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森の匂い




 久しぶりにわくわくしている。


 朝早くからクアルと共に中立都市ゲールの東門へ歩く。僕はいつもの旅装束に戦槌と中身の少ない背嚢を背負って、クアルは丈夫な布の服に大きな籠を背負っている。


 眠そうな衛兵に手であいさつを交わし東門を出る。ここから一刻程北東に歩けばフォレストゴブリンやヒュージラットと言ったモンスターの出る森に着く。今日はそこへ行き日帰りで討伐と採取依頼をこなす予定だ。


 受けてきた依頼は三種類。森にある低級薬草の規定量の採取、人面茸の採取、双頭蛇の捕獲だ。薬草と人面茸はクアルがわかるとのことで森についたらクアルの護衛だけする予定だ。


 双頭蛇の捕獲は面白そうなので受けてみた。森に住む腕一本くらいの長さの双頭蛇を生きたまま捕獲する依頼だ。小型の魔物に分類されていて、攻撃的な性格とのこと。力は強くはないが神経系の猛毒を持っていて危険種魔物に分類されている。僕は魔法で毒が効かないので問題ないはずだ。


 他にもゴブリンなどの常設依頼系の魔物が出てきたらできる限り狩ろうと思う。といってもブロンズ級が頻繁に出入りする森なので、奥に行かないと狩れない可能性が高い。三つの依頼のついでにいたら狩る程度に考えよう。


 家を出てから初めての魔物の討伐になるかもしれない。冒険者になってから初めて冒険者らしいことをする。楽しみだ。


「なーににやにやしてるの? 美人と一緒なのがそんなにうれしい?」


 クアルが歩きながら僕の顔を覗き込んできた。そういわれてみると確かにクアルの顔は整っている。古着だが服を一新したし、血で固まった髪をバッサリと肩口で切って様相が変わったクアルはまさに元気な女の子といったところだ。店の売り子などやらせてみたら繁盛するだろう。


「そうだね、マルダナ商会が裏町に売ろうとした理由もわかる」


 たぶん商人だけじゃなく貴族でもクアルのような子を欲しがるだろうと思う。使用法は考えない。


「……ニコラスは絶対にモテないと思う。絶対っ」


 走り出したクアルを追って僕も走る。


 東門を出てしばらくは石で舗装された道が広がっている。左右には芽吹いた畑が永遠と広がっている。何が芽吹いているかはわからない。畑が切れて半刻程歩くと森への分岐の看板が立っているらしい。


 畑が切れたところで息の上がったクアルに追いついて、二人並んで歩く。なぜかクアルに睨まれている。


「私体力には自信あったんだけどな……なんで汗もかかないの」


「僕は籠を持ってないからね」


「籠より重いもの背負ってるでしょ。あーニコラスくらい体力ないと冒険者になれないのかなー」


「ほかの冒険者のことは知らないからわからないな。あるに越したことは無いと思うけど」


「そういうときは嘘でも大丈夫っていうんだよ」


「そうなの? じゃあ大丈夫」


 ため息をつき呆れた表情をするクアル。なんか間違えたか? クアルと話していると脈絡のないことが多すぎて対応に困る。昨日も寝る前に部屋に現れて延々とよくわからないことを聞かされた。寝不足にはなってないからいいんだけどさ。


「ニコラスはもっと人と話すことを覚えたほうがいいね。今のままじゃトラブルばっかり起こるよ?」


「人と話すことは得意だよ。じゃなきゃ探偵系の依頼受けられないし。本職の人ほどじゃないけど交渉とかも得意だと思う」


 いままで兄やベックと言った凄腕の人たちを相手していたからわからなかったが、僕は交渉事など得意なほうだった。交渉して情報を引き出すなんて慣れたものだ。


「相場も知らないのにぃ? いつか私が安く毛皮買ってあげたの忘れた?」


「あれは別にいくらで買ってもよかったからね。交渉してる時間があったらその分お金払って短縮したほうがよかったし」


「そーじゃないんだけどなー。そういうところだよ、ニコラスの悪いとこ。交渉とかじゃなくてもっとこう、人と話すっていうの? だれかとちゃんと話すことを覚えなきゃ」


 何を言っているかわからない。ちゃんとやっているはずだ。


「何言ってるかわかんないって顔してるー……もぉーしょうがないんだからーあはは」


 クアルが朗らかに笑いだした、どこに笑う要素があったのか。


 それからしばらくクアルのよくわからない話に相槌を打ちながら進んだ。




 分岐の看板が見えてきた。救いが見えてきた。


 もう限界だった。よくわからない話を延々と聞いて、適切なタイミングで相槌を打つ。それがここまで続くと精神的疲弊がとんでもないことになる。しかも疲労感を顔に出そうものなら怒られる。


