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獣の人






 日が落ちた。夕食のため大衆食堂を探す。


 宿屋を出てすぐ近くに大衆食堂らしき場所を見つけた。


 中へと入り入り口近くのカウンター席に座る。座るとすぐにカウンターに立つ給仕が近寄ってくる。



「いらっしゃいませ!」



 元気のいい獣人の女性だ。そういえばこの辺りには獣人が多い。



「お腹にたまるお勧めのやつください、それと果実水を」


「わっかりましたー!」



 元気のいい声だ。


 給仕がカウンター奥にある部屋に消える。


 軽く店内を見ると、やはり獣人が多い。


 特に僕が注目されていることは無いので、人間がいても問題は無いと思う。



「お客さん、朝露の香呂に泊まってる人ですよね?」



 戻ってきた給仕が声を掛けてきた。


 テーブルに果実水の入った木のコップを置いてくれる。


 この給仕とは初対面のはずだが、なんだろうか。



「はい、昼に部屋を取りました」



 ごまかす理由もないので素直に答える。


 丸い耳をはやした獣人の女性はにこやかに笑う。



「やっぱりー! アルサさんが人族の子供のお客が来たーって騒いでましたから、えっとお名前をうかがってもいいですか?」



 アルサとは宿の受付の人のことだろうか。あの宿ではまだ他の宿泊客に会っていない。口ぶりからすると人間の客はめったに来ないのだろうか。


 それよりコップの中身が気になる。目の前に置かれたとたんにさわやかな匂いが漂ってきたのだ。


 コップに口をつける。


 柑橘系の果実水だ。この町に来てから一番味が濃い。



「あっすいません、私はナルラっていいます!」



 果実水が気になって給仕の問いに答えるのを忘れていた。



「僕はニコラスです。この果実水、おいしいですね」



 もう一度口をつける。うまい。


 さわやかな香りと舌に残らない薄めの甘さ、柔らかい水の舌触り。



「オレンの水です! うちの一番のおすすめですよそれ! あっ銅貨一枚になります!」



 果実水を飲み干し、銅貨を二枚渡してもう一杯頼む。


 コップを握った給仕はすぐに戻ってきた。



「銅貨一枚になります! あっさっきもらいました、すみません!」



 やはりうまい。屋敷の紅茶に匹敵するうまさだ。ビールの千倍はうまい。


 しかも銅貨一枚という安さだ。


 これは他の果実水も飲んでみたくなる。



「ナルラさん、ほかにも果実水ってありますか? おいしかったので他にもあるなら飲んでみたいのですが」


「ありますよー今はいつものアプルの水とレルモ水、パナンの水、あと最近入荷したマルズベリーで作った果実水とかですね」


「じゃあそれ全部で」


「へ? は? あっはい!」



 給仕がまた奥へと消えていく。


 しまった、研究の時の癖が出てしまった。


 兄と研究をするときに目の前に素材を並べて片っ端から研究をしていた。そのせいで何かを検証するときは僕も同じようにしてしまう。


 果実水を全部頼む平民がどこにいる……。


 給仕が四つのコップを乗せたトレーを持ってくる。


 カウンターに横一列になるように並べてくれた。


 頼んでしまったものは仕方がない。お金を給仕に渡して味を比べる。



「すいません、水もください」



 舌直しも頼む。


 水が来てから味比べを始めた。



「な、なんか緊張しますね! どうですか、おいしいですか!」



 果実水を舌で遊ばせ味を堪能する。一つ口を付けたら水で口内を清めて次の果実水を口に含む。



「それはレルモ水です! 西地区の果実畑でとれたものを使って――」



 一つ口に含むたびにそれの解説をしてくれるナルラ。ありがたいが静かに飲み比べをさせてほしい。



「ナルラあ! カウンターの客の焼きあがったぞ! もってけ!」



 奥からどずの効いた声が飛んできた。慌ててナルラが奥へと走る。


 ナルラが戻ってくると、香草を盛った肉料理と黒パンが置かれた。


 肉が分厚く量が多い。



「お待たせしました! バルカネルの香草ステーキです! 銅貨十枚です!」



