子供と大人
闇夜の森に小走りの速度で光が進む。
夜でも進めるようにと、馬車の上空に設置された兄の光魔法が道を照らしてくれている。
残りの問題だった食料はすぐに手に入った。町では僕が旅に出ることはかなり噂になっていたらしく、商人が保存食を取っておいてくれたのだ。
町を出て兄に出発時の宣誓を揶揄われながら、一刻足らずの時間でマラドの森に入った。旅の出だしは順調である。
兄が自然とこの場にいる以外は。
「さらっとこの場にいるんだけど、おかしいよねノイマン兄」
「そうだな、お前がまだ御者に挨拶も済ませてないのに馬車に入っているのはちょっと失礼だよな」
流石にそのごまかしは無理があると思うよ。
黒パンを咀嚼しながらくつろいでいる兄をにらむ。
この馬車は僕が子供で小柄だから狭くはないが、男三人で乗るようにはできていない。
「一応これ一人旅の予定だからね。護衛はゲールに着いて用事が終わったら別れるつもりだし」
「んー? ん」
兄がパンを口にくわえたまま僕の体を指さす。
「服装、減点十。平民に見えるように作業服着たのは褒めるが、普通の平民は作りたての服なんて着ない。彼らが来ているのは古着だ。その服だとどこぞの商会の息子と思われて金づるに見える」
いきなりのダメ出しに嫌な気分を抱かせられた。しかし的を射ている言葉だったので考えてしまう。
古着って、人が着た服を着るってことか? そんな馬鹿な。
そのまま兄は次々と指をさし僕の悪いところを指摘してくる。
「その本もダメ。減点三十。本を持ち歩ける子供など上流貴族しかいない。知能をゴブリンレベルまで落としてもありえない。あと臭い。香水で減点二十。香水をつける人間は貴族と豪商だけだ、それと少年がつけてるとなるとこれも上流貴族しかいない」
知らなかった。本も、香水も平民は使わないのか。
「髪の毛もだめだな、減点十。平民は作業のために短く切るか雑に縛るかする。お前の長さだと縛るのにも格好つかないし短く切るのが妥当だろう」
ふむ、髪はいつもフィリが整えてくれていたから気にしていなかった。
「靴もダメ、奇麗すぎて減点二十。だいたいの平民の靴は紐と皮で作ったサンダルか安いなめし皮のブーツだ。どこに厚い靴底の牛皮靴を履いてる平民がいるんだ。それにこれから向かうのは山を挟んだ北の都市、毛皮のブーツあたりがいい。そこにある背嚢もだめ。減点十。みずぼらしく見えるように加工してあるが、外の生地の感じだと中身が透けて見えるはずなのに見えない、これは偽装した高級品だとわかる。盗賊がこぞって狙ってくるな」
名案だと思った背嚢もダメだしされてしまった。もっともな指摘を次々とされて気分が落ち込んでくる。
「まぁそもそも立派な武器をもってるんだ。平民の真似なんかできるわけないぞばぁーか。背伸びしたちびっこ冒険者の真似でもすればまだ様になったかもな。ま、子供の冒険者なんて目立って仕方ないがな。その武器だけは減点しないでやるよ。使用人たちからのプレゼントだ、大切にしろよ。ベッソンは親父からとか言ってたけど、それ使用人達が金を出し合ってバルデル工房に作ってもらった逸品だぞ」
その言葉に息を飲む。なんで言ってくれなかったんだ。礼もいえないなんて
「礼を言おうなんて思うなよニコラス。使用人達がお前に嘘をついてまで渡したのは、お前にお返しをしてほしくないからだ。あいつらはお前に返礼なんてしてほしくないんだよ」
「それは、どういうこと?」
「礼には礼を、義には義を、恩には恩を。我が家の家訓だ。それで生きてきたお前が理解できないのは仕方ない。まぁ言ってもわからないと思うが、あいつらは人としてお前にそれを渡したかったんだよ。これについての質問は無しな。説明だるい」
そういうと兄は残っていたパンを外に放り投げた。
兄が僕を隙のない目で見る。
「はぁ……減点四十。まだまだ食べれる食べ物を粗末にしたのに何も反応がない。平民にとっての食べ物の大切さすら理解していない。どうだベック、こいつが貴族を隠して平民になるらしいぞ」
外を警戒しながらナイフを研いでいたベックに話が振られる。
目線だけこちらに向けたベックは頭を掻きながら鼻で笑った。
「ま、ありえねぇな。一日と経たずに攫われてお終いだな。それに態度もいけねぇ。俺らはそれだけ言われても静かにしてるなんてありえねぇからな。しつけがなりすぎてる、どっからどう見てもカモのボンボンだな」
ベックの目つきが険しい。ガラの悪い雰囲気と相まって今まさにベックに攫われている最中ではないかと思えるくらい真実味がある。
「とりあえず次の宿場町でお着換えだな、その服とかも全部売る。ま、その前に森を抜けたら馬を休ませないとな」
ぐうの音も出ないとはこのことだ。
旅を決めたのが二年前、その後半年を使い父を説得し準備を始めて一年半。その間にいろいろと調べ準備をしてきた。だがそれも兄から見れば子供のお遊び、いや違うな。本当に何も知らないんだ僕は。
今まで学んできたことは生き残ることだけだ。家で生き残ることと、社会で生き残ること。それには平民としての知識なんて一切入っていない。今日のために準備して知識をためたといってもその情報源はメイドと本しかない。たまにメイド達の買い出しについていって町を学びに行ったが、身分が学びを許さなかった。
自分への憤りで爪を噛みそうになる。自然と小さく地団太を踏んでしまう自分の足が憎い。
「あ、その爪噛みと地団太を踏む癖は治さなくてもいいぞ、そのほうが平民っぽいわ、ははは」。
ベックも肩を震わせて笑っている。
絶対に治すことを心に誓う。
ってそうじゃない、いつもの兄の話術に流されるところだった。
「それは今は置いておいて、僕は何でノイマン兄が一緒に馬車に乗ってるのか聞きたいんだよ!」
「ベック、タバコ吸うか? 親父の高級たばこくすねてきたんだが」
「いいねぇ、いっぽんくださいや。こう何もないと手持無沙汰でいけねぇ」
「流すな!」
「うるせぇニコラス、大人の時間を邪魔するな」
「ははっすまねえなニコラス坊ちゃん、こっからは十五歳未満はお引き取り願いますわ」
そう言ってタバコに火をつけだす二人。
「相変わらずユルグは葉巻が苦手なのか?」
「ん? あぁ苦手というか、煙が完全にダメだな。ただ話し合いとかでは煙ふかさないと格好がつかないから、すぐに終わるけどこだわりあるっぽく見える高級紙巻を常備してる」
「なるほどねぇ、あーうめぇやこれ」
「気に入ったなら全部やるぞ、親父に返しても湿気させるだけだからな」
「そりゃありがてぇ。紙巻といやぁ」
僕を置いてどんどんと話が盛り上がっていく。話のネタも酒や煙草や女といった僕にはわからないもののせいでついていくこともできない。
悔しいがどうにもならない。
諦めて煙の来ない前のほうに、膝を抱いておとなしく座る。
すると御者台からしゃがれた子供の声で声を掛けられた。
「ほんとにおりこうさんなんだなお前」
御者台への布がめくられる。
目深にフードを被った僕と同じくらいの背の子供がこちらを見ていた。
「あの演説はいいお涙もらったぜ、今は御者してるが、冒険者のミサトリアってんだ。よろしくな、少年」
御者がフードを外すと、僕と同じか少し年上くらいの少女が笑顔を浮かべていた。




