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自由ということ






 二人の険悪さの理由を聞こうとマーロックに目線を送る。マーロックは僕の目線に気づいてはくれたが、首を横に振ってきた。自分で切り開けということか、ひどいな。



「支部長、ということはアランドロンさんはギルドマスターということですか? なぜシャナハーンと一緒に?」



 本では支部長のことをギルドマスターと呼んでいた。ギルドマスターは文字通りそのギルドを統括する人物のことだ。だいたいの人が強いらしい。それ以外は本には書いていないのでわからない。とりあえずは冒険者の責任者なので新人の僕は遜ろう。



「あぁ、今はギルドマスターではなく支部長という呼び方だな。そこは間違えないように。獣臭いだろうがそのどら猫の隣に座ってくれ、話がある」



 この雰囲気の中で腰掛けたくはないが、目上の人の命令なので従う。


 隣に座ったが、シャナハーンはそんなに臭くなかった。筋肉が暑苦しいだけだ。僕もかなり鍛えているが、シャナハーンの腕は僕の腕の二倍以上の太さがある。うらやましい。


 マーロックは支部長の後ろに移動して、立って控えている。



「さて、では先にニコラスの登録を済ませてしまおう。プレートはもうマーロックから渡されたな。あとはこの誓約書に名前を書いてもらえば冒険者として活動ができるようになる。さあ書け」



 テーブルの上に羊皮紙が置かれている。羊皮紙には基本的な冒険者としての契約内容が書かれていた。最後のほうに特別強制依頼について詳しく書かれているので、強制徴収のための契約書なのだろう。


 二名分の名前を書く欄がある。片方は既に支部長の名前が書かれている。


 問題はなさそうなので『ニコラス』と名前を書く。



「綺麗な字をしているな、登録完了だ。マーロック、これを」



 支部長がマーロックにサインの書かれた書類を渡す。マーロックはそれをもって部屋を出ていった。一人にしないでほしい。



「これで話を始められるな。どうしたどら猫、おとなしいじゃないか」


「……盟友の前だ。無礼なことはしない」



 シャナハーンの額に青筋が走っている。時折腕の筋肉がひくつくのが怖い。



「っふ、どら猫と言えども義理は持つか。さて、ニコラス。本題だ」


「それは冒険者ギルドと獣人街の関係ですか?」



 シャナハーンが支部長の言葉で牙を剥き始めたので、先に言葉を入れて場を保つ。早くこの部屋から逃げたいのでさっさと話しを進める。



「さすがは物分かりがいいな。獣風情とはわけが違うな」



 やめてくれ、これ以上シャナハーンを煽らないでくれ。



「実はな、冒険者ギルドと獣人街は三年前にいざこざが起きてしまってな。それからずっと敵対関係にあったのだ。全く迷惑なものだよ、こちらは依頼を処理しただけだ。なのに獣人達が逆恨みをしおって」


