代理ギルド
竜の卵亭は駆け出し冒険者が仲間を探す際によく使われる酒場だ。いわゆる初心者酒場というものだ。主な客は駆け出し冒険者が四割、アイアン級やシルバー級のスカウトが五割、残り一割がクラン勧誘をしているクラン役員だ。
僕が酒場に入ると客が一斉にこちらを向く。これは僕が子供だからとかではなく、この酒場が勧誘の場ゆえだ。入口を通った時点で観察され容姿や立ち振る舞いがチェックされる。真剣にチェックするものもいれば流し見だけして会話に戻るもの、立ち上がって入店者に近づくものと様々だ。
立ち上がって僕に近づこうとした駆け出し冒険者であろう一人が、仲間にすそを引っ張られ席に座らせられる。なにか耳打ちをしているが、内容はたぶん支部長と僕の関係か獣人街でのことを説明しているのだろう。
そんなわけで僕は誰からも腫物を扱うように避けられる。おかげでカウンター席まで邪魔は入らない。
「マスター久しぶり、よさそうな人いました?」
席についてグラスを磨く強面のマスターに声を掛ける。ついでにお金も出しておく。
「坊主か、ここ最近で根性の入った奴は坊主しかいないな」
マスターがお金を持っていき果実水を入れてくれる。まだ四度目の来店だが、この酒場のマスターは僕に良くしてくれる。一度目にアイゼンが紹介してくれて二度目に駆け出し冒険者と僕の乱闘が起きて三度目に静かにのめるようになった。おかげでマスターと話すようになったのだ、決してマスター以外に話せる相手がいないとかではない。
「またアイゼンにパーティー見つけて来いって言われちゃってさ。僕と組んでくれそうな人いないかな」
「いないだろうな。坊主と組みたがるのはギルドに目を付けられてもいいと思ってる馬鹿か獣人と仲良くしようとしている変態かだ」
なんとも酷い言いようである。周りを見渡すとほとんどの人がわざとらしく目を伏せる。唯一奇抜な化粧をした禿げ男がこちらをガン見しているがあれには触れたくない。
アイゼンの要求はパーティーを探すことなのでこれで完了でもいいと思う。探すことは探したのだ。帰ろう。
「ん、帰るのか? まぁ待て。一人坊主に合いそうなやつがいた。東のブルクヘルゲン砦から来たソロの冒険者なんだが、一昨日ここに来てな。いい奴がいたら紹介してくれと頼まれた」
「へー、もう誰かに紹介しました?」
「いや、『坊主に合いそうなやつ』だからな。おいそれと紹介はできん」
問題ありな冒険者ということか。討伐や採取依頼のために仲間は欲しいが厄介ごとはごめんだな。
「そっか、詳しく聞いても?」
「そうだな、アイアン級の冒険者で魔術師系だ。実力は俺が保証しよう。そこらにいる魔術師なんか目じゃないだろうな。歳は十五で性格は比較的温厚といったところか。金に困っている様子もない」
悪くはなさそうだ。だからこそなぜ一人で冒険者活動をしているかが気になる。
「ソロの理由は?」
「さあな、本人から聞くんだな」
仕方が無いので銀貨を一枚カウンターに滑らせる。だがすぐにはじき返された。金額が足りないのかと思い金貨を取り出そうとすると止められた。
「俺は情報屋じゃねえ。道楽主義の単なる酒場のマスターだ。面白い奴がいたら引き合わせて見守るのが趣味さ。俺は坊主とそいつがパーティーを組んだら面白そうだから紹介するだけだ」
「情報は冒険者の命なんですが、特にこれから背中を預け」
「ブロンズがそこまで気にする必要はない。当たって砕けろが駆け出し冒険者だ。そいつの宿を教えておくから会っておけ」
とにかく会ってみろということか。事前情報が渡せないほど危ない相手なのか?
