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命は賭けるもの






 暗い喫茶店の店内に一つだけ明かりの灯された受付カウンター。



「ナルラじゃない、どうしたの? それにニコラスさんも」


「アルサさんたすっ――」



 ナルラの背中を指で突く。余計なことは言われたくない。


 人質になっているのに助けを求めるとは、ナルラは短絡的な性格なのだろうか。



「受付さんはアルサさんっていうんですね。すみません、宿を引き払いに来ました。余計なことをしたらナルラが死にます」



 ナルラの首にナイフをちらつかせる。



「うそっナルラ!」


「黙れ。預けた鍵をこちらへ投げてください。それ以外の行動はナルラの死を意味します」



 大丈夫、僕は今、冷静だ。


 アルサは目をさまよわせた後、壁につけられた鍵棚から鍵を取り出しこちらに投げる。



「ナルラ、鍵を拾って。二階の草の部屋だ。アルサさんはそこから動かないでね?」



 ナルラを先に歩かせ二階に上がる。僕の部屋は階段のすぐ近くだ。


 ナルラが扉を二回ノックして鍵を差す。



「待てナルラ、動くな」



 おかしい、なぜ今ノックした?



「ひっす、すみません!」


「なぜ今ノックした? 僕の部屋だ、誰もいないはずだが」


「あっその、癖で……すみません」



 働くものの癖という奴か。ありえないな。


 それに考えてみるとおかしい。


 まだ夜も更け切っていないのに人通りのなかった路地。アルサという受付も僕の行動に驚いていたがすぐに鍵を渡してきた。動揺が少ないし対応が早すぎる。それに他の客が見当たらない。どこにいる? 全員が酒場に繰り出しているなんてことがあり得るのか?


 短い時間で頭の中を整理する。


 そういえば、ナルラは一発で鍵を差した。震えた手で鍵を差すなんてすぐにはできないはずだ。



「全員両手を壁に付けろ! 下を向いて目を閉じろ!」



 宿中に響くように叫ぶ。


 動く音はしない。


 兄から『女性に手を上げる奴は屑だ』と教えられたが、命には代えられない。それに姉を女性と定義するなら僕は屑でいい。


 ナルラの背を蹴り、扉にナルラを押し付ける。



「ひぎぅ!」



 部屋の中と階段の上下で動く音がした。



「もう一度言う! 壁に両手を付けて下を向け! 目を閉じろ!」



 また動く音がする。


 まぁ、そうだろうな。きっと食堂で騒ぎが起こったタイミングで、この宿にも知らせが入ったのだ。待ち伏せされていてもおかしくはない。



「ナルラ、扉を開けろ。もし中に人がいたら、ナルラの腕を一本落とす!」



 ナルラが震える手で扉を触るが、開こうとしない。


 待ち伏せされているのは間違いないな。



「あぁ、腕、いらないんだ?」



 僕がそう言った瞬間に部屋の中で何かが壊れる音がした。その音と同時にナルラが扉を勢い良く開ける。


 部屋には誰もいない。が、木窓が壊れている。


 ナイフを突きつけながら部屋に入る。どうやら中にいた何者かは外へ飛び出したらしい。狙い通りだ。



「ベッドに座れ、そして動くな」



 ナルラがベッドに座ったのを確認して、僕は扉を閉め鍵をかける。


 窓から少しだけ体を見せ外を確認する。路地の何人かの獣人がこちらをうかがっている。


 窓から離れ、背嚢を入れた木箱を見る。


 背嚢の中身はひっくり返されぐしゃぐしゃになっていた。


 まぁいい、背嚢の中身は旅の道具だ。買いなおせばいい。それに僕のことがわかるものなど入っていなかったはずだ。


 木箱の横に立てかけた戦槌は無事だ。中身のない背嚢を丸めてひもで縛る。それをベルトに括り付けて、戦槌を背負う。


 さて、どうやって逃げ出すか。


 速くことを済ませれば逃げられると思ったが、既に囲まれている。


 このままナルラを人質にして通りを練り歩くか? 衛兵に見つかれば捕まるかもしれないが、事情聴取はされるはず。そこで潔白を証明するか。


 だめだな、土地勘のないこの町で安全に通りを歩ける気がしない。どこから魔法や矢が飛んでくるかわからないんだ。


 手詰まり感がする。爪を噛もうとした手を止めて自分の顔をはたく。


 冷静になれ、諦めるな。


 今僕の手には何がある。ナルラの命だ。この命の価値を下げてはいけない。価値が下がれば獣人たちは僕を襲ってくる。逆を言うと僕を襲う価値が上がればナルラなど捨て置かれる可能性もある。


