がこれほどまでに「別の世界の自分」の行いを気にしているのは意外だった。

 際允だけが知っていて、覚えていることなのに、何をそんなに緊張する必要があるのか。

 墨然は、別の自分が際允の心にどんな印象を植え付けたのかを、それほどまでに気にしているのだろうか。


「例えば……転生後の僕を直接『際允』って、高校の時のように『先輩』とは呼ばず呼び捨てにしたり、とかな」

「えっ、え? 先輩を……呼び捨てに……?」


 際允が真っ先に思いついた具体的な例を挙げると、墨然は目を見開いて硬直した。

 まるでそれは、目の前に過去へ戻り未来を変える『時の元霊』が座っているという事実よりも、墨然にとって遥かに衝撃的なことのようだった。

 顔の筋肉はほとんど動いていないというのに、明らかに感情が漏れ出しているその顔を見て、際允はこの二学年下の後輩を観察するのがますます面白くなってきた。


「あの自分は、そんなに先輩と仲が良かったんですか?」


 墨然が困惑混じりに尋ねる。

 その言葉の裏には、「墨然が際允を呼び捨てにするには、それ相応の親密な関係性が不可欠だ」という彼なりの前提があるのだろう。


――だとしたら、第一の世界の墨然は一体どういうことなんだ? あれは「馴れ馴れしい」というレベルを超えていただろうに。


 際允が首を横に振ると、墨然の顔にある戸惑いがより深い色を帯びた。


「とにかく。そんなわけで、僕たちの間に僕の知らない何かがあったんじゃないかと思ったんだ」

「だからさっきの、ナンパみたいな台詞があったわけですか……」


――あれ、そんなに気になるようなことだったのか?

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