盟友ニコラス
獣と血が混ざって腐ったようなにおいだ。
こんな匂いがしていては眠れないので起き上がる。僕は硬いベッドの上にいた。
「そうか……ゲールに着いたんだ」
見慣れない部屋を見て、頭が急速に覚醒していく。
狭い部屋に、壊れて風通しの良すぎる木窓。
服が脱がされているが、僕の体に怪我などはない。どうやら無事に誤解は解けたようだ。
外から景気のいい声が聞こえる。窓から差す日差しの角度から中天を回っているのがわかる。
僕の服はベッドの上にたたまれて置いてあった。
服を着ようと手を伸ばすが、臭い。服の上に緑色の塊が置かれている。
緑色の塊を指でつまんで持ち上げると、紐でつながれた十個の耳だ。ゴブリンの耳だろう。ちゃんと取って来てくれたようだ。大丈夫かな、服にこの臭いついてないよね?
ベッドから降りて体を伸ばす。右手を見ると血が無くなっている。僕の体を綺麗にしてくれたらしい。人に体を拭われるのは屋敷以来だ。
服を着て準備をする。朝の鍛錬をやっていないのが心残りだが、状況確認が先決だ。
準備ができたので最後に戦槌を背負って部屋を出る。昨日の騒ぎの原因は思ったよりナイフが刺さったことだ。使い慣れない武器は危ないので今度からは戦槌を手放さないようにする。
鍵を閉めて階段を降りると、昼時は料理店になってにぎわっているはずの一階が、テーブルに人間が一人いるだけで客も店員もどこにもいなかった。
「お、起きたか。よー期待の新人! こっちだ」
人間の男が僕を呼んでいる。あの男、どこかで見たことがある。
呼ばれるままに近づいて男の対面に立つ。
男の額には十字の傷があった。
「えっと、納品の場所にいたギルド職員さん?」
「正解だ。まぁ座れ新人」
椅子を引いて座る。冒険者ギルドの職員が何用だろうか。まさか昨日の騒ぎを知って冒険者資格の剥奪とかはないよね?
「職員さんが何か僕に用ですか?」
「名前は教えてなかったな。俺はマーロックだ。冒険者ギルド中立都市ゲール支部一般職員のマーロックだ」
マーロックは歯を見せて笑顔を作る。右手を出してきた。
「ニコラスです」
マーロックの手を握る。マーロックの握る力が強い。触った感じ硬い剣ダコがいくつもある。職員なのに戦うのだろうか。
「新人、じゃない、ニコラス。アレ出せアレ。もう持ってるんだろう? 耳」
もしかしてここで納品させてくれるのか。ベルトにつるしたゴブリン耳の紐飾りをテーブルに置く。改めてみるとなかなか悪趣味な紐飾りになっている。
マーロックは耳の数と形を確認して、紐飾りを腰袋にしまった。
「いいだろう、ゴブリン十匹の討伐を認める。書類手続きはもうできてる。さぁプレートを出せニコラス」
まさか出張納品までやっているとは知らなかった。でもワーウルフの毛皮の時にはプレートは出していない。出張納品の場合必要なのかな。
腰袋からプレートを出しマーロックに渡す。
マーロックはプレートを受け取ると小さな銅色の粒を取り出して、プレートの穴にはめ込んだ。
「我、継ぐものの一人、マーロックの名のもとに、冒険者ニコラスを認める」
マーロックの手の甲に文様が現れ、薄紫の光を放った。光は左手に乗せられたプレートへと流れ込む。
プレートにはめられた銅の粒に細かな文様が刻まれる。
文様が刻まれ終わると光は消えた。マーロックがプレートを返してきた。
「おめでとうニコラス、君はこれで冒険者の一員だ」
プレートを受け取り確認する。鈍色の金属板に角ばった銅の粒がぴったりとはまっている。
「まだ、町の清掃の依頼が残ってると思うんですけど」
「あれな、もういい。ってか、俺がここにいる理由にもなるんだけどな。とりあえず外に出よう」
よくわからないが何かあるのだろう。僕とマーロックは宿を出た。
外がにぎやかだった理由がすぐに分かった。
何十という獣人が箒を使いブラシを使い梯子を使い布を使い、路地いっぱいを掃除している。和やかに清掃に励む人もいれば、怒声を上げながら掃除をしている人もいる。
獣人ってこんなにいたのか……。
冷や汗が出る。もし昨日これだけの獣人がすぐに集まったりしたら、交渉などできなかっただろう。それに明らかに手練れな身のこなしの獣人が複数いる。彼らが部屋に飛び込んできたらどうにもならなかったかもしれない。
「わーすごいですね」
月並みな感想を述べておく。
