言葉の魔法
相手は平民、尚且つ交渉に長けた専門家でも凄腕の冒険者でもない。
ならば僕が主導権を握ることができる。
貴族の悪辣さを魅せてやる。
先の言葉で部屋の空気は淀んでいる。
それもそうだろう、ナルラもアルサも外の獣人も考えているはずだ。要求が無いなどありえない、だが要求が無いということはそれ自体に意味がある。
もうすでにほしいものは手に入っていて必要ないのかもしれない。騒ぎを起こすのが目的なのかもしれない。ナルラとアルサが目的なのかもしれない。本当に要求が無い馬鹿なのかもしれない。
そうやって悩んでしまう。
悩んでろ獣人共め。
悩めば悩むほど手を出せなくなり行動を縛れる。
今の盤面は膠着状態だ。
逃げ出したいが囲まれて逃げられない僕と、刺客を排除したいが人質を取られて動けない獣人達。
僕から見れば勘違いした馬鹿な獣人共が勝手に盛り上がって僕に危害を加えてきた。間違えて一人殺しかけたのは反省する。身の安全のために人質を取って手を出せないようにした。
僕は誤解を解いて安全になれば獣人などどうでもいい。
獣人からしたら刺客がやってきたが正体がばれて一人を殺そうとし失敗、その後人質を取って逃亡。荷物の場所に罠を仕掛けたらかかったので取り囲んだ。だが人質のせいでうまくいっていない。
獣人はナルラとアルサを助け出し、刺客を排除したい。
盤面をひっくり返すには力がいる。兄ならば魔法で、姉ならば勇者の力でひっくり返すのだろう。だが僕にあるのは学んだ知識と鍛えた体のみ。厳しい。だが活路はある。なにせ奴らは言葉を知らない平民だ。
部屋の中にいる者だけに聞こえる声量で話す。扉の向こうで聞き耳を立てている奴もいるはずだ。ぜひ聞いててくれ。
「要求は無いと言いましたね、あれは嘘です」
ナルラが唇を噛む。自分が捕まっているせいで何かを奪われるのだ、悔しいだろう。
「やはり……その要求にこたえれば、ナルラを解放してくれますか?」
アルサの声が震えている。自分の解放は要求してこない、けなげな人だ。
「はい、約束しましょう。僕も依頼は達成したいですしね。何だったらアルサさんも開放します。僕の要求するものが持ってこられれば、ですがね」
アルサの歯ぎしりが聞こえてきた。交渉はにこやかに行きましょう。別に無理なものを要求するつもりなどない。
すぐにでも要求して話を進めたいが、だめだ。もっと不安を募らせてもらう必要がある。必死に頭を捻り回して吐き気を感じるほど考えてもらわなきゃいけない。朦朧とした頭で不安が積もり苦痛を感じてもらわなきゃならない。
「そうですね、これを要求すれば怪我人は出るかもしれませんし、何人か町を出てもらわなければならないかもしれません」
僕はベックの顔を思い出して厭らしい笑みを真似る。狭い部屋の中を行ったり来たりして足音を立てて二人の注意力を浪費させる。
「それに複数の人を一日中とらえる必要もありますから、逃げられては困りますしねぇ」
腰のナイフを取り出して右手に投げては左手に投げて遊ぶ。死ぬことを意識させて不安を増させる。
「まぁ、でも町は綺麗になるでしょうね、ゴミ共がいなくなって」
ドアを拳で殴って外の獣人にも恐怖と焦りを与える。
ナルラは口を噛み切ったのか血が滴っており、握った拳からも血が流れてきている。
壁に手をついたアルサは震える体でつかんだ壁をひっかいている。
扉の向こうでは獣人たちが言い争いをしている。
恐怖と不安と怒りと悔しさが混ざった。
今がタイミングだ――
僕は高らかに叫ぶ。
「獣人共っ! 貴様らに要求するのは、ゴブリンの左耳十個だあああああああ! 日が昇る前に持ってこいやああああああ!」
僕は窓から見える月に吠えた。ワーウルフになった気分だ。
扉の向こうの怒声が消えている。いいね。
「扉の前にいる奴、聞いてるんだろ! さっさとゴブリンの左耳十個持ってこい! 走れ! 僕は気が短いぞ!」
何人もの人が階段を急いで下る音がした。
お前たちには考える時間も、選ぶ選択肢もない。
例えわけがわからなくてもゴブリンの耳を持ってこなければならない。
