クランに悩む
冒険者ギルドの隣の建物、倉庫のような外観をした灰色の石でできた建物は冒険者専用の納品施設だ。
木戸を開けて中に入る。入ってすぐに幅の広いカウンターがあり、四人ほどの受付の男が奥に立っている。
たしかここに納品すればよかったはず。
受付で一人だけ暇をしている、額に傷のある男に話しかける。
「新人冒険者のニコラスです。三つの依頼の一つでワーウルフの毛皮の納品に来ました」
「新人依頼ね、聞いてるよ。品を見せてもらう」
手に持っていた毛皮をカウンターに置く。
男は毛皮を手に取り品定めをする。
「いいね、これは露店で買ったのかな?」
「そうです。いけませんでしたか?」
まぁすぐに見抜かれるとは思っていた。だが依頼はワーウルフの毛皮の納品としか言われなかったので問題は無いはずだ。
「いいや、正解だ。これで問題ない。どこで買おうが、どこで狩ろうが、冒険者の自由だ。納品してさえくれれば構わない。それにそもそも新人がワーウルフの毛皮を取りに行ったら死ぬからな。これはそういうテストでもある。クランで教わらなかったか?」
なるほど、確かにおかしいと思っていた。
ワーウルフの情報を聞いた時に生息地が一番近くてここから徒歩三日だった。往復で六日となると他の依頼を四日でこなさなければならない。しかもそれは生息地についてすぐにワーウルフが見つかった場合だ。どのくらいで見つかるかわからないがワーウルフの毛皮だけで七日以上はかかるだろう。
町内清掃の依頼は丸一日消費するらしいし、ゴブリン討伐の依頼も考えると制限時間が厳しすぎる。
それをどう解決するかというのも冒険者ギルドは見ているのだろう。
僕は一番効率のいい納品を考えた結果、露店で購入だった。
男の言葉からすると、三つの依頼の解決方法をクランでは教えてくれるのかもしれない。
「クランには入っていません。入っておいたほうがいいですか?」
警告をしてくれたベックとミサトリアには悪いが、今は僕は一人だ。クランに入って情報収集するのもいいかもしれない。
「新人は入っておいたほうがいいかもな。いろいろと融通してもらえる。俺はお勧めしないけどな」
試しに聞いてみたらなんとも言えない回答が返ってきた。
「どうしてですか? 他の人にも同じようなことを言われました。理由を教えていただけませんか?」
男はギルド職員だ、丁寧に聞けば教えてくれる可能性が高い。
書類を書きながら、男が答えてくれる。
「いいぞ。そうだな、クランってのは冒険者達が作った組織だ。ひとつの名のもとに集った団体と言ってもいい。クランに入っている奴はそのクランで情報を共有したり、仲間を募ったりできる。同じ旗の仲間だから、先輩に教えを乞うこともしやすい。そのクランが有名で善良なクランだったら所属しているだけで箔がつく。そういった理由で新人がクランに入るのは実りが多い」
やっぱり商人の労働組合に似ているな。
だがベックやミサトリアなどの高ランク冒険者、この男のようなギルド職員がお勧めしないというのだ。なにかあるはず。
「だが同時に様々な問題がある。例えばクラン選びだ。さっき言ったような良いクランがあれば、所属しているだけで嫌われるようなクランもある。それに町でのクランの立ち位置も重要だ。もし所属しているクランが他のクランと抗争にでもなったら、それに駆り出されて依頼どころじゃない。クランに入り甘い蜜を吸うのならクランに対して利益を持ってこなければならない、当然の話だ。サッチ! これを上にあげておいてくれ」
男が書いていた書類を、奥から現れた男に手渡す。
「これで君のワーウルフの依頼は完了だ。報酬の銀貨一枚だ」
カウンターに一枚の銀貨が置かれる。
銀貨を手に取り眺める。まだ正式な冒険者ではないが、冒険者として初めて手に入れた報酬だ。くすんだ銀貨が綺麗に輝いて見える。
記念に取っておこうかと考えたが、他のお金と一緒に腰袋にしまった。
「続きを話していいか?」
「すみません、お願いします」
