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今日僕は旅に出る



 ベックが去った後、僕もすぐに部屋を出た。


 外は既に茜の時が過ぎ、夜のとばりがかかり始めている。


 庭を通り足早に本宅へ向かう。自分の支度を終わらせてしまおう。


 門のほうから濃い魔法の気配がするが、たぶん兄だろう。


 本宅に入ると使用人たちがあわただしく動いている。



「御屋形様がノイマン様にやられた! 速やかに情報を封鎖し、証拠の隠蔽を急げ!」


「執務室の壁がなくなっています! 誰かオオガス商会に走って修理を取り付けてください!」


「外にまで資料が散らばっていますので回収にあと二人ほど人員を回してください!」



 執事長が指揮を執って後始末をしている。なるほど、使用人棟に誰もいなかったのはこのためか。兄にだけじゃなく執事長にまで救援を頼んでいたわけか。


 せわしなく動く使用人たちに見つからぬよう静かに二階へ上がる。一瞬執事長が遠くから僕を見た気がしたが、こちらには来ないだろう。


 自室に入り魔石灯に明かりをつける。慣れ親しんだ部屋にお別れをする時間などない。


 旅のために用意してあった背嚢を取り出し、残りの旅道具を入れる。


 衣装棚の奥の隠し扉から宝物箱を取り出す。


 いつかこの家を出ていくために貯めていた宝石類と今回ベックに払うために用意したお金だ。主な入手先は兄から頼まれる実験のお手伝い料。体を張って稼いだお金だ。


 予定通りことが進んでいれば依頼料は父が出してくれるはずだったが、旅は僕から言い出したことなのでちゃんと用意してある。


 ただベックは凄腕の冒険者みたいだから、用意したお金で足りるかどうか不安だ。


 そういえば兄がベックに握らせた金額はいくらなんだろう。


 僕は相場に疎い、知らないといってもいい。メイドに聞いた護衛依頼の相場の五倍の額を用意したので問題はないと思うが、どうだろう。足りなかったら身を切るしかない。ぜひとも足りていてほしい。


 父がいくらでベックを雇おうとしてたのかがわからない。話し合いの際に依頼料を決めておくんだった。


 金品を小汚い麻袋に入れていく。見た目はぼろい袋だが中が二重になっていて、内側の袋の材質はモーク牛の水はけ皮でできており、とても頑丈だ。


 お金で膨らませた袋を背嚢の真ん中あたりに入れる。下だと背嚢が切られすられることがあるらしい、上は言わずもがな。


 箱入り息子とも言ってもいい生活だった僕は外のことをあまり知らない。知っていることも本で読んだ内容だ。だからこの防犯対策が本当に有効なのかはわからない。でもやらないよりはましだろう。


 背嚢だって麻の生地にズラゴンの髭を織り交ぜて、頑丈さを増させてある特注品。


 服も着替える。貴族服じゃだめだと思い取り寄せた平民の作業着だ。


 着替え終わったら最後に本棚を見る。持っていく本は二冊。一冊は「ゲイルの冒険」という本だ。これは物語風に書かれた旅の手引書である。ゲイルという冒険者が田舎村から旅立って冒険者になり出世するまでの苦労を書いた本。軽い地理についても書かれているのでとても役に立つと思う。


 もう一冊は今から決める。記念の意味を込めて旅立つ直前に選ぼうと思っていたのだ。


 魔法書籍はそもそも属性適性が一つしかない僕には持っていても無用の荷物、冒険譚などは先ほどのゲイルの冒険だけでいいだろう。教育学系の本は持っているだけで貴族の子供と宣伝するようで危なそうだ。暇つぶし用に娯楽本か? 暇をつぶすならベックに旅の仕方とかを習う時間を取りたいし、そもそもそのたぐいの本は興味がない。フィリが気を利かせて置いてくれた本だが結局一冊読んだだけだったな。うん、そうなると資料系か。


