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煙に巻く



 なぜこんな大事なことを失念していた。


 そもそも御者は護衛の仲間が務めてくれることになっていたはず。だから馬車で出ることになったのに、その護衛は絶賛乱闘中。


 くっそ、どうして僕はいつも詰めが甘いんだ。


 いらだって小刻みに床をける音がリビングに響く。


 さっきだって父が楽しく談笑してる相手と考えれば相当な腕を持つ護衛だとわかったはずだ。そんな人相手に僕が駆け引きなんてできるわけがないじゃないか。そのあともそうだ、いらだって意趣返しをしようと秘密をばらしてしまった。っくっそ。反省しなきゃ、反省しなきゃ。



「おい、爪を噛むなといつも言ってるだろう。まったく、考え事するときの癖はほんとに治らない野郎だな」



 思考の渦の中から突然拾い上げられる。いつの間にか兄がベックを連れて部屋に入ってきていた。



「反省タイムは終わりかいニコラス」



 なぜこの人はこんなにも不審な笑顔がよく似合うのだろうか。


 その兄に連れられて立っているベックは具合の悪そうな顔をしている。


 自分の親指を見ると爪がいびつに削られている。直したはずの幼少期の癖がまた出てしまったようだ。


 それにしてもいつの間に乱闘が終わったんだ? 外の音もいつの間にか止んでるし、僕はそんなに考え込んでたのか。



「考え込むときは腕を組んで微動だにするな、そのほうが貫禄が出る。いつも言ってるだろ?」



 兄は対面の椅子に音を立てて座る。座った場所の隣の椅子を片手で引き、ベックに座るように促している。


 ベックも渋々といった顔で座る。はげた頭が土埃ですすけている。乱闘は外で行われたのだろう。



「ちょっと反省しててね。なんで僕はいつもうまくできないんだろうって。僕はノイマン兄と違って頭悪いから」



 ねたむような口調でしゃべってしまう。会話で感情を表に出すのはいけないとわかっていても、どうしても口調に出てしまう。



「はっはっは、負けず嫌いの反省厨はこれだから困る。まぁ今回は俺も暴れられて楽しかったからお仕置きはしない。さてさて、ベックから話を聞いたよ、今日出発したいんだって?」



 兄が二度ベックの肩を叩く。ベックはとても居心地が悪そうな顔をしているが、不憫なことに兄に気に入られたようだ。



「父さんはどうしたの?」



 乱闘が終わったならば状況が知りたい。父は冷静になったのか、話せる状態なのか。



「あぁあの親父が珍しく酒飲んでたからな。あんなに酒に弱いとは知らなかったよ。呑み足らなそうだったから蔵の酒樽に突っ込んできた」



 相変わらず頭がおかしい。



「んでだ、アリーナが帰ってくるんだって? それは本当か?」



 テーブルに身を乗り出して聞いてくる兄。


 父の安否も気になるが後回しにする。



「間違いないと思う。ずっと怖気が止まらないんだ」



 ただそれだけ答える。いや、父がキレたときは止まってたか? だがこの兄に余計な情報はいらない。


 兄は少しばかり思案顔をした後、体を椅子に預けた。



「うん、お前がそういうなら帰ってきているんだろうな。それなら確かにすぐに出発する必要がある。なぁベック、悪いが依頼を今日に早めちゃくれないか?」



 頭はおかしいが物分かりがいい兄で助かる。頭はおかしいが。


 するとベックが立ち上がりテーブルに両手をついてしゃべりだす。



「ちょっとまってくれ、このガキの適当な予感を信じるのか? 俺は冒険者だ、受けた依頼はどんなものでもこなしてやるが、依頼内容を変えられるってのは、俺にも文句を言う権利があるはずだ」



 どうしたことだろう、執務室での態度がひそめられて口調はともかく話し合う心ができている。何があったベック。



「ベック、殴りあった感じお前も感覚を大事にする質だろ。それなら疑うこともないだろ」


「感覚を信じるときってえのは何かやばいことを決断する時だ。ただの貴族の道楽旅でガキの感覚を信じるなんてありえねぇな。それに家族が帰ってくるんだろ、旅に出る前に祝いでもしたらいいじゃねぇか」



 僕のことを指さし兄に訴えかけるベック。


 成人していて家督を譲られることが決定している兄と違い、僕はまだ学園にも通えない年だ。確かに信じられるはずもない。



「そうだな、初めて会った人間にニコラスの感覚を信じろっていうのも無理な話だったな。それに家族の門出を祝えというのも納得行く。だがどうだろう、十歳のこいつ、ニコラスがいつもその家族によって命の危険にさらされて生きてきた、違うな、姉のせいで十年間生死をさまよっていたとしたらどうする? そんな奴の感覚をお前は疑うか?」



 いや、しれっと姉だけにしてるけど、兄にも何回も死にそうな目に合わされたよ?



