動き出す物語
「それでだ、壊れた人形はどうなると思う?」
「そりゃ捨てられるか縫い直されるだろ、新しい人形をもらうこともあるか」
演説から会話に変わっている。もう完全に兄のペースだ。
頭の良さと無駄に多い魔力と技術。それらをふんだんに使って場を作る、僕には絶対にできない。話しながら無詠唱で高等魔法を使うとか母でもできなかっただろう、しかもそれが場作りのためだけにつかわれるとなると、どんな魔術師も泣くかもしれない。
「それで思い出してほしい、我が家の母のことを。親父のパーティーだったということは母さんのパーティーでもあったんだろ? 母さんの回復魔法はどうだった。逸話では腹に風穴ができても治したと聞いた。実際どうなんだい?」
「あぁ、その逸話はほんとだよ。その現場には俺もいた」
「ははっそうか。まぁ不思議じゃないけどね。最初にニコラスの腕がちぎれた時にくっつけたのも母さんだったし。あの時はほんと焦ったよ。まさかもう魔導骨格に着手しないといけないのかと思ってね」
ベックが小さく「まじかよ」と呟いた。ちなみに僕はそのことは覚えていない。後半の危なげな単語は記憶から消す。
「ということで我が家は人形を治す家だったわけだ。では次だ。壊れた人形は治せると学習した子供はどうするだろうな。安心して同じように遊ぶか、それとも壊れないように大事にしまっておくか。もっと楽しく遊ぶか」
「もういい。わかった。これ以上はそこで茶をしばいてるそいつが不憫でならねえ。ってかいつの間に一人で茶ぁ飲んでるんだよ。お前の話だろう」
あまりにも話が長いので一人優雅に紅茶をすすり始めたのだが咎められてしまった。一人分しか用意していないのはちょっとした意趣返しだ。
ベックはかわいそうなものを見るようにこっちを見るが、僕にとってはすでに過去のことだ。そして未来のことにしないためにここ二年で準備してきたんだ。
いまさら不憫がられても何も思わない。
「あーったくっ、糞が」
ベックがティーポットを鷲掴み高く持ち上げのどに中身を流し込む。
飲み終わって口を拭ったベックは勢いよくポットをテーブルに置いた。
叩きつけたはずなのに罅すら入らないティーポットに感心した。いや、ベックの器用さ故だってのはわかってる。
「胸糞悪い家の話はもういい。依頼の話だ。俺が聞いていたのはユルグの息子をここから中立都市ゲールまで送り届け、冒険者ギルドに登録するまで見守ること。期間は芽吹きの月の終わりからギルド登録を終えるまで。来週から旅に出てそいつが冒険者になるまでだ。俺はそのためにこの都市に来て準備をした、まだやる準備もある。それをいざ今日すぐに出発するってのは無理があるぞ」
長い話を待ったかいがある。ようやく執務室での話の続きができそうだ。
兄の手腕にはいつも辟易する。頼もしすぎて憎たらしい。
ベックは雰囲気にのまれてしまったせいで気が付いていないが、兄は結局僕の勘の根拠など示していない。口と雰囲気でうやむやにし、そのまま交渉までもっていった。兄のことだからそこを掘り返されても言いくるめると思うが。
「そこをなんとかならないかベック、こっちはかわいい弟の死活問題なんだ、頼むよ」
おもむろにベックの手を握る兄。きっと握った手の中には金が入っている。
「出す動作が見えなかったぞ次期領主様。わかった。ただそれなりにそっちも負担を持ってもらうぞ」
思わずテーブルの下でガッツポーズをしてしまった。
痛みをこらえた価値があった、さすがノイマン兄ぃ。
「あぁそれはもちろんだ、こちらは何を負担したらいい?」
「旅の準備のほぼすべてだな。来週出る予定だったからこれから町で物資を手に入れるつもりだった。この町に伝手がねえ俺は今日中になんて集められねえ。それに馬車もだ。貴族息子を運ぶ馬車は今から借りに行っても三日はかかる。ただ御者と馬に関しては用意できてる、御者は俺の相棒だし俺らが乗ってきた馬は馬車用にも調教してあるからな」
「それはありがたい!」
ベックからの朗報に身を乗り出して叫んでしまった。
「お、おう、突然どうした」
ベックが引き気味に僕を見るが、これで整ったのだ。
「実は既に今用意させています、食料以外の物資は買いそろえてありますし、馬車も古い梁馬車ですがもう外に出してあるはずです。足りないのは馬と御者でした。馬に関しては最悪は父の馬を連れていく予定でしたが、御者を用意するのが今日中にはどうしようもなかったんです! ありがとうベック、これで旅に出れる!」
今から旅に出れる。憎たらしかったベックの頭が、実は光の精霊が宿っているんじゃないか、だから神々しく光っているんだと思えた。
「さすがだなニコラス。一人でも行くつもりだったか。御者を忘れるところは相変わらずだがな。カリファ、いるんだろ」
兄は手を叩きメイドを呼ぶ。
「はいノイマン様、こちらに」
いつ戻っていたのだろうか、外の扉ではなく廊下からカリファが現れた。
「カリファ。今の馬車の状況は?」
「そうですね、馬車は末に門の前に。それとこうなると思ってベック様のお馬さんもつないであります。ただ荷物のほうがですね、ルーサがばかみたいに用意するのとフィリが何も考えず積み込むので、借金商店が夜逃げする並みに潤沢な物資を積んでますね。馬車が古いだけにリアリティーがあってもう面白くってぷくくくくくく」
「とめてよカリファ」
睨んでみるがどこ吹く風。
「いやぁそんなこといわれてもぉニコラス様、坊ちゃまの心配をして何があってもいいように心を込めて準備するメイド、離れたくないのに命令だからと心に鞭を打って作業に打ち込む忠犬。そんな悲劇真っ最中の二人の邪魔をするなんて私じゃとてもとても」
「いや絶対お前笑ってみてたろそれ。」
「あるぇえ? ばれました? てへっ」
かわいらしく舌を出しておどけるカリファ。腹が立つ。
「よし、そしたら俺が荷物のチェックしてやろう。ついでに馬車の点検と改造もしてやろう、喜べニコラス」
「あ、うん頼むよノイマン兄」
改造という不穏な単語が聞こえたが突っ込んだら藪蛇だろう。
兄が席を立ちカリファを連れて部屋を出ていく。
「あ、そうでしたそうでした」
兄と一緒に部屋を出ようとしたカリファが戻って来た。
何を思ったか
「ていっ」
手でベックの頭をぺちぺちと叩き始めた。
「これ見た時からやってみたかったんですよぉーキャーほんとにぺちって鳴るぅー! あ、でもキタナーイ手が汚れちゃった」
そういうと布で手を拭いながら部屋を出て行った。
ここでベックの機嫌を損ねられたらまずいんだが、なにしてくれてるんだあの女。
ベックをうかがうと、肩を落としうなだれていた。
「ほんとになんなんだよこの家は……」
すまないなベック、僕もそう思う。
うなだれたままベックは立ち上がり、落胆した声で「御者を迎えに行ってくる」と言い残し外へと消えていった。




