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第二章10 前世の因縁

際允あいゆるさんはどうしてそんなに急いでその契約の内容を知りたいんですか?」

「ただ……少し、緊張していて。もうすぐ契約能力を持つ成人という立場に変わるんで」


 際允は転生やタイムリープなどを二人に明かすつもりはない。どうせ彼女たちにとっては夢にも思っていない話だろう。


「でも、自分の契約なのに、その内容を知らないってこともあるんだ……?」


 由心ゆしが分かったような分からないような顔で納得したら、もう一つの疑問が思い浮かんだようだった。


「僕もその原因を知りたいですよ。どうして全く心当たりのない契約があるのかって」


 すると、




「身に覚えがないのなら、それは間違いなく、際允くんの『前世』で結ばれた契約だね」




 妲依娜ダイナが真剣な表情で破天荒な話を投げ下ろす。


「……え?」

「前世?」


 由心だけでなく、契約の族である墨然すみしかまでもが呆気に取られた。


「契約っていうのは魂に付随して転生し、来世に引き継ぐことができるのよ。協会の特別な許可が必要だけどね。際允くんのその未知の契約も、おそらくそのケースですね」


――もしそうなら……輝絡てつなとの契約は、僕の前世が結んだものだというのか?


 『際允の前世』と、『輝絡本人』との契約。だからこそ輝絡は、あんなにそれの経緯に詳しそうに見えたのだろう。

 そして今世の際允が成人し、契約が成立したことで、輝絡はようやくその契約を通じて相手が誰に転生したかを知っることができた。


 そうやって彼を見つけ出し、そして殺した。


 殺害が成人当日だったのも、輝絡が契約相手の転生先を特定できる瞬間を、ずっと待ち構えていたかのだろうか。


……僕の前世は、一体あいつとどんな因縁があったんだ?


 それに、これで新たな問題も生じる。

 輝絡の本当の年齢。



 あの男はどう見ても二十歳そこそこにしか見えなかった。どうすれば際允の前世と契約を結ぶことができたのだろう。二つの人生の間隔を極限まで縮めたとしても計算が合わない。


――まさかあいつ、実は超絶な童顔なのか? そんな馬鹿な?


「先輩の前世……。転生に付きまとう、契約……」


 墨然が何やら茫然と自問自答している。どうやら消化しきれていない様子だ。


「そんな契約があるなんて、初めて聞いた……」

「んー、まあ、契約の一族としては、本来そんな契約を世間に開放するつもりはないからね」


 呆然としている由心に、妲依娜は頭を掻きながら説明を続けた。


「一般人に使わせたら混乱を招くし、協会の負担も大きすぎる。かといって『ある』と知られてるのに『使わせない』なんて言ったら反発がすごいから、一般人には隠したいのよ」


 やはり際允の前世も同じ「時の元霊」だったからこそ、契約管理協会はそんな特例――「魂を伴う契約」を認めたのだろう。

 一体誰が、この契約を来世に引き継ぐよう提案したのか。その内容は何か。来世にまで持ち越す必要性とは何だったのか。


 そこで、墨然が眉を寄せて問いを投げる。


「その契約は、絶対に先輩の前世で結んだものなのか? 他の可能性は?」

「今世で結んで忘れたんじゃないなら、前世の契約という可能性以外にないわね」


 妲依娜は肩をすくめた。


 つまり、際允には今世で輝絡と契約を結んだ記憶はない。ならば、その契約はきっと前世で結んだもので、魂と共に今世に転移してきた。それ以外に可能性がない。

 内容も相手も不明で、危うく忘れかけていた残り一つの契約も、おそらく同様だろう。


……僕の前世は、随分と面倒な火種を遺してくれたものだな。




 その後の時間は、際允にできるのはただ、ここで明日の訪れを待つだけだった。

 他の三人も、最後の同居人である元霊の帰りを待つつもりらしい。彼らはそのまま食卓を囲み、とりとめのない世間話で時間を潰していた。

 といっても、主に喋っているのは社交的な女性二人だ。墨然が時折毒づいたり軽口を叩いたりして割って入り、際允はほとんど口を開かず、ただ黙って彼らを眺め、耳を傾けていた。


 どうしても、第一の世界の大人墨然は、目の前の少年よりもずっと冷淡だったように思える。


 学校や家での態度の違いだけではない。

 今の墨然も確かに学校では冷淡で、自分から他人に話しかけることもなく、交流に興味もなさそうだ。何に対しても無関心で無感動。その特質はあの彼にも共通していた。


 だが、第一の世界の墨然には、今よりもさらに「死の静寂」が色濃く漂っていた。


 今の墨然が、他人を思いやる心を持ちながらも、それを学校の人々には向けないだけで、際允や同居人たちには気遣っている。

 けれど第一の世界の墨然は、その思いやる心そのものが死に絶えていたかのような。

 それなのに、あの彼は際允・ランニオンの事件に対してだけは、異常なまでの執着を見せていた。


――やはり、最初の世界で僕が死んだ後、なんかあったに違いない。


 もし、自分が死の運命を変えることができれば、墨然の未来も大きく変わるのではないか。


 もしそうなれば、あの墨然を包んでいた謎の霧は、永遠に晴れることがないのかもしれない。

 際允に好奇心がないと言えば嘘になる。だが、今の彼にとって止湮としずの死を阻止すること以上に重要なことはない。

 止湮の死を止めるために、明日の自分の死を回避しなければならない。その目的が果たせるのなら、墨然にまつわる答え合わせができなくなったとしても、それで構わないと思っていた。


 それに――。


 三人のやり取りを見ながら、際允はふと思った。

 もし死の運命を変えることで、墨然がなぜかこの家を出て、「家族」との同居をやめてしまう未来も塗替えられるのだとしたら、それは決して悪いことではないはずだ。

 たとえ永遠に答えがわからぬままだとしても、結果が良ければ、それでいい。


 □□


 午後十一時半。ついに帰宅した、最後の一人。


「ただいま」


 それは、二十代とおぼしき青年だった。

 短く切り揃えられた金髪に、宝石を連想させる碧眼。端正な顔立ちをしており、背が高く、立ち姿はどこか凛としている。


 だが、そんなことはどうでもよかった。

 重要なのは、際允が彼を「知っている」ということだ。




「――輝絡! おかえりなさい!」


 由心が玄関に立つ青年に明るい笑顔を向ける。


「今日は一段と遅かったな」


 墨然が、心配と不満が混ざったような声を出す。


「夜食、ちゃんと買ってきてくれたんでしょうね?」


 青年の持つレジ袋をジロリと睨む妲依娜。




――輝絡だ。


 その親しみ深くもあり、同時にあまりにも忌まわしい顔を見ただけで、四肢の先から凍りつくような寒気が全身を駆け巡る。


 第一の世界では、明日の夜、自分を殺した殺人犯。

 際允の転生、そして止湮の死を間接的に引き起こし、際允にすべての不幸をもたらした張本人。


「墨然が言ってた『元霊』っていうのは……?」


 同居人たちの言葉には応えず、輝絡は独り言を漏らしながら部屋の中を見渡す。そこに入り込んだ『異分子』を特定しようとするかのように。

 その声も、際允の記憶にあるものと寸分違わない。


 すぐに、輝絡の視線が際允に固定された。

 輝絡は一瞬だけ、呆気に取られたような表情を浮かべ、そのまま呆然と際允を凝視する。

 第一の世界、明日の夜。際允の寮の玄関で初めて出会った、あの刹那をなぞるかのように。


 そして――、


「なんだ。お前だったんだ」


 輝絡は、唇を綻ばせた。

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