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妖精ゴブリン




 クアルの手を引いて藪の中に走る。草木をかき分けながら乾いた匂いのする方向へと向かう。

 もし血の匂いのする方向で戦闘が起きているのであれば、遠くから観察して状況を見る予定だったが、明らかに何かから逃げてきている。あの場にいたのでは逃げるのに巻き込まれるのは確実だ。隠れて窺ってもいいが、僕一人ならまだしもクアルが心配だ。逃げるに限る。


 走っていたら体力が無くなったのかクアルが手を放して座り込んでしまった。もう血の匂いは流れてこないし大丈夫だろう。周りの警戒をして一緒に休むことにする。

 木の背丈が低い、僕の二倍程度しかない。枝葉も少ないので日がよく差している。地面にはひざ丈の草が生えているが、湿っている気配はない。情報通りであればこういう場所に双頭蛇がいるはずだ。


「クアルは休んでて、僕は近くで双頭蛇を探すから。何かあったら大声出してね」


 クアルに告げて離れすぎない範囲で双頭蛇を探していく。戦槌で木々を叩いていくと、五本目の木で双頭蛇らしき蛇が飛び出してきた。


 僕は飛び出した双頭の蛇に肩を噛まれ巻き付かれる。すぐに肩にしびれが広がった。双頭蛇に間違いない。


 生命魔法で全身を覆い毒を癒しながら蛇を掴む。網袋を取り出して掴んだ双頭蛇を網袋に入れ入口をしっかり結ぶ。それを背嚢にしまって、捕獲完了。


「簡単だったな……帰るか」

「帰るって、どこに?」


 休んでいたはずのクアルが近づいてきた。双頭蛇の捕獲を見ていたのかな。


「これで依頼終わりだし、ゲールに戻るよ」

「だから、どこに!」


 ゲールに戻るだけだ、何を言って――


「……ここどこだっけ?」




 森で迷った。逃げることを優先しすぎて戻る準備を忘れていた。

 来た足跡をたどって元の湿気のある森までは戻ってこれたが、途中で足跡が途切れた。途切れてはいないのかもしれないが、僕がたどれるような痕跡はもうない。


 途切れた場所を中心に周りを散策してみたら足跡が増え余計にここがどこだかわからなくなった。

 クアルの方も乾地に出るまで必死に走っていたせいで道を記憶できなかったという。どうにもならない。


 歩けば歩くほど森の奥に向かっている気がする。ぶつぶつと文句を言っていたクアルの声も聞こえなくなってきた。どうやら体力の限界らしい。


 木から漏れている日も赤くなってきた。限界だ、探索するのは諦めて野営の準備をしなければいけない。最悪のことを考えて乾地で乾いた木枝を拾っておいてよかった。


 根元にうろがある大きな木を見つけた。


「クアル、帰るのは諦めてここで野営にしよう」

「……死体拾ったり野宿したり……いままでと何も変わらないじゃない……今度は森の中だし危険度増してる」

「まあなってしまったものは仕方ないよ」

「なんでニコラス、楽しそうな顔してるのよ」

「そんなこと、ないよ?」

「……私少し休むね」


 クアルが座り込んでしまったので野営の準備は僕がすべて行う。といっても大きめの樹洞があるので楽なものだ。樹洞の前に乾いた薪木を置いて火の魔道具で焚火を起こす。火が起きたら近くに落ちていたしけった大きめの木切れを火に投げ込む。水を含んだ木は燃やすと煙が出る。木を樹洞に投げ込んで樹洞の中を燻す。煙と一緒に大量の羽虫が飛び出してくる。

 樹洞はかなりしけっているので燃え移ることは無いはずだが、一応クアルに見張っておいてもらう。


 燻している間に、焚火を中心に周りの草を刈り取って見える範囲を広げていく。そうこうしているうちに森に闇が押し寄せてくる。


「ニコラスー煙無くなったよー」

「わかったーもどるよー」


 焚火の光が届く距離ぐらいは視界が開けた、草刈りを止めて焚火まで戻る。樹洞を確認すると煙の臭いが充満している。これなら今夜一杯は虫も獣も寄ってこないだろう。


「今日はこんなもんかな、僕はずっと起きてるからクアルはいつでも休んでくれていいよ」

「やっぱりなんか楽しそうだね。私は暗いし怖いよ……」

「ホントいうとちょっと楽しい。見たことない景色が広がっててさ、それでやったことないことしてさ」

「普通そういう時は怖くなるの。私は寝れる気がしないよ」


 クアルがふてくされたように木の棒で焚火をいじりだす。既視感のある光景だ。

 背嚢に入れた双頭蛇がたまに暴れる。そのたびにクアルが肩をびくつかせる。怖いというのは本当なのだろう。双頭蛇が噛みついても解毒してあげるので安心してほしい。


 パンと干し肉を取り出してクアルに分ける。ついでに疲れの取れるちょっとした水も渡す。これで残り一食分の食料しかない。まぁそんなに大きくない森のはずだし明日には出られるだろうから心配はいらないと思う。