 今回限りの付き合いであれば、そっけなくしても不都合はないのだが、クアルは僕が初めて手に入れた仕事仲間だ。今回限りにするのはもったいないし、なにより無責任になるのは嫌だ。それに今、機嫌を崩されてそのまま森に入ってしまうと注意散漫になりミスを犯すかもしれない。クアルの機嫌を損ねるよりは僕が疲労してでも万全の状態でいてもらったほうがリスクは少ない。


 だが看板が輝いて見える。僕もかなり疲労してしまったらしい。


「クアル、ここから森へはすぐだ。気を引き締めるよ、おしゃべりは終わりね」


 自分に言い聞かせながらクアルに注意を促す。森は見えているのだ、ここで会話を区切ってしまっても違和感はないはず。


「うん、森に入ったらまずは採取だったよね、任せて。人面茸は日が差さない湿り気の多い場所に生えてるから、そういう場所を探そう。薬草は人面茸を探しながらでも採取できるから大丈夫だと思う。魔物が来たらちゃんと守ってね」


「了解。採取は頼むけど、それに集中して僕から離れすぎないようにね」


 その後も細かいことを確認しながら森に入った。クアルの表情が変わっている。この切り替えの早さは見習いたいな。




 森の入り口から獣道のような道が伸びていた。木々の間に程よく差す日と木の澄んだ匂いが疲れた心を洗ってくれる。水気をはらんだ空気が鼻を通るたびに体が地に根差すような、森との一体感を感じ落ち着く。森には兄姉とよく行ったが、こんな落ち着いた気持ちで森に入るのは初めてだ。


 クアルは道脇の草を籠に入れながら歩いている。ハルブ村という薬草の産地らしいところ出身だからだろうか、手際がとてもいい。僕がゆっくり歩けば止まって待つ必要が無い。こんな感じに手際よく死体拾いをしていたのだろうかと考えていたら睨まれた。読心術を持っているのだろうか。


 それから少し歩くと、クアルが「こっち」と言って道をそれた。なるべく手の届く距離でついていく。


 クアルが腰につけた鉈で道を開きながら進んでいく。進むたびに水気の匂いが濃くなっている気がする。澄んだ空気にもなにか粉が混ざったような独特の重みがある。


 踏む土の感覚が変わった。湿り気が強い。飛ぶ羽虫も増えてきた。音がして上を見上げるとネズミのような小動物が木々を飛んで移動している。前を見ると相変わらず迷いなくクアルは進んでいる。


 先ほどクアルに僕が先行しようかと聞いたら断られた。なんでも森の探索は狙われていない限り二番目に歩くほうが危ないらしい。もし危険な生物に会った時、最初に目にする一番目は逃げられるが二番目は反応しづらい。また誤って蛇などを鉈でたたいた際に反撃されるのは二番目の人なのだそうだ。森に関してはクアルの知識のほうが多いと知った。


 日が差さない開けた場所にたどり着いた。広場程度の広さだが、上空が枝で覆われていて空が見えない。腐った倒木が何本も倒れている。広場の中心には大きい水たまりがある。地面はどこを見ても苔だらけだ。


 クアルが僕の頭を押さえしゃがんだ。理由は僕も見えている、正面の奥にゴブリンが四匹いるのだ。鹿か何かの死骸を一心不乱に食べている。


「ニコラス、この辺りに人面茸があると思う。邪魔なの四匹いるけど、倒せる?」


 小声で訊ねてきたので首を縦に振って答える。


「そのくらいだったら問題ない。クアルを守りながらでも全然いける」


「そう、わかった。私はどうしたらいい? 一応鉈があるから戦えるけど」


「すぐに片付けるからついてくるだけでいいよ。ないと思うけど、もしゴブリンがクアルに向かったら危ないから、自衛の用意はしておいて。じゃあ僕が走ったら後ろについてきてね」


 背中から戦槌を下ろして両手で握る。まだゴブリンたちはこちらに気づいていない。音に耳を澄ませて他に魔物がいないことを確認する。


 僕は足元に気を付けながら静かに走り出した。





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