「ゴブリンの……左耳?」
アルサがつぶやく。アルサは頭悪くなさそうだし、頑張って考えて処理してくれ。
ナルラがベッドを叩く。硬いベッドだから手が痛そうだ。
「ふざけないでください! 要求は何ですか! お金ですか、権利書ですか、町から出て行けとでもいうのですか!」
まぁ知ってた。短絡的なナルラが、あれだけ心を揺さぶられた後にこの要求を理解しようと努力なんてするわけがない。
「いいえ、ふざけていません。要求はなんですかと聞かれたので要求しただけです。冒険者になるのにゴブリン十匹倒さなきゃならないんですよ、要求していいっていうなら代わりにやってもらおうかと思いまして」
ナイフをしまっておどけて見せる。嘘は言ってない。
「だからふざけないで!」
「あぁすみません、ゴブリン以外にも町内清掃をやってもらう予定ですので、明日、何人か一日中拘束させてもらいますね」
ナルラの眼に涙が溜まっている。感情が高ぶりすぎたのだろう。泣いてもいいぞ? 僕のほうが泣きたいがな。
でも僕は泣かない。これでうまくいけば依頼が達成できて冒険者になれる。冒険者になったらこの町を出てもいいだろう。そうすれば獣人に迷惑を掛けられることは減るはずだし。
「……あはっ、ただの冒険者見習い、ね。ふふふ、そういうこと」
アルサが壁から手を放して背筋を伸ばす。やはり僕とナルラの会話は聞いていたようだ。
「アルサさん、動いちゃダメっ殺されちゃう!」
「大丈夫よナルラ、そもそもニコラスさんに獣人を害する気持ちは無いわ。そうですよね、ニコラスさん?」
そういうとアルサはナルラの隣に腰掛けた。
「まぁそうですね、そもそも獣人に興味ないですし。理解していただけたようで何よりです。でも人質のままですんでそこらへんは」
「わかっています。この騒ぎの発端は何だったのですか?」
アルサがナルラの血を布で拭っている。ナルラは混乱しているのか目が見開いて瞳孔が定まっていない。
「すぐそこの食堂でナルラさんと話しながら食事をしていたら、突然獣人が僕にナイフを突き立てました。僕は攻撃されたので反撃したら他の獣人達も襲ってこようとしまして、仕方なくナルラさんを人質に取ってこの宿まで荷物を取りに来たんですよ。そしたらこうなりました」
ナルラには僕が何を言っているのかわからないだろう。彼女の中では僕はまだ刺客だ。だが要求物が想像外で答えを導き出せないはず。
それに対しアルサは理解した。
疲弊した精神は安らぎを求める。安らぎのために何かにすがる。
だが二人にはすがるものが無かった。いつでも殺される状況だった。
そこでナルラは刺客である僕にすがった。僕の要求を聞くことで渦巻く思考を整理しようとした。だが返ってきたのはわけのわからない要求だ、結果は見ての通り混乱する。
一方、アルサはすがるものが無くなると、一人で立ち上がった。状況を整理し解決しようとした。その結果、答えにたどり着いた。
頭の回る人がいてよかったよほんと。
僕は床に座って窓のある壁に背を預けた。
扉に向かって話しかける。
「いるんですよね、茶色い耳の獣人さん。入ってもいいですよ」
そういうと、ゆっくりと扉が開き先ほど話した獣人が現れる。
獣人は部屋に入ると扉の横の壁に背を預け、僕と同じように座った。
「小僧、貴様はマルダナのものではないのだな?」
声にとげが無い、体の力も抜けているので彼も理解しているのだろう。
「最初からそう言ったんですけどね、理解してもらえなくて大変でした。ナイフで刺されましたし、とても痛かったです」
右手をぷらぷらと見せる。もう傷は無いが血はついたままだ。
男は静かに鼻で笑うと、腰につけた剣を鞘ごと部屋に転がした。
「俺たちの同胞がすまないことをした。許してくれ」
男が頭を床に付ける。謝罪のポーズなのだろう。
僕は笑って答えた。
「バツとして明日の清掃、頑張ってくださいね。町中をピッカピカにしてください」
言い終わると重い眩暈を感じた。
僕も疲弊しすぎたのだ。
まぁこれで、死ぬことは無いはずだ。
霞んでいく視界に従うように、ゆっくりと意識を手放した。




