血の気配
間合いまであと四歩というところで気づかれる。同時に僕はすくい上げる様に戦槌を振って倒木を吹き飛ばす。
吹き飛んで細かくなった木切れがゴブリン達を襲って、彼らは手で目を庇う。その隙に足を地面にめり込ませて飛ぶ。
とんだ勢いを利用して右から横に振る。一番手前にいるゴブリンの胸郭を砕き臓腑を後ろにいるゴブリンへとぶつける。一匹目は胸が弾き飛んで五体バラバラになった。
戦槌を両手で横に持ち、勢いのままに苔の上を滑っていく。臓腑を被ったゴブリンの足に戦槌の頭を引っ掛けて振りぬく。僕は体をひねって、振り抜き持ち上げた戦槌を叩き下ろした。
「ニンゲン、ダ! シュウゲキ、ダ!」
二匹目のゴブリンのはらわたを潰したところで体制を立て直す。残りの二匹が手足を振り上げて騒ぎ出す。
「人間だよ、襲撃だよ」
警笛を鳴らすのに必死で構えもしないゴブリンに近づいて戦槌を袈裟に振る。頭の右半分をごっそりと持っていく。残り一匹。
この戦槌で敵を倒すのは初めてだ。感触が心地いい。
改めて魔黒鉄のウォーハンマーの凄さを知った。振動だ。振るたびに振動が僕の腕に直に伝わる。それは腕を鈍らせる反動ではなく、ぬめるようなまとわりつくブレ。
一匹目の胸郭を砕いた時に生々しい感触から硬い胸郭を砕く感触まで全てがまとわりつく振動として僕の腕に伝わった。今何を叩いたか、今何を砕いたかがはっきりと伝わる。
「オラノ、トボダチ、ヨクモ!」
足元の棍棒を拾った四匹目のゴブリンが襲い掛かってくる。その動きは緩慢で、僕は少し遊ぶことにした。
振り上げられた棍棒に戦槌を合わせる。合わさった瞬間に伝わる振動。この木は砕けるとわかる。
振りぬいて棍棒を粉々にする。ゴブリンが尻もちをついて茫然とする。
「シカ、オイシカッタ、ナァ」
天に上げた戦槌を垂直に振りぬく。
頭から腰までを貫いて苔むした地面に戦槌が埋まる。中身をくりぬかれたゴブリンが倒れた。僕が狙った通り、最後のゴブリンは脊椎をあらわにして綺麗に臓腑を取り除かれた。この戦槌だからできた芸当だ。
ちゃんと全部の耳はつぶさないようにした。初めての冒険者の討伐活動としては上出来なのではないか。満足して戦槌の血をふき取り、背中に戻す。
「終わったよ。あれ? なんで苔かぶってるの?」
振り返ると顔に苔と泥を付けたクアルが怒り顔で立っていた。
「ばかぁ! あんたがかけたんでしょうが!」
クアルに頭を殴られた。どうやら最初に僕が飛んだ時に後ろにたくさんの泥が跳ねてクアルを襲ったらしい。後ろの被害とか考えたことなかったな。次は気を付けよう。
「なんでまた死体拾いしなきゃならないの……うえぇぐちゃぐちゃのしかない……」
クアルは体に着いた泥を払った後すぐに、ゴブリンの死体を回収してまとめ始めた。僕も手伝うが、はじけ飛んだゴブリンが多く集めるのに苦労する。
クアルが言うには倒した死体はすぐにまとめて燃やすか土に埋めるかしなければいけないらしい。そうしなければ血の匂いで魔物等が集まってくるらしい。特にワーウルフ等の獣系の魔物が集団で来ることがあるのだとか。運が悪いと大型魔物が来る可能性もあるらしい。
特に今回の場合は僕がゴブリンの臓腑をまき散らしている。風が吹いたら充満した腑物の匂いが森の中を駆け抜けるだろう。それでなくてもゴブリンが食べていた腐りかけの鹿の匂いがきつい。早く処理したほうがいいのだろう。
集め終わってゴブリンの死体にクアルが腰袋から取り出した油袋の中身をかける。
「我は求めるは消えぬ篝火のぬくもり、トーチフレイム」
クアルが火魔法で油に火をつけた後、燃え始めた死体の上に腐った鹿をかぶせる。腐りかけの肉はよく燃えるらしく、燃料を節約できるのだそうだ。
「はい、これでお終い。冒険者なのに死体の処理も知らないのはダメだよ? こんなの村人ならだれでも知ってるはずだけど、もしかしてニコラスって商人じゃなくて貴族とか?」
「んー違うよ、ただの冒険者」
こんなことからでも貴族とばれるのか。
「ふーんまぁいいけど。じゃあ私は人面茸探すから、護衛よろしくね」
「わかった」
クアルは水たまりで手を洗うと、倒木を中心に水気の多い場所を調べ始めた。僕はそのすぐ後ろで周りを警戒するだけだ。