 背表紙を眺めていく、できるならベックとの話のタネになる感じが理想だ。うまいこと話を弾ませていろいろと教えてもらおう。


 数冊ある資料本の中から「図説・害魔獣一覧」を取った。


 一冊は背嚢に押し込み、もう一冊は入らなかったので手に持つことにする。


 これで僕の準備は整ったはず。馬車に向かおう。


 背嚢を肩にかけ、護身用の鋼の棍棒を腰に下げ、本を撫でたら部屋を出る。


 吹き抜けの階段から下をうかがうと、せわしなく動いていた使用人たちが誰一人いなくなっていた。


 階段を降り執務室のほうを見るが人影がない。何かあったのだろうか。


 気になって執務室に向かう。


 扉がなくなった入り口の先は、壁がなくなった吹きさらしの執務室。派手にやったものだ。


 窓があった壁がすっかりとなくなっている。周りを見ると瓦礫や家具、書類等が分別されてまとめられている。絨毯もはがされているので歩くと気持ちのいい木の音が鳴る。


 これを急いで直すとしたらかなりの大仕事だろうな。それに執事長は今回の件を隠ぺいするとか言ってたし。あ、それで情報封鎖に町を駆け回っているのかもしれない。確かにそれなら使用人全員で街に繰り出す事態だろう。


 納得したので執務室を出て玄関口に向かう。この屋敷とも離れることになるので見るものすべてが感慨深い。ゆっくりと思い出を振り返りながら歩いたが、いい思い出がそんなになかったのですぐに速足になった。


 扉を開け外に出て、馬車に乗れば……そこから新しい僕の人生が始まる。



「ニコラス様」



 玄関を開けたら執事長が立っていた。まずい、ゆっくりしすぎたか。父の確認が取れないと旅はさせませんとか言われたらどうにもならないぞ。


 半歩引いて身構えてしまう。


 執事長がゆっくりと右手を上にあげる。まさか執事が僕に手をあげるのか? 反射で荷物から手を放し棍棒に手を添えいつでも戦える状態にする。


 執事長が左手を胸に当てた直後、低く凛とした声が屋敷に響き渡った。



「ニコラス様の旅に、神の御加護があらんことを!」


『神の御加護があらんことを!』



 大勢の人の輪唱が響き渡った。



「ニコラス様に、幸福と導きがあらんことを!」


『平穏と、健やかなる幸せが訪れんことを』



 執事長の後ろを見ると、馬車までの道を挟んで使用人たちの列ができている。



「闇を切り開く我等の道は、魔の、人の、世界の夢!」


『我等は迷わず、我等はくじけず!』


「世を切り裂く剣となる! その剣の名は!」


『ニコラス! ヴァンデリン! ドラグスレイヤー!』



 乱れない統率された使用人たちの旅立ちへの激励で屋敷が震える。


 執事長が僕の正面からよけると、そこには鼻水顔のフィリが布にまかれた僕の身長ほどありそうな、棒状の何かを献上品のように持ち立っていた。


 フィリは三歩、僕に近づき片膝をついてその何かを捧げてくる。



「にごらずざばに、ごうぶぐのあだんごどを」



 涙声で祝福を祈ってくれた。


 僕は捧げられたものを取る。


 硬い触感のそれの布をゆっくりとはずすと、黒く光った柄の長いウォーハンマーだった。


 重い。が、ちょうどいい。



「こちらはニコラス様の旅のお供にと、御屋形様がご用意していた魔黒鉄のウォーハンマーです。本来ならば剣がいいのですが、ニコラス様はこちらのほうが喜ぶとのことでしたので。この槌の名は孤独のオルガンと言います」



 ありがたい。僕は剣が下手だからな。


 目くばせをして二人を下がらせる。


 軽くウォーハンマーを振る。頭から柄の先まですべて同じ鉱石でできている。ただ重い、ただ硬い、しかし振ると柔らかなしなりも感じる。頭の部分は木打とピックのオーソドックスなタイプで使い勝手がよさそうだ。