 獣人が僕を狙う価値はなんだ。ことの発端をさかのぼる。



「――マルダナ商会、とはなんだ」



 獣人が僕を襲ってきた理由はマルダナ商会というよくわからないものの手先に見えたからだと思う。


 何かを考えるにもマルダナ商会についての情報が必要だ。



「マルダナ商会とは何だと聞いています」



 理性的にしゃべれば、ナルラもしゃべれば殺されないと理解するはず。



「讃えてほしいんですか? 下種ですね、そんなことは絶対にしません! この街は私たちのものです! 絶対に乗っ取りなんてさせません!」



 ナルラの眼に怒りが宿っている。


 乗っ取ろうとしている、対立している商会か。それの手先ということは、僕が刺客か地上げ屋かなにかに見えたのか。今はもう完全に刺客に見えているだろう。



「再三いいますが、僕はマルダナ商会など知りません。ただの冒険者見習いです。外にいる獣人たちはあなた方の仲間ですか?」



 ナルラは答えない。面倒だ。


 首筋にナイフを添わせる。



「私を殺しても無駄です、もうみんなが集まります。街は奪わせません! 私たち獣人を舐めないでください!」



 ちっ、時間を与えすぎたか。腹が座ってしまっている。しかし命を覚悟させるほどのことをしているのか、マルダナ商会というやつは。



「待って、声を荒げないでください。まだ死ぬと決まったわけじゃないですよ」



 ナルラ自身にも命の価値を認識させなければ何をするかわからない。



「僕はマルダナ商会とは関係がありません。それは理解して下さい。理解できなくてもそう思い込んでください。それともし僕があなたを殺すことになったら、次は下にいるであろうアルサさんを呼び寄せて人質にさせていただきます」



 ナルラの命にアルサの命を乗せる。



「そんなこと、だれがさせますか!」


「聞こえていますか! アルサさん! 一人でこの部屋に来てください! もし一人じゃなかったり武器を持ち込んだりすれば、ナルラの首を飛ばします!」



 僕が叫ぶと外でヤジが飛んだ。声からして十人近くは集まっていると思う。もう逃げることは難しいだろう。



「アルサさん! きちゃだ――」



 ナイフの腹でナルラの口を叩く。前歯とぶつかって金属音が鳴る。



「助け合いも結構ですが、あなたが騒ぐたびにアルサさんの寿命も減ります。わかりましたか?」



 僕は笑顔を作ってナイフをどける。


 こんなことがしたいわけじゃない。最初に命を狙われたのは僕だ。なのに今は僕が命を狙っているように見える。


 扉がノックされる。



「アルサです。ナルラは無事ですか?」


「入ってください」



 扉が開かれる。ナルラにナイフを突きつけておく。


 扉の向こうにはアルサと二人の獣人がいる。



「聞いていませんでしたか? 入っていいのはアルサ一人です」


「知っている。入るのはアルサ一人だけだ」



 茶色の猫耳をした獣人が答える。


 アルサが部屋に入って来たので扉を閉めさせる。ベッドと反対側の壁に両手をつかせる。



「ではナルラさん、わかりましたか? あなたの命にはアルサさんの命もかかっています。これからの行動はしっかり考えてくださいね?」



 僕はナイフをしまう。二人とも非戦闘員だ。刃物への恐怖感でおかしな行動をされてはだめだ。それに素手でも殺せる自信はある。


 ナルラが僕を親の仇のように睨む。僕の方が睨みたいのだが。


 とりあえずは二人分の命を手に入れた。これで獣人が突入してくる可能性は減ったはずだ。


 外が騒がしい。窓から確認したいがもう危ないだろう。



「ニコラスさん、要求はなんですか」



 アルサがしゃべった。ナルラよりは建設的に話せそうだ。


 しかし要求か。少し考えてみる。


 この人質作戦は昔、兄が僕を盾に姉を揶揄ったことを参考に思いついた作戦だ。まぁその時は僕を助けようとした姉が僕ごと兄を吹っ飛ばそうとして僕だけが吹っ飛んだのだが。


 要求は僕の身の安全、でも今のままじゃ望が薄い。


 今日のうちは安全でもこの町にいる限りは獣人たちが襲ってくる可能性がある。そうなるとこの町にいるだけで不味いことになるが、冒険者になるためにはまだ二つ依頼をこなさなければならない。町にいる必要があるのだ。


 と、なるとだ。


 兄の顔を思い出す。癪だが真似するしかあるまい。


 大きく息を吸い、外にも聞こえるように叫ぶ。



「要求など、ない!」



 滞った盤面はひっくり返せ。






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