しばらく倒木を探したが見つからなかったらしく、広場周りの木々の根元を調べ始めた。そしてすぐに見つけることができた。
茶色の傘に赤紫の模様で顔のようなものが浮き出る毒々しい茸だ。大きさは親指程度しかない。クアルはそれを根元からつまみとり、背負い籠に入れていく。
七カ所を回って十本の人面茸を取ることができた。人面茸の報酬は一本銀貨二枚で高価だ。しかし希少な茸らしく見つけづらい、また需要も少ないので依頼が出た時にしか取られない。お金になるがお金にならない微妙な茸だ。
「こんなにあるなんて珍しいね。これで採取依頼は終わりかな。あとはニコラスの双頭蛇の捕獲だね、まずは獣道に戻ろ?」
「そうだね、双頭蛇は乾いた藪の中か低い木にいるらしいから、探しながら戻ろう」
切り開いた道を戻って獣道に出る。日も昼前に差し掛かったらしく、遠くで森を歩く音がいくつも聞こえる。ほかの冒険者も森で活動をし始めたのだ。
森の奥へと続く獣道をしばらく行って、道が広くなったところで少し休憩をはさんだ。旅の休憩所と同じく、焚火をしたであろう黒い煤のある地面がいくつかある。
腰袋に括り付けていた袋から黒パンの切れと干し肉を取り出し、二人で分ける。皮水筒の水を口に含みながら食べる。じゃないと硬くて食べていられない。
「お肉の塩気がおいしぃー」
頬に手を当てて喜びながら食べるクアル。燻製の干し肉なので塩気は少ない。いったい彼女は今まで何を食べていたのだろうか。
クアルの気分を害するのもあれなので、僕もおいしそうに食べることにする。おいしそうに食べると確かにおいしい気がしてきた。不思議だ。
咀嚼しながら双頭蛇について考える。捕まえるのは楽だろう。攻撃的ということは会えば襲ってくるはずだ。襲ってきたら襲われてから捕まえれば生け捕りは楽だと思う。問題はどうやって探すかだ。
この森に乾いた地面は少ない。木々がうっそうとしていて日が差しづらいからだ。そうなると木の少ない、または木の背が低い場所を探す必要がある。
「クアル、このまま奥へ進んでいけば乾いた場所、あると思う?」
「私もこの森に来るの初めてだしわかんないよ。でも空気が湿ってる感じ、ここら辺には無いと思う。このまま進んで探すか、いったん外に出て探すしかないよ」
「どっちがいいと思う?」
「ニコラスの依頼でしょ? ニコラスが決めようよ。私にばっか聞いてないでさ、冒険者なんだし」
僕が決めるのか。どっちがいいのだろうか。考えてみるがわからない。
「んー森についてはクアルのほうが詳しいと思う。クアルが決めてよ」
「……女の子に任せっきりで恥ずかしくないのかな。いいけど」
恥ずかしくないし男とか女とかに知識は関係ないと思う。無知で動いて失敗するほうが嫌だ。
クアルが立ち上がってお尻についた汚れを払う。口端を大きく広げて自慢げな顔をして僕に人差し指を向けてきた。
「じゃーお姉さんについてきなさい」
無言でうなずいて森の奥へ歩きだしたクアルを追っていく。
奥に歩きだしてから四半刻ほど、少しばかり景色が変わってきた。空を覆う木々の隙間が多くなってきた。垂直に刺す日が飛ぶ虫の羽を照らしている。湿気た匂いも少なくなってきた。
――殺気がある。
不意に背筋に感じた悪寒に従い、前を行くクアルの腕を取って足を止めさせる。喋ろうとしたクアルの口を押えて僕の後ろに移動させる。
戦槌を構えながらまわりをうかがうが、何も異変は無い。
正面から風が吹いてきた。風の中にわずかな血の匂いが混ざっている。
「血の匂いがする。奥の方だ」
進むべきか引くべきか迷う。
「どうするの? たぶん乾いたところはもうちょっと奥だよ?」
クアルにそう言われて考えるが、もし奥で何かあるなら危険だ。だが戻ってまた乾いた場所を探すとなると日が落ちるかもしれない。
風が吹かなければ血の匂いは無い。ということは、血が漂う場所はまだ遠い。
「もう少し進んでみよう。危なそうならすぐ戻ろう」
そう決めて歩き出す。匂いと音に注意して静かに歩みを進めた。
歩き出してすぐに、怒声を上げながらこちらに走ってくる複数人の音が聞こえてきた。