「お前がやらせたんだろう。まぁこういうことだ。今朝な、複数の獣人が冒険者ギルドに来てな。『盟友ニコラスの使いで参った、ニコラスの清掃依頼を遂行させていただきたい』って叫んだんだよ。朝だから俺も本館にいてそのシーン見てたんだけど、圧巻だったぜ」
何かを思い出しているのだろう、マーロックが無邪気な顔で笑っている。額に傷のある強面の癖に笑い顔が似合っている。
「本来は依頼を受けた奴が場所を聞いて掃除しなきゃならないんだが、獣人たちがお前のプレートを持って来ててな。代理証明としては十分だったし、魔鋼がはめられていないプレートには識別能力がないんで依頼を受理することにしたんだ。つってもお前、プレートを他人に渡すなよ? 今回は事情を聴いたし正規登録前だったから情状酌量で許したが、本来、プレートは無くしたことがばれたり他人に譲渡したりすると失効になって罰則金払うことになるからな?」
そうなのか。というかプレートは腰袋に入っていたはず。勝手に抜かれて持っていかれたのか。気を付けよう。
「わかりました、気を付けます」
「おう、肝に銘じとけ。そんなわけで清掃依頼を獣人が代理でやることになったんだが、そもそもこの清掃依頼ってのは自分で依頼を取ってくるための練習として新人が受ける依頼なんだよ。掃除してほしい依頼者を探して交渉しギルドに連れてくる、そんで手続きしてもらって依頼を遂行する。個人依頼の練習って感じだな。とりあえずニコラスにはまだやってもらわなきゃならないことがあるからギルドに向かうぞ?」
マーロックが歩きだす。その横について歩く。
「で、今回は依頼主を獣人街の会長が引き受けて、それを獣人たちが代理で実行。依頼完了手続きは発行された直後に行われたからな。清掃依頼が瞬で終わったのは初めてだ。似たようなことをする奴は何人かいたが、みんな後ろめたいのか時間を置いてから完了手続きするからな。さすがにあそこまで堂々と予定調和の判を押す依頼者は見たことがねぇ」
僕の背中を強くたたいてくるマーロック。
清掃依頼を他人にやらせるのとか割とあることなんだな。冒険者ギルドってちゃんと完遂さえすればけっこう雑なんだな。
「それで、マーロックさんはどうして宿に?」
「プレートを渡すのとお前への状況説明、あとは獣人関係でちょっとな。俺が来たのはお前と面識のあるというか、しっかり会話をしたことがある職員が俺しかいなかったからだな」
なるほど。獣人関係というのが気になる。冒険者ギルドと獣人たちの間に何かあるのだろうか。聞いてみたいが聞いちゃいけない話題な気がする。やめとこ。もう獣人にはこりごりだ。
二人で話しながら歩いて、冒険者ギルドに着いた。途中にマッケルの露店を見かけたので文句を言いに行きたかったが、ギルドのことが先だろう。まぁでも他にも宿を教えてもらってたから選んだ僕の落ち度と言われれば言い返しができないから、やっぱりやめとこう。
冒険者ギルドの本館に入り三階へ上がる。両開きの豪華な装飾がされた扉の前についた。屋敷の執務室の扉と同じような豪華さだ。
マーロックが二回ノックをする。
「マーロックです、冒険者ニコラスを連れてきました」
扉に向かってマーロックが話すと、中から低く通る声で「はいれ」と返ってきた。
扉を開いてマーロックが入る、それに続く。
扉の先は屋敷の執務室に似ていた。奥に書類が積まれた執務机があり、その手前に応接用のテーブルとソファー。床には模様の入った赤い絨毯が敷かれている。部屋の四隅には飾り用の置物が置かれていて、この部屋にはお金がかかっていることがうかがえた。
応接用のテーブルを挟んで、屈強な体をした人間と獣人が向かい合っていた。なんだろう、二人とも前傾姿勢でソファーに座っているのでガンを飛ばしあっているように見える。ひどくむさくるしい。あ、獣人の方は昨日の茶色い耳の獣人だ。
「ようこそニコラス。冒険者の仲間入りを嬉しく思う。私はゲール支部の支部長、アランドロンだ、よろしく頼む」
人間のほうが自己紹介をしてきた、獣人にガンを飛ばしながら。せめてこっちを向いてほしい。
「昨日はすまなかったな盟友ニコラス、私は獣人街の商工会会長補佐をしているシャナハーンだ」
盟友とかいうならせめてこちらを向いてくれ。
冒険者ギルドと獣人街、マーロックに先にいろいろ聞いておくんだったな……。