 クアルが樹洞に入って寝始めてからしばらく経った。僕は樹洞の入り口の前で、焚火を絶やさないようにしながら警戒するだけ。なんとも暇だ。

 やることといえば武器を磨いたりするくらいしかない。ベテラン冒険者はこういう時はどうやって暇をつぶしているのだろうか。


 樹洞を見ると横になって静かに寝息をたてるクアルが見える。眠れないといった割には快適そうに寝ている。怖さよりも疲れが勝ったのだ。渡した果実水にお酒が混じっていて寝やすかったなんてことはない。


 クアルに聞かれたときには答えなかったが、僕も夜の森は怖い。怖くなければ一人でも森に入って討伐依頼をこなしていた。

 森は視界が悪く、様々な生物がいる。町と違い先のことを予測できないのは怖い。五歳の時初めて森に連れていかれた時は兄のそばから一歩も離れられなかった。森の音一つ一つにびくびくしていたと思う。


 でも今はそこまでじゃない。見通しが悪い、何が起こるかわからないという不安はあるが、同時に森は安心感もある。

 木の音一つ一つは、発生源が風なのか獣なのかわかりやすいし、視界が悪いというのは僕たちの敵にとっても同じ条件だ。それに森にいるたくさんの生物たちもいろいろと教えてくれる。強い魔物が来たら自然と小動物や虫が消えていく。生物も立派な情報源だ。


 森はいわば魔物や小動物たちの町だ。僕たち人間が町に住むように、彼らはこの森という町で暮らしている。


 そしてそれが僕が迷子になっても落ち着いている理由でもある。たぶんもうそろそろ来るだろう。こんな好条件の休む場所に斥候が来ないはずがない。来てもらわなければ一食分の食料を残した意味がなくなる。


 僕が茂みを見続けていると、茂みが揺れ足音が聞こえてくる。足音の大きさ、数からいって二匹か。


 茂みの揺れが止まる。草の間で四つの丸い目が篝火を映しているのが見える。


 干し肉を茂みの手前へ投げて待つ。しばらく待つと我慢できなくなった彼らが茂みから出てきて、干し肉を拾って食べ始める。


 緑色の醜悪な顔をした子供――ゴブリンだ。


 座ったままパンを一切れ上に掲げて振る。


「飯、やる」


 僕がそういうと、二匹のゴブリンは顔を見合わせて相談を始める。


「メシ、ホジイ」

「ニンゲン、アブナイ」

「ニンゲン、ニク、クレタ、アンゼン」

「僕、安全、こっち、こい」

「ワカッタ、メシ、クレ」

「オレモ、ホシイ」


 二匹のゴブリンが近づいてくる。


「メシ、クレ」

「座れ、食べろ」


 焚火の横にパンと干し肉を投げて落とす。


「アリガロ」

「オマエ、イイニンゲン」


 ゴブリンが焚火の前に座ってパンと干し肉を食べ始める。食べ方は醜悪だがおいしそうに食べている。


 僕も兄から教わるまでは知らなかったが、魔物の代表ともいわれるゴブリンは、実は魔物ではなく妖精の類だ。繁殖力が無駄に高く知能の低い妖精、生物と魔物という分け方で言うと生物側の存在なのだ。

 知能が低いため外敵と判断したらすぐに襲い掛かってくるし、自分より弱者とわかったら食料として判断してくる。また繁殖力の高さから自分より力の弱い女性の体なら考えも無しに襲ったりする、我慢ができないのだとか。

 そのくせ本能的なものか集団行動もするし、老成して知能の高くなったゴブリンは魔法も使ったりする

 たぶんこの二匹のゴブリンは知能が高いほうだ。干し肉を投げてもすぐには飛びつかなかったし。予定通り利用させてもらおう。


「僕、道、迷う」

「グゲッ?」

「森、出る、道、教えろ」

「イマ、ダメ、アブナイ」

「何故?」

「ニンゲン、バケモノ、ヨンダ」

「ヘンナノ、モリ、ハイッタ」


 どうやら今動くのは危ないらしい、といってもクアルが寝てるのでどちらにしろ動けないが。

 その後もゴブリンと会話を試し情報収集をしていく。なんでも森に大きな化け物が入ってきたらしい。しかも人間が森の外から連れてきたと言っている。

 昼間の怒声や血の匂いの原因かもしれない、迷子になったが逃げておいて正解だった。


 しばらくしてゴブリンたちが去った。明け方に戻って来て外に続く道まで案内してくれるらしい。

 これで迷子問題は明日には解決する。残りの問題は――


「どうやってクアルにゴブリンのこと説明するかな……」


 ゴブリンは見つけ次第殺せというのが冒険者の常識らしいし、ゴブリンと交渉ができると知っている人はほとんどいないだろう。実際僕も昼には依頼のため一方的にゴブリンを殺している。


 夜が明けるまで、どうやってクアルに説明するかと悩み続けた。




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