気まずい肉料理
飲み物を二つ頼んで席に着く。ここは先払いのようだったので二人分の料金を給仕らしき男に渡した。
「ふふーん、私のほうが三つも年上だからクアルお姉さんと呼びなさい」
そこはかとなく嫌だ。自慢げな顔だが血糊がついたままなので狂気を感じる。
「とりあえずこれで顔拭ってよ、クアルさん」
布を一枚渡すとクアルは「ありがと」と言って布で顔を拭き始めた。
マーロックが言っていた人物とはワーウルフの毛皮を買うときに会ったクアルという女の子だった。服装はあの時は普通の平民服だったが、今はかろうじて作業着とわかる薄汚れたぼろきれだ。いったい二十日ばかりで何があったのだろうか。
「こんな布をすぐに渡せるなんて、やっぱりニコラスはお金持ちだね」
満面の笑みで布を返してくるクアル。だが前と違い嫌悪感はわかない。たぶん目つきが変わっているからだろう。
「これでも冒険者だからね、多少は貯えがあるよ。それでマーロックから紹介を受けたんだけど、相手は君でいいんだよね?」
「むしろこっちが聞きたいよ! ギルド職員さんが冒険者を一人紹介してくれるって言うから期待したのに、子供だったなんてガッカリ」
間違いは無いようだ。飲み物が来たので片方をクアルに渡す。果実水を頼んだが、これはたぶん薄い葡萄酒だと思う。口を付けずにおいておく。クアルはすぐにとびついて飲み干していた。
「ぷはぁっ、井戸水以外の飲み物久しぶりだよ、ありがとねニコラス」
笑顔が眩しい。そういえば厭らしい笑みばかり見ていたから、こういう子供らしい笑い顔を見るのは久しぶりかもしれない。飲んでいるのは酒だが。
「前はそんなにお金に困っている感じは見えなかったけど、何かあったの?」
そう聞くとクアルは頬を赤らめ照れたように後ろ髪を掻いた。
「あははは、ちょーっと失敗しちゃってね。最近稼げてないんだ」
「ちょっと失敗しただけでそんな格好になるのか」
「ニコラスは子供のくせにずけずけ言うね、モテないよ?」
「それでマーロックに何を頼んで僕が派遣されたのか教えてくれる?」
無駄な会話には付き合いたくない。なぜか周りの目線が集まってきているので早くこの場所から離れたいのだ。
「まあまあ、そんな急がないでさ、少しは私の話も聞いてくれてもいいんじゃない?」
「いや、なんか僕たち注目され始めてるから、ここから離れたいんだけど」
そういうとクアルが周りを確認しだす。一回り見たところで苦笑しながら「いこっか」と言って席を立った。僕も後に続く。
西地区の酒場に向かう途中、店をたたんでいる露店で安物の外套を買いクアルに渡す。
「なんか、ごめんね?」
「流石にその恰好じゃどこの酒場にも入れないからね……後でマーロックに請求するから大丈夫」
本当は水浴びとかもしてもらいたい。
「冒険者ギルドってそこまでしてくれるんだ、すごいね。私も早く冒険者になれればなー」
「いや、クアルに会ったのはマーロックに頼まれたからだし冒険者は関係ないよ。よって全ての経費はマーロックの懐から出る、遠慮しないでいいよ」
どう考えても厄介ごとの匂いしかしないのだ。たぶん相手が一度世話になったクアルじゃなかったらすぐに逃げているだろう。
「そっか、じゃあおいしいもの食べていい? いいよね? お肉食べたいんだお肉! わーうれしーなー」
クアルがスキップしだした。屈託のない笑顔で鼻歌を歌いだした。目に邪気もないし、本当に肉を食べていないのだろう。
小躍りするクアルをたしなめて肉の匂いがする適当な酒場に入った。
テーブル席に座るのは久しぶりかもしれない。目立たないように隅の席に座った。
給仕に肉料理を二品頼み果実水も頼んでおく。クアルを見る限り食べてからでないと話は聞けないだろう。
「おっにくーおっにくー、うぅ……まだかな」
クアルがお腹を押さえてかがんだ。腹の虫が聞こえたので押さえたのだろう。まぁ酒場中に油の焼ける匂いが漂っているから仕方ない。恥ずかしそうに顔を赤らめている。腹の音で恥ずかしがるのであれば格好をまず恥ずかしがってほしかった。
繁盛する時間帯だからか、料理はすぐに来た。来てすぐにがっつくのかと思ったが、律義にこちらを目で伺って食べていいか尋ねてくる。