「他にも、クランに所属してしまうと自由に動きにくいってのがある。クランは組織だ。必ず人員を管理している。クラン内でのパーティー斡旋や大規模依頼の受注のために、誰がどこにいるかってのをだいたい把握している。把握しているだけならいいんだが、だいたいのクランは加入者に行動の制限をかける。町を離れるのはだめだとか、国を出てはいけないとかな。理由はそうしないと管理できないからだ。誰かにパーティーを斡旋しようという時に目的の人物が隣の国にいて来年まで帰ってきません、ってことにならないようにだな。まぁクランによっては申請すれば遠出できるところもあるから一概には言えないがな」
「それはちょっと嫌ですね」
恩恵を受ける代わりに行動に制限がつくのか、ベックがクランを嫌う理由が分かった気がする。
「それら以外にもいろいろとデメリットがあるんだが、俺がクランを勧めない一番の理由が、俺がギルド職員だからだ」
「それは冒険者ギルドとして加入を勧めないということですか?」
「勘違いしちゃいけねえ、これは俺個人の話だ。冒険者ギルドはクランに一切手を出さねえからな。しがないギルド職員個人としての感情さ」
慌てて訂正してきた男の顔には冷や汗がでている。
冒険者ギルドとクランは不干渉、ギルドの職員が何度も言っていたことだ。
詳しい理由を聞きたかったが、僕の質問のせいで男は苦い顔をしている。また日を改めたほうがいいかもしれない。
「そうですか、教えてくれてありがとうございます、クランについてはもう少し考えてみます」
「おう、頑張れよ!」
男にお辞儀をして外に出る。
冒険者ギルド近くにあった串焼きの露店で肉を買う。
買ったついでに新人冒険者が泊まりやすい宿の情報を聞く。
その後何件か教わった宿を回って雰囲気を調べる。
僕には朝露の香呂という宿がよさそうだった。
三階建ての小さな宿屋で、一階は昼の軽食が主の料理店となっている。
朝露の香呂に入ってカウンターの女性に話しかける。
「マッケルという人に紹介されてきたのですが、宿は空いていますか?」
受付の女性は二十代であろう犬系の獣人女性だ。
薄い茶の給仕服と頭から伸びる黄色の耳が愛嬌のある顔つきと相まって、優しい雰囲気を出している。
「いらっしゃいませ、マッケルさんの紹介ですか。部屋は個室と相部屋、どちらも空いています。個室は一日銀貨三枚、相部屋は銀貨一枚です」
よかった、空いていた。
「個室を十日、お願いします」
腰袋から銀板を三枚取り出す。銀板は銀貨二枚分の重さで十枚分の価値がある。中立都市ゲールでのみ使えるお金だ。
貨幣価値はアーヴェンジェフ公国と変わらないが、ゲールでは銅板、銀板、金板というお金が存在する。
それぞれ各硬貨の十枚分の価値がある。お金がよく動く商人の町ならではのお金だ。
「ありがとうございます。こちらが部屋の鍵です。二階に上がってすぐの草が描かれた部屋になります。それとマッケルさんから聞いていると思いますが、お食事は朝食のみが付きます。昼の鐘が鳴るまででしたらお出しできますのでご利用ください」
「わかりました、ありがとうございます」
鍵を受け取って礼を言う。
マッケルに聞いたこの宿の評判は『静かでいいが、酒が飲めないので人気がない』というものだ。
それに従業員の大半が獣人のため人間至上主義の人たちが来ることは無く、いつも空室があるという。
階段を上ってすぐに給仕の言っていた部屋があった。
僕がとった部屋以外に個室らしき部屋が二部屋ある。
鍵を使って草の絵の部屋に入る。
屋敷の使用人室よりも狭い。中は木のベッドと水桶、荷入れ用の木箱が置かれている。ほかには何もなかった。
壁は通りに面した壁に木窓がある。ベッドが置かれた方の壁に草の絵が描かれている。
背嚢を木箱に入れる。
木窓を開けて備え付けの棒で固定する。まだ日は高い。
とりあえずはこれで宿は確保できたので安心する。
冒険者になるためにはあと二つ依頼をこなさなければならない。
僕は硬いベッドに転がって、まだ鉱石のはまっていないプレートを撫でた。