 軽く演武をするように振り回し、静かに動きを止める。


 後ろから近付いてきた執事長が持ち運ぶための固定具を差し出してきた。


 固定具を受け取りウォーハンマーを背負う。


 そして、僕は檄を飛ばすように言い放つ。


 礼には礼を、義には義を。



「ニコラス・ヴァンデリン・ドラグスレイヤーの名のもとに、君たちに礼を述べる! 十年間、世話になった! 生まれながらに優れていた兄や姉に比べ、私はさぞ不出来だったであろう! 魔の才はなく、剣の才なく、知の才も芸の才もない私だ! 苦労を掛けたと思う! だが私はドラグスレイヤーとして生きてきた! 幾多の困難を乗り越え、ドラグスレイヤーとして生きてきた! 無才だった私が、ドラグスレイヤーとして生きてこれたのだ!」



 おかしい、目頭が熱くなる。ただの返礼のつもりだったはずだ。



「それはなぜだ! 私に隠れた才能があったか、それともたぐいまれなる豪運を持って生まれたか、断じて否だ! 私は知っている! 私を支えてきたのは、生かしてきたのは、お前たちだ!」



 言葉が、止まらない。



「お前たちがいたからこそ私はここに生きている! 家令兼執事長ベッソン、私と父をいつもとりなし、家での動きを楽にしてくれたことを知っている! メイド長マラザンナ、私の最適になるようメイドたちを指示し続けてくれたことを知っている! 料理長ホルセン、ケガばかりだった私に強くなれるよう料理で尽力してくれたことを知っている! 庭師イレセンタ、私の稽古で荒れ果てる庭を毎日夜通しで直してくれていたことを知っている!」



 一人一人の思い出を叫び始めてしまう。何をやっているんだろう、止まらないのだ。


 古参から先月入った新人まで、すべての名前と思い出を叫びあげていく。


 そして僕が関わった総勢四十人の名前を叫びあげてしまった。



「最後にフィリ、ルーサ、カリファ! 前へ」



 使用人の列に戻っていたフィリと列の奥にいた二人に、僕の前に来るように告げる。


 フィリが前に来て片膝をつき首を垂れる。それに合わせて二人が倣う。



「お前たちに……礼はいらないな」



 この三人には礼など必要ない。



「だって、僕の家族だろ、お前たちは」



 片膝をついたフィリを上からゆっくりと抱きしめる。


 耳元に嗚咽が聞こえる。


 フィリには何度命を助けられただろう、無茶もさせたし、我儘もたくさん言った。だけどフィリは逃げずにずっとついてきてくれた。僕をかばって大けがしたこともあったっけ。


 ルーサはいろんなことの後始末を押し付けてしまったな。特に僕と姉の関係だ、気が気じゃなかったろう。手を付けられない姉を叱る努力をしていたのはずっと見ていた。姉が学園に行ってからはフィリと二人で僕の世話をしてくれた。


 カリファはまぁ僕のことをひどい扱いしてくれたな。なにかとつけて揶揄うしいたずらするし。でもカリファほど子供としての僕を見てくれていた人はいないんじゃないかな。バカな言い合いをできる相手というのは本当に素晴らしいものだった。


 抱いた手を放し三人に告げる。



「顔をあげよ、お前たちには個人的な頼みごとをしておく」



 僕はニヒルな笑顔を作った。



「それぞれ好きに、幸せになれ。ではな」



 立たせもせず返事も待たず三人の横を通り過ぎる。



「ベッソン、私の荷物を積んでくれ」


「はっ、すでに、ニコラス様」



 馬車の前ではベックと兄が待っていた。僕が近づくとすぐに後ろから馬車に入っていく。


 それに続けて僕も馬車に入る。


 貴族用の馬車と違って扉はなく布がかかっているのみなので格好つかないが、それでいい。


 軽い尻から突き上げる衝撃と共に馬車は進みだす。



 今日僕は旅に出る。



旅が始まります。

ここで三馬鹿メイドとはしばらくの間お別れすることとなります。

お読みいただきありがとうございます、よろしければ次章もお付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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