顔と行動と服装と、ちぐはぐすぎて感情が読みづらい。「いいよ」というとすぐにがっつき始めた。君は犬か。
一切れ目を口に放り込んで一気に飲み込んだのか、むせていた。そのあとはちょっとずつ味わうように噛んでいる。
僕も食べ始める。けっこう露骨にクアルを観察しているのだが、クアルが気にした様子はない。食べること以外頭にないようだ。
肉を口に含んで味わってみる。油は染み出てくるが少し筋張っていて硬い。クアルのようにおいしそうに食べることはできそうにないな。
互いに食べ終わり一息ついたので話を進めさせてもらう。と思ったらクアルからしゃべりだした。
「私ね、ここから東に三日行ったところにあるハルブ村から出稼ぎに来てるの。村の何人かで毎年ここに来て、お世話になってる商人さんに仕事紹介してもらってたんだ」
「出稼ぎの子供に仕事を紹介する商人なんているのか。前会ったのはその仕事をしてたの?」
「うん、春終わりに店がいっぱい開くからって人を集めてて、それに入らせてもらったんだ。そしたらすごいんだよ! お金の計算とか相場の勉強とかしてるだけでお金がもらえたの! その代わり絶対にお店に就職しなきゃいけなかったんだけど、村にお金を送るくらいならできるしこれで安心して暮らせるって思ったの」
「勉強してお金を貰える、それに仕事ももらえるなら、かなりいい商人に会えたんだね」
しかも大量の人材を育てるお金まであるってことは大商会だ。春終わりにどこかの区画を改修する予定だろうか。だがそんなお店がいっぱい開く予定は情報収集していたら耳にするはずだが、聞いたことが無い。
「うん、でもそれが失敗だった。なんかね、二十日くらい前かな。突然お店の予定が無くなったとか言って、勉強が打ち切られたんだ。そしたら今まで勉強させてもらってたのって、実はお金がかかるらしくてね。できたお店で働けばお給金から引くつもりだったらしいんだ。それができなくなったって言われて……」
「借金にされたのか」
「うん……勉強教わるときに書いた契約書に小さく書かれててね。銀行に入れて大切にしてたお金、全部とられてなくなっちゃった、あはは」
諦めたような笑顔が痛々しい。子供相手の詐欺とはその商人もえぐい商売をしているな。
「まぁ……詐欺は引っかかるほうが悪いともいうしね。契約書を書いたなら諦めるしかない」
「うん、それについては諦めた。それに勉強させてもらったのは確かだし、またニコラスにも相場を教えてあげられるよ? 必要だったら言ってね。でもまだ借金が残ってるんだ。商人さんとのつてもなくなっちゃったし、お金を稼げなくなったんだ。そしたら商人さんがいた商会の人が来てね、割のいい仕事を紹介してもらえたんだけど」
子供ができる割のいい仕事……ね。ろくでもなさそうだ。
「まあ、その、えっと。夜のお仕事って、ニコラスわかる? 私みたいな子供でもできるんだって。普通の人より高く仕事させてもらえるらしくて、借金も返済できるし、村に仕送りもできるからいいよって言われたんだ」
「あぁ……そういうこと」
僕がそれを知らないわけがない。貴族子女でもよくある境遇だ。若いうちから妾を送って報酬をもらう貴族はよくいると聞いた。それの商人版だと娼館送りとかそういうことだろう。同じ年頃の子が売られるという話を聞いて心底男でよかったと思ったことがある。それを兄に言ったら男でも送られると言われたので、世の中の業の深さに恐怖した。
「ふふっわかるんだ。ニコラスはませてるね、さすが子供冒険者さん。でもその仕事は受けなかったんだ。ちょっと怖かったのと、騙されたばっかりだったからまたお金取られるんじゃないかって警戒してね。それで他の仕事を探してたらスラムの子が代理ギルドのことを教えてくれたんだ」
「そっか、ならここの所は代理ギルドで仕事をしていたんだね。どんな仕事を?」
「……引かないでね? その……スラムの死体拾い……スラムの地主さんが張り出してる依頼なんだけど、行き倒れてたり喧嘩して死んじゃってたりっていう死んだ人の体を集めて、衛兵さんのところに持っていくの。好きでやってたわけじゃないよ! やる人が少なくていつも募集してたし、報酬もよかったから!」