「そんな馬鹿なことあるわけ……まじかよお前ら」



 ベックは僕と兄の目を交互に見る。



「嘘じゃ……ねぇのか。どういうことだ、ぼんぼんの貴族様だろ? それにユルグの娘って言ったら」



 突然僕の左肩に痛みが走り体が椅子ごと後ろへ押された。


 背中に衝撃を感じ壁に衝突したかと思うと高めに飛ばされたのか床に受け身も取れず落ちた。


 何かに抉り取られたような痛み、とてつもなく痛い。


 這いつくばりながら痛みのする左肩を見るとどす黒い血が湧き出している。こぶし大の穴が開いていた。



「立てニコラス」



 まだ息も整っていない僕に対して命令する。


 しつけられた犬のように、痛みをこらえて立ち上がる。


 ベックが困惑した表情で半身を前にし構えている。



「治せ」



 兄の命令に従い魔力を練って左肩に集める。じゅくじゅくとした痛みが押し寄せ左肩の肉がせりあがってくるのを感じる。


 ものの数秒で肩の穴がふさがった。血で汚れて確認しづらいが慣れた感覚なので完治したとすぐにわかる。



「な、バカな、吸血鬼か?」


「違う、こいつの治癒魔法だ、こいつが戦いで使える唯一の魔法だ。そして俺が考えて教えた魔法だ、すごいだろ」



 自慢話がしたくてまたおもちゃにしたのか? 治るといっても相応に痛いのに。


 恨みがましく兄をにらむが僕に何かができるわけではない。



「こいつがこの魔法を覚えたのは五歳の時だ。魔術師ギルドでも使える奴なんていないだろう。でもこいつは使える。なぜだかわかるかベック」



 心の中で兄の真意にハッと気が付く。たぶんいつものアレだ。



「んなのあのユルグの子だ、天才なんだろ。それにわかんねえな、俺はいろいろと貴族の裏事情も見てきた。そこら辺に関しちゃお前らのはるか先をいってるはずだ。そんな俺が断言してやる、この家で生き死にの問題が起こるはずがねえ。それにそんなことユルグが許すはずがねえ!」



 場数に信頼。想像もつかないがベックには信じることが難しいのだろう。だが相手は僕の兄、ここから怒涛の口撃が始まる。



「あぁそうだろう、信じられないかもな。経験に裏付けされた自信は裏切れない、お前みたいな腕のいい冒険者ならとくにね。だがちょっとは知ってるんだろ? アリーナのことを」


「知ってるさ、王都でも俺がいた北国でも有名だ、だからこそありえねえ」


「だからこそありえるんだよ。生まれた時から強大な力をもった子供のすることを。例えばだ、糞貴族どもをお前はよく知ってるんだろ? そいつらの子供はどんな奴だった? 生まれた時に権威を持ってしまった子供はどんな風に権威を使ってた? ただの貴族の子供ならいい、力があるのはその子供の椅子だけだからな。だがアリーナはそいつらと違う。あいつは椅子も力も持っていた。椅子に関しちゃ教育すればどうとでもなる。だが力に関してはどうだろう、無邪気ゆえの過ちを、それをふるう前に誰が止められるというんだ?」



 ベックの険しかった表情が徐々に変わっていく。



「そしてそんな子供の前に現れた、自分より幼い存在。血のつながった身近な物体。まだ自分と他人の違いがわからない子供にはその存在がどう映るか。さながら新品の玩具かな? もしくは愛おしく守りたい雛鳥か? どちらにせよその子供の次の行動はどうだろう、なぁベック、遊び隊盛りの子供が自分の手の届くおもちゃを手に入れてやることはなんだ?」



 兄がテーブルに肘をつけ頬杖を突く。



「元気のある子供が人形をもらって大事にする。大事にしすぎて手垢でべとべとだ。人形が好きすぎてボロボロになるまで連れまわして親に『腕が取れちゃったー!』と泣きつく。あぁもらったすぐ後に振り回して壊すなんてこともあるよな。そもそも人形での遊び方を知らないこともあるな、人形を投げて遊ぶかもしれない」



 兄がおもむろに土の高等魔法で手のひら大の可愛い土人形を作り出す。人形が一人でテーブルの上を歩きだすと、兄の手が人形を持ち上げ歩けなくする。


 兄によって作られたゴーレムは命令遂行のためにひたすら歩き続けようとするが、ただ規則的に両の足が振られるだけ。


 歩くためだけに生み出されたゴーレムは足を止めない、空中で足を振るだけだ。



「……それがユルグの所で? ほんとにそんなことがあったの……か?」



 呆けたように力を緩めたベックが椅子に座り落ちる。その衝撃で土人形の体が折れ、土くれに戻る。



「さぁね? たとえ話だよ」



 語る口調を止め、いつもの人を食ったような話し方に戻る兄。



「ただ今の話で親父の苦労が少しは見えたかな? 竜殺し時代の親父の性格は、俺は生まれてないから知らないけどさ、今も進行形で親父のこと尊敬してるよ俺は。って話がそれたか、すまんな」


「いや、助かる。ユルグがおかしくなっちまったと思ってはらわた煮えくりかえってたからな。少しは理由が見えてきた」



 あー、落ちたなベック。


 僕は椅子を立て直し席に着いた。




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