「大丈夫です。ありがとうございました。それでは」
マスターが口を開く前に席を立つ。失礼な態度になるが危険人物に会うよりマシだ。足早に酒場を出る。これでアイゼンとの約束は果たした。
露店を散策しながら残った調査依頼の情報を集める。行方不明になった商人の娘の情報収集だ。十二歳の娘なので『友達がいなくなったんです、知りませんか?』という体で聞き込みをする。だいたいの露天商が気の毒そうに何かしらの情報を話してくれる。
情報収集していてわかったことだが、どうにもここの所、行方不明になる娘が多いらしい。被害者は子供から結婚適齢期までの女性だ。おかげで依頼の娘の情報がなかなか手に入らない。これは聞き込みより依頼主の商人の周囲を洗ったほうがいいかもしれない。
露店で買ったアプル焼きを口に放り込む。甘さが心地いい。
依頼はただの情報収集だ。もし商人の周りまで調べ始めたら、それはブロンズ級の範疇じゃない。それこそ密偵だ。ここらで引き時かもしれない。マーロックも許してくれるはず。
しばらく聞き込みを続けていると日が傾いてきた。そろそろ時間だろう。腰袋からマーロックにもらった紙切れを取り出し読む。指定の場所は町北東の貧民街近くにある代理ギルドという場所だ。西地区で聞き込みをしていたので場所は近い。
最後に話していた露天商に代理ギルドの場所を聞いて離れる。
日が差さない路地に大きいが薄汚い木造の建物。入口の木戸の上に代理ギルドと書かれた看板がある。貧民街が近いということもあり、時折飲んだくれだか知らないが地面に寝そべっている輩を見かける。歩く人もガラの悪い人が多い。人が横を通る度に品定めされている気がする。
マーロックから行けと言われたのだ。ここで二の足を踏んでも仕方がないので、ゆっくりと戸を開く。
中は荒くれ物の酒場と言ったらいいだろうか。人相の悪い冒険者のような盗賊のような輩がたくさんいる。荒くれ酒場と違うところは、僕のような子供も多いというところだろうか。三割ぐらいは身なりの悪い十歳そこらの子供だ。
代理ギルドに来るのは初めてだが、情報はある。代理ギルドとは冒険者ギルドのようなものだ。冒険者ギルドで金がない、信用が無い、条件に見合わないなどという理由で断られた依頼が行き着く場所らしい。別に後ろ暗い依頼を張り出す場所ではない。冒険者に頼むにはもったいないような小間使い的な仕事が主に張り出されると聞いた。
せっかく来たので僕が知っている情報と相違が無いか確かめるために、入り口近くの掲示板を見る。薄い木札に簡単な絵と内容が描かれている。文字が読めなくても受けられるようにだろう。掃除や物資の運搬手伝い、土木工事等の日雇い的な仕事が多いようだ。いや、変なのもある。
ゴブリンの左耳の収集、一個につき銅貨三枚って、これ誰が受けるんだ? しかも常設依頼なのか木札がしっかりと壁に取り付けられて取れないようになっている。
冒険者のゴブリン討伐報酬が一匹につき銅貨八枚だったはず。五枚も安い。これだったら冒険者ギルドに降ろしたほうがいいだろう。
不審な依頼を流し見していると、扉から勢いよく四人の子供の集団が入ってきた。通った時にツンと鼻に来る匂いが漂った。服もボロボロでところどころに浅黒い血の跡がある。先頭の男の子が通るときに緑色の耳のようなものを大量に抱えているのが見えた。
男の子が受付カウンターにそれを広げる。やはりゴブリンの耳のようだ。受付のがたいのいい男が耳の数を数えて銅貨を男の子に渡す。
なんとなくだがわかってきた気がする。周りを改めてみると子供も大人も身なりが汚く、また体のどこかを欠損している人も多い。
ここで働くものは歳やケガなどで冒険者になれなかった者や引退したものもいるのだろう。依頼も冒険者ギルドに出せないものならば、受ける側も冒険者になれないものだ。
これが代理ギルドか。冒険者の代理ということか。
掲示板の横にうずくまってパンをむさぼる女性を見る。右腕と右目が無い。だが装備はそれなりのものをしている。怪我のため冒険者を辞めた人だろうか。観察していると睨まれたので目をすぐに反らす。
目を付けられないように自然体で掲示板を見ていると、不意に後ろから肩を叩かれた。
「君、いつかのお金持ちじゃん、久しぶり、私のこと覚えてる?」
振り向くと以前冒険者ギルド近くの露店で会った女の子が、頬に乾いた血を貼り付けて立っていた。