強い子だなと僕が感心した目で見ていたら、クアルが勘違いして慌てだした。
「そんなこと思ってないから大丈夫。それでそんな格好になったわけか。納得した。それでマーロック、冒険者ギルドの職員とはどうして?」
クアルが詐欺に引っかかり水ぼらしい姿になったのは理解したが、なぜマーロックがクアルを気にして僕をよこしたのか、そこが一番の問題だ。
「えっと、代理ギルドで仕事をする前にね、私も冒険者になれないかなって思って頼みに行ったんだ。そしたら紹介がないとだめで、それで冒険者のいる酒場で紹介してくれる人探そうと思ったらそもそも十五歳じゃないと登録できないって言われちゃって」
「それはそういう規定だから仕方ないよ。僕は特別な人から紹介されたから登録できたけど、普通はダメらしいし」
「ニコラスってお金持ちでしかも人脈もあるの……ずるい」
「半目で睨まれても何も言えないんだけど、それに人脈なんてもってないよ」
「……ずるい。うん、それで諦めて代理ギルドで仕事して、しばらくしたらね、疲れちゃって……それでこんな大変なのは冒険者になれないからだー! って思って拾った腕持って冒険者ギルドに突撃したんだ」
死体の腕を持った少女がギルドに突撃……職員さんらは大騒ぎだっただろうな。割とアグレッシブだよねクアルって。
「そしたら冒険者さんたちにすぐ捕まって、会議室? ってところに連れてかれたの。そこで職員のマーロックさんに会ったんだ。それで話を聞いてもらって……そしたらマーロックさんが近いうちに何とかしてやるって言ってくれて。人を送るからそれまで待ってろって、頑張れって言ってくれて」
「なるほど、それで紹介されたのは僕なわけだけど、僕に何をしろと?」
「んー待ってろとしか言ってなかった。それで仕事しながら待ってたら代理ギルドにニコラスがいて、話しかけたらニコラスがそのマーロックさんから言われてきた人だって……」
「何も言われていないってことか。マーロックは何を考えていたんだか」
だがマーロックのことだ、無意味に紹介などしないだろう。何かあるはず。
「マーロックは他に何か言っていた?」
そう尋ねると、クアルはしばし考えた後思い出したように答えた。
「たしか来た人に全部話せって言われた! そうしたら必ず助けてくれるからって……私、全部話したよね?」
不安そうに見られても困る。考える時間が欲しいので給仕に果物を頼んでクアルに食べていてもらう。
僕が必ず助ける……マーロックは僕の性格を知っている。冒険者としてのスタイルも知っている。どんな風に見られようと自分の好きなように依頼を受けて好きなように生きる。だけど危険は冒さない。だからこそ探偵系の依頼ばかりしているのだ。その僕が必ず助ける……理由が無ければおかしい。マーロックだって酔狂で人を助けるなんてしないはずだ。クアルだからこそ約束をしたはずだ。
頭の中でもう一度クアルの情報を整理する。僕との共通点があるか、接点はあるか、探してみるが見つからない。僕は二十日前に冒険者になったばかりだ。それからずっと探偵業をしているので情報収集以外で人とかかわることは無かった。プライベートでも獣人街にいることが主なので人間とかかわることが少ない。
「あっ……」
頭の中でつながった、仮説だが、たぶん合っているだろう。確認のためにアプルをほおばるクアルに質問をする。
「クアル、その詐欺をした商人の名前、いや商会の名前を教えてくれないか?」
「ふぇえっほね、ほっほはっへ……うん、確かマルダナ商会。大きなところだから詐欺にあったって衛兵さんに言っても相手してもらえなかった」
その答えに僕は頭を抱えた。そうか、こういうこともあるよね。誰かが助かれば、誰かが苦労するなんて言う話はよくあることだ。クアルの現状はある意味では僕の責任でもある。それにクアルにはとても小さなものだが恩がある。これは……出会いたくなかったな。外套代もマーロックにたかれないだろう。
「そっか……わかった。僕はクアルを助けるよ。それは約束する。方法はまた考えるよ」
驚いてうれしそうな顔をするクアルを見るのが心苦しかった。