 銅板を一枚渡してナイフを刺す。


 味は普通の魔物肉の香草焼きだ。特別おいしいというわけではないが、まあおいしい部類だろう。



「ニコラスさんは商人さんのお子さんですか? それともそのお歳で旅人さんですか?」



 ナルラのしっぽが激しく揺れている。何系の獣人なのだろうか。



「いいえ、どちらも違います。冒険者、ですかね」



 まだ見習いみたいなものだが。



「そのお歳で冒険者さんですか! すごいです! 冒険者さんならあそこに泊まるのも納得しました!」



 手を合わせて驚くナルラ。


 何を言っているかわからない、朝露の香呂には何かあるのだろうか。



「すみません、僕はこの町に来たばかりで右も左もわからないのですが、朝露の香呂は冒険者以外は泊まれないのですか?」


「あっいえ! そういうわけではありません。ただ私たち獣人族が経営する宿屋なので、冒険者さん以外の人族が泊まることがないのです」



 冒険者以外の人間が泊まらない、どういうことだ。泊まることがない、ということは泊まれないとは違う。


 何か不穏を感じるので詳しく聞いてみる。



「獣人族が経営すると人族が泊まらない、ということがあるのですか?」


「えっと、ニコラスさんはどうして朝露の香呂に?」


「マッケルという方に紹介してもらいました。冒険者ギルドの近くで串焼きの屋台を出している方です。その方に何軒か宿を聞いて、よさそうだった朝露の香呂に泊まることにしました」


「マッケルさんからの紹介ですか。あの人は考え無しに紹介しますから……なんて聞いて紹介してもらったんですか?」


「酒場がない宿ですぐに泊まれそうなところ、それでいて静かなところがいいと」


「あー条件は合ってますね。わかりました、ニコラスさんは獣人についてどう思いますか?」



 尻尾の揺れが止まっている。


 食べる手を休めてナルラの眼を見る。深い藍色の眼に濁りは無い。


 正直に答えることにする。



「獣人について、ですか。特に何も。あーでも獣人を見るとき、何系の獣人なのかというのは気になりますね」



 丸い耳をしたナルラは何の獣人なのだろうと今も考えているしね。



「あっそうではなくて、獣人族に対して怖かったり、気持ち悪かったりしませんかってことです」



 怖かったり気持ち悪い? ドドガマ渓谷で暗闇に圧倒されたが、怖いという意味では姉より怖いものは無い。この世で最も気持ち悪いのは兄の頭の中だ。それらに比べたら僕が感じるものなどささやかなものだろう。



「ありませんね」



 果実水で喉を潤す。



「珍しいですね。お金を持っている人なら大抵が獣人に忌避感を持つんですが」



 そうなのか、僕も持ったほうがいいのだろうか。



「実は僕は最近になって初めて獣人に会いました。今まで住んでいた場所に獣人族の方がいませんでしたので」



 ドラグスレイヤーの領都には人間しかいなかったはず。仮にいたとしてもほとんどの時間を家で過ごした僕が出会うことは無かっただろう。



「あっそうなんですか! それなら納得です。変なことを聞いてしまってすみません!」



 謝られた。謝られる理由がわからない。


 ナルラと話しているとよくわからないことだらけだ。話の流れから獣人族と人間の間に何かあるのはわかるが、それ以上はわからない。なんとなくだが詳しく聞けなさそうな雰囲気だ。


 だが、そこで止まってはまたいつか失敗する。



「この町では獣人と人族の間に何かあるのですか?」



 ナルラの藍の眼が瞬きする。



「……あります」



 後ろでかすかだが刃物と皮の擦れる音が聞こえた。


 嫌な雰囲気だ。左手を外套の下にしまい、ナイフに触れておく。右手は肉に使っているナイフがあるので不自然にならないよう気を付ける。


 一人だからとカウンター席にしたのは失敗だったかもしれない。


 背後の空間は広いし、振り向かなければ確認ができない。



「ニコラスさんは本当に、獣人について何も思わないのですか?」



 これは何と答えるべきだろうか――






お読みいただきありがとうございます

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