「それは貴様らがマルダナ商会になびいたせいだろうが! 逆恨みだと? 貴様らは当事者だ! 我らを侮辱し」


「言っただろう! 冒険者は内容が適正であればどんな依頼でも受ける。それは相手がマルダナ商会だろうが獣人だろうが関係ない!」


「だから貴様ら冒険者は屑なのだ! 貴様らに誇りは無いのか! 義をなして正義をなすことこそが生物の営みだ! それを依頼だからとなんでもかんでも」


「正義など不確定なものに妄信しおって! お前ら獣共の正義など独りよがりにすぎない! そんなお前たちが冒険者に苦言を呈すなど片腹痛いわ!」


「冒険者とは名ばかりの金の亡者め! 我等は妄信などしていない! 生けるものとしての行事を守っている我等を害するなど」


「じゃかしい! 何が正義だ、何が行事だ! そうやって他者を排して町の一角を占拠したからマルダナなんかに狙われるんだろうが!」


「何度も何度も俺の話を遮るな! 貴様ら人間は自分の利益のためならばなんでも行う屑の集まりだ! ろくに会話もできんと」


「お前にしゃべらせると一生正義正義言って話が進まんじゃろがい! ここは賢伝活動の場ではない! だから獣人は嫌われるのだ!」



 互いに筋肉を痙攣させ罵り合っている。手が出ないだけ理性は働いているはずだ。


 二人の罵り合いを聞いた感じ、獣人対マルダナと冒険者という構図なのだろうか。


 ことの発端がなにかはわからないが、獣人があの路地を占拠してマルダナ商会と対立。その後マルダナ商会が冒険者に依頼して獣人たちに何かをしたのだろうか。


 いがみ合いを聞くだけでは断片的にしか情報が得られないな。しかしこのいがみ合いに水を差すと飛び火しそうだ。支部長に獣人街会長補佐となると、今の僕より権力がある。それに見た感じ腕っぷしも強そうだ。


 まあでも急ぐ必要はないか。冒険者にはなれたんだし、しばらく依頼をこなしてお金を稼ぐのに慣れたらゲールを出よう。食うに困らなければいいのだ。危なそうなところからは撤退だ。


 そう思い、二人のいがみ合いを静観する。


 しばらく続きそうなので僕はソファーに深く埋まることにした。


 冒険者を夢見てゲールに来たが、ここでまた危ない問題が起こるのであればドラグスレイヤーの屋敷と変わらないだろう。家から逃げれば姉や兄の脅威が無くなって素晴らしい世界があると思っていた。


 でも昨日実感した。脅威なんてどこにでもある。冒険者は危険が伴う危ない仕事とは理解していたが、冒険者とまったく関係ないところで刺されるとは思っていなかった。ご飯を食べていただけでナイフで刺されるなんて想定していない。


 今回の元を正せば、僕が獣人というものを知らなかったせいだ。反省する。


 今までは護衛がいていろいろと教えてくれたから順風満帆な旅ができていたのだ。護衛の仕事なんて魔物や野盗から守ってくれるものだと思っていたが、実際は世の中からも守っていてくれたのだろう。宿選びや関わる人の選定、歩くルートや街中での危険の排除。そういうことを僕が知らないうちにやっていてくれたのだろう。ありがとうベック、ミサトリア。


 今、僕には兄や姉と言った危険物はいない。貴族の名も隠してしがらみもない。


 僕はまさに自由な冒険者になったのだ。


 だが同時に、ベックやミサトリアのような守ってくれる者もいない。危険なことは全部自分で処理しなければならない。自由な冒険者は危険とかかわるのも自由だ。たとえそれが意図していない危険だとしても。


 なんとなくわかった。


 僕が自由ということは、他人も僕に自由なのだ。


 僕が人に危害を加えたりするのも自由だし、他人が僕に危害を加えるのも自由だ。


 僕が貴族という不自由に悩まされているとき、他人も僕の貴族という不自由に悩まされていたんだろう。メイドのフィリだって僕が貴族でなければあんなに泣くこともなかったかもしれない。ルーサも心配を募らす必要もなかった、カリファだって……カリファは自由だった気がする。あ、でもおかげで僕もカリファには自由に話せたのか。面白いな。


 じゃあその自由な冒険者の僕がどうすれば安全に生きていけるのか。もう答えは出ている。


 僕が不自由になることで、他人も僕に不自由にする。そうすれば危険はなるべく排除できるのだろう。


 まだいがみ合い続けている二人を見る。


 今この場で危険を排除、つまりこの爆発寸前ないがみ合いを止めるにはどうしたらいいか。


 僕がどちらかについて援護すればいい。そうすればいがみ合いが傾くはずだ。。


 支部長は上司になるし、シャナハーンは僕を盟友と言った。


 僕なら選ぶ自由がある。だが選ぶということは不自由を選択することになる。きっと支部長を選べば獣人街には入りづらく、町で生きづらくなる。シャナハーンを選べば冒険者として生きづらくなるだろう。


 本を思い出す。僕が夢見た冒険者はどちらを選ぶだろうか。


 自由に世界を旅して生きた冒険者ゲイルならどうしただろうか。


 僕が目指した、自由ということは――



「うるっせえぇぇぇえ! さっさと呼び出した要件言えや筋肉だるま共があああぁぁぁああ!」



 僕は叫びながらテーブルを蹴り上げた。


 ――好きなように、好きなだけ生きることだ。


 僕は今、兄のように笑っている。





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